羅刹伝 雪華

こうた

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第三十一章-聖羅学院ミスコン開催-

第224話「救出作戦」

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 如月怜唯が、その母・如月京子によって幽閉された。
 それを受けて、仲間たちの間で救出のための作戦会議が行われることとなった。場所は教室のままだ。
「怜唯様のご実家は五番街にある。ここからそう遠くはない」
 霊京には如月家が二か所ある。沙菜や霊極第三柱の如月白夜びゃくやが生まれた本家が四番街にあり、五番街にあるのが怜唯と瞬の生まれた分家だ。
 まずは真哉が話を進めていく。
「怜唯様の兄君を護衛するために開発された霊動兵器が多数配備されているということだった。おそらくこれを破壊しないと先に進めないだろう」
 瞬は、かつて異世界から来襲した魔神を代償霊法という術式で撃退して、それ以来虚弱体質になってしまった。
 霊動兵器も元々は善意で開発されたものなのだろうが、こうなっては破壊するしかない。
「当たり前だが正面から乗り込むのは得策じゃない」
「あっ……」
「正面門で敵を引き付けてくれる者がいると助かる」
「んっ……」
「ある程度警備が薄くなれば、俺が単独で邸内に乗り込んで――」
「んん……」
「片桐うるさい」
 話の途中で声を漏らしていた千秋は真哉に叱られた。
 なぜ千秋が声を出していたかというと、後ろから抱きついている千尋が胸をなでていたせいだ。
(あれ? 千秋さんだけ怒られるんだ)
 優月には胸をなでられた経験などないから、声を我慢するのが難しいことなのかどうかは判断がつかない。
 それにしても、千尋の方は責めないというのは千尋に甘い気がする。
 元恋敵なのに真哉と千尋は妙に仲がいい。
 龍次と涼太も含めて好きだと言った惟月と似ているか。
「片桐さん。嫌ならちゃんと言った方がいいと思うよ?」
 龍次が気を使っているが、千秋は平気そうだ。
「嫌なんてことはないよ。千尋君のこと好きだし」
 まあ、恋人が相手なら構わないだろう。なんなら優月ももう少し龍次たちとスキンシップがしたいぐらいだ。
「ちあってこう見えて意外と胸あるんだよなー」
 千尋は千秋と交際を始めてから彼女を『ちあ』と呼ぶようになった。
 先に穂高が『ちあちゃん』と呼んでいたので、それに続く形だ。
「わたしがそばにいるからそう感じるという可能性も……」
 得意の自虐を始めた優月の胸をノックするように叩く涼太。
「マジで全く成長してねーな」
 涼太の身長も伸びていないのだが、言ったら蹴られるので言わない。
「話を戻すぞ」
 いくら一刻を争うほど危険な相手にさらわれたのでないといっても、真哉にしてみれば恋人のピンチだ。途中で雑談を始められたら怒るのも無理はない。
 みな真剣な顔になって作戦会議に戻る。
「邸内に乗り込むのは俺一人でいい。兄君が敵に回っていないなら、準霊極の力で太刀打ちできないようなことは考えにくい」
 真哉は先日の戦いで闇黒剣を会得し準霊極となった。同じく準霊極の沙菜が好き勝手に振る舞っていることからも分かる通り、準霊極というのは強大な力の持ち主だ。
 沙菜に言わせれば、異世界の一つや二つは簡単に滅ぼせるとのこと。
「問題は怜唯ちゃんのお母さんをどうやって説得するかだよねー」
 この点については、千尋も深刻に捉えているようだ。
「こればかりは俺がどう向き合うかだな。ご母堂様に俺の誠意をお伝えして理解していただければいいが……」
 最悪のパターンを予想してか、真哉は眉間にシワを寄せている。
「如月の母親とも戦う覚悟を決めてから行った方がいいだろうな」
 変に遠慮することもなく、涼太が核心を口にした。
「ああ。怜唯様を強引に閉じ込めているような方だ。意地でも俺を認めないかもしれない。しかし、俺との仲を認めるかどうかはともかく、今後もずっと怜唯様を閉じ込めておくつもりなら斬ることになる……」
 それしかないか。
 真哉の場合、自分と怜唯の交際を認めてもらえず別れさせられるだけなら、受け入れておかしくない。
 だが、怜唯の自由を奪う存在を許せるかどうかは話が別だ。
 惟月の性格からして、優月と別れて怜唯と付き合う気はないのだろう。そんな気があったら、そろそろこの場に現れるはず。
 となると、怜唯の母・如月京子にあきらめてもらうしかない。
「怜唯さんのお母さんは、なんでそんなに惟月さんと付き合わせたいんでしょう……?」
 惟月を奪った張本人である優月としては、自分が怜唯たちの家にどういう迷惑をかけているのか確認しておきたい。
「惟月様は羅仙界の頂点に君臨する四大霊極の一人。こんな風には考えたくないが、惟月様を取り込むことで如月家の地位向上を狙っている可能性が高いな……」
 真哉の語ったことは優月も想像していた内容だった。
 好きな人の家族にそのような傲慢な人間がいるとなると、つらい気持ちになるのも分かる。
 幸い龍次の母は、優月をすぐに認めなかっただけで、息子である龍次に負担をかけるような真似はしなかった。
 涼太の母――優月の母でもある――も、涼太はかわいがっていたし、久遠に至っては惟月と優月の仲を祝福してくれた。
 自分がどれだけ人間関係に恵まれていたか、改めて思い知る。
(わたしも赤烏せきうさんや朱姫さんを斬る時、心苦しかったけど……真哉さんはもっと……)
 万一、京子を殺すことになどなったら、真哉と怜唯の間に溝ができるかもしれない。
 もちろん、怜唯が理不尽に真哉を責めることはないだろうが、関係がギクシャクすることは考えられる。
「まあ、俺と如月家の関係についてはお前たちと話し合ってどうなるものでもない。それより、邸内へ侵入するサポートを頼む」
「基本的には陽動でいいんだよね?」
 千尋が自分たちの役目を確認する。
「ああ。それで十分だ」
 続いて千秋がおずおずと手を上げた。
「あの、今回はわたしも参加していいんだよね?」
「無人の霊動兵器なら冥獄鬼ほど危険じゃないだろうしね。オレと一緒に敵を混乱させてやろうぜ」
 千尋は千秋の同行を認めた。
「わたしはなにしたらいいかなー?」
 穂高も作戦に参加するつもりでいるようだ。
「如月家の使用人も穂高に手出しはしないだろうし、適当な奴に、怜唯ちゃんと会わせてほしいって食い下がって時間を稼いでくれればいいんじゃないか?」
「いっぱいお話してたらいいんだね」
 千尋が穂高にも役割を与えた。
「わたしは作戦に沿って動くとかが苦手なんですけど……」
 優月に対して真哉は。
「元よりお前の力を借りる気はない」
 やはり嫌われているか。あるいは思いきりぶん殴った手前、協力を求めにくいのか。
 ともあれ、真哉は千尋・千秋・穂高の協力を得て怜唯の救出に向かうのだった。


