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第六話「魔物」
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阿迦井さんを無事送り届けたあと、僕は上から様子を見ていた。
「初めての仕事、どうだった?」
後ろから声がして振り返ると、一人の女性が「お疲れ様」と言いながらこちらに近づいた。
「アマダさん」
僕と同じ天使である彼女は隣に来ると、下にいる阿迦井さんを見た。
「あの子がイルの初めての仕事?」
「ええ、まぁ。アマダさんはどうしてここに?」
「ちょっと仕事で通りかかったから様子を見に来ただけ。ま~たどっかのバカが何かやらかすんじゃないかって心配になるからね。しかも初日から」
アマダの言葉で、脳裏に過去に起こした様々な失敗が蘇ってくる。
「あはは…でも来ていただいて嬉しいです」
「…!べ、別にいいわよ…」
アマダの表情を見ると、何故か少し顔を赤らめている。何かおかしな事を言ってしまっただろうか…
すると、アマダは僕に指を指して言った。
「ところでさっきから『アマダさん』とか『嬉しいです』とか…あんたが私に敬語使うのすっごい違和感感じるんだけど…」
「そ、そうですか…?」
「そうそう。私達同期なんだから敬語とか要らないって」
「でも、最初に卒業したのはアマダさんですし、仕事場では先輩ですから…」
天界では地上と違って上下関係が物凄く厳しい。それは、同期であっても同じ。少し敬語を使わなかっただけで処罰対象になってしまう。
「あんた、そういう所は昔から真面目よね…」
アマダは呆れたようにそう言ったが、「…でもそうよね」と呟くと空を見上げた。
「私たち天使ってずっと監視されてるんだし、掟を破ることはできない…」
「…体の方は大丈夫ですか?」
僕の言葉に、アマダは笑顔で答えた。
「ぜんぜーん!絶好調よ」
「そうですか」
そっか。
アマダの答えに、僕も笑って答える。
「それでどうだったの?仕事は?」
「何とか無事終わった…ってところですかね」
「ふ~ん…」
僕の言葉に、アマダは阿迦井さんがいる方を見てそう呟いた。そしてそのまま一言。
「もしかしてだけど、また転移魔法失敗した?」
「えっ、何でですか?」
「………」
アマダは黙って下の様子を見ている。
「ガァァァァァッ!!」「ギュォォォォォォン!!」
下からは、多くの魔物の鳴き声が聞こえてくる。
「あはは…」
すると、苦笑いする僕に、アマダが怒鳴りつけた。
「イルのばかぁ!!何が『無事に終わった』よ!このままじゃあの子死んじゃうじゃない!!」
「ご、ごめんなさい…」
「いい!?あの子は他の人達とは違って戦い方を知らないのよ!?あんな群れの中に召喚して殺す気なの!?」
「はぁ~…やっぱ見に来て良かった…」と溜息をつき、阿迦井さんを助けに行こうとするアマダ。だが、それを僕は制した。
「あ、助けに行っては駄目です!」
「はぁ!?何でよ!」
「上からの指示なんです。最近、この世界は魔物が異常に活発化しているらしくて、命を落とす人達が多いから戦闘経験を積ませろって」
「それは知ってるけど、だからってあの群れの中に飛ばしていいわけないでしょ!」
「ぼ、僕だってあの場所に転移させる気はなかったですよ!本当はスライムあたりの前に出したかったんですけど…」
危惧してた通り、全く見当違いな場所に転移させてしまった。
アマダが頭を押さえて言った。
「…あんた、早く転移魔法だけでもどうにかしなさいよ。それにどうするの?あの子このままじゃ…」
「分かっていますよ。だからもしものためにここから見ていたんです」
僕の言葉に、アマダが僅かに顔を上げる。
「…命令に背く気なの?」
アマダの言葉に、僕は迷わず答えた。
「ええ」
「…はぁ~…これじゃあ私も巻き添え食らうじゃない…」
命令違反、それは決して犯してはならない掟であり、違反した場合地位を剥奪、またはそれなりの処罰を課せられることもある。そしてその違反者が目の前にいる場合、共謀者として扱われる可能性も…
「でもそれで人の命が守れるなら、僕は違反だろうが構いませんよ」
規則や命令、都合に縛られて救える命を見捨てるのは絶対にしたくない
「…ほんっとばか」
アマダは一瞬微笑み、顔を上げた。
「ほら、助けに行くわよ!後で絶対何か奢ってもらうから」
「あ、でもその前にもうちょっとだけ様子見て見ませんか?ここから何とかするかもしれません」
「はぁ!?あの状況見て何言ってんの!?」
「ほ、本当ですよ!阿迦井さんは初めてながらグレイヘルと戦いそして勝利したんです!見ててください?今にきっとなんとか―――」
「―――でも彼、思いっきり逃げてるけど」
「えっ!?」
下を見てみると、何かを叫びながら一心不乱に走っている阿迦井さんがいた。
「あ、あれぇー…?」
「―――やばいやばいやばいやばいッ!!」
一方その頃、魔物の群れの中に召還された俺は全速力で逃げていた。
これ死ぬ!マジで死ぬ!後ろからの殺気がーーはーッ!?
