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第三十二章-羅刹的オンラインゲーム-
第237話「獣と人間」
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如月研究室。
オンラインゲームのテストプレイ継続中。
ボスを倒すと、再び開けた場所に出た。
いったん街に戻り、ボス討伐の報酬を受け取ることに。
報酬を受け取るついでに、NPCから新しい依頼を受けることにした。
鉄鉱石を集めればいいらしい。
ボス戦は緊張したので、しばらくは簡単なイベントをこなしていく。
『この先で上質な鉄鉱石が採取できるぞ』
フィールドを歩いていると、一人のキャラクターがアドバイスをくれた。
「ん? これはNPCじゃなくて誰かが操作してるキャラですね」
優月も人間界のオンラインゲームをかじったことがあるのでそのぐらいの区別はつく。
「あっちのモニターでやってる相賀さんじゃないですか。仲間に入りたいならそう言えばいいものを」
如月家の執事で如月研究室の研究員でもある相賀和都。沙菜に呼びかけられた彼がこちらに振り向く。
茶色のジャケットを着た男性だ。
研究室には和服でない羅刹が多い気がする。
「俺は一人でガンガン進めてるから、初心者の引率はお嬢に任せる」
相賀は生粋のゲーマーで、その腕前は沙菜を遥かに凌ぐ。
画面をよく見ると、彼だけレベルが一ケタ違っていた。
オンラインゲームでも、ひたすらレベル上げにいそしむ人はいる。それぞれの楽しみ方があっていいのだ。
こちらはこちらで、沙菜の言ったようにゆるい遊び方をする。
プレイを継続していると、研究室のドアが乱暴に開かれた。
「ちょっと、沙菜!」
誰かと思えば、昇太となかなか結婚させてもらえない若菜だ。
「なんですか、シノやん?」
沙菜は若菜をあだ名で呼ぶ。東雲の『シノ』に関西弁風の『やん』をつけたものだ。
「みんなでなにやってんの!? 昇太君たちと遊ぶならあたしにも声かけてよ!」
「なにを言いますか。リンネグループでちゃんと全員に声をかけましたよ」
「そのリンネグループ、あたし招待されてないんだけど!?」
「してないからされてない――理屈が通ってるじゃないですか」
リンネとは羅仙界で開発されたメッセンジャーアプリの一つだ。
若菜もどこかでこのグループのことを聞きつけてきたのだろう。
「グループ名が『羅仙革命軍』となっているでしょう? シノやんは騎士団所属じゃないですか」
沙菜はこう言うが、参加していないのにグループ名を見られる訳がない。
しかし、革命軍所属でなくても招待されている者もいる。
「草薙君とかは入ってるらしいじゃない!?」
「如月副隊長です」
怜唯の夫であることをアピールしたい真哉は繰り返し訂正している。
「私も革命軍とは関係ないですけど参加させていただけましたね」
雨音とは出会って間もないが、気が合ったということもありすぐ招待したのだった。
このリンネグループの作成者は沙菜だ。彼女の独断で参加者が決められている。
優月が共に戦った仲間は大抵入っているので、一緒に人間界の騒動を収めた若菜がいないのは少し意外に思っていた。
「ほら! あたしだけ招待しないのはおかしいじゃん!」
「さびしがり屋ですね」
相変わらず若菜は沙菜に笑われている。
「鳳さんは若菜さんに声をかけなかったんですか?」
羅仙界に来てから人を下の名前で呼ぶ機会が増えた優月だが、昇太に関しては若菜以外呼んではいけないと聞いていたのでうっかり呼ばないよう気をつけた。
「あとで気付いてどんな反応をするか見たかったんです」
昇太もまた、相変わらずのサディストだ。
「とにかく、ゲームやってるならあたしも参加するからね!」
「その辺のパソコン使えばいいんじゃないですか?」
沙菜から雑に許可を与えられた若菜は、机をみなに近いところまで移動させてゲームを始めた。
「僕と同じパーティに入る以上、先輩はタンクで固定ですよ」
昇太はゲーム内でも若菜に自分を守らせたいらしい。
「えっと……タンクってなんだっけ……?」
若菜が本格的にゲームを始めたのは超能力騒動で人間界に行ってからだ。知識は多くない。
「タンクっていうのは、攻撃を引き付ける役で――」
他の者たちが冷たいので、優月が教えてあげることにした。
沙菜もプレッシャーを与えるようなことだけは教える。
「タンクは責任重大ですよ。ちゃんと敵のヘイトを取らないと味方がどんどん死にますからね」
「マジで!?」
「すぐ死ぬのは八条瑠璃のせいですけどね。高難度は現実だけで十分だというのに」
「あんたの人生、イージーモードじゃん。寝てるだけでもあたしより強くなってくんだから」
若菜は覚えたての言葉で沙菜の境遇を評価する。
沙菜が過去にいじめを受けていたことは知らないのだったか、あるいは才能の格差に比べれば些細なことと考えているのか。
年長者で根性論が基本の若菜は、いじめに耐えるぐらいはできなくてはならないと思っているのかもしれない。現代にはそぐわない価値観だが。
「恋人が全然できない時点で恋愛ゲームとしてはクソゲーですよ。せっかくいるイケメンの兄も普段会わないですし」
沙菜も理不尽に傷つけられていた過去は語らなかった。
「白夜さまってやっぱりイケメンなんですね」
「やっぱり反応したな」
「あ……いや……」
余計なことを言ったら、涼太から白い目で見られた。
「仕方ないので若菜先輩もグループに招待してあげましょう」
昇太が携帯を操作すると、若菜の携帯の着信音が鳴った。
「ありがとう、昇太君! 昇太君とあたしは恋人だもんね!」
今の今まで招待してもらえていなかったことについて、昇太にはなんの恨みも持っていないようだ。
優月はその場にいなかったが、若菜は昇太のサディストとしての一面も受け入れると宣言している。
「んー」
なにやら穂高が首をかしげている。
「なんで、ほーちゃんのこと名前で呼んじゃいけないんだっけ?」
「僕を下の名前で呼ぶのは若菜先輩だけの特権なんですよ」
「昇太君! やっぱりあたしたちは特別な関係だよね!」
冷たくあしらわれることはあっても、特別扱いもされていて若菜はうれしそうだ。
「まあ、天堂さんの技には一文字だけあげましたけどね」
優月が羅仙界にやってくるのに合わせて霊子学研究所で開発されていた技が『氷河昇龍破』だった。
「そうだったんですね。龍が龍次さんなのは分かったんですけど」
昇の字が入っているのに対空技としての性質が強くないと思ったら、そういうことだったか。
「んー。姫ちゃんも『昇太君』って呼んでなかったかなー?」
穂高の言う『姫ちゃん』はかつて羅刹王だった真羅朱姫のことだ。戦前は『さま』付けだったが、必要ないと分かってあだ名を使うことにしたらしい。
「そもそも名前呼びについては若菜先輩が騎士団員に周知させてたんですが、権力に屈した情けない先輩は真羅朱姫になにも言えなかったんです」
「いや……権力に屈した訳じゃ……」
ここでも若菜は罵られている。
(若菜さんって一生こういう扱いなんだろうなぁ……)
自分の恋人は優しい人ばかりでよかったと思う優月だった。
「でも、朱姫様か……。本当に殺さなきゃいけなかったのかな……」
怒ったり喜んだりしていた若菜が、憂色を浮かべる。
殺した張本人である優月にとって、この話は胸が痛む。
「時間さえかければいくらでも方法はありましたよ。トップを見せしめに殺すのが手っ取り早かっただけで」
「昇太君、ずっとそう思ってたの……?」
「僕が真羅朱姫を主君や友人だと思ったことなど一度もありませんよ」
若菜は昇太の二面性に改めて戦慄していた。
手っ取り早さのために平気で人を殺せる――沙菜にも似た価値観だ。
「たかが小娘一匹の命で世界が潤うならめでたいことでしょう?」
沙菜のセリフは完全に悪役のものだ。自分も数年前まで小娘だったというのに。
