四匹の猫と君

花見川港

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後日談 お前と

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 庭の紅葉もみじが色づき始めた。もうすぐ町一帯色を変え、街中は秋の観光シーズンで賑わいを増すことだろう。

 数日振りに登校すると、クラスでは席替えが行われた後だった。空席となってしまった一つが、廊下側の一番後ろ端に移されている。自分の席は前の場所からほとんど変わっていない、真ん中からやや前の黒板寄り。

 席に着いた途端、クラスメイトたちに囲まれる。

「もう大丈夫なの?」

「心配したよ」

「よかったらノート貸すけど」

 あらかじめ注意があったのか、もう聞いた後なのか、空席の持ち主だった人物について尋ねる者はいなかった。

 日向みく、夢原うつみ、新井宏樹も教室内にはいたが、日向がときおり不安気な眼差しを向けてくる以外、接触しようとすることはなく、その三人とは話をすることもなく放課後を迎えた。

 歩き慣れた帰路。この間まで行き交いしていたテレビ局の車も見かけなくなり、高台の周辺はいつも通りの落ち着きが戻っていた。

 高台の頂上にある自宅へ向かう坂道を途中で曲がって雑木林に入り込む。木々を抜けた向こう、町を一望できる開けた崖の上。

 夕焼けに染まる地面に座り、四匹の猫をまとわりつかせている先客。あのときと同じ場所、あのときと同じように彼を見つけて、心がどうしようもなく浮き立つ。

「お待たせ、修治」

「……おー」

 手のひらをひらひらと振り返した修治の横に座る。

 彼の首には、付けるには少し早いマフラーが巻かれていた。



 結果的に、僕らは生き残った。



 自分の下で力なく横たわる少年。

 周囲で前身を屈ませ、今にも飛びかかりそうな猫たちからは、不思議と自分に対する敵意を感じない。

 手のひらを押し付けた首はまだ温かく、抱き締めるように再び手に力を加えた瞬間、荒々しく開かれた扉から日向が飛び込んできた。

 彼女は、清羽たちを見て一瞬息を詰まらせ、

「しょっ、正気に戻って常ノ梅くん!!」

 叫びながら突進して、清羽を修治の上から押し退けた。予想外の力強さと、まさか彼女がそんな行動に出るとは思わなかった。驚いている間に清羽は上から押さえつけられるようにして身動きを封じられていた。

「松原くん!」

 日向が清羽の上から必死に倒れている修治に声をかけるけれど、返事がなく「ま、まさか、そんな」と声を震わせる。

 遅れてやってきた夢原が修治に駆け寄って、胸や首、顔に触れた。「ちょっと、ねえ!」と声をかけながら頬を二、三度弱く叩いて、修治の口元に耳を寄せ、声を上げる。

「息してる!」

 清羽の拘束を緩めずに、日向はほっと息をつく。

 庭と屋敷を繋ぐ出入り口は、目の前で消えた修治を追いかけるために清羽が壊していて、到着した警察や救急隊はそこから屋敷内に入った。庭で座り込んでいた新井と笠元は一足先に保護されており、修治は笠元と共に搬送された。

 噂の幽霊屋敷で、しかも死傷者が出た場に常ノ梅家の子息が居合わせていたことで事故・・が起きたことは、町中を騒がせた。

 幽霊が出たなどとても警察には話せず、そもそも日向と夢原、新井、笠元の四人はあそこで起きたことをほとんど理解できていなかった。事情を知る清羽と修治が口を噤めば、あそこで起きたのは不幸な事故として終わる。

 自宅に帰った清羽はしばらく静養ということで、学校を含め外出を禁じられ、修治と連絡先を交換してなかったことに気づいて己の迂闊さを嘆いた。

 意識がないまま病院へ運ばれた修治は、その日のうちに目を覚まし、翌日には退院して次の日には普通に登校していたという。

 清羽は朝登校して真っ先にまだ上履きの入っていた修治の下駄箱に手紙を入れておいた。学校にいる間に会えればよかったのだが、残念ながらその機会はなかった。ここに来るまで、少しあった不安も、彼の顔を見た途端吹き飛んだ。

「ありがとう来てくれて」

「ん」

 マフラーに顔を埋める修治。

「これ、何か言われなかった?」

 己の首を指しながら清羽が問うと、修治は首を横に振る。

 清羽は修治のマフラーに指を引っ掛け、引き下ろす。

 まるで首輪のように彼の首に残った痣。その跡に合わせるようにそっと手を重ねる。

 ぴったり。

 当たり前だ。これは清羽が付けた跡なのだから。

 しかしこれについて清羽が誰かに問いただされることはなかった。修治と、なぜか目撃したはずの日向も口を噤んでいるからだろう。

 「約束」と、修治はぽつりと呟いた。

「そうだったね」

 あのときの役割を果たそう、そう言って彼をここに呼んだのだ。

 この場所で、あのとき目が合った瞬間、清羽は特別な宝物を発見したようにわくわくした。そして見つけた何かを、手放したくない、初めて欲しいと思った。

 首の裏にあてた小指から順に力を込めていく。

「ねえ、修治」

 目を閉じようとした彼に呼びかけると、細めた目を清羽のと合わせる。

「『死んでも、僕から離れないで』」

 ――シャァッ!!

 それまで大人しくしていた猫たちが牙を剥き出し、清羽の手や腕に噛み付く。

 痛みが走り、緩んだ手から首が抜ける。

「えっと……」

 彼の猫を乱暴に振り払うわけにもいかず、両手を上げたまま清羽は困ったように笑う。

 修治は目を丸くし「クク?」と清羽の左にぶら下がった猫に呼びかける。

 清羽はこうなることを予想していた。

 大広間で修治の首を絞めたとき、猫たちは清羽には目もくれず、姿勢を低くして修治を凝視していた。目を光らせて、修治から何かが出てくるのを待ち構えているような。

 こうして今、清羽に噛みついたということは、彼らの望むモノも清羽と同じなのだろう。

 どういうつもりかは知らない。けれど、自分たちの手でやる気はないのに、出てきたところで魂だけ攫っていこうなどと、たまったものではない。

 そして彼らも気づいたのだろう。

 清羽に修治の命を掴ませたら、その魂はそのまま捕らえられてしまうのだと。そうなれば、猫たちは修治の魂を連れていくことができなくなってしまう。

「ここで修治に残念なお知らせがあります」

「は?」

「僕が君を手に掛けるのはこの子たちが絶対に許さない。そして僕は、僕以外の理由で君がいなくなってしまうことが絶対に許せない。つまり、君の望みは当分叶わない」

「なんだよ、それ」

 膝の上に重石のように収まった猫たちと清羽に目を交互させ、困惑、そして不満気に唇を噛む。

 決して、清羽に殺させない。

 決して、修治を連れていかせない。

 猫は修治の手を舐め、清羽は宥めるように頬を撫でる。

「大丈夫。僕が君の願いを叶えるから」

 ——ミャアォン

「……もういい、わかった」

 思ったよりも落ち込んだ様子はなく、平坦に修治は言ってため息をついた。



 木々のざわめきが人の遠のいた古びた屋敷にこだまする。

 ——アア、どうして

 ——ドウシテ、ワタシガ——俺が——ボクが——わたくしが——

 ——理フ尽だ

 ——ナゼ。何故。なぜ。ナぜ

 ——イヤダ死にたくない

 ——生きたい イきたイ

 ————うらめしい
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