追いかけてきている魔物は、俺を見るや否や親の仇のように襲ってきていた。
「イルさんのばかーーッ!!」
「スクロールだから安全」とは何だったのか。せめて、魔物がいない安全地帯に降ろしてほしかった!
そうだ魔法!魔法を使えば!!―――えと、あ…
そこで俺は、とても重大な事に気付いてしまった。
魔法の名前、何だっけーーー!?
焦りで気が動転してしまってるせいか、さっき使ってた魔法の名前を思い出せない。
そうだ!こういう時こそ!
名前を思い出せないなら見ればいいじゃない。そうふとスクリーンの存在を思い出し、即座に行動を起こす。
集中、集中…!
そう己に言い聞かせ、はめている指輪に意識を集中させる。だが…
「ガヴッ!」
「ヴァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!」
ーーーいや集中出来るわけなーい!!
いくら念じても、あのスクリーンは出現しなかった。
「頼む頼む頼むっ!!今だけ!今だけでいいから浮かび上がって!!」
このままじゃまずい。すると、この窮地に生存本能が働いたのか、急に指輪のことだけを考え目の前にスクリーンを出すことができた。
「キタコレ!!」
だがそんな歓喜の声にスクリーンが消えかけ、慌てて意識を立て直す。
えっとえっと、あの魔法何だっけ!?
何故か殆どの魔法の名前が灰色になっている。だが今はそんなことどうでもいい。
これだ…!!
『―――ルート アクシオ―――インペディメンタ―――』…恐らくこれが探してた魔法。これを使えば魔物を足止め出来るかもしれない。
俺は後ろを振り返り、腕を伸ばして詠唱する。そしてその瞬間、大地が揺れ魔物の目の前に無数の木の根が―――
「―――へ?」
おかしい。あの時の腕に力が湧く感覚がほぼない。本来なら無数の木の根が生え、圧巻の光景があるはずなのだが、そんなのどこにもなかった。
「―――へっ?!」
ちゃんと詠唱したはず。代わりに出てきたのは、申し訳程度に生えた細く短い一葉だけの枝。それは、力のない萎れた動きで魔物に絡みつこうとするが、いとも簡単に蹴折られ―――
「嘘ォォォオオオッ!?」
俺は前に向き直り全力で走った。
本当だったら出現した木の根で魔物を囲い、足止めしてる隙に逃げる算段だったというのに。
「ガァ”ァ”ァ”ッ!!」
―――すぐ真後ろまで来てる!?
「これなら!」
俺はとっさに、もう一つ見つけれた魔法を再び唱えた。
『―――フォース アンリーシュ―――』
これで魔物達を吹き飛ばし距離を稼ぐ。…だが右手から放たれる空気砲は、何とか目視できる程のうっすい渦で、魔物の毛並みを戦いだだけに終わった。
ーーーもはやただの風!!
「だったら!」
異世界に来て早々死ぬのはまっぴらごめんだ。
『ーーーコールーーー』
こうなったら召還魔法で近接戦---ではなく剣で威嚇して逃げてもらうしかない。だが俺の目の前に現れた魔法陣…と呼んでいいのか分からない円形からは、もはや剣と呼んでいいのかすら分からない細い棒が出現した。
―――いやこれもう『ひの〇のぼう』!!ってか何でどれもしょぼくなってんの!?
さっき使った魔法の名前は、どれも灰色になっている。
灰色!?灰色になってるのがダメなのか!?
考えられるとしたらそれしかない。第1、イルエールさんの幻想世界では全ての魔法の名前が青く光っていた。
まさかMP枯渇してる!?
「――――わッ!?」
すると突然、道端に落ちてる石に躓いて派手にこけてしまった。
「ガヴッ!!」
その隙を逃さず、真後ろにいる1匹が俺目掛けて飛びかかってくる。
「うわァァァッ!?」
魔物が眼前まで迫る。俺は目を瞑り、反射的に剣もどきを振り上げた。
腕が引っ張られる感覚が伝わる。そして勢いに負け、剣もどきを手から離し―――
「ハッハッハッ!」
目を瞑っていると、後ろから魔物の息遣いが聞こえた。
―――あれ?
噛みつかれていない。俺が標的のはずなのに攻撃してこなかった。振り返ると、飛びかかってきた魔物は剣もどきをくわえ、しっぽを振っている。
・ ・ ・ピーンッ!
その様子を見て、俺の中に天才的閃きが起こった。
こいつら、もしかしてちょろいな。
前を見ると数匹の魔物が遅れて迫ってきている。俺は不敵の笑みを浮かべ、立ち上がるともう一度詠唱した。
『―――コール―――』
円形から、さっきと同じ剣もどきが出現する。俺はそれを手に取ると、大きく振り上げた。
「――――!!」
すると、魔物達はそれに反応するかのように一斉に立ち止まった。
やっぱりちょろい…!
「んじゃあ…」
俺は大きく振りかぶり、持てる全力を腕に込める。
「取ってこーーいッ!!」
そして剣もどきを思いっ切りーーー
「―――バチンッ!!」
…目の前で大きな音が鳴る。
あ……
勢いをつけすぎて、地面に叩きつけてしまった。
『―――コール―――』
「ーーーほら取ってこいっ!」
俺は何もなかったかのように剣もどきを投げ飛ばすと、魔物達は「ワン!」と吠えしっぽを振りながら追いかけていった。その隙に俺は全力でダッシュし、この場から一刻も早く離れていく。
よかった!助かった!許された!
最初、投げるのをミスしたときは本当にどうなることかと思った。だが結果的には予想通り、剣もどきに食いついてくれたおかげで助かった。ふと後ろを振り返ると、魔物達の姿はない。どうやら逃げ切れたみたいだった。
「こ、怖かった…」
全身から力が一気に抜け、その場に座り込む。
…まじ、俺役立たず…
相手が犬種の魔物で、更に剣もどきで注意を引けれるという奇跡的なチャンスにも関わらず、大事な一投で全てを台無しにするところだった。それに、この世界には奴ら以外に危険な魔物がわんさかいるはず。
「幸先、ほんと不安だな…」
「―――はぁ~~っ、ほんっとどうにかなって良かった~…やっぱ魔物でも犬は所詮犬ね」
いつでも助けに行けるようにと天槍を装備していたアマダが、今の一部始終見て安堵の息をついた。
「流石です阿迦井さん!あんなイレギュラーな方法で突破するなんて!」
「イレギュラー過ぎるけどね…まさかあんな方法が―――っていうか…あんた、戻ったら転移魔法一から勉強してもらうからね!」
そう言って、アマダは僕に指差した。
「何でしばらく続くはずの効果が転移直後に消えてるのか、ずっと不思議に思ってたんだけど…あんたが作ったスクロール、効果打ち消す魔法も含まれてるじゃない!」
そのままアマダは阿迦井さんが転移した場所を指差し、その指差す先には消えかけの魔法陣が描かれている。
「ぼ、僕もそのつもりですよ。それもあってここで見ていたんです」
あの魔法陣はスクロールと同じもの。つまり僕が描いたのと同じものだ。
アマダの言う通りちゃんと学び直さないと…
今回は無事転移できたから良かったものの、場合によっては全く見当違いな場所に転移、最悪消滅する危険だってある。今回は何とか転移できたから良かったものの、もうこんなミス二度としては駄目だ。
「はぁ…じゃあ戻って早速勉強ね。あの子もここまで来れば魔物に襲われる心配はないでしょ」
「そうですね。…ってアマダさんも帰るんですか!?」
突然の事に、思わず驚きの声を上げてしまった。
「何そんなに驚いてんのよ…当たり前でしょ。じゃないと誰がイルに転移魔法教えんの?」
「で、でも仕事は?」
勝手に抜け出しちゃ不味いんじゃ…!
