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第140話 納屋の中は真っ赤な血で

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 魔導具は大まかに分けて2種類存在する。
 1つは俺の電気杖スタンガンのように全く別の系統の魔力を注ぎ込んでいるもの。もう1つはこの扇のように術者の魔力を増幅させるものだ。

「私が道を開く。アンクは方向だけ教えて」

 俺の一歩前に進み出たリタは、手に持った扇を鮮やかな緑色に発光させていた。瘴気の霧の中で輝いた光は、彼女の周囲をまばゆく照らした。

「だいたい2時の方向……だと思う」

「ここ?」

「そう……だと思う」

 その方向を見ると胸がざわざわする。それくらいの違和感でしかないが、鍵の場所を指し示すには十分すぎるほどのヒントだった。

「風の魔法、香運の舞ガンダヴァハ!」

 リタが扇を振りかぶると、あたりの物を吹き飛ばす突風が発生した。
 立ち込めていた瘴気もろとも、木々を吹き飛ばして、文字通り目の前を綺麗さっぱり更地にした。辺りをうごめいていたナーガの気配も、目視できる範囲ではいなくなった。

 巨大な竜巻が通り過ぎたようだった。

「すげぇな……」

「調整が難しくて、本気だすととんでもないことになるけれど、まぁこんなもんでしょ」

 扇を懐にしまって、リタはどや顔で振り向いた。

「行こう、ぼやぼやしてたら、またナーガがやってくるよ」

 突風によって半壊した木々の上を進んでいく。
 瘴気は一旦晴れたが、すぐにまた降りてきた。風で吹き飛ばしたくらいでは、瘴気は消えることがない。発生している原因がどこかにあるはずだ。

「急ごう、発生源までは少し歩かなきゃいけない」

 ナーガの気配も近づいてきている。仲間がやられたのに気づいたからだろうか、少し大きめの奴も何匹か混じっている。

「……けそうにないな」

「ちゃっちゃっと仕留めましょう。下手に回り込まれるより、そっちの方が話が早い」

「よし、左に跳ぶぞ」

 索敵《サーチ》で左から迫ってきている巨影きょえいを捉える。大きさはさっきのやつの4、5倍はある。ナーガたちのリーダー格かもしれない。

「今だ!」

 合図と同時にまずリタが風の魔法で辺りの木々をなぎ倒した。発生した突風で瘴気を吹き飛ばして、霧に隠れていたナーガの巨体をさらした。

固定フィックス!」

 敵の姿があらわになった瞬間、固定魔法で敵の動きを止める。ナーガが初撃に動くまえに、不意打ちで敵の動きを封じる。
 
「風の魔法、裂戒の飛ヴァイス

 すかさずリタが扇をふりかぶる。ひらめく緑色の魔法と、空気を切り裂く風の刃。圧縮された魔法がナーガの首を、真っ二つに切り裂く。

「解除」

 固定魔法を解くと、ナーガの首が胴体から離れて、噴水のように血が吹き出した。叫び声をあげる暇もなく、巨大なナーガは絶命した。

 ひときわ大きなナーガが倒れたのを見ると、他のナーガたちは恐れをなしたのか、きーきーと叫び声をあげて霧の中へと逃げていった。

「やっぱりこいつが親玉だったようだね。他のナーガたちの気配が遠くなっていった」

「……あれ?」

「どうした、アンク」

「この納屋、さっきあったっけ?」

「納屋? そんなもんどこに?」

 それは俺の目の前に突如として現れた。
 農作業に使う道具をしまっておくための納屋。ずいぶん昔に建てられた小屋のようで、壁の木材はところどころ朽ちていた。全面には南京錠が付けられていて、固く閉ざされていた。

 農村ではごくありふれた納屋が、さっきナーガが出てきた場所に出現している。

「私には何も見えないけれど」

「見えない? これが?」

「木しか見えない」

「……そんなはずはない」

 こんなに近くにあるのに。
 こんなに近くにいたのに。

 俺はこの中に誰かがいることを知っている。

「アンク、大丈夫か?」

 焦る思考。倒れた鉄柵。汚された耕地。隆起する大地と崩れた土人形ゴーレム。この場所から納屋の入り口まで真っ赤な血が点々と続いている。閉ざされた扉の先には、彼女の魔力の残滓ざんしが見える。

「俺は……ここに……」

 来たことがある。

『そう遠い昔じゃない。思い出深い場所とは良く言ったもんだな。そう、ここは私が死んだ場所だ』

 ユーニアの言葉を思い出す。

 焦る焦る焦る。
 そうではないことを願う。死にかけの蛍のように明滅するそれが、彼女でないことを願う。

「……いやだ」

 現実はそうならない。
 願いと現実は途方もなく乖離かいりしている。

「アンク、おい!!」

 ……彼女はもう死にかかっている。

「……な……」

 びた南京錠を素手で破壊する。
 細い鉄棒はポキンと音を立てて、あっさりと折れた。木の扉に手をかけて、その先にある光景に思いをはせる。

「『死者の檻パーターラ』を解除するには……」

 小瓶に入った液体を飲み下す。

 見たくない景色がそこにある。見慣れた人間の、見たくない姿がそこにある。流れる血は小川の様にしとしとと地面を流れている。血、血、血。どこもかしこも血だらけだ。

 —————それから俺は彼女の名前を呼ぶ。

 
 

 
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