 五番街如月邸内・怜唯の私室。
 怜唯の向かいには、母である京子が座っていた。
「意地を張るのもいい加減になさい。あなたは惟月様と結ばれるべきなのよ」
「それはもう叶わないと申し上げているじゃありませんか……! 私は真哉さんと共に生きていきます……!」
 怜唯はもうどれだけになるか分からない問答を続けている。
「少し前まで惟月様を愛していたでしょう? そんな急に態度を変えて恥ずかしいと思わないの?」
「確かに不誠実ではあると思います。ですが、本当の愛のために恥を捨てるということを優月さんから教わりました」
 以前の怜唯なら清純な自分を演じることにこだわって惟月を一途に愛する格好をしていただろう。
 しかし、今は違う。真哉への想いを自覚し、彼と幸せになることを選んだ。
「その天堂優月というのが、そもそも信頼できる人間だと思えないわ。如月家の娘ともあろう者が恥を捨てるとはなにごと?」
 京子は、王家こそに忠誠を誓っていなかったものの、権威主義的な羅刹だ。
 どこの馬の骨とも知れない優月を信用しろと言っても受け入れさせるのは難しい。
「優月さんは自分の名誉が傷つくことも厭わずに大切な人の幸せを願える方です。以前の私よりよほど誇り高い生き方をしています!」
 名誉が傷つくことと誇りを守ることは一見相反するようだが、実は両方を兼ねる場合があるのだ。
 どう言えば分かってもらえるのか。
「あなたは今、惟月様に恋人ができたと聞いて気が動転しているのよ。だから手近な男で済ませようとしている。本当の愛というなら、なおさら惟月様をあきらめるべきではないのよ」
 京子は明らかに、優月が惟月の恋人ではい続けられないと思っている。
 羅仙界の住人で、惟月と優月が釣り合うと思っている者はそうそういないので、京子の方が常識的であるともいえるが。
「私は真哉さんに対して本気です。決してなにかをあきらめた訳ではありません!」
 二人の話は平行線だった。