「大丈夫よ別に。急じゃないもの」
「で、でも…!」
「大丈夫ったら大丈夫。それに……」
アマダはそれ以上言わなかった。だが僕には何を言おうとしてるのか、なぜ言えないのか分かる。だから僕は優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。アマダさん」
すると、アマダは顔を赤らめ…
「わ、分かったから…!さ、先戻ってるから閉じないうちに入って来てよ!」
そう言うと目の前にゲートを作り、一足先に入っていった。
ど、どうしたんだろ急に…
とは言えアマダが教えてくれるのはとてもありがたい。
僕はゲートに入る寸前に振り返ると、地上を見下ろした。その視線の先にいる人物―――
…勇。
…今やれる事はやった。これから君を待つのは決して良い道ではないかもしれない。だけどそれでも、…僕は良い人生を築いていけることを心から願ってる。
「―――今度は僕が…」
「初めての仕事、どうだった?」
後ろから声がして振り返ると、一人の女性が「お疲れ様」と言いながらこちらに近づいた。
「アマダさん」
僕と同じ天使である彼女は隣に来ると、下にいる阿迦井さんを見た。
「あの子がイルの初めての仕事?」
「ええ、まぁ。アマダさんはどうしてここに?」
「ちょっと仕事で通りかかったから様子を見に来ただけ。ま~たどっかのバカが何かやらかすんじゃないかって心配になるからね。しかも初日から」
アマダの言葉で、脳裏に過去に起こした様々な失敗が蘇ってくる。
「あはは…でも来ていただいて嬉しいです」
「…!べ、別にいいわよ…」
アマダの表情を見ると、何故か少し顔を赤らめている。何かおかしな事を言ってしまっただろうか…
すると、アマダは僕に指を指して言った。
「ところでさっきから『アマダさん』とか『嬉しいです』とか…あんたが私に敬語使うのすっごい違和感感じるんだけど…」
「そ、そうですか…?」
「そうそう。私達同期なんだから敬語とか要らないって」
「でも、最初に卒業したのはアマダさんですし、仕事場では先輩ですから…」
天界では地上と違って上下関係が物凄く厳しい。それは、同期であっても同じ。少し敬語を使わなかっただけで処罰対象になってしまう。
「あんた、そういう所は昔から真面目よね…」
アマダは呆れたようにそう言ったが、「…でもそうよね」と呟くと空を見上げた。
「私たち天使ってずっと監視されてるんだし、掟を破ることはできない…」
「…体の方は大丈夫ですか?」
僕の言葉に、アマダは笑顔で答えた。
「ぜんぜーん!絶好調よ」
「そうですか」
そっか。
アマダの答えに、僕も笑って答える。
「それでどうだったの?仕事は?」
「何とか無事終わった…ってところですかね」
「ふ~ん…」
僕の言葉に、アマダは阿迦井さんがいる方を見てそう呟いた。そしてそのまま一言。
「もしかしてだけど、また転移魔法失敗した?」
「えっ、何でですか?」
「………」
アマダは黙って下の様子を見ている。
「ガァァァァァッ!!」「ギュォォォォォォン!!」
下からは、多くの魔物の鳴き声が聞こえてくる。
「あはは…」
すると、苦笑いする僕に、アマダが怒鳴りつけた。
「イルのばかぁ!!何が『無事に終わった』よ!このままじゃあの子死んじゃうじゃない!!」
「ご、ごめんなさい…」
「いい!?あの子は他の人達とは違って戦い方を知らないのよ!?あんな群れの中に召喚して殺す気なの!?」
「はぁ~…やっぱ見に来て良かった…」と溜息をつき、阿迦井さんを助けに行こうとするアマダ。だが、それを僕は制した。
