四匹の猫と君

花見川港

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君と出逢った日(3)

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 木々の隙間を縫うように歩き、三メートルはありそうな煉瓦の塀のもとに辿り着く。塀の大部分は蔦に覆われ、ところどころ削がれ、一部は崩れていた。

 人が通り抜けられそうな塀の避け目を覗き込む、馴染みある制服姿の四人の男女。

「君たち」

「ひゃっ!」「うわっ!?」

 常ノ梅が声をかけると、前のめりになっていた四人の体が転がって裂け目の中へ入ってしまった。

 壊れた塀越しに対面する。

 声を上げた片方、ゆるいウェーヴのかかった亜麻色の髪の少女が振り返り、ぱちくりと大きな瞳で常ノ梅を見上げる。

「と、常ノ梅くん!」

日向ひなたさん」

 修治にとっての見知らぬ四人は、常ノ梅の知り合いだったらしい。

 修治は一歩後ろに下がり、観客が舞台を見るような感覚で五人を視界に収めた。

 人懐っこそうな笑顔を浮かべる日向。

 日向ほどの愛想はなさそうなポニーテール女子。

 首や手首、耳など多くのアクセサリーをぶら下げた金髪男子。

 日焼けた肌のがっしりとした体格の体育会男子。

 クラスで目立ちそうな集まりだ。

 体育会系男子が常ノ梅と日向の間に加わる。

「常ノ梅はこんなとこで何してたんだ?」

「ちょっと寄り道をね」

「お前が、寄り道?」

「あ、もしかして常ノ梅くんも噂の心霊スポットを見に来たとか?」

「心霊スポット?」

 常ノ梅は不思議そうに呟き、修治も思わぬ言葉に目をしばたたく。この辺りにそんなものがあるとは聞いたことがなかった。

 金髪男子の愉快そうな笑い声に、アクセサリーのジャラジャラという音が混じる。

「なんだ、常ノ梅のくせに知らねぇの? 結構、噂になってるんだぜ」

 ひと月ほど前、常ノ梅町のある廃屋敷でテレビ撮影が行われた。

 撮影中に物が勝手に動く。機材が原因不明で壊れた。はてには幽霊を見た、など。そんな奇怪なことが続いて撮影は中止。表立って取り沙汰されることはなかったが、どこから流れたのか、件の廃屋敷は幽霊屋敷として細やかに広まり、好奇心旺盛な若者を惹きつけた。

 この四人も然り。

 学校帰り、街のロッカーに荷物を預けて手ぶらで肝試しに来たというわけだ。

「そんな噂が」

 目尻を下げて困り顔の常ノ梅と違って、修治は少し興味が湧いた。宇宙人とか妖怪とか、怪奇、超常現象の話は幼い頃から好んでいる。だが信じているが故に、付随する危険性を考慮して関わるのは避けていたので、オカルトゲームや心霊スポット巡りなど試したことは一度もない。けれど、一度くらいは本物にお目にかかりたいものだ。

 しかし優等生の常ノ梅は違う。

「放置されてるといっても、私有地なんだから入るのはダメだよ」

「ハァ、常ノ梅のお坊ちゃんは堅いねぇ。いいじゃねぇか、みんなやってんだ」

「ダメだよ」

 平静に釘を刺す常ノ梅に金髪は舌打ちして睨みつける。

「ねえ、あれなんだろう」

 ポニーテール女子が奥を指す。

 林の中と変わらないほど草が生い茂る庭。屋敷の壁には蔦が這い、二階のベランダの手すりや柱に巻き付いて、ベランダを埋め尽くし小さな森のようになっていた。一部の窓ガラスは割れていて、ひゅーひゅーと小さく風が鳴いている。夕陽に照らされ、寂さと不気味さを漂わせる後ろ姿だった。

 女子が指差した庭に面する屋敷の壁際には、一台の自転車が置かれていた。背景から浮いて見える派手な黄色に、真っ直ぐなハンドル。まだ新しく見える。

「誰かいるのかな?」

「そうかも」

 首を傾げた日向に女子は相槌を打つ。

 すでに誰かが中に入っているかもしれないという状況に、日向以外の全員が常ノ梅の反応を窺う。彼女だけが、それを不思議そうにして周りに倣ったのに気づいて、修治の眉間にシワが寄り、金髪が苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちしてそっぽ向く。

 無意識に常ノ梅の判断を仰いでしまった己に動揺する。修治の脳裏に、常ノ梅家を敬う老人たちの姿がよぎる。

 じいさんたちは、違うはずだ。

 なのに、なんだ?

 暑いわけでもないのに修治のこめかみに冷や汗が流れる。

「あ、おい」

 体育会系男子が声を上げ、逃げるように庭を突き進む金髪を追いかける。

 塀から屋敷までを繋ぐ一本の草の道。踏み潰された草の間から地肌が見える。昨日今日でできたものではない。

「しょうがないな」

「入るのか」

「彼らを放っておくわけにはいかないから」

 そう言って常ノ梅は、するりと避け目を通り抜ける。そして振り返り、修治に向かって甲を下にして左手を差し出した。

「あ?」

「え、行かないの?」

 どうしてこいつは、ついてくるのが当たり前のような顔をするのか。

 いや行くけど、そういうことじゃなくって。

「足元危ないから」

 俺にまで王子様対応したなくていいだろ。

「……そういうのいいから、先に行け」

「そう?」

 修治が一人で避け目を通り抜けると、日向が目の前にいて、にっこりと笑いかけた。舞台上の人間が急に観客席こちらに降りてきたことに驚いて後ずさる。しかし後ろは壁。

「そういえば君、別のクラスの人だよね? 常ノ梅くんの友達? 私、常ノ梅くんと同じA組の日向みく。最近転校してきました!」

 彼女は距離を詰めるのも、言葉も、勢いがあった。口がよく動く。対話が苦手な修治にとって面倒な相手。なんと返すべきか戸惑っている間に、彼女は自分の友人を紹介し始める。

「みんな同じクラスでね。彼女夢原ゆめはらうつみちゃん」

 ポニーテール女子は笑いもせず、興味なさげな目をしている。

 日向は続いて金髪を「新井宏樹あらいひろきくん」、黒髪の男子を「古河竜こがりゅうくん」と紹介して、口を閉じて大きな瞳に修治だけを映した。

「…………」

 なんだこの沈黙は。名乗れと?

 狼狽えている修治の袖を、横から常ノ梅が軽く引いたので、なんだ、と振り返る。

「僕は常ノ梅清羽」

 存じてますが。

 町の超有名人が意味不明なことを言う。

 その隣で日向は、真顔の修治と彼を見つめる常ノ梅を見比べて瞬きをする。

「友達じゃないの?」

「彼とはさっき初めて会ったんだよ」

 「名乗るのが遅れてごめんね」とわざわざ修治に言うが、知っていたから挨拶など気にしていなかったのは修治もなのだ。礼儀を欠いたというならお互い様。

 修治は重たい口を開いた。

松原まつばら、修治」

 日向たち四人は、屋敷を窓から覗き込んで「誰かいますかー」と呼びかけたりしている。

 修治と常ノ梅は自転車に近づいて観察した。錆び付いてはいない。修治が試しにベルに指を引っ掛けてみると、チリンと高い音が鳴った。

 常ノ梅は、後輪の泥除け部分に貼られたシールを指差して「レンタル用のだね」と言う。言われてみれば、同じ色の自転車を修治も街で何度か見かけたことがある気がする。

 常ノ梅は首を傾げた。

「どこから入ったんだろう」

 修治たちが通ってきた道では、自転車に乗ってくることも運ぶこともできない。

「正門じゃないのか」

 よく考えれば普通は正門から入るものだ。

 だが話を聞いていた日向が首を振る。

「正面は鍵が閉まってる、って新井くんが」

 肝試しの発案者は新井で、噂も、鍵の閉まった屋敷への入り方も、彼が調べたという。

「っ!?」

 そわり、と修治の足に何かが掠めて思考が止まり、体が強張る。それは、いやそれら・・・は力強く、押し合うように足に纏わりつく。

 この感覚に、覚えがあった。

「わあ! かわいい!!」

 日向の声が明るく弾ける。

 何事かと全員の目が修治に向き、そしてその足元を見た。

 おそるおそると修治も下を向いて、目を見開く。

「な、んで」

 ――――ンミャァ
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