羅刹伝 雪華

こうた

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第三十四章-天界での決闘-

第254話「叶わぬ想い」

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「やったわね、優月!」
「あ、はい。そうですね」
 協力して勝利したことを喜び合う朱姫と優月。
 聖天使・駿河が滅びたことで、ひとまずこの辺りは安全になった。
「呼び捨てとは少々無礼ではありませんか?」
 水をさすように割り込んでくるのは沙菜だ。
「今の優月さんは、羅仙界の暫定大統領。一般人が気安く話しかける存在ではありませんよ」
「え、なに? 羅仙界って大統領制になったの?」
 天界にいた朱姫には寝耳に水の話。
 惟月が説明を加える。
「正確にはこれからですね。今後、羅仙界の元首は民主的に選挙で決定するようにしようと思っているんです。その準備が整うまでの間だけ、暫定的に優月さんが大統領であるものとして扱おうかと」
 一般市民に広く告示した訳ではない。単に、革命軍総大将の惟月が、優月を自分より上の地位に就けたかったのだろう。
 革命軍の中で、優月は筆頭戦士だとか暫定大統領だとかの立派な称号をもらっている。
「そうなんだ……それって……」
 朱姫がポツリとつぶやいたところで、最近耳になじんできている声が聞こえた。
「朱姫様……!」
 怜唯が真哉を伴ってこちらに合流した。
 二人共、特にケガはしていないようだ。
「怜唯! あなたは無事だったのね!」
 朱姫は、第六霊隊副隊長だった頃の怜唯と交流があった。
 人羅戦争で怜唯が死んでいないことを喜ぶ朱姫だが。
「口の利き方に気をつけろ小娘。貴様ごときが呼び捨てにしていいお方ではない」
 真哉から痛烈な非難を受けた。
 彼の中で怜唯より偉い羅刹は四大霊極だけ。王室などには敬意を持っていない。
 戦前は王室を敬うような格好をする民も多かったが、心の底から尊敬していた者はそんなに多くいなかった。
(小娘って……真哉さんと同い年ぐらいだった気がするんだけど……)
 殺した張本人の自分が言うのもなんだが、朱姫はなにかと不憫だ。
「ええと、あなたは……」
「如月真哉。第一霊隊副隊長だ」
 真哉の名乗りに朱姫は首をかしげる。
「如月……? 如月家にこんな霊力の高い人がいたら私も知ってそうだけど……」
 如月家は、羅仙界においてかなりの知名度だ。当然そこに属する者も有名になる。
「旧姓は草薙。先日怜唯様と婚姻して今の苗字になった」
 そう語る真哉は誇らしげだ。
「へえ、怜唯が結婚! それはめでたいわね!」
「口の利き方に気をつけろと言っている」
 素直に祝福する朱姫と、言葉遣いの注意を続ける真哉。
 うれしそうにしていた朱姫だが、先ほどの真哉の言葉を思い出して再び尋ねる。
「そういえば、第一の副隊長って……重光しげみつ副隊長はどうなったの?」
 元・第一霊隊副隊長の重光かいが雷斗にやられるところも朱姫は城内から見ていた。
 その安否も気になるだろう。
 今度は沙菜が自慢げに答える。
「彼には三番隊の隊長をやってもらってますよ。三番隊は私が皆殺しにしてやりましたからね」
「皆殺し……じゃあ、大和は……」
「無様に死にましたよ」
 先ほど少し見直したとはいえ、根本的な部分で沙菜は大和を見下している。
 殺したことに罪悪感はない。
「……私は誰も守れなかったのね……」
 むしろ罪悪感を持っているのは朱姫の方だ。
 久遠や若菜のように無事だった者もいるが、革命軍対王室の闘争で朱姫は多くの配下を死なせてしまった。
 なぜこんなことになったのか、朱姫自身分かっている。
「私なりにがんばったつもりだったんだけどな……。結局私が女王として認められてなかったのよね……」
 惟月が体制を変えようとしたのはより多くの民を救うため。
 朱姫の統治する世界が素晴らしいものであれば革命は必要なかった。
 王女だった頃に遊んでばかりいた朱姫も、女王に即位してからはその立場に追いつこうと努力していた。その努力が足りなかった、というより最初から王という器ではなかったのだ。
 朱姫がどれだけがんばっても、惟月どころか沙菜にも遠く及ばない。
「分かっているじゃないですか。では、どうすればよかったかは分かりますか?」
 沙菜が意地の悪い笑顔で尋ねる。
「え……?」
 その続きは惟月の口から語られた。
「答えは優月さんが示していました。女王などという立場は捨てて逃げれば命まで失うことはなかったんです」
 あの時優月が口にした言葉は惟月にも聞こえていたか。
 確かに優月は言った。自分だったら女王などという立場からは逃げ出していた、と。
 恥も外聞もなく逃走して隠居でもしていれば細々と生活できていた。
 皮肉にも、女王らしくあろうとする志が災いして命を落としたのだ。
 再び沙菜の嘲笑。
「まあ、私たちの目的は王制や身分制度の廃止。王族のトップである誰かを見せしめに殺すことには変わりありませんでしたがね」
 無慈悲な沙菜の言葉に、朱姫はどこか吹っ切れた顔になった。
「そう……。だったら私が死んだのも無駄ではなかったのよね?」
 朱姫の死によって戦いが決着して、それ以上の被害は出なかった。
 朱姫が死んで世界の体制が変わったことで救われた命は数多くある。
 すべては惟月の狙い通りだった。
「無駄ではありませんね。私の手の上で見事におどってくれました」
 惟月は意図的に自らの悪辣な面を見せているようだ。
 それこそ朝霧大和であれば、自分と同い年の少女二人を殺し合わせるなど、どんな目的があっても許さないだろう。
 しかし、優月は知っている。惟月がどんな思いを抱えて生きてきたか。
「あの……朱姫さん。憎むのはわたしだけにしていただけるとありがたいです。惟月さんは全然悪い人じゃないので……」
 もう少し語彙があれば、惟月の良い点を列挙するところだが、元々口下手な優月にはこれぐらいしか言えなかった。
「別にいいわ。無理して女王面してた私がバカだったんだもの」
 さっぱりした物言い。聖天使との戦いで『羅刹の戦士』と名乗ったことからも、今の朱姫は己が王者という柄ではないと悟っているように見受けられる。
「あーあ、普通の家に生まれたらよかったなー。でもまあ、おいしいものいっぱい食べられたからいっか」
 大きく伸びをする朱姫。
 王女としてぜいたくな暮らしができた代わり早死にしたということで納得したのか。
「なにか現世に言い残したかったことはありますか?」
 沙菜がこれを聞くのは親切心からか、単なる興味本位からか。
「私の分もみんな幸せになってねって」
 つくづく思う。朱姫は根っからの善人だと。
 果たして優月は死に際にこんなセリフを残せるだろうか。
「真羅朱姫」
「な、なによ……」
 急に雷斗から呼びかけられ、朱姫は身をこわばらせる。
「久遠様に気持ちを伝えなかったことは貴様の誇りと受け取っておく」
「あ……」
 朱姫を守れなかったことについて、久遠は自らの消せない咎と考えている節がある。
 朱姫の好意を知れば罪悪感は増すばかりだろう。
 かつて王室を嫌悪し打ち倒さんとしていた雷斗が、羅刹王であった朱姫の誇りを認めるとは少々意外だった。
 ひょっとしたら、ここにいる者の中で、雷斗は優しい方なのかもしれない。
「――って、あれ? なんで雷斗がそのこと知ってるのよ!?」
 朱姫が自分の恋心を明確に打ち明けた相手はいなかった。ずっと胸に秘めていたのだ。
 それを、敵であった雷斗に知られている。
 動転する朱姫に沙菜は追い打ちをかける。
「バレバレなんですよ。久遠様本人以外はみんな知ってるんじゃないですか?」
 久遠は羅刹の頂点。感性が鈍いなどということはないはずだが。
「久遠さまって、そんな天然なんですか?」
 優月も彼らの事情に興味が湧いて沙菜に尋ねる。
「優月さんだって、真哉さんが怜唯さんに好意を持っていることにはすぐ気付いたのに、自分が何人もに惚れられてるとは思ってなかったでしょう?」
「確かに……」
 自分のことだと客観視できないものではあるか。
 優月の場合は、脈があると思ってしまうのが主観にすぎないと思い込み、客観的に見てそれを否定しているつもりになっていた。
 所詮客観視などそうそうできるものではないのだ。
 取り乱していた朱姫が、さらにまずいことを思い出したという様子になる。
「もしかして若菜とか昇太君も分かってて話聞いてた!?」
「シノやんはアホなので気付いてないかもしれませんがね。トリやんは聡いので見抜いていたでしょう」
 沙菜は、若菜も朱姫もバカにしている。
「ああー……」
 朱姫は羞恥で頭を抱えた。
 なんともかわいそうな人だ。
「こ、こうなったら恥はかき捨てよ! 惟月! 久遠は私のことどう思ってたの!? せめて、それを教えて!」
 気持ちを隠す意味がなくなったため、転生前に、自分たちが両思いであったかどうかを確認する朱姫。
「家で話を聞いている限り、恋愛対象としては見ていないようでしたね。あくまで守るべき存在で、良く言って妹分といったところでしょう」
 惟月は忌憚なく非情な答えを返す。
「昔した告白は……」
「子供の言うことでしたから本気にはしていなかったようです。大人になる頃には同年代でちょうどいい人が見つかるだろう、と」
 朱姫は約八年前に、一応の告白をしていた。
 その時は、『大人になっても気持ちが変わっていなければ再び聞かせてもらえれば』というように返事をされたのだった。
 社交辞令的なもので、気持ちは変わる前提で考えていたようだ。
「どうせ結ばれることはなかったのね……」
 がっくりと肩を落とす朱姫の姿は切ない。
 どこまでもかわいそうな人だ。
(まあ、死んだあとで両思いって分かってもつらいだろうし、しょうがないのかな……?)
 優月が朱姫への同情の念を抱いていると、惟月の背後に新たな敵影が――。
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