素直になれない捻くれ少女が異世界に染まっていくお話

ティキ

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始まりは異国の風と共に

プロローグ2

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廃墟に薄寒い風が流れ込む。

身を震わせる様な夜風と窓から差し込む月明かり、何十年も放置された物たちは使われた最期から時間が止まっているのだろう。

年代物でほこりの被った絵画達を眺めながら、ギシギシと足音をたてて私は廃墟一階の廊下を歩いていた。

「はー。あのコミュ障だったミクも、好きな人が出来るだけであんなに変わるのか」

不気味な静けさを纏う廃墟の中で、私は1人呟いていた。ミクは内気な性格というか、あまり人と話す事が出来ない女子だった。

去年から同じクラスだったので分かるが、龍二と出会ってから、まだ内気ではあるものの見違えるほど雰囲気が明るくなった。

あのアホみたいに真っ直ぐな熱は、きっとミクの心の奥にまで届いたに違いない。

私は「はぁ~、いいなぁ」と身内に起こる青春とロマンスを感じながら、懐からタバコを取り出した。

「みんなの前じゃ出せないしねぇ」

慣れた手つきでタバコに火をつけ、一服すると自分の吐いた煙に包まれる。

龍二が言っていた「立花は何も怖いものは無さそう」っていうのは、あながち間違いでは無い。真夜中の廃墟だろうが、命綱の無い綱渡りだろうと怖いという感情は抱かなかった。

いつの日からか、『怖い』という概念が麻痺してしまったのか?

私は時々そう思う。学校でもタバコを吸っているのはバレたことがない。

ただ1人、アズサ以外には。


「——アホらし。さっさと幽霊撮ってエントランス戻ろ」

どうでもいい事を思考から放り出し、本来の目的に戻った。幽霊はいないと思っているが、それっぽいものは撮れるだろうと考えている。

何もない黒い影やカメラのブレが、幽霊に見えるなんていうのは良くある話だ。万が一何も撮れなかったら、タバコの煙で誤魔化してしまおう。

なんていう風に少し投げやりにして、丁度良さそうな部屋のドアに手をかける。そこは『調理室』と看板がかけてあった。

「お、いかにもって場所じゃん」

当たりの場所を引いたからか少しテンションが上がった。カメラを構えて、ゆっくりとドアノブを引いた。


——そこは少し開けた、暗く薄汚れた調理場だった。どこかしこに付着している黒いシミ、あちこちに貼られた蜘蛛の巣とほこりは他と同様のようだ。

ただ違いがあったのは、劣化した赤黒い血痕があることだ。最近のものではないのだろう。

「血痕、ね。どっかの不良がやらかしでもしたか」

チンピラ共が何かやったのだろう。それくらいにしか気を止めるつもりはなかったが、部屋を少し探索した時点であることに気づいた。

血痕はなにも一箇所だけではない。床、壁、さらには天井にまで付着している血痕は、古いものから変色していない新しいものまであったのだ。

異常な惨劇を目の当たりにし反射的に怯んだが、私は咄嗟に家具の影に身を隠した。




——嫌な予感がしたから、というのもあったがギシギシという木の軋む音がどこからか聞こえてきたからだ。

最初は上階にいる龍二達だと思ったが、聞こえる足音は2人ではなく、3人以上の音だった。そして足音の主は、おそらく同じ階にいる。

(アズサの奴、ちゃんと下調べしとけって言ったろ!)

内心悪態を吐きながら、血痕を付けた危ない奴らが根城にしているという最悪の可能性に思考が辿りつく。

私は息を潜め、その足音が遠ざかるのを待った。

だが——


ギシギシギシギシ!!


急に早くなる足音。

明らかに近づいてくる足音に不味いと思い、家具の影から飛び出して物置の中に滑り込んだ。物置の中から外の様子は窺えるが、今は出来るだけ身を潜めなければいけない。


真夜中の廃墟。不気味なまでに静けさが包む空間で、早まる心臓の鼓動だけが鮮明に鳴っている。

さっき家具の影にタバコを落としてしまったが、今更どうにも出来ないのでバレないことを祈るだけだった。

そして、調理場のドアがガチャリと開く。




———しかしソレは、明らかに違った。

複数人と思われた足音は、一つの生物から伸びた10本を超える足からだった。7つある眼球は獲物を捕らえるためにギュルギュルと動く。

軽々と2mは超える巨体。そこから伸びる棘は毒々しい緑色の液体を滲み出していた。生者を刈り取る鋭利な2本の鎌を月明かりに照らし、ソレは蠢いている。

廃墟に溜まったチンピラでも不良でもなく、現れたのは禍々しい姿をした巨大蜘蛛のモンスターだったのだ。

「ッ……⁉︎」

声にならない悲鳴が出る。声が出ないように口を必死に抑え、出来るだけ息を吐かないようにした。

巨大蜘蛛は散乱する調理場を器用に渡り歩き、私が元々いた家具の影へ顔を覗かせる。

落としてしまった、まだ火がついているタバコに近寄ると、鋭利な足で突き刺してそれを捕食した。その間、巨大蜘蛛の骨が擦れるようなゴキゴキという奇怪な音が調理場に響いていた。

私は巨大蜘蛛が去るのを、文字通り息を殺して待った。まるで永遠にも思える緊張した時間、それは思ったよりも早く終わったのだった。

———キルシャァアアア!!