「あ、助けに行っては駄目です!」
「はぁ!?何でよ!」
「上からの指示なんです。最近、この世界は魔物が異常に活発化しているらしくて、命を落とす人達が多いから戦闘経験を積ませろって」
「それは知ってるけど、だからってあの群れの中に飛ばしていいわけないでしょ!」
「ぼ、僕だってあの場所に転移させる気はなかったですよ!本当はスライムあたりの前に出したかったんですけど…」
危惧してた通り、全く見当違いな場所に転移させてしまった。
アマダが頭を押さえて言った。
「…あんた、早く転移魔法だけでもどうにかしなさいよ。それにどうするの?あの子このままじゃ…」
「分かっていますよ。だからもしものためにここから見ていたんです」
僕の言葉に、アマダが僅かに顔を上げる。
「…命令に背く気なの?」
アマダの言葉に、僕は迷わず答えた。
「ええ」
「…はぁ~…これじゃあ私も巻き添え食らうじゃない…」
命令違反、それは決して犯してはならない掟であり、違反した場合地位を剥奪、またはそれなりの処罰を課せられることもある。そしてその違反者が目の前にいる場合、共謀者として扱われる可能性も…
「でもそれで人の命が守れるなら、僕は違反だろうが構いませんよ」
規則や命令、都合に縛られて救える命を見捨てるのは絶対にしたくない
「…ほんっとばか」
アマダは一瞬微笑み、顔を上げた。
「ほら、助けに行くわよ!後で絶対何か奢ってもらうから」
「あ、でもその前にもうちょっとだけ様子見て見ませんか?ここから何とかするかもしれません」
「はぁ!?あの状況見て何言ってんの!?」
「ほ、本当ですよ!阿迦井さんは初めてながらグレイヘルと戦いそして勝利したんです!見ててください?今にきっとなんとか―――」
「―――でも彼、思いっきり逃げてるけど」
「えっ!?」
下を見てみると、何かを叫びながら一心不乱に走っている阿迦井さんがいた。
「あ、あれぇー…?」
「―――やばいやばいやばいやばいッ!!」
一方その頃、魔物の群れの中に召還された俺は全速力で逃げていた。
これ死ぬ!マジで死ぬ!後ろからの殺気がーーはーッ!?
追いかけてきている魔物は、俺を見るや否や親の仇のように襲ってきていた。
「イルさんのばかーーッ!!」
「スクロールだから安全」とは何だったのか。せめて、魔物がいない安全地帯に降ろしてほしかった!
そうだ魔法!魔法を使えば!!―――えと、あ…
そこで俺は、とても重大な事に気付いてしまった。
魔法の名前、何だっけーーー!?
焦りで気が動転してしまってるせいか、さっき使ってた魔法の名前を思い出せない。
そうだ!こういう時こそ!
名前を思い出せないなら見ればいいじゃない。そうふとスクリーンの存在を思い出し、即座に行動を起こす。
集中、集中…!
そう己に言い聞かせ、はめている指輪に意識を集中させる。だが…
「ガヴッ!」
「ヴァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ!!」
ーーーいや集中出来るわけなーい!!
いくら念じても、あのスクリーンは出現しなかった。
「頼む頼む頼むっ!!今だけ!今だけでいいから浮かび上がって!!」
このままじゃまずい。すると、この窮地に生存本能が働いたのか、急に指輪のことだけを考え目の前にスクリーンを出すことができた。
「キタコレ!!」
だがそんな歓喜の声にスクリーンが消えかけ、慌てて意識を立て直す。
えっとえっと、あの魔法何だっけ!?
