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第二十九章-地獄からの侵攻-
第204話「戦う理由」
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昇太と冥獄鬼の女は、斬り合いを続けながら街道を飛んでいた。
「ずいぶんと移動しますね。若菜先輩を巻き込まないよう配慮してくれているんですか?」
昇太が皮肉めいた笑みで問いかける。
「あんた、戦い始めた場所に種を撒いてたでしょ。おおかた、種子から育てると、より強力な植物になるんじゃないの?」
「なるほど。その程度は気付きますか。――それでも甘いですが」
昇太が刀を振って、冥獄鬼を地面に叩き落す。
すると、今いる戦場の四方を囲むように大木が現れた。
「なッ!? どこから――」
「霊刀・紫苑の能力の一つ『花葉役使・飛梅』。僕の育てた樹木は、主人がどこへ行こうとも追ってきます」
「くっ……」
強大な力を帯びた霊木に包囲された状況を不利と見たらしく冥獄鬼は逃走を図るが、木と木の間をつないだ立方体状の結界に阻まれる。
「ならば――」
冥獄鬼は天理石の力を解放しようとする。
しかし――。
「刻印文字が発動しない……?」
「僕がなんの意味もなく若菜先輩の戦いを眺めていたと思いますか? この結界には天理石の力を封じる効果があります」
昇太は、若菜すらすぐに倒せない技の霊子構成――神気の場合も便宜上こう呼ぶ――を見極めることよりも、まだ出していない能力を見抜くことを優先していた。
発動前の隠し持っている能力すら解析できるのが、準霊極の才気だ。
「能力を披露する機会を奪ってしまって、すみませんね」
ここで昇太は、最強の汎用霊法を発動する。
「霊法百式・魄滅」
なんらかの結界を張った内部で威力を拡散させることなく霊気を炸裂させる術だ。
これより上の霊法となると、極致霊法しかない。
「ぐ……。はぁっ……はぁっ……」
莫大な霊気を受けて半身を失った冥獄鬼は地べたに這いつくばりながらうめく。
「意味分かんないわ……。貴族や騎士団の上位階級なんて地位があって、それ以上何を求めるっていうの……?」
混血であることを理由に差別されていた雷斗はともかく、惟月や昇太は恵まれた環境にあった。
冥獄鬼からすれば、与えられた幸福に満足すべきだと思えるのだろう。
「あなたに僕らの理想は理解できないでしょうね」
戦えなくなった冥獄鬼の頭をブーツの先で押さえつけ、あざ笑う昇太。
「――もっとも、僕にも惟月様の考えがすべて分かる訳ではありませんが」
つぶやくと共に、その頭を踏み潰した。
昇太は無傷。ふたを開けてみれば、戰戻を使うまでもないぐらいの圧勝だった。
空を見上げた昇太は誰にともなく意味深な言葉を口にする。
「この戦い、吉と出るか凶と出るか」
五番街。
優月は力が抜けたまま、うつむいていた。
(龍次さんが倒れたのは惟月さんのせい……? 霊刀・雪華がいらない刀……?)
優月の心はかつてなく揺らいでいる。
惟月が、自分たち人間の敵なら彼と戦わなければならない。しかし、そんなことができる自信はない。
冥獄鬼の言ったことが偽りで、惟月は味方なのであれば、早く助けにいかなければならない。しかし、虎徹の告げた内容を否定できる材料がない。
(朱姫さん……)
真羅朱姫は悪には程遠い人柄だった。彼女を慕っていた民は大勢いる。
朱姫と自分の戦いは偶然の産物だと思っていた。
それが、実際には、惟月によって仕組まれたものだった。
憎み合ってもいない同年代の少女二人を殺し合わせることが惟月の望みだったのか。
惟月が今まで向けてくれていた優しさのすべてがウソだったというのか。
分からない。
気持ちを安定させることができずにいると、なにかが砕けるような音が聞こえた。
「くっ……」
「こんなものが副隊長か? それとも本気を出していないだけか?」
冥獄鬼と戦っていた明日菜が、吹き飛ばされて壁に激突したようだ。
「わたくしは本気ですわ。そして、この程度で終わりはしませんわ」
明日菜が小太刀を地面に突き立てると、石や砂が刃と化して冥獄鬼に襲いかかる。
「貴様はなぜ私と戦う? 百済継一は氷血の策略で死んだのだぞ」
上空にいる冥獄鬼が石の刃を打ち払いながら発する問いかけに、優月の心も痛む。
百済もまた、惟月の望んだ通りに優月が殺した人物だ。
「継一様は新しい世界を拒絶して亡くなったのではなく、新しい世界を守る役目をわたくしたちに託したのですわ。今なら分かる……継一様は惟月様を恨んでなどいません」
明日菜は跳躍して再び冥獄鬼に向かっていく。
(明日菜さん……)
彼女はもはや優月のことすら憎んでいないようだった。
新しい世界を作るための犠牲。それを受け入れて。
「その世界は今日を以って滅ぶ。さらに新しい世界へと生まれ変わる時だ」
「戰戻『鉄鎖崩岩』‼」
戰戻によって小太刀から変化した鎖鎌を巧みに操る明日菜。
「それは、地獄の鬼ごときが決めることではありませんわ!」
鎖鎌は冥獄鬼の首をはねた。
敵の神気が消えたことを確かめた明日菜は、次の敵を探して飛んでいく。
霊京一番街の上空。
岩石の壁に覆われた空間で、雷斗は、白煉と堅固、そして無数の下級兵士たちと戦っていた。
「刻印文字の『剣』と『盾』……。獄界最強の攻撃能力と防御能力といったところか」
「如月白夜様に遠く及ばないと言いたげですね……。その通りではありますが」
敵の能力を見抜く雷斗と、それを自嘲する白煉。
白夜の『絶対強度』は、あらゆる異世界に効果が及ぶ。対して、白煉の刻印文字は二つ合わせても獄界内での最強にしかならない。
それでも雷斗は侮ってはいなかった。
「ふん。それは貴様次第だろう」
雷斗が放つ霊光を白煉の盾が吸収する。
ほとんど間を置かずに左手から撃ち出した霊法の火球は、堅固の投げた岩石でかき消される。
堅固の刻印文字は『岩』。超高硬度の岩石を生み出し操るというものだ。
雷斗の繰り出す攻撃を二人の能力で防ぎきり、白煉の剣で反撃を加えてくる。
さらに下級兵士も次々に雷斗へと斬りかかってくる。
「恐ろしい人だ……。これだけの数をたった一人で相手にして無傷などとは……」
白煉は、雷斗に対する恐怖を口にした。
白煉は冥獄鬼のナンバーツーだ。堅固も幹部格の一人。そこに下級兵士が数十体合わさっても敵わない。
戰戻を封じてなお、この状況なのだから、雷斗の霊力は途方もないものといえる。
「貴様らが守りに徹しているからではないのか?」
白煉たちは攻めてこない訳ではないが、時間稼ぎのような戦い方だ。
最強の攻撃能力を持つはずの剣も、こちらの技を相殺するために使っている。
(こいつらの目的は私の足止め……。だとすれば、本当の狙いは――)
「ずいぶんと移動しますね。若菜先輩を巻き込まないよう配慮してくれているんですか?」
昇太が皮肉めいた笑みで問いかける。
「あんた、戦い始めた場所に種を撒いてたでしょ。おおかた、種子から育てると、より強力な植物になるんじゃないの?」
「なるほど。その程度は気付きますか。――それでも甘いですが」
昇太が刀を振って、冥獄鬼を地面に叩き落す。
すると、今いる戦場の四方を囲むように大木が現れた。
「なッ!? どこから――」
「霊刀・紫苑の能力の一つ『花葉役使・飛梅』。僕の育てた樹木は、主人がどこへ行こうとも追ってきます」
「くっ……」
強大な力を帯びた霊木に包囲された状況を不利と見たらしく冥獄鬼は逃走を図るが、木と木の間をつないだ立方体状の結界に阻まれる。
「ならば――」
冥獄鬼は天理石の力を解放しようとする。
しかし――。
「刻印文字が発動しない……?」
「僕がなんの意味もなく若菜先輩の戦いを眺めていたと思いますか? この結界には天理石の力を封じる効果があります」
昇太は、若菜すらすぐに倒せない技の霊子構成――神気の場合も便宜上こう呼ぶ――を見極めることよりも、まだ出していない能力を見抜くことを優先していた。
発動前の隠し持っている能力すら解析できるのが、準霊極の才気だ。
「能力を披露する機会を奪ってしまって、すみませんね」
ここで昇太は、最強の汎用霊法を発動する。
「霊法百式・魄滅」
なんらかの結界を張った内部で威力を拡散させることなく霊気を炸裂させる術だ。
これより上の霊法となると、極致霊法しかない。
「ぐ……。はぁっ……はぁっ……」
莫大な霊気を受けて半身を失った冥獄鬼は地べたに這いつくばりながらうめく。
「意味分かんないわ……。貴族や騎士団の上位階級なんて地位があって、それ以上何を求めるっていうの……?」
混血であることを理由に差別されていた雷斗はともかく、惟月や昇太は恵まれた環境にあった。
冥獄鬼からすれば、与えられた幸福に満足すべきだと思えるのだろう。
「あなたに僕らの理想は理解できないでしょうね」
戦えなくなった冥獄鬼の頭をブーツの先で押さえつけ、あざ笑う昇太。
「――もっとも、僕にも惟月様の考えがすべて分かる訳ではありませんが」
つぶやくと共に、その頭を踏み潰した。
昇太は無傷。ふたを開けてみれば、戰戻を使うまでもないぐらいの圧勝だった。
空を見上げた昇太は誰にともなく意味深な言葉を口にする。
「この戦い、吉と出るか凶と出るか」
五番街。
優月は力が抜けたまま、うつむいていた。
(龍次さんが倒れたのは惟月さんのせい……? 霊刀・雪華がいらない刀……?)
