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第二十二章-憎悪と愛情-
第135話「学園生活」
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気付くとそこは学校の廊下だった。
(あれ? わたし、何してたんだっけ?)
服装は私服だが、この学校の制服は強制ではないため、いつも通りの格好だ。
何か大変なことがあったような気もするのだが、よく思い出せない。
状況からすると、今、登校してきたところだろうか。
ひとまず教室に入って席につく。それから時計に目をやってみる。
時刻は八時。
(わたしって、こんなに余裕持って登校してたかな……?)
奇妙な感覚だが、朝早いのはなんとなく清々しい気分だ。
時間が経つにつれて、他の生徒たちも教室に入ってくる。
皆、友人同士で何気ない会話を交わしている。
「天堂さんってかわいいよな~」
「でも、俺たちには高嶺の花だよ」
(え――!?)
耳を疑うような評判が聞こえてきた。
話していたのは、少なくとも普通以上の容姿をした男子たち。
思わず彼らの方を凝視してしまう。
自分の苗字は天堂で間違いない。知る限り同じ苗字の生徒はいない。
弟の涼太は、『かわいい』と言われることもあるが、それは女子からだけ。男子は、どちらかというと涼太の人気に嫉妬しているぐらいだ。
『高嶺の花』という表現からも女子のことを話しているものだと思われる。
(わたしがかわいい……?)
それまで容姿をほめられたことがなかったので、ましてや誰かから『高嶺の花』などと言われるとは思ってもみなかった。本当に自分のことだろうか。
会話していた男子たちも優月の視線に気付いたようだ。
「なあ、天堂さんがこっち見てないか?」
「見てるような気もするけど、俺たちとは限らないしな……。自意識過剰なんじゃないか?」
「だよな~。天堂さんが俺らなんて相手にする訳ないし」
いよいよもって自分のことを言っているのだとはっきりしてきた。
うれしいのだが、あまりにも今までの自分の評価と違っていて動揺を隠せない。相手にしてもらえないのは自分の方だったのではなかったか。
周りを見渡してみると、心なしかこちらを見ている男子が多い気がする。
男子だけでなく、女子の態度にも変化を感じることに。
「ねえ、優月ちゃん! 宿題で分からないとこがあるんだけど、教えてくれない?」
記憶をたどってみるが、家族以外に下の名前で呼ばれることはあまりなかったはず。なぜこの女子はこんなに親しげなのか。
「わたしで教えられることならいいんですけど、他の人に分からないことがわたしに分かるとは……」
親しげに接してくれるのはありがたいことなので、引き受けたいのだが、自分は弟に勉強を見てもらっているぐらいだ。他人に教えられる訳がない――そう思ったが。
「またまた、謙遜しちゃって。学年一位の優月ちゃんが分からない訳ないじゃん」
学年一位は龍次だったはず。女子の中でということかとも思ったが、それでもおかしい。
「天堂さん! あたしもいいー?」
宿題を教えてもらうという話を聞いて何人かの女子が寄ってきた。
記憶が正しければ龍次との仲を快く思わず優月を嫌っている女子も少なくなかったはずだが、寄ってきた女子たちは皆笑顔だ。
(そういえば赤烏さんと戦った後、他の人とも仲良くできるようにがんばることにしたんだっけ)
その考えが浮かんだところでまたしても奇妙な感覚になった。
(あれ……? 赤烏さんって誰だったっけ……?)
どんな人かも思い出せないし、そもそも『戦った』という表現が不自然な気がした。
自分の性格からして誰かと戦うなどということをするだろうか。
そもそも日本に住んでいて一体何と戦うというのだろうか。
「ね? ね? いいでしょ優月ちゃん」
女子たちから急かされて、ひとまず机に向かうことに。
どうやって教えるか悩むことになるかと思いきや。
(あれ? なんかスラスラ教えられる)
学年一位と言われただけあって、どの問題もあっさり理解できて他人に教えらえるだけの余裕がある。
女子たちに感謝されながら朝の時間を過ごしたのち授業が始まったが、やはり内容がちゃんと頭に入ってきて、以前のように眠くなったりしない。
昼休みになると、龍次が声をかけてきた。
「優月さん、お昼一緒にどうかな」
ここは違和感がなかった。龍次が優しいのはいつも通りだ。
「はっ、はい……! 喜んで……!」
感激したという様子で返答する優月に対し、龍次は意外そうな顔をする。
「今日はどうしたの優月さん。そんなに大げさな反応するとこ?」
またしても違和感。
たかが昼食を一緒に取る程度のことで、というのは分かるが、優月のこの反応は性分として知ってもらえていた気がしたのだが。
そして周りから聞こえてくる声は優月の頭にあるものと違う。
「くっそー。龍次の奴、天堂さんと仲良くしやがって」
「しょうがないよ。この学校で天堂さんと釣り合うのなんて龍次ぐらいしかいないんだから」
(わたしが龍次さんと釣り合ってる……?)
