190 / 220
第157話 パトレシアとシュワラ
しおりを挟む◆◆◆
「昔の話が聞きたいんだね。私たちが何も知らない子どもで幸せだった時代のことだよ。陽の当たる明日を何の疑念もなく信じられた時のおとぎ話みたいなもの」
「俺は何が起こったのかを聞きたい」
「分かった……パトレシア……私の姉とシュワラはね、すごく仲良かったんだ」
イザーブに到るまでの道中、リタはシュワラとパトレシアの事を話し始めた。
「ちょうど家も隣同士で、同い年だったからね。私もシュワラに良く遊んでもらってた」
「……昔のことですわ」
「そう、昔の事。しょっちゅう遊んでいたなぁ。庭を駆け回ったり、執事に隠れて木に登ったり、壁に落書きしたり、垣根を破壊したり……」
「えぇ……」
パトレシア、シュワラ、リタと3人はまるで本当の姉妹のようだった。
今では想像がつかないくらいに、3人の仲は良かった。喧嘩もするけれど、すぐに仲直りする。どこにでもいるような普通の女の子だった。
けれど、そんな関係にも終わりが訪れた。
「学園に上がるくらいの時だったかな。私たちの両親の仲が悪くなった。良くあることだったんだよ。昨日の味方は今日の敵。シャラディ家と私たちの家は商売敵として対立し始めたの」
事の発端は、当時のイザーブではごくありふれたことだった。
土地の利権に関するトラブル。シャラディ家が取引していた中心部の土地を、パトレシアの両親たちが裏から手を回して横取りするようなことをした。
それに激怒したシャラディ家は、今度は同じことを行った。スパイを送り込んで、取引の情報を盗み聞きして土地を奪い取った。
「ふたを開けてみれば、事が起こる前から私の家はリタたちの家にスパイを潜り込ませていたらしいですわ。表には出てなかったけれど、裏で同じようなことは既に行われていたの。一触即発だったというわけです」
「それから、お互いの家に出入りすることは当然禁止。街で会うところを見つかれば、無理やり引き剥がされた。私たちは大人の都合で友達じゃなくなってしまったんだ」
仲良くしてはいけない、話してはいけない、近づいてはいけない。3人はそういう風に教育された。
仲の良かったリタたちとシュワラも互いの親から、憎み合い競いあうような関係を強制された。
「学園に上がってからもそれは変わらなかった。2人とも頭が良くてね、1位と2位を争うような関係だった。もちろん、どちらかに負けると、ひどく叱責される」
「ひどいな……」
「それでも私たちとシュワラは隠れて、遊んだりもしていたんだけれどね。お付きも知らない公園とかで遊んだり、こっそり手紙のやりとりをしていたりさ」
「子どもながらに理解はしていましたからね。大人の下らないプライドで自分たちの関係を変える必要がない。私たちはずっと友人で、これから何が起ころうと互いを憎み合うようなことはしないと、言葉には出さずも信じていました。それも……あなたたちが事を起こすまでの話です」
「……何が起きたんだ?」
シュワラはそっぽを向いて窓の景色に目をやった。代わりにリタが少し後悔するような顔で言った。
「クーデターよ。私たち、イザーブの資産家に対してクーデターを起こしたの」
それが起きたのは俺とユーニアがちょうど街を離れた後だったそうだ。シャラディ家を始めとしたイザーブの資産家の不正を、リタたちは告発した。もちろん、その中には自らの家も含まれていた。
「国のお偉いさん方は、ほとんど資産家に丸め込まれてしまっている。だから国王や聖堂の本山を動かせるほどの不正の証拠を集める必要があった。詐欺や偽造硬貨の製造、それから……」
「……人身売買とかですわね」
「そう、それが1番大きかった。孤児や辺境の住民たちを奴隷として売買していた記録があるの。その記録を証拠として、聖堂の大本山に訴状として送ったの」
女神教において、人間の身体は神聖なものとして規定されている。人身売買は女神教の聖典で大罪として記録されている。
人身売買に手を染めていた人間は、イザーブの資産家のほぼ80パーセント。彼らは財産を没収されて、イザーブでの活動を抑制されることになった。
「まー、要は追放ね。シャラディ家の私たちの家の財産も没収された。牛耳っていた資産家たちはイザーブの片隅に追いやられた。イザーブを覆っていた黒い霧はようやく晴れる気配を見せ始めた」
「どうして、リタたちはそんなことをしたんだ? 自分たちの財産を没収されてまで告発を……」
「……それはアンクのお陰なんだと思うよ」
「俺の?」
「うん」
リタは頷いて、昔を懐かしむように窓の外に視線を向けた。
「私は聞いていないけれどね。あなたの言葉がお姉ちゃんを決意させたんだと思う。ユーニアとアンクと別れた後のあの娘は、決意を固めたように思えたから」
「そうか、俺が何か言ったのか…………ダメだ、全然思い出せない」
「記憶が戻れば、きっと分かるよ」
「そう願う。それで……クーデターの後はどうなったんだ」
「結論から行けば、うまくいかなかった」
リタは小さくため息をついた。
「告発した後、私たちはイザーブの再建を始めたの。けれど妨害工作のせいでうまくいかなかった。追放されたくせに、それくらいの力は残っていたの。彼らの妨害さえなければ、きっとイザーブ侵攻も防げたはずだったんだけれど……全てはタイミングね。今更言っても仕方がない」
資産家たちは結託して、パトレシアを引き摺り下ろそうと画策していたらしい。水道を破壊したり、防衛設備を解体して、イザーブを弱体化させる工作をしていた。
イザーブ侵攻が起こったのは、そんな時だった。
「まず最初に襲われたのは防衛設備を解体した商人たちよ。全員、死んだ。自業自得と言えばそれまでだけれど……でも、イザーブ侵攻では何の罪もない人たちも沢山死んだから」
リタは拳を握り締めながら辛そうに言った。
見張り台を解体されたせいで、住民の避難が遅れた。リタたちの活動に好意的だった露天の商人たちも含めて多くの人が亡くなったらしい。
「シュワラたち、カルカットに拠点を移した資産家たち以外はみんな死んだ。運が悪かったとしか言いようがないけれどね」
「……わたくしはそうは思いませんわ」
リタの言葉にシュワラが口を挟んだ。
「この事件の責任の一端はあなたたちにあります。もっと言うなら、あなたのお姉さん、彼女が当時のイザーブの顔役でした。避難が遅れたのも、防衛の不十分さも彼女にあることは間違いありません」
「シュワラ、それは言い過ぎなんじゃないか。聞いていただろ、妨害にあっていたんだって」
「部外者はお黙り」
「部外者扱いかよ……」
「そうですわ。あなたが何を言ったのかはしりませんが、パトレシアのやったことは結果としてみれば、最悪な結果をもたらしました」
シュワラはそう言って俺を鋭い視線で睨みつけて言った。
「言ってしまえば全部、自分で抱えて自爆したのよ、あいつは」
「それは言い過ぎじゃないか」
「それが事実です」
ずっと胸に溜まっていた怒りだったのだろう。シュワラは吐き出すように「裏切られた」と言った。
「裏切られた……?」
「私はあの人のことを友達だと思っていました。ずっと信じていた」
それはシュワラの口から出るには信じがたい言葉だった。さっきまで散々恨み言を重ねていた彼女からいまだに「友人」という言葉が出るとは思わなかった。
意外にも、リタはシュワラの言葉に驚きも反論もしなかった。
「その意見に関しては、私も同意。あの娘は1人で何もかも背負いすぎる。シュワラにも私にも相談せずに、あの娘はクーデターを起こした。でも、シュワラ、きっとあの娘はあなたを傷つけまいと……」
「そんなことくらい分かります。ヘドが出るほどのお人好しだってことくらい知っています。だからこそ許せない……!」
幼い頃に誓い合った約束をシュワラは語った。シュワラは足元にこぼすようにその言葉を放った。
「ずっと友達で居ようって言ったのに」
それは彼女たちが幸福だったころに、目指した理想の姿だった。
「私たちが目指していたものは、同じだったのですから。いつか、必ず、私たちが普通でいられる世界を共に作ろうと誓った」
「……そう……だったね」
「あいつは私のことを共犯者はおろか、遠ざけるような真似をしました。自分だけ動いて、クーデターなんてものを起こして……! 1人だけ罪を背負って、苦労して、責任を負って、失敗した……!? そんなこと、許せるものですか!」
シュワラの瞳は怒りに燃えていた。
自分に対して、何も言わなかったこと。置いてけぼりにして、相談すらしなかったこと。全て1人で責任を負って、1人で苦しんでいたこと。彼女の怒りはその全てに向けられていた。
「……友人だと思っていたのは、私だけだったってことかしら」
炎のように輝くシュワラの瞳から、涙が1粒落ちた。
◆◆◆
0
お気に入りに追加
368
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
異世界エステ〜チートスキル『エステ』で美少女たちをマッサージしていたら、いつの間にか裏社会をも支配する異世界の帝王になっていた件〜
福寿草真
ファンタジー
【Sランク冒険者を、お姫様を、オイルマッサージでトロトロにして成り上がり!?】
何の取り柄もないごく普通のアラサー、安間想介はある日唐突に異世界転移をしてしまう。
魔物や魔法が存在するありふれたファンタジー世界で想介が神様からもらったチートスキルは最強の戦闘系スキル……ではなく、『エステ』スキルという前代未聞の力で!?
これはごく普通の男がエステ店を開き、オイルマッサージで沢山の異世界女性をトロトロにしながら、瞬く間に成り上がっていく物語。
スキル『エステ』は成長すると、マッサージを行うだけで体力回復、病気の治療、バフが発生するなど様々な効果が出てくるチートスキルです。
俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした
宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。
聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。
「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」
イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。
「……どうしたんだ、イリス?」
アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。
だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。
そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。
「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」
女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。
学園中が俺をいじめで無視しているかと思ったら認識阻害されているだけでした。でも復讐はします
みずがめ
恋愛
学園中のみんなが俺を無視する。クラスメイトも教師も購買のおばちゃんでさえも。
これがいじめ以外の何だと言うんだ。いくら俺が陰キャだからってひどすぎる。
俺は怒りのまま、無視をさせてなるものかと女子にセクハラをした。変態と罵られようとも誰かに反応してほしかったのだ。そう考えるほどに俺の精神は追い詰められていた。
……だけど、どうも様子がおかしい。
そして俺は自分が認識阻害されている事実に思い至る。そんな状況になれば日々エロい妄想にふけっている年頃の男子がやることといえば決まっているよな?
※イラストはおしつじさんに作っていただきました。
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる