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第155話 蹂躙する複合神
しおりを挟む勝負はほとんど一瞬だった。
正しく言うならば、それはほとんど勝負とも言えない蹂躙だった。
およそ3分も経たない内に、地面に這いつくばったリタとシュワラをパトレシアが見下ろしていた。
「まぁこんなもんかしら。良くやったと思うわ」
ボロボロの2人に対して、パトレシアは傷1つ負っていない。彼女たちが繰り出した魔法のほとんどを、彼女は余裕でかわしてみせた。
脚を震わせながら、顔から血を流したリタはそれでも立ち上がろうとしていた。
「ま、まだ……終わってない」
「終わりよ、とっくに終わり」
パトレシアがパチンと指を鳴らしただけで、電撃がリタを襲った。痛々しい叫び声をあげながら、リタは再び地面に倒れた
「かわいそう……でも、リタはここまでやらないと、絶対に反撃してくるもんね。まさか、アンクの封印を解いてユーニアとナツを倒すだなんて、さすがに想像していなかったけれど」
容赦のない攻撃が彼女を襲う。これまでの戦いで健闘していたリタがパトレシアの前ではまるで赤子のようにいなされていた。
「シュワラの攻撃には驚いたけれど、種が分かったらそれでお仕舞い。模造品は本物の魔法には到底及ばない。あなたがさっき自分で言ったことよね?」
突っ伏して倒れるシュワラにパトレシアは言った。
「さぁ、アンク……覚悟は出来てる?」
言葉の途中で、パトレシアはすでに俺の前に移動していた。十数メートルあった距離を一足飛びで移動したパトレシアは、俺に向かって電撃を放とうとしていた。
「パトレシア……」
「何? お別れの言葉?」
「俺は諦めない。どんな状況になっても、何度記憶が消されようとも、俺は絶対に君を諦めたりしない」
パトレシアはそれを聞くと、目を細めて笑った。
「嬉しいこと言ってくれるね。あなたのそういうところ好きよ」
「俺もお前のことが好きだ。だから……もうやめよう、こんなことは。誰も救われていない」
「……そんなことはないわ。少なくとも、私はあなたを守ることが出来る。それで十分よ。あなたが私のことを忘れても、私があなたのことを覚えていれば良い」
「間違いだ。偽物だ。そんな中途半端な欲望で、1人で消えようとするなんて正しいはずがないんだ」
「中途半端……? 笑わせないでよ。私はずっとあなたのことが好きだった。だからこそ、こうやってあなたを救おうとしているんじゃない」
パトレ
シアが放つ雷が一層激しくなる。もうあと数秒、彼女が引き金を引けば、俺の命は絶たれて、再び記憶はリセットされるだろう。
動け。
ひとかけらの魔法でも良い。せめて一瞬の隙でも与えることが出来れば、勝機は見えてくる。
だから動け。
もう1度、魔力炉に火を入れるイメージで、魔法を循環させるんだ。
「さようなら、少し眠って、アンク。起きたらまた穏やかな日常が待っているから」
パトレシアが口を開く。指先に魔力が集まり、俺の額に付けられる。ビリビリと放つ魔力が身体中に響く。
動け、動け、動け。
本当に救うべきものが、手のひらからこぼれ落ちようとしているんだ。もう、同じ失敗は繰り返したくない。今まで繰り返してきたものを、再び無為に終わらせたくはない。
「まだ……」
身体が熱くなっていく。
想いに応じるように、無理やり揺り動かしていた魔力炉が覚醒する。解法を放つには足りないが、それでも良い。0から1に変わってくれるだけで良い。
まだ終わっていない。
「固定」
それは時間にしてほんの1秒もない。パトレシアの雷光が発射されるのを、一瞬止めることが出来た。たったそれだけの魔法を打つだけで、身体中から汗が吹き出した。
「くっ……!」
視界の端で真っ赤な炎が輝いた。
「火の魔法、揺火歓尼!」
俺たちの間に炎を纏ったシュワラが立ちふさがる。そのまま油断しきっていたパトレシアに3撃、炎の拳を浴びせかけた。
小さく舌打ちしたパトレシアは後ろに下がって炎を掻き消した。
俺の前に立ったシュワラは息も絶え絶えで、まだ立っていることが不思議なほど傷だらけだった。
「シュワラ……あなたもこりないわね」
「言ったでしょ。あなたに復讐するまで、絶対に許さないって」
「だから、何よそれ。もしかしてオークションのこと? あれは仕方がないじゃない。こっちもギリギリだったんだから」
「そうじゃない……!」
力任せにシュワラが突進する。
このままだと格好の的だ。パトレシアの矛はシュワラを捉えている。
「索敵!」
周囲に魔力を張り巡らせる。いつもなら何てことはない魔法だったが、発動した瞬間、激しい痛みが身体を襲った。
「……あぁああ゛っ!!」
脳へのダメージが大きい。解法の影響がまだ残っている。
索敵を使った瞬間に入ってきた情報量は、想像以上に多すぎた。今まで見えていなかったものが見えて、花火のように視界の裏側で明滅した。
心音、かすかに残る魔力、300メートル先で崩れる瓦礫の音、風の音、ネズミの中に巣食うウジ虫の動き、自分の中を流れる血の音。
何もかもが多すぎる。
見えすぎていて、耐えきれない。
隣にいたナツが俺の身体を揺すった。
「アンク、だから魔法を使っちゃダメだって! 魂ごとダメになったら、私たちでも助けられなくなる!」
「良いんだ! 動かせるなら動かすんだ!」
「もう、バカぁ!」
ナツの罵倒を意識からシャットアウトする。
ここで使わなければ意味がない。いくら身体が保ったところで、この世界に彼女たちがいないのならば、何の意味も価値もないんだ。
「固定!」
力の限り叫ぶ。
パトレシアが構えた槍の動きを止めて、シュワラの攻撃を活かす。さっきよりも長く止まったパトレシアに数発の拳が飛ぶ。
「……くっ!!」
ようやくダメージらしいダメージが通る。
強烈なストレートを懐にくらったパトレシアは、後ろに下がった。口から血を吐いたパトレシアは、忌々しげに俺を見た。
「やっぱり厄介ね、固定魔法……良いわよ、こうなったら」
パトレシアが水色の魔力を蒸気のように勃沸させる。ふわふわと浮かんだ大きなシャボン玉のような泡が現れた。
「水の魔法、理咲湖」
無数に浮かんだ泡はどんどんと数を増し、広場中に展開された。その1つ1つに今度は別の魔力が注ぎ込まれる。
「空の魔法、霹靂の樹」
パトレシアから無数の稲妻が伸びていく。
泡の1つ1つが電気を帯びていく。発光する泡が稲光を帯びて、凄まじいエネルギーを発生させていた。
「もう私も手加減しない。解法は絶対に発動させない……!」
壁のように泡を自分の周りに張り巡らせながら、パトレシアは俺の額を指差した。
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