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番外短編(3)

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 ご愛読ありがとうございます。
 早いもので物語は、後少しで完結となります。一年弱………長かった。

 果たしてハッピーエンドを迎えることになるのか、それまた誰も救われないバッドエンドなのか………。

 では、例のごとく、特別編です。



■■■■■■■



「アンク様、コーヒーです」

「おぉ、ありがとう」

 真っ黒な液体を飲み物を渡すと、アンクは本に目を通しながら「ありがとう」と言った。

 彼が「コーヒー」と呼んでいるそれが、レイナには実は何だか良く分かっていなかった。彼女の故郷にはこのような飲み物はなく、美味しそうにはとても見えなかった。

「レイナ、どうした?」

「いえ。ただ、不思議な飲み物だな、と思っていました」

「一口飲むか」
 
 アンクに手渡されて、レイナはカップを手に取った。すんすんと匂いを嗅ぐと、彼女が知るどんなものとも違う匂いがした。

「毒……ではないですか」

「そんな訳あるか。くいっと。一思いに」

「……う」

 言われた通り、飲み込む。

 苦い。
 まずい。この世のものとは思えない味がした。自分の料理よりまずいものがあるとは、彼女にとって驚きだった。

「とても美味しくないです……」

「残念だ。まだ早かったかな」

「アンクさまはいつもこんなものを飲んでいらっしゃるのですか?」

「慣れるとうまいんだ」

「信じられません」

 レイナは到口の中をゆすいで、再びアンクのそばにたった。

「……」

「……」

 ただ、黙ってレイナはアンクの横に立っていた。何をするでもなく立つレイナを、アンクはちらっと見て言った。

「何しているんだ?」

「何も」

「何も?」

「何も、やることがないのです。お掃除もお洗濯もお料理も、終わってしまいました。夕ご飯の買い物に行っても良いのですが、まだお店が開いていないのです」

「別に、自由にしていても良いんだぞ」

「と、言いますと」

「と、言いますと?」

「と、言いますとです。自由にやることがありません」

 レイナは困りました、と眉を下げた。

「何かありませんか? 何かお申し付けください」

「うーん……」

 アンクはソファから起き上がると、悩ましげに腕を組んだ。

「何でもするか」

「はい」

「怒らないか」

「もちろんです」

「……じゃあ」

 レイナにソファに座るように促した。パチパチと不思議そうに瞬きをしたレイナは、言われるがままにソファの隅に座った。

 そしてその膝を枕にして、アンクは横になった。

「よいしょ」
 
「これは……」
 
「膝枕」

「えぇ、と。うご……動けません」

「良いんだ。少しだけ眠るから、膝を貸してくれ」

 気持ち良さそうに目を閉じたアンクに、レイナは小さい息を吐いてうなずいた。

「コーヒーで目が覚めるのでは、なかったのですか」

「目が覚めるけど、眠くなるんだ」

「アンクさまは眠るのが好きですか?」

「もちろん。眠りは何よりも好きだ。思えば、今も昔もまともに寝たことの方が少ない」

 アンクは大きなあくびをすると、いや違うな、と首を横に振った。

「本当に好きなのは、眠る前のこの瞬間だ」

「眠る前の……瞬間?」

「今、この時だよ。安心して眠りにつけるって知ってる時。いつ起きるかとかグタグタ考えずに、眠る時が一番好きだな」

「アンクさまは、働き者ですからね」

「良く言われるよ。……あぁ、レイナの膝は良いな」

「夜もこうやって寝ますか?」

「それじゃあ、レイナが寝られないだろ」

 はは、とアンクは可笑しそうに笑った。
 レイナはジッと下を向いて、その顔を見ていた。彼の笑顔を見ていると、幸せな気持ちになれた。手持ち無沙汰だった時間が、穏やかに色づき始めていた。

 アンクが薄眼を開けると、レイナと目があった。彼女に向けて、アンクは小さな声で言った。

「ありがとな」

「何のことでしょう?」

「いや、色々と助かってる。家のこととか、食事のこととか、全部やってくれているおかげで、だいぶ楽ができているよ。ありがとう」

「当然です。私はアンクさまのメイドですから」

「俺も……良いメイドを見つけたな。他にもそうだ。色々感謝しなきゃいけないことがいっぱいあるはずなんだけど……」

 そう言ったあとで、視線を不安定に揺らして、「なんだったけな」と小さな声で囁いた。

「アンクさま?」

「いや、何でもない」

 アンクはレイナの膝を枕にしながら、ぼんやりとした調子で言った。眠気のふたが降りてきたのか、彼の口調はおぼつかなかった。

「こんな日々がずっと続けば良いなぁ」

 それでも、この言葉だけはしっかりと聞こえた。

「……サラダ村での日々ですか?」

「そう……何も無い平穏な日常。この日々が一番幸福だ。レイナもそう思わないか?」

 レイナは彼の言葉にゆっくりとうなずいた。
 
「それは良かった」

 アンクは微笑みながら目を閉じた。

 ……もし、この場所に自分がいなかったら、彼は同じ言葉を言うだろうか。自分のいない日常を幸せだと言うだろうか。

 できれば、言わないで欲しいと思うのは、きっと傲慢ごうまんだろう。レイナはそう反省すると、アンクの頭を撫でた。

 再び声をかけようとしたとき、アンクから静かな寝息が聞こえた。疲れていたのだろう。長い戦いが終わったばかりだ。

「おやすみなさい、アンクさま。良い夢を」

 アンクの寝顔をジッと見つめながら、レイナは小さな声でささやいた。

 
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