192 / 220
第159話 パトレシアの選択
しおりを挟む◆◆◆
なんでもない日のなんでもない会話だった。
ユーニアとリタが買い物に出かけている間、俺とパトレシアは魚釣りがてら、水浴びをしていた。
晴れやかな日差しが、川に降り注ぐ、気持ちの良い初夏の午後だった。
「私ね、今ちょっと迷っているんだ」
小川のゆるやかな流れを見ながら、パトレシアは言った。
「やろうとしていることが正しいのか、どうなのか、分からなくなっているの。やった後で後悔するのが怖くて踏み出せずにいる」
出会った時から、数年の時を経て、パトレシアはだんだんと心を許すようになっていた。けれど、改まって悩みを打ち明けられたのは、この時が初めてだった。
「パトレシアは後悔するのが怖いのか?」
「そうだね。誰かを傷つけてしまうのが怖い。私の行動で誰かが損をするのは知っているから、どうすれば良いのか分からない」
「……けれど、やらなくても誰かが傷つく」
「そういうこと」
パトレシアは頷いた。
「やってもやらなくても、後悔しそうで……私はどっちが良いか分からなくなっている」
遠くの方で魚が跳ねる。
あっ、と声を出したパトレシアが追いついた時には、その魚は影も形もなかった。
「逃しちゃった……」
「また来るさ」
「そうだね……」
肩を落とすパトレシアに語りかける。
「迷っているとしたら、今はあまり考えない方が良い。そう言う場合に最良の選択が出来るはずない。自分が選んだ方がいつも最悪だと想定していた方が、気が楽だ」
「何それ、変なの。アンクってずいぶんと悲観的なんだね」
「悲観的かもしれないな。でも実際そんなもんだよ。俺たちは結局、何をやっても後悔するように出来ているんだ」
……彼女が言っていた『覚悟を決めた』時があったというのなら、たぶんここだった。今の俺なら分かる。
家族を裏切り、そして友人を裏切ろうと彼女が決めたのはきっとこの言葉だった。
「何をやっても後悔する……ね」
少女から大人へと成長しようとしていたパトレシアは、その傷1つない綺麗な脚を小川の冷たい水に付けながら言った。
「すっぱり切り捨てた方が楽ってことが言いたいんだよね」
「それもあくまで選択の1つだ。思い悩むのも自由。結局、切り捨てたものほど輝いて見える。俺たちの人生は残酷な選択の連続で、切り捨てたものとか諦めたものの残骸で出来ているんだ」
「なんか、アンクってたまにすごく大人びたこと言うよね。でも、切り捨てたものほど……かぁ。ちょっと分かるかも」
パトレシアは透き通った水の中で、ちゃぷちゃぷと脚を動かしながら言った。太陽に照らされた水面が白く輝いていた。
「やるべきなのか、やらないべきなのか。アンクの言うところの残酷な選択っていうやつの分かれ道に私はいるんだね。ねぇ、私はどっちを切り捨てるべきだと思う?」
「……それは、自分が今、大切だと思うものを選べば良い。結局、どっちを選んでもっとどこかで後悔するんだから」
そう言うと、パトレシアは嬉しそうに笑った。
「大切なものか、うん、それなら分かりやすい。私には大切なものがちゃんとある」
「リタか」
「そうだね、私のかわいい妹。あとそれから……」
パトレシアは山並みの方に視線を向けて言った。新緑に影が差し込んでいて、すっきりと割れた陰影を眺めながら、彼女は言葉を続けた。
「友達と約束したんだ。大人になったら、私たちはずっと仲良くしていようって。だから、そういう世界を私は作りたいんだ」
そこまで話したところで、遠くの方からリタが俺たちを呼ぶ声が聞こえた。3年間に及ぶイザーブへの逗留はもうすぐ終わろうとしていた。これから俺とユーニアはさらに西へと脚を進める。
「出来ると良いな」
「……うん」
俺がパトレシアと2人きりで話した最後のことだ。きっと、これも何かの選択の一部だったのかもしれない。
切り捨てたものの方が輝かしく見える。
もし俺があの時、あんなことを言わなかったら。「やらないべきだ」と彼女を説得していたら。
「全ては後の祭り……か」
俺はイザーブを去ることを選択して、パトレシアは故郷を壊すことを選択した。
それから俺たちは当たり前のように、この時の選択を後悔することになった。
◆◆◆
0
お気に入りに追加
367
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
もし学園のアイドルが俺のメイドになったら
みずがめ
恋愛
もしも、憧れの女子が絶対服従のメイドになったら……。そんなの普通の男子ならやることは決まっているよな?
これは不幸な陰キャが、学園一の美少女をメイドという名の性奴隷として扱い、欲望の限りを尽くしまくるお話である。
※【挿絵あり】にはいただいたイラストを載せています。
「小説家になろう」ノクターンノベルズにも掲載しています。表紙はあっきコタロウさんに描いていただきました。
[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件
森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。
学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。
そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる