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第一章-守るべきものの選択-
第11話「断劾」
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「優月‼」
「優月さん――‼」
爆風に吹き飛ばされ、全身を焼かれた優月。
普通七割も焼かれれば死んでいるところだが、身体に通う霊力で辛うじて命を繋いでいる。
一方の赤烏も片膝を突いて苦しい息を吐いていた。
「はぁっ……、はぁっ……。熱い……。もう炎の力はオレのもんじゃねえのか……」
目を瞑り、静止して力の安定を待つ。
(……動けない……。わたし……なんで勝てるつもりになってたんだろう……)
優月は空を仰いでいる状態だが、最早、目も見えていなかった。
ただ、なんとなく龍次と涼太が傍に駆け寄ってきている気はする。
人を殺してしまうなどというのは、自分の方が強い場合の話だ。弱ってもなお勇敢に戦っている者に、今頃ようやく戦う気になった者がどうして勝てようか。
(……分かってたはずなのに……。わたしなんかが誰かを守れる訳ないって……)
肉体が指の一本も動かせない分、頭で自己嫌悪の思考だけが巡っている。
(……このまま死ぬのかな……。わたしも人を殺そうとしたんだし……そうなるよね……。でも……嫌だな……怖い……)
――死にたくない。
つい先ほどまで、これほどの恐怖を赤烏に与えようとしていた。反撃されて当然だ。
(龍次さんも……涼太も……、こんな思いするのかな……)
二人に申し訳ないとは思っている。しかし、『自分だけならまだしも』とは思えなかった。
初めて喰人種に襲われた時、『涼太だけでも逃がしたい』と思ったのは、子供心には死の恐怖が理解できていなかっただけかもしれない。
やはり自分も死にたくない。龍次が死ぬのも涼太が死ぬのも嫌。赤の他人に押し付けてしまいたい――そんな醜い考えに支配されていた。
(……涼太は意気込んでたし……、ひょっとしたら助けてくれないかな……?)
涼太は魂装霊倶を手にしてから、獣型だったとはいえ喰人種を何度も退治している。
自分が本当に辛い時は、いつも手を差し伸べてくれた涼太なら、あるいは今回も――。
『優月さん! この期に及んでまだ涼太さんに甘えるつもりですか!?』
(え……?)
霊刀・雪華の声が聞こえてきた。
耳から入ってくる感じではない。優月は羅刹ではないが、共に過ごすうちに魂装霊倶との繋がりが生まれていたのか。
『龍次さんと涼太さんに恩を返したいなら、今がその時ではありませんか!』
(……でも、もうわたしにできることなんて……)
雪華は優月の心を感じ取っているようだが、そもそも口を使って話すことができないのだ。
『ある、と言ったら――やりますか?』
(――‼)
あるということなのだろう。
だが、わざわざ尋ねてくるからには、都合よく霊力を強化してくれるだけのことであるはずがない。
代償は何か。
赤烏ほどの戦士が、人間ごときを倒すのにあれだけ苦労しているのだ。逆となると、どれほどの苦痛が伴うか分からない。
(……どんな方法か分からなくて怖いですけど……。でも――、やります)
一体何をするのか。どの程度厳しいものなのか。聞き返すようであれば、その方法は使えないだろう。
赤烏は、そのような考えで打ち勝てるほど弱い羅刹ではない。
それに、六年も一緒にいたのだから分かる。雪華の提案することが、自分にとって最も忌避すべきものであるはずがないと。
『では、これから私の魂魄をあなたの肉体に憑依させます。羅刹としての肉体を得れば、能力の上昇により現状の傷は回復するでしょう。ただ、私が望まずとも、本来、自分のものではない力があなたを――』
(あの……)
雪華の話にあえて割り込む。
『……?』
(早くしてもらえないでしょうか……?)
説明を聞いている暇があったら、一刻も早く龍次と涼太を助けたい。今の状態では、二人の安否さえ分からないのだ。
焼け焦げていた優月の身体から、眩い霊光が放たれる。
「な、なんだ!?」
「優月さん!?」
ようやく二人の無事が確認できた。
光の跡から姿を見せる優月。傷が塞がったその身に纏うは月白の着物。
六年前、風花が身につけていたものとよく似ているが、微妙に変化もしており小振袖となっている。
(さ、寒い……)
人間でありながら、氷雪の力を宿したことで身体の芯まで冷え切ったようだった。
(――でも、別にこれぐらい……)
霊力がなければ凍死しかねない体温低下。それが深刻なものとして感じられない。
まるで、苦痛が心にまでは届いていないかのようだ。
自分の存在が消えてなくなる、大切な人を失う、そんな恐怖に比べれば。
そんな恐怖を他人に負わせる悪辣に比べれば。
取るに足りない、些細なことに思えた。
「――! お前、その着物……」
赤烏は、優月の変化に気付き無理を通して立ち上がる。
再び対峙することとなった優月と赤烏。
「……赤烏さん……」
「お、おう……、さん付けか……」
憔悴したような赤烏の姿に思わず悲しげな目を向けてしまったが、彼が怒りを見せることはなかった。
まだ勝敗は分からない。もし勝てたとしたら、それは相手が消耗している有利な条件で戦ったからだ。
そもそも三対一である。
「優月、動けんのか?」
「う、うん」
「そんな格好してるからには、さっきまでより強くなってんだろうな?」
「た、たぶん……?」
頼りない答えに嘆息しつつも、涼太は優月のいつもと変わらない様子を見て安心しているようだった。
「……! その紋章は……」
赤烏の反応で初めて気付いた。自分ではよく見えないが、着物になんらかの紋が入っている。
『先ほども言いましたが、喰人種を元の羅刹に戻す手段は存在しません』
手にした刀ではなく、身体の内から雪華の声が響く。
『あなたより強い人が戦ったとしても、やはり命を絶つことだけが唯一の救済です』
「そう……ですか……」
簡単に割り切れるものではない。死ぬことも殺すことも怖いままだ。
それでも、戦いをやめる気はなくなっていた。
「そういや、まだちゃんと名前を聞いてなかったな」
「……天堂優月といいます」
「ユヅキか。どんな字を書く?」
「『優しい』に……夜見える『月』です」
名前負けかもしれないが。
「『優月』――。いい名前だな、覚えとくぜ。生きてる限りは、ずっとな……」
「…………」
「オレは死ぬ気はねえ。構えろ優月」
赤烏が差し向ける掌に火球が形成されていく。
そこで、涼太が前に進み出た。
「涼太……?」
「今のお前がまともに戦って勝てる相手じゃねえ。この一発はおれが引き受けてやる」
「そ、そんなこと……」
ここまできて涼太にもしものことがあったら――。
「おれだって死ぬ気はねえ。そのあとはお前に任せるぞ」
「……うん」
赤烏に残された霊力が集約して生まれた極大の火球。
「いくぜ、優月! 霊戦技――烈火紅弾!!」
渾身の一撃が放たれる。
「霊剣・紅大蛇!」
涼太は蛇腹剣を限界まで伸ばし、その切っ先で火球に触れた。
響き渡る爆音。
紅大蛇の能力で起爆され、赤烏の技は着弾前に炸裂した。
『今です。せめて、彼の魂を救ってあげてください』
霊刀・雪華が優月を導く。
『その為の力の名は――』
刀を振り上げると、使い手の優月だけを囲むように吹雪が巻き起こった。
「断劾――」
そして、刃は振り下ろされる――。
「――霜天雪破」
「優月さん――‼」
爆風に吹き飛ばされ、全身を焼かれた優月。
普通七割も焼かれれば死んでいるところだが、身体に通う霊力で辛うじて命を繋いでいる。
一方の赤烏も片膝を突いて苦しい息を吐いていた。
「はぁっ……、はぁっ……。熱い……。もう炎の力はオレのもんじゃねえのか……」
目を瞑り、静止して力の安定を待つ。
(……動けない……。わたし……なんで勝てるつもりになってたんだろう……)
優月は空を仰いでいる状態だが、最早、目も見えていなかった。
ただ、なんとなく龍次と涼太が傍に駆け寄ってきている気はする。
人を殺してしまうなどというのは、自分の方が強い場合の話だ。弱ってもなお勇敢に戦っている者に、今頃ようやく戦う気になった者がどうして勝てようか。
(……分かってたはずなのに……。わたしなんかが誰かを守れる訳ないって……)
肉体が指の一本も動かせない分、頭で自己嫌悪の思考だけが巡っている。
(……このまま死ぬのかな……。わたしも人を殺そうとしたんだし……そうなるよね……。でも……嫌だな……怖い……)
――死にたくない。
つい先ほどまで、これほどの恐怖を赤烏に与えようとしていた。反撃されて当然だ。
(龍次さんも……涼太も……、こんな思いするのかな……)
二人に申し訳ないとは思っている。しかし、『自分だけならまだしも』とは思えなかった。
初めて喰人種に襲われた時、『涼太だけでも逃がしたい』と思ったのは、子供心には死の恐怖が理解できていなかっただけかもしれない。
やはり自分も死にたくない。龍次が死ぬのも涼太が死ぬのも嫌。赤の他人に押し付けてしまいたい――そんな醜い考えに支配されていた。
(……涼太は意気込んでたし……、ひょっとしたら助けてくれないかな……?)
涼太は魂装霊倶を手にしてから、獣型だったとはいえ喰人種を何度も退治している。
自分が本当に辛い時は、いつも手を差し伸べてくれた涼太なら、あるいは今回も――。
『優月さん! この期に及んでまだ涼太さんに甘えるつもりですか!?』
(え……?)
霊刀・雪華の声が聞こえてきた。
耳から入ってくる感じではない。優月は羅刹ではないが、共に過ごすうちに魂装霊倶との繋がりが生まれていたのか。
『龍次さんと涼太さんに恩を返したいなら、今がその時ではありませんか!』
(……でも、もうわたしにできることなんて……)
雪華は優月の心を感じ取っているようだが、そもそも口を使って話すことができないのだ。
『ある、と言ったら――やりますか?』
(――‼)
あるということなのだろう。
だが、わざわざ尋ねてくるからには、都合よく霊力を強化してくれるだけのことであるはずがない。
代償は何か。
赤烏ほどの戦士が、人間ごときを倒すのにあれだけ苦労しているのだ。逆となると、どれほどの苦痛が伴うか分からない。
(……どんな方法か分からなくて怖いですけど……。でも――、やります)
一体何をするのか。どの程度厳しいものなのか。聞き返すようであれば、その方法は使えないだろう。
赤烏は、そのような考えで打ち勝てるほど弱い羅刹ではない。
それに、六年も一緒にいたのだから分かる。雪華の提案することが、自分にとって最も忌避すべきものであるはずがないと。
『では、これから私の魂魄をあなたの肉体に憑依させます。羅刹としての肉体を得れば、能力の上昇により現状の傷は回復するでしょう。ただ、私が望まずとも、本来、自分のものではない力があなたを――』
(あの……)
雪華の話にあえて割り込む。
『……?』
(早くしてもらえないでしょうか……?)
説明を聞いている暇があったら、一刻も早く龍次と涼太を助けたい。今の状態では、二人の安否さえ分からないのだ。
焼け焦げていた優月の身体から、眩い霊光が放たれる。
「な、なんだ!?」
「優月さん!?」
ようやく二人の無事が確認できた。
光の跡から姿を見せる優月。傷が塞がったその身に纏うは月白の着物。
六年前、風花が身につけていたものとよく似ているが、微妙に変化もしており小振袖となっている。
(さ、寒い……)
人間でありながら、氷雪の力を宿したことで身体の芯まで冷え切ったようだった。
(――でも、別にこれぐらい……)
霊力がなければ凍死しかねない体温低下。それが深刻なものとして感じられない。
まるで、苦痛が心にまでは届いていないかのようだ。
自分の存在が消えてなくなる、大切な人を失う、そんな恐怖に比べれば。
そんな恐怖を他人に負わせる悪辣に比べれば。
取るに足りない、些細なことに思えた。
「――! お前、その着物……」
赤烏は、優月の変化に気付き無理を通して立ち上がる。
再び対峙することとなった優月と赤烏。
「……赤烏さん……」
「お、おう……、さん付けか……」
憔悴したような赤烏の姿に思わず悲しげな目を向けてしまったが、彼が怒りを見せることはなかった。
まだ勝敗は分からない。もし勝てたとしたら、それは相手が消耗している有利な条件で戦ったからだ。
そもそも三対一である。
「優月、動けんのか?」
「う、うん」
「そんな格好してるからには、さっきまでより強くなってんだろうな?」
「た、たぶん……?」
頼りない答えに嘆息しつつも、涼太は優月のいつもと変わらない様子を見て安心しているようだった。
「……! その紋章は……」
赤烏の反応で初めて気付いた。自分ではよく見えないが、着物になんらかの紋が入っている。
『先ほども言いましたが、喰人種を元の羅刹に戻す手段は存在しません』
手にした刀ではなく、身体の内から雪華の声が響く。
『あなたより強い人が戦ったとしても、やはり命を絶つことだけが唯一の救済です』
「そう……ですか……」
簡単に割り切れるものではない。死ぬことも殺すことも怖いままだ。
それでも、戦いをやめる気はなくなっていた。
「そういや、まだちゃんと名前を聞いてなかったな」
「……天堂優月といいます」
「ユヅキか。どんな字を書く?」
「『優しい』に……夜見える『月』です」
名前負けかもしれないが。
「『優月』――。いい名前だな、覚えとくぜ。生きてる限りは、ずっとな……」
「…………」
「オレは死ぬ気はねえ。構えろ優月」
赤烏が差し向ける掌に火球が形成されていく。
そこで、涼太が前に進み出た。
「涼太……?」
「今のお前がまともに戦って勝てる相手じゃねえ。この一発はおれが引き受けてやる」
「そ、そんなこと……」
ここまできて涼太にもしものことがあったら――。
「おれだって死ぬ気はねえ。そのあとはお前に任せるぞ」
「……うん」
赤烏に残された霊力が集約して生まれた極大の火球。
「いくぜ、優月! 霊戦技――烈火紅弾!!」
渾身の一撃が放たれる。
「霊剣・紅大蛇!」
涼太は蛇腹剣を限界まで伸ばし、その切っ先で火球に触れた。
響き渡る爆音。
紅大蛇の能力で起爆され、赤烏の技は着弾前に炸裂した。
『今です。せめて、彼の魂を救ってあげてください』
霊刀・雪華が優月を導く。
『その為の力の名は――』
刀を振り上げると、使い手の優月だけを囲むように吹雪が巻き起こった。
「断劾――」
そして、刃は振り下ろされる――。
「――霜天雪破」
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