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第146話 ナツと足りない魔力

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 目を覚ますと、俺はベッドで寝ていた。
 可愛らしいクマの 刺繍ししゅうがつけられた毛布がかけられている。真っ白なシーツからは石鹸せっけんの匂いがした。

「アンク、おはよう」

 水が入ったコップを差し出して、ナツが俺に微笑みかけていた。辺りの調度品を見ると、可愛らしい小物が置かれている。どうやらナツの家に運び込まれたようだ。

 小さな寝室には、窓が1つ付いていて、そこからは半分に欠けた小さな月が覗いていた。外は真っ暗で、天井のライトの明かりだけがほのかに光っていた。

「……今、何時だ?」

「10時。ちなみアンクが倒れたから、丸3日経っている」

「丸……3日……」

 ナツは頷いて、ベッドの近くの丸椅子に腰を降ろした。ダボっとしたシャツと、ショートパンツ。髪を片側で束ねたナツは、目を細めて俺を見ていた。

 その顔は少し怒っているようにも見えた。

「心配したよ」

「……あぁ、怪我のことか。だいぶこっぴどくヤられたからな」

「ううん。私が負わせた傷はリタが薬を使って、ほとんど完治させた。そうじゃなくて……私が言いたいのは魔力のこと。アンクが丸3日昏睡こんすいしていたのは。怪我じゃなくて……もっと深い傷のことだよ」

「……戦闘でだいぶ使い果たしたからな」

「しらばっくれないでよ。私との戦闘だけで、死ぬ寸前までの魔力を行使するはずがない。……私は気がついちゃった」

 ナツは椅子を寄せて、寝ている俺のところにズイッと近寄ってきた。

「何か言うことはない?」

「何も……」

「本当に何もない? 私に使った魔法がどれだけ危険なものか、アンクなら分からないはずがないよね。ね?」

「ぐ……」

 まずい、全部見抜かれている。
 ここまでの反動が来ることは可能性としては考えていたが、それをあえて口に出そうとは思わなかった。口に出して、ためらってしまう方がずっと怖かった。

 ナツは俺のことを見下ろしながら、自分の頭を抱えてため息をついていた。

「私もバカだった。死者をこの世に留めるなんて都合の良い魔法、簡単に発動出来るはずがないよね。たとえアンクがすごい魔法使いだったとしても、ただの人間だもん」

「3日間昏睡で済んだから良いじゃないか。まだ生きてる」

「まだ……生きてる。本当に瀬戸際みたいなところだよ」

 再び大きなため息をついたナツは、俺の顔の横で頬杖をついた。

「やっぱり、レイナちゃんたちに引き渡そうかなぁ。なんだか、このままだと嫌な予感しかしない」

「俺が寝ている間にそうしなかったってことは、本気じゃないってことだろ」

「……うん」

 肩をすくめたナツは「意地悪なこと言うんだから」と言って俺の布団の中に入ってきた。

「よいしょ」

「ちょ、ちょっと待て……いきなり」

「しょうがないじゃない。うちのベッド1つしかないんだよ。ソファベッドは固くて身体が痛くなっちゃうし」

 そう言うとナツは身体を寄せて、俺にぴったりとくっついてきた。シャワーを浴びたばかりなのか、彼女の髪からはアロマの爽やかな香りがした。

 狭いベッドの中でナツの息遣いが、身体を通して伝わっていた。

「休めるうちに休んでおいた方が良いよ」

 ナツが手を伸ばしてベッドライトを消すと、夜のしじまが辺りを包んだ。何も喋らずにただ身体を寄せ合っていると、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 ナツが顔を伏せたまま、小さな声で言った。

「昔は良くこうやって2人で寝ていたよね」

「そうだな、懐かしい。あの頃はみんないたな」

「うん、アンクのおじいさんとおばあさんも、私のお母さんとお父さんも……私自身も」

 ナツは俺の服を掴むと、小さく息を吐いた。

「この家もね、本来は存在しないものなんだ。家具も調度品もこのベッドも、全ては私の魔法が作り出した思い出の残骸。全部、嘘なんだよ」

「嘘……か」

「そう、嘘。それっぽく作ってはいるけれど、本当はあってはいけないもの。今だって世界に嘘をついて、こうやってアンクと一緒にいる。『死者の檻パーターラ』が解除されたら、消えなきゃいけないのに、私は嘘をついてここにいる」

