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第136話 帰宅

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 ゾクリと背筋に凍るような悪寒が走った。

「どうしたアンク?」

「いや、何か嫌な予感が……」

 不吉な視線というか、殺気というか、凄まじい何かを感じたような気がしたが、後ろには誰もいなかった。

 横を歩くリタが不審げに眉をあげて、振り向く。

「敵か?」

「うん。なんか殺気というかが……」

「私は何も感じなかったけどな」

 念のため索敵《サーチ》で辺りの様子をうかがってみるが何もいなかった。サラダ村へと帰る道の途中、すっかり日も暮れた夜の森は小さな獣くらいしか生き物がいなかった。

「気のせいか……」

「疲れているんだよ、きっと。ユーニアとの戦いでかなり魔力も消耗しているし、早く家に帰ろう」

 リタの言葉に黙って頷く。嫌な予感はまだ残っていたが、たぶん虫の知らせみたいなものだろう。たぶん、どこかで誰かが俺のことを倒す算段でも付けているんだ。ひょっとしたら酒でも呑みながら、決起集会でもしているのかもしれない。

 ありがたいことに俺の家まで行く間に襲撃者はいなかった。
 3日間かけて来た道を、今度は5日かけて帰っていく。宿屋に帰ったら泥のように眠り、朝になったら再び歩き始める。 

「これでよし……と」

 俺の家についたところで、リタがなにやら地面に模様を書き始めた。

「なにしているんだ?」

「ユーニアが作った魔導具の一種だよ。ほら、うちに張っていた結界があるじゃないか。あれと同じものを張ったから、『世界の目ビジョン』で観察されることもない」

「なるほどなぁ」

 手に持った小瓶の液体を地面に垂らすと、ぼうっと緑の光を放った。数10秒明滅した光はしばらくすると消滅した。

 小瓶をカバンにしまうと、リタは嬉しそうに俺の手を引っ張った。

「さぁ、これでよし。じゃあ、家の中に入ろうか! アンクと2人生活なんて初めてだなぁ!」

「2人? いや……」

「なんですかい、今の光は!?」

 ばあんとドアが開かれる。
 出てきたのは、ナイトキャップをかぶったニックだった。すでに就寝していたらしく、寝ぼけ眼をこすって俺のことを見ると、安心したようにほっと息を吐いた。

「旦那さまか! おかえりなさい! いやぁ、心配しましたぜ。なにせ一週間以上も音沙汰なしで……無事に帰ってきなすって何よりだ!」

「あぁ、ただいまニック」

「えへへ、さぁ、中に入ってくだせぇ。腹は空いていますか。スープを作っておいたので、温めればすぐに食べられますぜ」

 満面の笑みで俺を迎え入れるニックを、リタはきょとんと目を丸くして見ていた。

「……誰?」

「あら、お客様がいられたんですか!? これはとんだ失礼しました。わたくし、使用人のニックと申します」

「ニック? いったい、どこの誰? なんでアンクの家に住み着いているの?」

「なんでって言われましても……」

 困ったようにニックはあごを撫でた。

「なんででしょうね」

「本当になんでだろうな。いつの間にか使用人になっていたんだ」

「納得いかないわ……こんな、せっかくアンクと2人きりで生活できるとおもったのに」

「なにやらブツブツ言っていますが、このお嬢さん大丈夫ですか」

「あぁ、リタって言うんだ。古い友人なんだ、仲良くしてやってくれ」

「はぁ」

「あーあー、もー最悪!」

 仕方ないという風に肩をすくめたあとで、リタはニックと握手をした。雑な握手を終えたあとで、リタは大きく伸びをして家の中に入っていった。

 その背中を見ながら、ニックは眉を下げた。

「どうやら、あっし邪魔者みたいですね」

「いや、そんなことないよ」

「いえいえ。今朝出て行った時と旦那さまの顔つきが違いますわ」

「顔……?」

 自分の顔を撫でてみる。ヒゲがぼうぼうに伸び始めている以外は、なんの変化もなかった。

「分からん」

「顔じゃなくて顔つきですよ。最近はずいぶんとぼけーっとした顔でした。今は少し精悍せいかんな顔つきになりました」

「そうかなぁ」

「そうでさ。毎日見ているあっしからしたら、一目瞭然いちもくりょうぜんでさ」

 嬉しそうに頷いたニックは、扉を開けて俺を招き入れた。
 そう言われると、少しだけ気持ちが晴れているような気がする。久しぶりにユーニアに会えたからだろうか。

 「やっぱりこれは忘れて良いものじゃなかったんだな」
 
 今度はちゃんと覚えている。
 それだけがまず唯一の救いだ。俺が選ぼうとしている道は間違っているのかもしれないが、俺が望んだものだということは確かなんだ。

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