沙菜はいいことも言うが、たまにこういうことも言うので、『しゃべっているだけなら善人』は過大評価だった。
しかし、心を痛めている様子のない沙菜と違って、惟月には非道な手段を選んだ理由がある。
「朱姫さんや優月さんに申し訳ない気持ちはあります。ただ、時間というのは切実な問題でもあります。正当な手段を使って世界の体制を変える方法はありましたが、時間をかければかけるほど、羅仙界全土で疫病や飢えに苦しむ民が増えるのですから」
赤烏のように喰人種化してしまうという悲劇も、世界が豊かになれば減る。
そういう意味で、喰人種を倒して人間や普通の羅刹を守ることと、役に立っていない女王を殺して病から人々を守ることは、どちらも正義だ。
優月の自責の念は消えないが、惟月がこう語ってくれるのは救いだった。
当時仲間に加わっていなかった雨音も惟月に同意する。
「私は、惟月様のご判断が正しかったと思います。病気にせよ飢えにせよ、大きな苦痛が伴います。喰人種化した人の苦しみは私たちの想像以上でしょう。それに比べれば死んだ朱姫さんは楽だったぐらいではないでしょうか」
若菜は軽はずみな発言を詫びる。
「惟月様……すみません、勝手なことを言って……。でも、大和君まで殺さなきゃいけなかったんでしょうか……? いい子だったのに……」
大和というのは第三霊隊副隊長だった朝霧大和。常に最前線で戦い続けた熱血漢だ。
「僕というものがありながら誰がいい子ですか?」
「いや、別に変な意味じゃないよ!? ただ、悪いことしてないのに殺されちゃったのはかわいそうだって……」
昇太から喜色を帯びつつも鋭さも感じさせる視線を向けられ、あわてて言い訳する若菜。
実際のところ、大和は大層な権力も持っておらず、体制を変えるに当たってそこまで邪魔になる存在でもなかったはずだ。
「確かに彼らは善人でしょう。しかし、獣です。あなたは家畜を見て、『善良な動物だから殺して食べるのはやめよう』などと言うんですか?」
沙菜の持論の一つとして、本能に囚われる者は獣にすぎず殺しても構わないという考えがある。
昇太もまた沙菜に近い側の人間。
「家畜に善も悪もありません。生かすも殺すもこちらの都合次第です」
優月同様、人羅戦争の犠牲に心を痛めている龍次が会話に加わる。
「戦いに参加できなかった俺が言えることじゃないけど、向こうは俺たちが羅仙界に無断で入ったから動かざるをえなかったんだろ?」
羅仙界の掟に従えば、朱姫や大和が善で、こちらが悪だ。
「どちらが先に手を出そうが、獣が人間様にかみついたら、処分されるのは獣の方ですよ」
どこまでいっても沙菜は不遜なまま。
「沙菜って根は優しいのにどうしてこうなっちゃったかな。昇太君のことだって沙菜が助けたんだろ?」
千尋も口を開いた。
ちなみに男子は昇太を下の名前で呼んでいい。
「そういえば、トリやんは私に救われたのに、なぜそのボンクラを選んだんです?」
「大金持ちの室長より、なけなしのお金で貢いでくれる先輩の方が魅力的じゃないですか」
沙菜に問いかけられて、当然のことのように答える昇太。
「鳳さんの思考にはついていけない部分があります……。俺なら怜唯様に負担をかけるようなことは望みませんから……」
真哉は、配偶者となった怜唯に徹底して敬意を払う。貢がせるなどというのは理解の範疇を超えているのだろう。
「で、でも、このヘアピンは昇太君がプレゼントしてくれたんだよ」
若菜は自分の頭を指差す。
まるで、昇太から愛されていることを自分に言い聞かせるように。
「唯一のプレゼントがあると、それに執着してずっと身につけていてくれるだろうと思って贈ったんです」
昇太の笑顔は至って無邪気なものだ。
「プレゼントする理由がエグいな……」
さすがの涼太も不気味に思っている。
(もし、わたしの恋人がこんな感じだったらどうなってたかな……? うーん。案外悪くない……?)
優月は結構な変態だ。
好かれているが故と分かっていれば、乱暴な扱いにも耐えられる。
惟月から惚れられるきっかけとなった『憎しみが欠落した魂』は、すべてを許せるというものだ。
オンラインゲームのテストプレイ継続中。
ボスを倒すと、再び開けた場所に出た。
いったん街に戻り、ボス討伐の報酬を受け取ることに。
報酬を受け取るついでに、NPCから新しい依頼を受けることにした。
鉄鉱石を集めればいいらしい。
ボス戦は緊張したので、しばらくは簡単なイベントをこなしていく。
『この先で上質な鉄鉱石が採取できるぞ』
フィールドを歩いていると、一人のキャラクターがアドバイスをくれた。
「ん? これはNPCじゃなくて誰かが操作してるキャラですね」
優月も人間界のオンラインゲームをかじったことがあるのでそのぐらいの区別はつく。
「あっちのモニターでやってる相賀さんじゃないですか。仲間に入りたいならそう言えばいいものを」
如月家の執事で如月研究室の研究員でもある相賀和都。沙菜に呼びかけられた彼がこちらに振り向く。
茶色のジャケットを着た男性だ。
研究室には和服でない羅刹が多い気がする。
「俺は一人でガンガン進めてるから、初心者の引率はお嬢に任せる」
相賀は生粋のゲーマーで、その腕前は沙菜を遥かに凌ぐ。
画面をよく見ると、彼だけレベルが一ケタ違っていた。
オンラインゲームでも、ひたすらレベル上げにいそしむ人はいる。それぞれの楽しみ方があっていいのだ。
こちらはこちらで、沙菜の言ったようにゆるい遊び方をする。
プレイを継続していると、研究室のドアが乱暴に開かれた。
「ちょっと、沙菜!」
誰かと思えば、昇太となかなか結婚させてもらえない若菜だ。
「なんですか、シノやん?」
沙菜は若菜をあだ名で呼ぶ。東雲の『シノ』に関西弁風の『やん』をつけたものだ。
「みんなでなにやってんの!? 昇太君たちと遊ぶならあたしにも声かけてよ!」
「なにを言いますか。リンネグループでちゃんと全員に声をかけましたよ」
「そのリンネグループ、あたし招待されてないんだけど!?」
「してないからされてない――理屈が通ってるじゃないですか」
リンネとは羅仙界で開発されたメッセンジャーアプリの一つだ。
若菜もどこかでこのグループのことを聞きつけてきたのだろう。
「グループ名が『羅仙革命軍』となっているでしょう? シノやんは騎士団所属じゃないですか」
沙菜はこう言うが、参加していないのにグループ名を見られる訳がない。
しかし、革命軍所属でなくても招待されている者もいる。
「草薙君とかは入ってるらしいじゃない!?」
「如月副隊長です」
怜唯の夫であることをアピールしたい真哉は繰り返し訂正している。
「私も革命軍とは関係ないですけど参加させていただけましたね」
雨音とは出会って間もないが、気が合ったということもありすぐ招待したのだった。
このリンネグループの作成者は沙菜だ。彼女の独断で参加者が決められている。
優月が共に戦った仲間は大抵入っているので、一緒に人間界の騒動を収めた若菜がいないのは少し意外に思っていた。
「ほら! あたしだけ招待しないのはおかしいじゃん!」
「さびしがり屋ですね」
相変わらず若菜は沙菜に笑われている。
「鳳さんは若菜さんに声をかけなかったんですか?」
羅仙界に来てから人を下の名前で呼ぶ機会が増えた優月だが、昇太に関しては若菜以外呼んではいけないと聞いていたのでうっかり呼ばないよう気をつけた。
「あとで気付いてどんな反応をするか見たかったんです」
昇太もまた、相変わらずのサディストだ。
「とにかく、ゲームやってるならあたしも参加するからね!」
「その辺のパソコン使えばいいんじゃないですか?」
沙菜から雑に許可を与えられた若菜は、机をみなに近いところまで移動させてゲームを始めた。
「僕と同じパーティに入る以上、先輩はタンクで固定ですよ」
昇太はゲーム内でも若菜に自分を守らせたいらしい。
「えっと……タンクってなんだっけ……?」
若菜が本格的にゲームを始めたのは超能力騒動で人間界に行ってからだ。知識は多くない。
「タンクっていうのは、攻撃を引き付ける役で――」
他の者たちが冷たいので、優月が教えてあげることにした。
沙菜もプレッシャーを与えるようなことだけは教える。
「タンクは責任重大ですよ。ちゃんと敵のヘイトを取らないと味方がどんどん死にますからね」
「マジで!?」
「すぐ死ぬのは八条瑠璃のせいですけどね。高難度は現実だけで十分だというのに」
「あんたの人生、イージーモードじゃん。寝てるだけでもあたしより強くなってくんだから」
若菜は覚えたての言葉で沙菜の境遇を評価する。
沙菜が過去にいじめを受けていたことは知らないのだったか、あるいは才能の格差に比べれば些細なことと考えているのか。
年長者で根性論が基本の若菜は、いじめに耐えるぐらいはできなくてはならないと思っているのかもしれない。現代にはそぐわない価値観だが。
「恋人が全然できない時点で恋愛ゲームとしてはクソゲーですよ。せっかくいるイケメンの兄も普段会わないですし」
沙菜も理不尽に傷つけられていた過去は語らなかった。
「白夜さまってやっぱりイケメンなんですね」
「やっぱり反応したな」
「あ……いや……」
余計なことを言ったら、涼太から白い目で見られた。
「仕方ないので若菜先輩もグループに招待してあげましょう」
昇太が携帯を操作すると、若菜の携帯の着信音が鳴った。
「ありがとう、昇太君! 昇太君とあたしは恋人だもんね!」
今の今まで招待してもらえていなかったことについて、昇太にはなんの恨みも持っていないようだ。
優月はその場にいなかったが、若菜は昇太のサディストとしての一面も受け入れると宣言している。
「んー」
なにやら穂高が首をかしげている。
「なんで、ほーちゃんのこと名前で呼んじゃいけないんだっけ?」
「僕を下の名前で呼ぶのは若菜先輩だけの特権なんですよ」
「昇太君! やっぱりあたしたちは特別な関係だよね!」
冷たくあしらわれることはあっても、特別扱いもされていて若菜はうれしそうだ。
「まあ、天堂さんの技には一文字だけあげましたけどね」
優月が羅仙界にやってくるのに合わせて霊子学研究所で開発されていた技が『氷河昇龍破』だった。
「そうだったんですね。龍が龍次さんなのは分かったんですけど」
昇の字が入っているのに対空技としての性質が強くないと思ったら、そういうことだったか。
「んー。姫ちゃんも『昇太君』って呼んでなかったかなー?」
穂高の言う『姫ちゃん』はかつて羅刹王だった真羅朱姫のことだ。戦前は『さま』付けだったが、必要ないと分かってあだ名を使うことにしたらしい。
「そもそも名前呼びについては若菜先輩が騎士団員に周知させてたんですが、権力に屈した情けない先輩は真羅朱姫になにも言えなかったんです」
「いや……権力に屈した訳じゃ……」
ここでも若菜は罵られている。
(若菜さんって一生こういう扱いなんだろうなぁ……)
自分の恋人は優しい人ばかりでよかったと思う優月だった。
「でも、朱姫様か……。本当に殺さなきゃいけなかったのかな……」
怒ったり喜んだりしていた若菜が、憂色を浮かべる。
殺した張本人である優月にとって、この話は胸が痛む。
「時間さえかければいくらでも方法はありましたよ。トップを見せしめに殺すのが手っ取り早かっただけで」
「昇太君、ずっとそう思ってたの……?」
「僕が真羅朱姫を主君や友人だと思ったことなど一度もありませんよ」
若菜は昇太の二面性に改めて戦慄していた。
手っ取り早さのために平気で人を殺せる――沙菜にも似た価値観だ。
「たかが小娘一匹の命で世界が潤うならめでたいことでしょう?」
沙菜のセリフは完全に悪役のものだ。自分も数年前まで小娘だったというのに。
沙菜はいいことも言うが、たまにこういうことも言うので、『しゃべっているだけなら善人』は過大評価だった。
しかし、心を痛めている様子のない沙菜と違って、惟月には非道な手段を選んだ理由がある。
「朱姫さんや優月さんに申し訳ない気持ちはあります。ただ、時間というのは切実な問題でもあります。正当な手段を使って世界の体制を変える方法はありましたが、時間をかければかけるほど、羅仙界全土で疫病や飢えに苦しむ民が増えるのですから」
赤烏のように喰人種化してしまうという悲劇も、世界が豊かになれば減る。
そういう意味で、喰人種を倒して人間や普通の羅刹を守ることと、役に立っていない女王を殺して病から人々を守ることは、どちらも正義だ。
優月の自責の念は消えないが、惟月がこう語ってくれるのは救いだった。
当時仲間に加わっていなかった雨音も惟月に同意する。
「私は、惟月様のご判断が正しかったと思います。病気にせよ飢えにせよ、大きな苦痛が伴います。喰人種化した人の苦しみは私たちの想像以上でしょう。それに比べれば死んだ朱姫さんは楽だったぐらいではないでしょうか」
若菜は軽はずみな発言を詫びる。
「惟月様……すみません、勝手なことを言って……。でも、大和君まで殺さなきゃいけなかったんでしょうか……? いい子だったのに……」
大和というのは第三霊隊副隊長だった朝霧大和。常に最前線で戦い続けた熱血漢だ。
「僕というものがありながら誰がいい子ですか?」
「いや、別に変な意味じゃないよ!? ただ、悪いことしてないのに殺されちゃったのはかわいそうだって……」
昇太から喜色を帯びつつも鋭さも感じさせる視線を向けられ、あわてて言い訳する若菜。
実際のところ、大和は大層な権力も持っておらず、体制を変えるに当たってそこまで邪魔になる存在でもなかったはずだ。
「確かに彼らは善人でしょう。しかし、獣です。あなたは家畜を見て、『善良な動物だから殺して食べるのはやめよう』などと言うんですか?」
沙菜の持論の一つとして、本能に囚われる者は獣にすぎず殺しても構わないという考えがある。
昇太もまた沙菜に近い側の人間。
「家畜に善も悪もありません。生かすも殺すもこちらの都合次第です」
優月同様、人羅戦争の犠牲に心を痛めている龍次が会話に加わる。
「戦いに参加できなかった俺が言えることじゃないけど、向こうは俺たちが羅仙界に無断で入ったから動かざるをえなかったんだろ?」
羅仙界の掟に従えば、朱姫や大和が善で、こちらが悪だ。
「どちらが先に手を出そうが、獣が人間様にかみついたら、処分されるのは獣の方ですよ」
どこまでいっても沙菜は不遜なまま。
「沙菜って根は優しいのにどうしてこうなっちゃったかな。昇太君のことだって沙菜が助けたんだろ?」
千尋も口を開いた。
ちなみに男子は昇太を下の名前で呼んでいい。
「そういえば、トリやんは私に救われたのに、なぜそのボンクラを選んだんです?」
「大金持ちの室長より、なけなしのお金で貢いでくれる先輩の方が魅力的じゃないですか」
沙菜に問いかけられて、当然のことのように答える昇太。
「鳳さんの思考にはついていけない部分があります……。俺なら怜唯様に負担をかけるようなことは望みませんから……」
真哉は、配偶者となった怜唯に徹底して敬意を払う。貢がせるなどというのは理解の範疇を超えているのだろう。
「で、でも、このヘアピンは昇太君がプレゼントしてくれたんだよ」
若菜は自分の頭を指差す。
まるで、昇太から愛されていることを自分に言い聞かせるように。
「唯一のプレゼントがあると、それに執着してずっと身につけていてくれるだろうと思って贈ったんです」
昇太の笑顔は至って無邪気なものだ。
「プレゼントする理由がエグいな……」
さすがの涼太も不気味に思っている。
(もし、わたしの恋人がこんな感じだったらどうなってたかな……? うーん。案外悪くない……?)
優月は結構な変態だ。
好かれているが故と分かっていれば、乱暴な扱いにも耐えられる。
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