確か分不相応に龍次と付き合っているという認識だったはずだが、周りからはそう思われていないのだったか。――そう考えているとそんな気もしてきた。
「日向君と優月ちゃんってホントお似合いよねー」
「まさに美男美女って感じ!」
女子たちからは、龍次との仲を祝福されているようだ。
美女――自分とは無縁の言葉だと思っていたが、何度も容姿に関する高評価を聞いているうちに少し自信が湧いてきた。
(そっか、龍次さんと付き合えるぐらいなんだから、わたしも結構いい方なのかな?)
昼食を購買部に買いにいこうかと思ったところで、カバンに弁当袋が入っていることに気付く。
珍しく親が作ってくれたという記憶はなく、代わりに自分がキッチンに向かう光景が脳内で再現された。
いずれにせよ食べるものはあるので、龍次と向かい合って弁当箱を開く。
「わあ、優月さんやっぱり料理上手いね」
龍次に称賛された通り、色合いの良いおかずが整然と詰め込まれている。
「いえ、それほどでも」
『わたしごときが作った料理なんて』と言いそうになったが、口から出たのはそれより軽い謙遜の言葉だった。
食べる前は量が少なくて物足りないようにも思えたが、実際に食べてみるとすぐに満腹になった。
その後の授業も簡単に理解でき、先生からも信頼されているようだった。
教室中の男子が、こちらをチラチラ見ており、それが好意を持っているが故だということが分かった。自分も好きな人に対してはそうだったから。
(ん……? なにか嫌なこと思い出しそうになった気がしたけど……。気のせいか……)
学校一の美少女に見つめられて嫌な顔をする男子はそうそういないだろう。結局、ネガティブな記憶が引き出されることはなかった。
そして放課後。
帰り支度をしていると龍次がそばにきた。
「優月さんももう帰る? 送ってくよ」
「え? いえ、そんな手間をかける訳には……」
龍次が気を遣ってくれるのはうれしいが、少々過保護なようにも思える。ここも違和感はなかった。
「そんなこと言って。優月さんはかわいいんだから、悪い男に狙われやすいんだよ?」
ここは違和感があるようなないような微妙な感覚だった。
「もし襲われたとしても、わたしの方がつよ……い訳ないですよね」
自分は何を言っているのだろう。暴漢に立ち向かえるほどの腕力などないに決まっているのに。
そう思った時、なんともいえない虚しさのようなものが湧き起こる。
しかし、学年一の成績を誇り学校一の美男子と付き合える美少女という立場で何を憂う必要があるのか、と気持ちが上書きされた。
「なんか今日の優月さん、ちょっといつもと違うね。まあ、いつも通りかわいいんだけど」
ほほえみかけてくれる龍次の顔を見て、時々起こっていた奇妙な感覚はどうでも良くなった。
(あれ? わたし、何してたんだっけ?)
服装は私服だが、この学校の制服は強制ではないため、いつも通りの格好だ。
何か大変なことがあったような気もするのだが、よく思い出せない。
状況からすると、今、登校してきたところだろうか。
ひとまず教室に入って席につく。それから時計に目をやってみる。
時刻は八時。
(わたしって、こんなに余裕持って登校してたかな……?)
奇妙な感覚だが、朝早いのはなんとなく清々しい気分だ。
時間が経つにつれて、他の生徒たちも教室に入ってくる。
皆、友人同士で何気ない会話を交わしている。
「天堂さんってかわいいよな~」
「でも、俺たちには高嶺の花だよ」
(え――!?)
耳を疑うような評判が聞こえてきた。
話していたのは、少なくとも普通以上の容姿をした男子たち。
思わず彼らの方を凝視してしまう。
自分の苗字は天堂で間違いない。知る限り同じ苗字の生徒はいない。
弟の涼太は、『かわいい』と言われることもあるが、それは女子からだけ。男子は、どちらかというと涼太の人気に嫉妬しているぐらいだ。
『高嶺の花』という表現からも女子のことを話しているものだと思われる。
(わたしがかわいい……?)
それまで容姿をほめられたことがなかったので、ましてや誰かから『高嶺の花』などと言われるとは思ってもみなかった。本当に自分のことだろうか。
会話していた男子たちも優月の視線に気付いたようだ。
「なあ、天堂さんがこっち見てないか?」
「見てるような気もするけど、俺たちとは限らないしな……。自意識過剰なんじゃないか?」
「だよな~。天堂さんが俺らなんて相手にする訳ないし」
いよいよもって自分のことを言っているのだとはっきりしてきた。
うれしいのだが、あまりにも今までの自分の評価と違っていて動揺を隠せない。相手にしてもらえないのは自分の方だったのではなかったか。
周りを見渡してみると、心なしかこちらを見ている男子が多い気がする。
男子だけでなく、女子の態度にも変化を感じることに。
「ねえ、優月ちゃん! 宿題で分からないとこがあるんだけど、教えてくれない?」
記憶をたどってみるが、家族以外に下の名前で呼ばれることはあまりなかったはず。なぜこの女子はこんなに親しげなのか。
「わたしで教えられることならいいんですけど、他の人に分からないことがわたしに分かるとは……」
親しげに接してくれるのはありがたいことなので、引き受けたいのだが、自分は弟に勉強を見てもらっているぐらいだ。他人に教えられる訳がない――そう思ったが。
「またまた、謙遜しちゃって。学年一位の優月ちゃんが分からない訳ないじゃん」
学年一位は龍次だったはず。女子の中でということかとも思ったが、それでもおかしい。
「天堂さん! あたしもいいー?」
宿題を教えてもらうという話を聞いて何人かの女子が寄ってきた。
記憶が正しければ龍次との仲を快く思わず優月を嫌っている女子も少なくなかったはずだが、寄ってきた女子たちは皆笑顔だ。
(そういえば赤烏さんと戦った後、他の人とも仲良くできるようにがんばることにしたんだっけ)
その考えが浮かんだところでまたしても奇妙な感覚になった。
(あれ……? 赤烏さんって誰だったっけ……?)
どんな人かも思い出せないし、そもそも『戦った』という表現が不自然な気がした。
自分の性格からして誰かと戦うなどということをするだろうか。
そもそも日本に住んでいて一体何と戦うというのだろうか。
「ね? ね? いいでしょ優月ちゃん」
女子たちから急かされて、ひとまず机に向かうことに。
どうやって教えるか悩むことになるかと思いきや。
(あれ? なんかスラスラ教えられる)
学年一位と言われただけあって、どの問題もあっさり理解できて他人に教えらえるだけの余裕がある。
女子たちに感謝されながら朝の時間を過ごしたのち授業が始まったが、やはり内容がちゃんと頭に入ってきて、以前のように眠くなったりしない。
昼休みになると、龍次が声をかけてきた。
「優月さん、お昼一緒にどうかな」
ここは違和感がなかった。龍次が優しいのはいつも通りだ。
「はっ、はい……! 喜んで……!」
感激したという様子で返答する優月に対し、龍次は意外そうな顔をする。
「今日はどうしたの優月さん。そんなに大げさな反応するとこ?」
またしても違和感。
たかが昼食を一緒に取る程度のことで、というのは分かるが、優月のこの反応は性分として知ってもらえていた気がしたのだが。
そして周りから聞こえてくる声は優月の頭にあるものと違う。
「くっそー。龍次の奴、天堂さんと仲良くしやがって」
「しょうがないよ。この学校で天堂さんと釣り合うのなんて龍次ぐらいしかいないんだから」
(わたしが龍次さんと釣り合ってる……?)
確か分不相応に龍次と付き合っているという認識だったはずだが、周りからはそう思われていないのだったか。――そう考えているとそんな気もしてきた。
「日向君と優月ちゃんってホントお似合いよねー」
「まさに美男美女って感じ!」
女子たちからは、龍次との仲を祝福されているようだ。
美女――自分とは無縁の言葉だと思っていたが、何度も容姿に関する高評価を聞いているうちに少し自信が湧いてきた。
(そっか、龍次さんと付き合えるぐらいなんだから、わたしも結構いい方なのかな?)
昼食を購買部に買いにいこうかと思ったところで、カバンに弁当袋が入っていることに気付く。
珍しく親が作ってくれたという記憶はなく、代わりに自分がキッチンに向かう光景が脳内で再現された。
いずれにせよ食べるものはあるので、龍次と向かい合って弁当箱を開く。
「わあ、優月さんやっぱり料理上手いね」
龍次に称賛された通り、色合いの良いおかずが整然と詰め込まれている。
「いえ、それほどでも」
『わたしごときが作った料理なんて』と言いそうになったが、口から出たのはそれより軽い謙遜の言葉だった。
食べる前は量が少なくて物足りないようにも思えたが、実際に食べてみるとすぐに満腹になった。
その後の授業も簡単に理解でき、先生からも信頼されているようだった。
教室中の男子が、こちらをチラチラ見ており、それが好意を持っているが故だということが分かった。自分も好きな人に対してはそうだったから。
(ん……? なにか嫌なこと思い出しそうになった気がしたけど……。気のせいか……)
学校一の美少女に見つめられて嫌な顔をする男子はそうそういないだろう。結局、ネガティブな記憶が引き出されることはなかった。
そして放課後。
帰り支度をしていると龍次がそばにきた。
「優月さんももう帰る? 送ってくよ」
「え? いえ、そんな手間をかける訳には……」
龍次が気を遣ってくれるのはうれしいが、少々過保護なようにも思える。ここも違和感はなかった。
「そんなこと言って。優月さんはかわいいんだから、悪い男に狙われやすいんだよ?」
ここは違和感があるようなないような微妙な感覚だった。
「もし襲われたとしても、わたしの方がつよ……い訳ないですよね」
自分は何を言っているのだろう。暴漢に立ち向かえるほどの腕力などないに決まっているのに。
そう思った時、なんともいえない虚しさのようなものが湧き起こる。
しかし、学年一の成績を誇り学校一の美男子と付き合える美少女という立場で何を憂う必要があるのか、と気持ちが上書きされた。
「なんか今日の優月さん、ちょっといつもと違うね。まあ、いつも通りかわいいんだけど」
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