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第150話 瘴気地区イザーブ
しおりを挟む「お待ちしておりました、シュワラ・シャラディさま!」
「おつとめご苦労さま。早速だけれど、4人中に入れてくれる?」
「はっ!」
鎧に身を固めた王国の衛士はシュワラに敬礼して、関所の奥へと入っていった。灰色の石で作られた関所は思っていたよりも小さく、詰めている衛士も2人しかいなかった。
俺たちは関所を抜けたところにあるアーチのような建物の前に立たされた。前面に貼られた結界が、水に浮いた油のような虹色を描いていた。
「触ると危ないよ。内側からの魔物の攻撃にも耐えられるように、最大級の結界が貼ってあるから」
「術者もいないけれど、どうやって維持しているんだ?」
「結界の維持は魔導石でやっているの。ここ以外にも4方向に関所があって、それぞれに魔導石が設置されているの」
結界はイザーブの東西南北を囲んでいるらしい。外から入れないようにすることと、中からも何かが出てこないように作られている。
「瘴気はどうにもならないからね。こうやって結界で防ぐしかないってわけ」
リタがため息混じりに言った。
後ろの関所の方からスイッチを切り替えるようなカチャリという音が鳴った。すると目の前のアーチの色が青く輝いた。
そんな光景を見て、ナツが不思議そうな顔をした。
「結界の色が変わった」
「魔導石の結界を一時的に解いたの。普段だったら、一般人は絶対に入れてもらえないんだけど、今回はシュワラの顔パスね」
「シャラディ家の力ってことか。すごいな」
「当然ですわ」
自慢げにシュワラは胸を張って言った。
「この魔導石もシャラディ家が出資して作られたものですから。この抜け穴も後から増設しておいたものです。こんなこともあろうかと思いまして……やっと、やっとですわ」
シュワラはパキパキと拳を鳴らして、調子を確かめるようにストレッチをし始めた。
間もなくして、衛士の1人が関所から顔を出して、大きな声で俺たちに呼びかけた。
「準備整いました! 合図があればすぐにでも、結界を解くことが出来ます!」
「了解。半日経っても戻らなかったら、報告をよろしく」
「はっ!」
「じゃあ……結界を切って」
シュワラがそう言うと、関所からレバーを引く音が鳴った。ガチャリガチャリという大仰な機械音の後で、アーチに魔力が溜まり始める。
一番前に立ったリタが俺たちの方を振り返った。
「私が先導するから、はぐれないように着いてきてね。鍵の場所まで着いたら、後は分かるよね」
「俺は解法のために魔力を溜める」
「うん、アンクは戦いの場所から出来るだけ離れていて。私たちだけでパトレシアを捕らえる」
「分かった……ナツはどうするんだ?」
「私はアンクのお・ま・も・り。ぴったりくっついているからね。一緒に引きこもろ」
俺の腕を掴んで離さないナツを、シュワラが白い目で見ている。「緊張感の欠片もない」とぼやきながら、彼女は解放されつつあるゲートに目を向けた。
「ゲート完全解放します!」
衛士が声をあげる。
ひときわ眩しくゲートが輝く。薄い膜のような結界は徐々に薄れ、やがて俺たちの前から消滅した。
とたんに凄まじい濃度の瘴気が湧き出してきた。
「これは……!」
尋常な量ではない。
抜け穴から放たれた瘴気は、周囲の草花を一瞬で腐らせた。黒々と霧がアーチの近くの大気を汚していく。
「離れろ! 普通の人間が吸い込んで良いレベルじゃない!」
ゲート近くにいた衛士に向かって叫ぶ。結界を解除するためにアーチの近くにいた衛士に、瘴気が襲いかかる。
「風の魔法、裂戒の飛!」
リタが扇をふるって風を引き起こす。
驚き固まって動けなかった衛士達を守るように、風の結界が瘴気をかき消した。
「瘴気の量が増してる……! パトレシアだ!」
「私たちが入ったら、すぐに結界を再発動しなさい! このままだとみんな巻き添えになる!」
「わ、分かりました!」
衛士達が再び機械に手をかける。魔力が再び充填されて、結界が作られ始める。
「行こう!」
リタが先導して中へと入っていく。
魔力の風を撒き散らしながら、瘴気をかき消していく。前を歩くシュワラはガスマスクのようなものを付けて、瘴気の渦へと入っていった。
「ぐ……!」
長い長いトンネルだった。手で口を覆ってようが、瘴気が体内へと侵入してくる。油断すれば意識を失ってしまいそうなくらい濃度が高かった。
リタの姿を見失わないように歩いていく。
瘴気の渦は結界付近で溜まっていたらしく、入り口近くを抜けると徐々に視界が開けてきた。
「これは……」
視界に飛び込んできたものを見て、言葉を失う。俺が知っているイザーブとはもはや違う場所だった。
「暴風雨……」
「それに幻影魔獣ね。時間稼ぎしようって魂胆が見え見えよ」
中心部の上空に厚い雲が貼られている。真っ黒な暗雲と稲光り、渦を巻く瘴気の暴風と降りしきる雨。
その周囲には大量の魔物が蠢いていた。翼を持った幻影魔獣が、その場所を守るようにして旋回している。
この世の地獄。
そう形容するしかない光景が、俺たちの前に立ちはだかった。
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