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第八章-偽りの希望-
第50話「追憶:襲われる村」
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今から二年前。
霊京の遥か東にある小さな村で。
村周辺に出没する魔獣を退治し終えて家に帰ってくる少女・春日。
身につけた橙色の装束は若干ボロいが、こんな辺境の地ではそれが当たり前だった。霊京のように煌びやかな生活はできない。
「ただいまー」
「おかえり、姉さん」
笑顔で迎えてくれたのは、春日の弟・秋夜。短髪で可愛らしい雰囲気を持った少年だ。
歳は春日が十四歳、秋夜が十二歳である。
「なんかね、今、騎士団の人が巡回に来てるみたいだよ」
「え? 騎士団の?」
騎士団といえば、羅仙界を守護する『霊神騎士団』のことだ。普段はこんな辺鄙なところにまで来ないが、それでも時々は末端の騎士が巡回することになっていた。
噂をすればなんとやらで、ここの村人に比べて身なりのいい少女が現れた。
「あんたか? 騎士団から来たっていうのは?」
「ん? そうだけど? 第四霊隊の水無陽菜。よろしくね」
「ああ。こっちこそ、よろしく」
愛想良く挨拶する騎士団員に、軽く頭を下げる春日。
「てっきりこんな田舎の村なんて騎士団の眼中にないのかと思ってたけど、そうでもなかったんだね」
「あはは、そりゃあ普段から全部の村に騎士を派遣してたら人数が足りないからね。でも、この羅仙界の全土を守護するのが霊神騎士団だもん。無視なんてしてないよ」
陽菜は、苦笑しながらも、騎士団の矜持を口にする。
しばし雑談に興じる春日と陽菜。
聞くところによると、陽菜には危なっかしい性格の幼馴染がいて、その彼の後を追うようにして騎士団に入ったのだという。
話を終えて陽菜が去っていくと、秋夜が小さく言葉を漏らした。
「騎士かぁ……。僕ももっと強かったら姉さんのこと守れるのにな……」
悲しげな表情の秋夜の頭を撫でて言い聞かせる。
「あたしは大丈夫。あんたは戦いなんてしなくていいんだよ」
この数時間後、村は炎に包まれた。
「逃げろー! 喰人種だー!」
騎士が来ていたことと関係があるのかは分からないが、平和だった村は突如として喰人種の脅威に晒された。
鈍重そうな巨体の喰人種が炎の間を闊歩している。
男性のようではあるが、既に変異が進行しており、四肢はともかく顔が怪物と表現せざるをえないものとなっていた。
征伐士協会によって危険度A級と見なされた喰人種・業魔だ。
村中に倒れた死体から魂魄が吸い出され業魔の口元に集まる。
「フゥー」
村人たちの魂を吸い込み、さらに力を増す業魔。
「くそッ! 好き勝手させてたまるか!」
春日はたまらず飛び出していく。
太刀を抜いて業魔に斬りかかるが、軽くいなされてしまう。
「何やってる、春日! 早く逃げろ!」
後ろから声をかけられるが、逃げる訳にはいかなかった。仲間の仇を討たなければならない。
しかし、そんな思いも虚しく、業魔が振るう巨大な斧で太刀を折られ、春日自身も深手を負ってしまう。
眼前に異形の喰人種が迫る。
(く、喰われる……!)
その時。
「姉さん!」
業魔の手が届く寸前で、秋夜が春日を突き飛ばした。
「秋夜!」
春日の身代わりとなって業魔につかまった秋夜。そのまま締め上げられ、魂を吸い出される。
「魂は喰わせてもらった。死体は返してやる」
業魔は、既に冷たくなった秋夜の遺体をこちらに投げつけてきた。
「秋夜ぁぁぁ!!」
弟の死に絶望する春日に、再び業魔が迫るが、それを遮るように氷の盾が形成される。
「霊法三十五式・氷盾!」
先ほどの騎士の少女・陽菜が事態に気付いて駆けつけてくれた。だが、もう遅い。
「こっちの方に不穏な気配があるって聞いてきたけど、まさかこんな強い喰人種が潜んでいたなんて……」
陽菜は剣を抜き応戦するが、業魔の圧倒的な膂力により追い詰められる。
――もう駄目だ。秋夜も喰われてしまった。自分たちも喰われる。
「女相手にデカい斧振り回してんじゃねえよ!」
この場に駆けつけた少年が、業魔の斧を剣で弾く。
「なんだ、貴様は? 他の奴らよりは随分マシな霊力を持っている」
「霊神騎士団第三霊隊副隊長・朝霧大和だ!」
「そうか。儂の名は業魔。貴様も喰ろうてやろう」
「やってみやがれ!」
大和と名乗った少年は陽菜や春日を庇うように前に立つ。
「大和! アンタまた持ち場離れてんじゃない」
「うるせえ。今はそれどころじゃねえだろ」
陽菜の言っていた幼馴染というのは、彼・朝霧大和のことだ。
言い合いをしている場合でないことは陽菜も理解していた為、それ以上は口を出さなかった。
大和は地を蹴って業魔の懐へと踏み込む。
斬り結ぶ少年と喰人種。
「一気に終わらせてやる! 断劾――狼牙一閃破!」
大和の断劾による鋭い斬撃が業魔の身体に叩き込まれるが、それでも倒し切れなかった。
「断劾の使い手……! くっ、分が悪いか……」
傷を負った業魔は遁術の炎を放ち、この場から去っていく。
「逃がすかよッ!」
「アタシも行くわ!」
「――分かった。オレから離れるなよ!」
業魔を追いかけようとする大和に陽菜も続いた。
「待ってくれ、あたしも……。うっ……」
春日も騎士二人について行こうとするが、太刀を折られた時に負った傷が深く、その場で気絶してしまう。
霊京の遥か東にある小さな村で。
村周辺に出没する魔獣を退治し終えて家に帰ってくる少女・春日。
身につけた橙色の装束は若干ボロいが、こんな辺境の地ではそれが当たり前だった。霊京のように煌びやかな生活はできない。
「ただいまー」
「おかえり、姉さん」
笑顔で迎えてくれたのは、春日の弟・秋夜。短髪で可愛らしい雰囲気を持った少年だ。
歳は春日が十四歳、秋夜が十二歳である。
「なんかね、今、騎士団の人が巡回に来てるみたいだよ」
「え? 騎士団の?」
騎士団といえば、羅仙界を守護する『霊神騎士団』のことだ。普段はこんな辺鄙なところにまで来ないが、それでも時々は末端の騎士が巡回することになっていた。
噂をすればなんとやらで、ここの村人に比べて身なりのいい少女が現れた。
「あんたか? 騎士団から来たっていうのは?」
「ん? そうだけど? 第四霊隊の水無陽菜。よろしくね」
「ああ。こっちこそ、よろしく」
愛想良く挨拶する騎士団員に、軽く頭を下げる春日。
「てっきりこんな田舎の村なんて騎士団の眼中にないのかと思ってたけど、そうでもなかったんだね」
「あはは、そりゃあ普段から全部の村に騎士を派遣してたら人数が足りないからね。でも、この羅仙界の全土を守護するのが霊神騎士団だもん。無視なんてしてないよ」
陽菜は、苦笑しながらも、騎士団の矜持を口にする。
しばし雑談に興じる春日と陽菜。
聞くところによると、陽菜には危なっかしい性格の幼馴染がいて、その彼の後を追うようにして騎士団に入ったのだという。
話を終えて陽菜が去っていくと、秋夜が小さく言葉を漏らした。
「騎士かぁ……。僕ももっと強かったら姉さんのこと守れるのにな……」
悲しげな表情の秋夜の頭を撫でて言い聞かせる。
「あたしは大丈夫。あんたは戦いなんてしなくていいんだよ」
この数時間後、村は炎に包まれた。
「逃げろー! 喰人種だー!」
騎士が来ていたことと関係があるのかは分からないが、平和だった村は突如として喰人種の脅威に晒された。
鈍重そうな巨体の喰人種が炎の間を闊歩している。
男性のようではあるが、既に変異が進行しており、四肢はともかく顔が怪物と表現せざるをえないものとなっていた。
征伐士協会によって危険度A級と見なされた喰人種・業魔だ。
村中に倒れた死体から魂魄が吸い出され業魔の口元に集まる。
「フゥー」
村人たちの魂を吸い込み、さらに力を増す業魔。
「くそッ! 好き勝手させてたまるか!」
春日はたまらず飛び出していく。
太刀を抜いて業魔に斬りかかるが、軽くいなされてしまう。
「何やってる、春日! 早く逃げろ!」
後ろから声をかけられるが、逃げる訳にはいかなかった。仲間の仇を討たなければならない。
しかし、そんな思いも虚しく、業魔が振るう巨大な斧で太刀を折られ、春日自身も深手を負ってしまう。
眼前に異形の喰人種が迫る。
(く、喰われる……!)
その時。
「姉さん!」
業魔の手が届く寸前で、秋夜が春日を突き飛ばした。
「秋夜!」
春日の身代わりとなって業魔につかまった秋夜。そのまま締め上げられ、魂を吸い出される。
「魂は喰わせてもらった。死体は返してやる」
業魔は、既に冷たくなった秋夜の遺体をこちらに投げつけてきた。
「秋夜ぁぁぁ!!」
弟の死に絶望する春日に、再び業魔が迫るが、それを遮るように氷の盾が形成される。
「霊法三十五式・氷盾!」
先ほどの騎士の少女・陽菜が事態に気付いて駆けつけてくれた。だが、もう遅い。
「こっちの方に不穏な気配があるって聞いてきたけど、まさかこんな強い喰人種が潜んでいたなんて……」
陽菜は剣を抜き応戦するが、業魔の圧倒的な膂力により追い詰められる。
――もう駄目だ。秋夜も喰われてしまった。自分たちも喰われる。
「女相手にデカい斧振り回してんじゃねえよ!」
この場に駆けつけた少年が、業魔の斧を剣で弾く。
「なんだ、貴様は? 他の奴らよりは随分マシな霊力を持っている」
「霊神騎士団第三霊隊副隊長・朝霧大和だ!」
「そうか。儂の名は業魔。貴様も喰ろうてやろう」
「やってみやがれ!」
大和と名乗った少年は陽菜や春日を庇うように前に立つ。
「大和! アンタまた持ち場離れてんじゃない」
「うるせえ。今はそれどころじゃねえだろ」
陽菜の言っていた幼馴染というのは、彼・朝霧大和のことだ。
言い合いをしている場合でないことは陽菜も理解していた為、それ以上は口を出さなかった。
大和は地を蹴って業魔の懐へと踏み込む。
斬り結ぶ少年と喰人種。
「一気に終わらせてやる! 断劾――狼牙一閃破!」
大和の断劾による鋭い斬撃が業魔の身体に叩き込まれるが、それでも倒し切れなかった。
「断劾の使い手……! くっ、分が悪いか……」
傷を負った業魔は遁術の炎を放ち、この場から去っていく。
「逃がすかよッ!」
「アタシも行くわ!」
「――分かった。オレから離れるなよ!」
業魔を追いかけようとする大和に陽菜も続いた。
「待ってくれ、あたしも……。うっ……」
春日も騎士二人について行こうとするが、太刀を折られた時に負った傷が深く、その場で気絶してしまう。
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