 如月邸上空。
 真哉は使用人たちに気配を悟られないギリギリの位置に浮かんで侵入のタイミングをはかっていた。
 まずは穂高が門衛に話しかけるのが見えた。
 続いて彼らの脇を千尋と千秋が走り抜けていく。
 止めようとする使用人たちの前で千尋がペンダントの変化を解いて太刀を構えると警報器が鳴り、入口付近に霊動兵器が集められる。
 真哉は邸内のどこに怜唯がいるのか知らない。
 とりあえずは、警備が手薄になったところへ一気に下りた。
(敷地に入るのは容易……。だが――)
 彼らも伊達や酔狂で名家に仕えているのではない。真哉が邸内に入るより早く、数人の使用人が霊動兵器を伴ってやってきた。
「何者だ! 見たところ学生のようだが、このように空から突然入られては不審者として扱わざるをえんぞ」
「怜唯様をお助けするために来た。邪魔さえしなければお前たちに危害は加えない」
 向こうの出方は予想できるため、真哉は腰の剣の柄に手をかける。
「君が草薙真哉か? 京子様から絶対に通すなと指示されている」
 使用人は霊動兵器を索敵モードから戦闘モードに切り替える。
 霊動兵器の各パーツは人の身体を模しているが、これは霊力を行使するのに都合のいい形だからだ。
 羅刹の武器――魂装霊倶こんそうれいぐの中には大剣や槍を刀に変化へんげさせて持ち歩かれているものがある。これらは刀のままでも武器として使えるが、本格的な戦闘では変化を解かれる。
 武器ごとに最も力を発揮しやすい形というものがあるのだ。
「仕方ない」
 真哉は霊剣・叢雲むらくもを抜き放って霊気の刃を飛ばす。
 霊動兵器は飛び上がってそれをかわし、急降下して殴りかかってきた。
 真哉もまた攻撃をかわすが、霊動兵器のパンチで地面が割れた。
(人型だけあって柔軟な動きをするな……。全部斬るのにどれだけかかるか……)
 こうしている間にもこちらに気付いて敵は集まってきている。
 霊動兵器の数も既に十以上だ。
 千尋たちが陽動をしてくれているとはいえ、敷地が広大なだけあって、そもそも用意されている戦力が並ではない。
 大技で一気に破壊するという手もあるにはあるが、なおさら目立ってしまう。それに、向こうの敵意をあおることにもつながる。
 使用人たちに罪はない。彼らは気絶させるにとどめておくつもりだ。
「――!」
 真哉の前に立ちはだかっていた霊動兵器が、突如縦に両断された。
「バカな、最新型が一撃で……」
 うろたえる使用人たちの前に姿を現したのは。
「天堂……」
 助力を頼んではいなかった天堂優月だ。
 弟の涼太も一緒で、二人共羅刹化している。
「怜唯さんから惟月さんを奪ってしまったのはわたしです。少し協力させてください」
 この場を引き受けてくれるらしい。
 積極性に乏しいと見ていた優月が自主的に駆けつけるとは、少々誤解していた。
 それに、惟月との交際を始めた時にかなりキツく当たってしまったのに全く恨んでいないようだ。
「悪い。頼んだ」
 屋外の敵は優月たちに任せ、真哉は屋内へ踏み込むことにした。
「我々のような下働きの者にも如月家の誇りがある。君たちを捕えて、先ほどの少年を追わせてもらうぞ。霊動兵器、リミッター解除!」
 霊動兵器が優月と涼太を囲む。
「無人の兵器。新しい霊刀・雪華の試し斬りにはちょうどいいかな」
 敵は二足歩行型ではあるものの、事前に霊気を込められているだけの機械だ。
 優月が遠慮をする相手は人間だけ。無生物にはなんら容赦は必要ない。
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