優月の心はかつてなく揺らいでいる。
惟月が、自分たち人間の敵なら彼と戦わなければならない。しかし、そんなことができる自信はない。
冥獄鬼の言ったことが偽りで、惟月は味方なのであれば、早く助けにいかなければならない。しかし、虎徹の告げた内容を否定できる材料がない。
(朱姫さん……)
真羅朱姫は悪には程遠い人柄だった。彼女を慕っていた民は大勢いる。
朱姫と自分の戦いは偶然の産物だと思っていた。
それが、実際には、惟月によって仕組まれたものだった。
憎み合ってもいない同年代の少女二人を殺し合わせることが惟月の望みだったのか。
惟月が今まで向けてくれていた優しさのすべてがウソだったというのか。
分からない。
気持ちを安定させることができずにいると、なにかが砕けるような音が聞こえた。
「くっ……」
「こんなものが副隊長か? それとも本気を出していないだけか?」
冥獄鬼と戦っていた明日菜が、吹き飛ばされて壁に激突したようだ。
「わたくしは本気ですわ。そして、この程度で終わりはしませんわ」
明日菜が小太刀を地面に突き立てると、石や砂が刃と化して冥獄鬼に襲いかかる。
「貴様はなぜ私と戦う? 百済継一は氷血の策略で死んだのだぞ」
上空にいる冥獄鬼が石の刃を打ち払いながら発する問いかけに、優月の心も痛む。
百済もまた、惟月の望んだ通りに優月が殺した人物だ。
「継一様は新しい世界を拒絶して亡くなったのではなく、新しい世界を守る役目をわたくしたちに託したのですわ。今なら分かる……継一様は惟月様を恨んでなどいません」
明日菜は跳躍して再び冥獄鬼に向かっていく。
(明日菜さん……)
彼女はもはや優月のことすら憎んでいないようだった。
新しい世界を作るための犠牲。それを受け入れて。
「その世界は今日を以って滅ぶ。さらに新しい世界へと生まれ変わる時だ」
「戰戻『鉄鎖崩岩』‼」
戰戻によって小太刀から変化した鎖鎌を巧みに操る明日菜。
「それは、地獄の鬼ごときが決めることではありませんわ!」
鎖鎌は冥獄鬼の首をはねた。
敵の神気が消えたことを確かめた明日菜は、次の敵を探して飛んでいく。
霊京一番街の上空。
岩石の壁に覆われた空間で、雷斗は、白煉と堅固、そして無数の下級兵士たちと戦っていた。
「刻印文字の『剣』と『盾』……。獄界最強の攻撃能力と防御能力といったところか」
「如月白夜様に遠く及ばないと言いたげですね……。その通りではありますが」
敵の能力を見抜く雷斗と、それを自嘲する白煉。
白夜の『絶対強度』は、あらゆる異世界に効果が及ぶ。対して、白煉の刻印文字は二つ合わせても獄界内での最強にしかならない。
それでも雷斗は侮ってはいなかった。
「ふん。それは貴様次第だろう」
雷斗が放つ霊光を白煉の盾が吸収する。
ほとんど間を置かずに左手から撃ち出した霊法の火球は、堅固の投げた岩石でかき消される。
堅固の刻印文字は『岩』。超高硬度の岩石を生み出し操るというものだ。
雷斗の繰り出す攻撃を二人の能力で防ぎきり、白煉の剣で反撃を加えてくる。
さらに下級兵士も次々に雷斗へと斬りかかってくる。
「恐ろしい人だ……。これだけの数をたった一人で相手にして無傷などとは……」
白煉は、雷斗に対する恐怖を口にした。
白煉は冥獄鬼のナンバーツーだ。堅固も幹部格の一人。そこに下級兵士が数十体合わさっても敵わない。
戰戻を封じてなお、この状況なのだから、雷斗の霊力は途方もないものといえる。
「貴様らが守りに徹しているからではないのか?」
白煉たちは攻めてこない訳ではないが、時間稼ぎのような戦い方だ。
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