何故か殆どの魔法の名前が灰色になっている。だが今はそんなことどうでもいい。
これだ…!!
『―――ルート アクシオ―――インペディメンタ―――』…恐らくこれが探してた魔法。これを使えば魔物を足止め出来るかもしれない。
俺は後ろを振り返り、腕を伸ばして詠唱する。そしてその瞬間、大地が揺れ魔物の目の前に無数の木の根が―――
「―――へ?」
おかしい。あの時の腕に力が湧く感覚がほぼない。本来なら無数の木の根が生え、圧巻の光景があるはずなのだが、そんなのどこにもなかった。
「―――へっ?!」
ちゃんと詠唱したはず。代わりに出てきたのは、申し訳程度に生えた細く短い一葉だけの枝。それは、力のない萎れた動きで魔物に絡みつこうとするが、いとも簡単に蹴折られ―――
「嘘ォォォオオオッ!?」
俺は前に向き直り全力で走った。
本当だったら出現した木の根で魔物を囲い、足止めしてる隙に逃げる算段だったというのに。
「ガァ”ァ”ァ”ッ!!」
―――すぐ真後ろまで来てる!?
「これなら!」
俺はとっさに、もう一つ見つけれた魔法を再び唱えた。
『―――フォース アンリーシュ―――』
これで魔物達を吹き飛ばし距離を稼ぐ。…だが右手から放たれる空気砲は、何とか目視できる程のうっすい渦で、魔物の毛並みを戦いだだけに終わった。
ーーーもはやただの風!!
「だったら!」
異世界に来て早々死ぬのはまっぴらごめんだ。
『ーーーコールーーー』
こうなったら召還魔法で近接戦---ではなく剣で威嚇して逃げてもらうしかない。だが俺の目の前に現れた魔法陣…と呼んでいいのか分からない円形からは、もはや剣と呼んでいいのかすら分からない細い棒が出現した。
―――いやこれもう『ひの〇のぼう』!!ってか何でどれもしょぼくなってんの!?
さっき使った魔法の名前は、どれも灰色になっている。
灰色!?灰色になってるのがダメなのか!?
考えられるとしたらそれしかない。第1、イルエールさんの幻想世界では全ての魔法の名前が青く光っていた。
まさかMP枯渇してる!?
「――――わッ!?」
すると突然、道端に落ちてる石に躓いて派手にこけてしまった。
「ガヴッ!!」
その隙を逃さず、真後ろにいる1匹が俺目掛けて飛びかかってくる。
「うわァァァッ!?」
魔物が眼前まで迫る。俺は目を瞑り、反射的に剣もどきを振り上げた。
腕が引っ張られる感覚が伝わる。そして勢いに負け、剣もどきを手から離し―――
「ハッハッハッ!」
目を瞑っていると、後ろから魔物の息遣いが聞こえた。
―――あれ?
噛みつかれていない。俺が標的のはずなのに攻撃してこなかった。振り返ると、飛びかかってきた魔物は剣もどきをくわえ、しっぽを振っている。
・ ・ ・ピーンッ!
その様子を見て、俺の中に天才的閃きが起こった。
こいつら、もしかしてちょろいな。
前を見ると数匹の魔物が遅れて迫ってきている。俺は不敵の笑みを浮かべ、立ち上がるともう一度詠唱した。
『―――コール―――』
円形から、さっきと同じ剣もどきが出現する。俺はそれを手に取ると、大きく振り上げた。
「――――!!」
すると、魔物達はそれに反応するかのように一斉に立ち止まった。
やっぱりちょろい…!
