羅刹伝 雪華

こうた

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第二十二章-憎悪と愛情-

第141話「蓮乗院家での日常」

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 羅仙界へと帰還して数週間。優月は時々騎士団の任務をこなしつつ、蓮乗院邸でダラダラと過ごしていた。
 任務といっても、強大な敵との戦いもなく、第五霊隊ならではの仕事である街の便利屋としての活動だった。
 落とし物探し、人探し、食材の調達、魔獣避けの街灯の点検などなど。
 ついこの間は、猫を探してほしいと頼まれ、結局穂高の飼い猫が仲間として連れてきてくれたこともあった。
 目下の悩みといえば、涼太と二股をかけていることが龍次にバレないかということだ。
 しかし、その悩みにもだんだんと慣れてきて、むしろ魅力的な男子二人と同時に付き合えているのが、夢のような心地になってきていた。

 ある日の夜。普段は忙しくて一緒に食事も取れないことが多い久遠が家にいるということで、仲間が何人か集まって夕食を共にすることになった。
「優月君たちは、もうすっかり羅仙界での生活に慣れてくれたようだね」
 久遠が、優月・龍次・涼太の三人を優しげな目で見る。
 この人が人羅戦争において最大の敵だったとは、直接戦っていない者には信じがたいぐらいだ。
「は、はい。みなさんがよくしてくださるので……」
「俺も自分なりにやれることが見つかって毎日充実してます」
「優月が慣れすぎてなまけ癖が出てる以外は何も問題ないですね」
 例によって、優月の両隣りには龍次と涼太が座っているという、逆両手に花状態である。
 この場には、惟月はもちろん、沙菜と穂高、昇太と若菜も同席している。ちょうど超能力騒動の際に人間界に向かったメンバーか。
 そして、珍しく雷斗も加わっていた。
「雷斗様とこうしてお会いできるのは光栄ですね。ちゃんと顔を合わせるのは隊長と戦う直前以来でしょうか」
 昇太は人羅戦争でのことを振り返りながら雷斗にほほえみかける。
 なかなか度胸のある振る舞いに見える。
「あの時は本当に絶望しました。雷斗様お一人に第一霊隊のみんなが瞬殺されてしまいましたから……」
 若菜も、あの時感じた雷斗の恐ろしさを改めて口にする。
「ふん……。貴様が絶望したのは私のせいではないだろう」
 雷斗も意外と普通に会話を交わしていた。
 優月よりはコミュニケーション能力があるのかもしれない。
「シノやんは、トリやんにいじめられてなんぼのドMですからね」
「別にあたしはMじゃないよ!?」
 若菜が沙菜にからかわれるのもいつも通りの光景だ。
「そうなんですか? それは残念です……」
「え!? いや……、昇太君に残念がられると……」
 昇太からも、やはりいいようにもてあそばれている。
「惟月さまのお料理おいしい。わたしもここに住みたいな~」
 穂高はつたない持ち方のナイフとフォークで食べながら話す。
「穂高さんは貧民街に家があるでしょう?」
 沙菜は行儀など気にしないいつもの調子で肉をほお張っている。
「貧民街って……。瑞穂副隊長が聞いたら怒るよ?」
 なお、穂高の自宅がある周辺が一般に貧民街と呼ばれている訳ではない。
「別に怒っても構いませんが」
 沙菜にとっては若菜も瑞穂も雑魚であり、恐れるに足りない存在だ。
「優月。パンはちぎって食べろよ」
「あっ、そうか……」
 涼太に食事のマナーについて注意される。
 優月は、本当に敬語以外の礼儀作法には疎い。
「なに、気にすることはない。ここはレストランでもなんでもない単なる私の家だ。君たちも自分の家だと思ってくつろいでくれ」
「あ、ありがとうございます……」
 久遠の寛大さに感謝する。
 龍次の家では、彼の母親にさんざん怒られただけに、なおさら心に染み渡る。
「ふふ。みなさん楽しそうで何よりです」
 惟月は、皆の様子を眺めてうれしそうにしている。
「惟月。良い仲間を持ったな」
 久遠も兄として惟月の幸福を喜ぶ。
 優月としては、『自分ごときが良い仲間だろうか』と思ったが、場の空気を悪くするだけなのでここは黙っておいた。
「天堂優月、貴様――」
「え……」
 不意に雷斗から声をかけられて、一瞬身が硬直した。
 何かまずいことをしただろうか。
 まずいことはいくらでもしているが。
「ふっ、私には関係のないことか」
 優月の目を見て何かを言いかけたが、すぐ視線を戻してしまった。
「……?」
 わずかに笑みを浮かべたような表情は、美しいが恐怖も感じさせる。
 彼が、恐怖を司る紫電を使っていたことが思い出された。

 主に沙菜と穂高と若菜のおかげでにぎやかだった食事が終わり、皆それぞれの部屋に帰ってきた。
 沙菜が惟月に妙な進言をしたことで、優月と涼太は同室になっている。
 沙菜の意図は計りかねたが、隠れて付き合うには好都合だ。
「やっぱりおいしかったね。惟月さんの料理」
 穂高と同じ内容だが、なんとなくで感想を述べてみた。
「惟月がいつもいたら、おれの料理はいらないか?」
「あっ、いや、涼太の料理も食べたいよ? なんていうか……恋人の手料理だし」
 優月は、涼太のことを『恋人』と表現した。
 涼太は、優月と血のつながった姉弟であることにコンプッレックスを持っている。異性として見ていると強調しておいた方が機嫌がいいのだ。
「そんなに言うなら、これからも作ってやるか」
「一生?」
「それはお前次第だろ」
 異性として扱うことには決めたが、姉弟として長く過ごした時間があるので、優月は涼太に対してだけは冗談も言えるのだ。
 もっとも、これが冗談のままになるのかどうかは分からない。
「涼太……。わたしのこと好きになってくれて、ありがとう……」
「なんだ急に?」
「なんていうか……、わたしは昔から涼太のこと好きだったけど、涼太が同じぐらいわたしのこと好きだとは思ってなかったから……」
「それはお互い様だな」
 愛おしさが募ってきて、ベッドに座っている涼太のそばに寄り添う。
 改めて見ても自分の弟とは思えないぐらいの美男子だ。
 もしかしたら実際には血がつながっていないのではないか。
 そんな考えが浮かぶような関係性になっていた。
「ねえ……」
「ん?」
「キス……してもいい……?」
 長い付き合いだとはいっても、これはかなり大胆な発言だったと思う。
 それでも、したいものはしたいのだ。
「お前な……」
 龍次とは既にキスをしたことがある。それは涼太も知っている。
 一方、涼太とは、以前勝手にしただけでちゃんとはしていない。
 二人と交際していて、片方としかしていないのは不公平だという考えもあった。
「まあ、別にいいけど……」
 涼太の方も、龍次に比べておろそかにされるのは嫌なのだろう。案外素直に応じてくれた。
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