巨大蜘蛛が叫び声をあげたかと思えば、入ってきたドアを潜って、そのまま調理場から出て行ってしまった。

未だに鳴り止まない心臓の鼓動を聞きながら、音を立てないように物置のドアを開ける。

調理場には巨大蜘蛛の通った痕跡と、身体から滲み出ていた緑色の液体が所々に付着していて、それらの場所は煙を上げながら溶け出していた。

「うえっ、なにこれ」

さっき蜘蛛がいた場所まで足を運ぶと、吐き気を催すかのような異臭が漂ってくる。

目の前の異常な光景に、実はさっきまでのは全部夢だったのではないかと考えるが、これは確実に現実だった。少なくとも嗅覚と緊張感は本物だ。

「……ここから逃げなきゃ」

緊張で固まった足をなんとか動かし、息を潜めて移動する。耳を研ぎ澄ませる限り、私以外に他の音は聞こえない。


そう、ざわめく木々の音も虫の声さえ聞こえなかったのだった。


違和感を感じつつ、この異常事態を伝えるために携帯を取り出して他のみんなに連絡を取ろうとする。しかし携帯は起動せず、古いテレビの砂嵐のような画面が携帯に広がるばかりだった。

(クソッ、携帯が使えない)

心の中で悪態を吐きながら、いよいよヤバい状況なのだと理解する。

外に繋がるはずの窓を見れば、その向こう側は永遠と続く闇が広がっている。差し込んでいたはずの月明かりは消えていたが、何故か部屋は明るかった。

(やっぱり夢か…?)

混沌とする状況に困惑しながら、出口を求めて歩みを進めて行く。

来た道に沿って廊下を進む。錆の入った古びた家具は時間が戻ったかのように白く綺麗になっており、ほこりの被った絵画は先ほど描かれたかのような鮮やかな色彩へと蘇っていた。

絵の内容は先程の肖像画から変わっていて、肖像画だったものは複数の天使が集まって笑談をしている絵画になっていた。

まるでレオナルド・ダウィンチが描いたかのような、油彩絵具を使った神話時代を想像させる、なんとも見事な一作品だった。




「———すごいだろ、これ?」


突如背後からかけられる声、咄嗟に振り向いた。

そこにいたのは青年、20代前半くらいの男だった。綺麗に整った黒いスーツと赤いネクタイはお屋敷の執事を少し思い浮かべるだろうか。

鋭利な紅色をした瞳はまるで、獲物を探しているかのような、どこか妖しい美しさがあった。

「…どなたですか?」

怪しむような鋭い視線を返す。

この男はまともな人間じゃない。直感で理解したが、状況から見ても分かることだ。この場から逃げてしまいたかったが、紅いその瞳から何故か目が離せなかった。

例えば、森で熊と遭遇した時は目を離してはいけない。目を離した瞬間に襲われるからだ。

この男には似たようなものがあった気がした。

「君、どこから入ってきたの?」

男は柔らかい笑みで問いかけてきた。

かなり綺麗に整った顔、誰が見てもイケメンと言うだろう。その男の爽やかで綺麗な笑顔は見る女子が見れば即落ちするだろうか。

ただ、その瞳の奥にある冷酷さは隠し切れていなかった。

私はキッと睨み続けた。

「ハァ、人間っていうのは初対面の相手には顔を良くして接するんじゃなかったっけ?」
「私はそう言うの嫌いだから」
「OK、本音で語り合おうか」

男は「くははっ」という乾いた笑いと共に、ゆっくりと目を閉じて一つ息を吸った。


———途端、男の身体に光が集まる。否、背中の部分に光が集まり出した。

唐突な出来事に困惑する私を置いて、現れた光は翼の形を形成していった。数秒が経つ頃には、男の背中には片翼で1枚の白い翼が生えていた。

「とまぁ、ここは人間の入って良い領域じゃない。帰りな」

衝撃の光景に目を何度も疑った末、これは夢だと私は判断した。巨大蜘蛛も、翼が生えた人間も現実には存在しないからだ。実に合理的な回答だと、私は思った。

思考が停止して放心状態になる私の頬を男は優しく撫でた。それはどこか愛おしそうにも感じたかもしれない。

不審に思う私を置いて、次の瞬間辺りが光に包まれる。

私の視界を奪って白く世界が染まっていく中、男の表情が薄らと見えた気がした。

それはどこか寂しそうな、でも嬉しそうな感じがした。

————それは気のせいだろうか
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