「んじゃあ…」
俺は大きく振りかぶり、持てる全力を腕に込める。
「取ってこーーいッ!!」
そして剣もどきを思いっ切りーーー
「―――バチンッ!!」
…目の前で大きな音が鳴る。
あ……
勢いをつけすぎて、地面に叩きつけてしまった。
『―――コール―――』
「ーーーほら取ってこいっ!」
俺は何もなかったかのように剣もどきを投げ飛ばすと、魔物達は「ワン!」と吠えしっぽを振りながら追いかけていった。その隙に俺は全力でダッシュし、この場から一刻も早く離れていく。
よかった!助かった!許された!
最初、投げるのをミスしたときは本当にどうなることかと思った。だが結果的には予想通り、剣もどきに食いついてくれたおかげで助かった。ふと後ろを振り返ると、魔物達の姿はない。どうやら逃げ切れたみたいだった。
「こ、怖かった…」
全身から力が一気に抜け、その場に座り込む。
…まじ、俺役立たず…
相手が犬種の魔物で、更に剣もどきで注意を引けれるという奇跡的なチャンスにも関わらず、大事な一投で全てを台無しにするところだった。それに、この世界には奴ら以外に危険な魔物がわんさかいるはず。
「幸先、ほんと不安だな…」
「―――はぁ~~っ、ほんっとどうにかなって良かった~…やっぱ魔物でも犬は所詮犬ね」
いつでも助けに行けるようにと天槍を装備していたアマダが、今の一部始終見て安堵の息をついた。
「流石です阿迦井さん!あんなイレギュラーな方法で突破するなんて!」
「イレギュラー過ぎるけどね…まさかあんな方法が―――っていうか…あんた、戻ったら転移魔法一から勉強してもらうからね!」
そう言って、アマダは僕に指差した。
「何でしばらく続くはずの効果が転移直後に消えてるのか、ずっと不思議に思ってたんだけど…あんたが作ったスクロール、効果打ち消す魔法も含まれてるじゃない!」
そのままアマダは阿迦井さんが転移した場所を指差し、その指差す先には消えかけの魔法陣が描かれている。
「ぼ、僕もそのつもりですよ。それもあってここで見ていたんです」
あの魔法陣はスクロールと同じもの。つまり僕が描いたのと同じものだ。
アマダの言う通りちゃんと学び直さないと…
今回は無事転移できたから良かったものの、場合によっては全く見当違いな場所に転移、最悪消滅する危険だってある。今回は何とか転移できたから良かったものの、もうこんなミス二度としては駄目だ。
「はぁ…じゃあ戻って早速勉強ね。あの子もここまで来れば魔物に襲われる心配はないでしょ」
「そうですね。…ってアマダさんも帰るんですか!?」
突然の事に、思わず驚きの声を上げてしまった。
「何そんなに驚いてんのよ…当たり前でしょ。じゃないと誰がイルに転移魔法教えんの?」
「で、でも仕事は?」
勝手に抜け出しちゃ不味いんじゃ…!
「大丈夫よ別に。急じゃないもの」
「で、でも…!」
「大丈夫ったら大丈夫。それに……」
アマダはそれ以上言わなかった。だが僕には何を言おうとしてるのか、なぜ言えないのか分かる。だから僕は優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。アマダさん」
すると、アマダは顔を赤らめ…
「わ、分かったから…!さ、先戻ってるから閉じないうちに入って来てよ!」
そう言うと目の前にゲートを作り、一足先に入っていった。
ど、どうしたんだろ急に…
とは言えアマダが教えてくれるのはとてもありがたい。
僕はゲートに入る寸前に振り返ると、地上を見下ろした。その視線の先にいる人物―――
…勇。
…今やれる事はやった。これから君を待つのは決して良い道ではないかもしれない。だけどそれでも、…僕は良い人生を築いていけることを心から願ってる。
「―――今度は僕が…」
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旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い
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高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。
満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。
彼女も居ないごく普通の男である。
そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。
繁華街へ繰り出す陸。
まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。
陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。
まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。
魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。
次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。
「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。
困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。
元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。
なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。
『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』
そう言い放つと城から追い出そうとする姫。
そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。
残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。
「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」
陸はしがないただのサラリーマン。
しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。
今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
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その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
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