「嘘でも良いじゃないか。誰も何も困っていない」

「アンクを困らせている。私のせいでアンクは死にそうになっている」

「困っていないし、俺は死んでいない」

「でも、もう戦えない」

「それも……分かるのか」

 ナツは頷いて、俺の魔力炉に手を触れた。毛布の中がオレンジ色の魔力に包まれる。彼女の手のひらから優しい温かさを感じる。

「魔力炉が損傷しかけている。無茶苦茶な過負荷で魔力が逆流したあとがある。あと、しばらくは魔法を使えない。もし使ったら……」

 ナツは息を呑んで行った。

「取り返しのつかないことになる」

「でも、そんな暇はないことも分かるだろ。俺にはやらなきゃいけないことがある。瞑世の魔法が完成しないうちに、あと2人にも会わなきゃいけない」

「……うん、知ってる」

 悲しそうに言った視線を伏せたナツは、撫でるに手を動かし始めた。おへその下の部分を円を描くように触れている。

 彼女の手のひらから放たれた魔力が、徐々にだが俺の魔力炉を活性化しようとしていた。

「魔力を分けてあげる。もう私に出来るのはこれくらいだから」

「良いのか?」

「私はアンクと一緒にいたい。それが私の望みだから」
 
 彼女の身体から鮮やかなオレンジ色が湧き上がる。見とれてしまいそうになるほど綺麗な色彩が、部屋を包んでいく。

「……どう? 痛くない?」

「あぁ、問題ない」

「ここはどうだろ。すごく熱いよ」

「……つっ……まだ、だいじょうぶ……」

「痛かったら、ちゃんと言ってね」

 心配そうに言ったナツは、優しい手つきで魔力炉を刺激した。
 
 かなり丁寧にやってもらってはいるが、痛みはどうしてもやってくる。魔力炉に触れられるたびに、軽い火傷のような痛みを感じる。

「いっつ……」

「……やっぱり手でやるのはダメか。ちょっと待ってね、こっちの方が良いかもしれない」

 ナツはそう言うと自分のシャツをまくって、肌を露出した。彼女の魔力炉に当たる部分は傷1つ無く、そのすべすべとした肌が俺の魔力炉にぴったりと押し当てられた。

「魔力炉を合わせて活性化を試みた方が、表面積が高いから痛みは少なくなるって聞いたことがある。その分、熱量は増すかもしれないけれど……んっ……」

 ぽうっと淡い光が発生する。魔力炉がさっきよりも強く反応しているのが分かる。ナツが言った通り、さっきのような痛みはあまり感じられなかった。

「ど……う?」

「うん、心地よい」

「そっか良かった……」

 くしゃりとした笑みを見せて、ナツは腰を動かした。魔力炉と魔力炉が密着するほどに、熱量が増す。身体中を血液が回り始める感触とともに、少なからず高揚感もあった。
 
 こするように下腹部を動かしているナツも、小さな声をあげていた。

「……ん……あっ……」

 俺の腕の中でもぞもぞと動く彼女を見ていると、改めてナツが生きているということを実感できた。記憶の中で無残な死をげたナツが、今生きて俺の目の前にいる。

「良かった、本当に良かった」

 知らず知らずのうちに涙が溢れてくる。頬に一筋涙が伝って、枕を濡らす。

「アンク……」

 顔を向けた彼女の顔にキスをする。待ち望んでいたかのように、ナツは俺の口の中へと舌を差し出して、火照ったように動かし始めた。獣にでもなったかのように、ナツは欲望そのままに身体を動かしていた。

 俺自身も彼女の動きに応える。抱きしめて、キスをして、互いの身体をこすり合わせた。

「……私のことつかまえてくれてありがとう」

 夜は深くなっていた。
 朝になると、隣には子供のようにすやすやと眠っているナツの姿があった。
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