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第130話 最後の仕事(◆)
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俺とユーニアにとっての最後の仕事は、不意に舞い込んできた。
「怪物退治?」
「あぁ、そうなんだ。占い師のばあさんが予言した。私の故郷に恐ろしい怪物が向かってきているって」
「占い師ねぇ……」
眉唾ものの依頼だった。
世界を滅ぼしかねない生物が、この大陸を襲おうとしている。依頼を持ってきた使いはユーニアの故郷の人間だった。
「うーん、疑う気はないけれど。そんな大事なら大聖堂からお告げとかあるんじゃないかい」
「大聖堂は最近お告げを出さないんだ。頼りに出来るのは占いしかなくて……」
彼はユーニアに何度も頭を下げて頼んだ。
「どうか様子だけでも見てきてくれないか。村のみんなが不安がってる。ばあさんの占いよく当たるんだよ」
「……ま、良いか。その代わり1週間何もなかったら帰るからね」
「助かる!」
結局、ユーニアは1週間見張りをするという約束で怪物退治を受け入れた。
「ま、もしそんな恐ろしい怪物が来たら、私もどうしようもないけどね」
「ユーニアは占いが間違ってたって思うのか」
「そうじゃなきゃ困る」
苦笑いしながら、俺とユーニアはその港町へと向かった。
港町とは名ばかりの漁村のように寂れた村で、ユーニアは盛大な歓待を受けた。隣町からも人が集まって来て、ユーニアに握手を求めた。
「すごい人気だな」
「故郷だからね。言っておくけど、私、すごい魔法使いなんだよ」
「まー、知ってるけど」
回ってくる仕事が厄介続きなことからも、彼女の信用のほどはうかがえる。ユーニアはどんな依頼でさえ、即座に解決してみせるから仕事はひっきりなしにやってくる。
それと比べれば、今回は平穏そのものだった。
イザーブを出てから、ハードな依頼続きの毎日だったので、この村での日々はかなり穏やかなものだった。
結局、その怪物とやらは現れることなく、1週間と2日が過ぎた。
「やっぱり婆さんボケたんだよ」
「そうかのう……」
当の占い師のお婆さんも自分の占いに自信をなくしてしまったようで、しょぼんと手元の水晶玉を見ていた。「クジラか何かと見間違えたかのう」と言って、水晶玉とにらめっこしていた。
ユーニアがそう言ったからか、村の人たちの緊張もなくなり、いつも通りの日常が戻り始めていた。
「ま、良い気休めになったから良いか。明日には村を離れようと思う。赤い目をした生物の噂も気になるしね」
「休暇も終わりか。残念だ」
「あ、そうだ」
ユーニアはパチリと指を鳴らして言った。
窓から顔出すと、村の近くにある巨大な岩盤を指差した。
「アンクにまだあれを見せていなかった。明日、あれに登ろう!」
「あれに……? どうやって登るんだ?」
「素手で」
「そんなことしてる暇あるのかよ。無駄な体力使うだけだぜ」
「世の中に無駄なことなんてないよ。良いから一回登ってみよう。素晴らしいんだ、あそこは!」
彼女が指差したのは天の岩壁と呼ばれる巨大な岩だった。
近くで見ると壁のようにしか見えないそれは、村の人たちから神格化されて「お岩様」と呼ばれるような存在らしい。
「ここに登れてようやく1人前みたいな儀式が、この辺の村にはあるの。私もやったけど……きつかった」
「だろうなぁ。登りたくない」
「まだ言ってるの? 早く登るよー」
結局、ノリノリのユーニアに誘われるがまま、俺は巨大な岩肌を進んで行くことになった。
慣れた手つきで進んで彼女に付いていくのは到底無理で、頂上までたどり着けるかどうかすら怪しかった。
「アンク、早くー。日が暮れちゃうよー」
「はぁ、はぁ……」
「筋力の修行が足りないなぁ。うん、今度プログラムに入れておこう」
不穏なユーニアの独り言を聞きながら、俺は照りつける真夏の太陽を浴びながら、必死に天の岩壁を登った。
登っても登っても先が見えない。
下を見下ろすのは怖いし、下手したら死ぬぞ、これ。
恐怖と疲労と戦いながら、俺はようやく頂上に登った。
「はぁ……はぁ……。よ、ようやく着いた」
「あ、やってきた」
「な、なんだよ、もう……」
少女のようにはしゃぐユーニアに手を引っ張られて、縁の方まで歩いていく。もうヘトヘトだって言うのに、これ以上何をさせようっていうんだ。
「見て! ねぇ、これ見て!」
ユーニアが俺の手を引いて、岩の端の方で「やっほー」と大きな声を上げた。
何を子どもっぽいことを、と顔をあげた俺の目に飛び込んできたのは、今まで見たことがないような景色だった。
「これは……」
……そこから見渡した景色はどこまでも続いていた。
眼下に見える漁村から、はるか向こうの水平線まで、どこまでもまっすぐに続いていた。この世界を上空から見下ろしているかのような、圧巻の光景だった。
「すごいな……」
今まで見たどんな景色よりも綺麗だと言っても、過言ではなかった。
「な、すごいだろ」
天の岩壁から見える景色にあっけに取られていると、ユーニアが俺の顔を覗き込んで嬉しそうな顔をしていた。
「私の自慢の故郷だ。世界中いろいろなところを巡ってきたけれど、ここより素晴らしいものはなかった」
「俺もそう思うよ……絶景だ」
「来たかいがあっただろ?」
「……うん、無駄じゃなかった」
しばらくその光景に見惚れていた。
太陽が位置を変えるごとに、景色はわずかに装いを変える。海の満ち引きや、空の動き、まるで自分が鳥になって俯瞰しているようだった。
「ユーニア」
「なぁに?」
「連れてきてくれてありがとう。こんなものが見れるとは思わなかった」
そう言うとユーニアは照れ臭そうに自分の髪に触れた。
「何改まってるんだよ。これくらいなら幾らでも見せてやる。まだ、あんたに教えなきゃいけないことは沢山あるんだ。とりあえず、そのねじれ曲がった性格とかさ」
「頼むよ。これからも」
「うん、任せろ」
ユーニアは笑って自分の胸を叩いた。
そんな話をしながら、天の岩壁に登って2時間が経とうとしていた時だった。
「さて、そろそろ行くかな。日が暮れると降りづらくなるだろうし」
身体をぐぐと伸ばしながらユーニアが立ち上がった。
俺たちを呼び止める声がしたのは、ちょうどその時だった。
「こんばんは」
柔らかな少年の声だった。振り返ると、さっきまで何もいなかったはずの岸壁の淵に、白い髪の少年が立っていた。
彼はユーニアに視線を向けると、朗らかな笑みで笑った。
「初めまして、大魔法使いさん。ずっと待っていましたよ」
「私を……? 君はいったいどこから……」
ユーニアがはっと息をのみ、身体を強張らせる。
「……お前……」
ふいに少年は歩みを進めた。何かをぶつぶつとつぶやいている。彼がなんと言ったのは分からなかったが、敵意が向けられているのだけは分かった。
「アンク、下がれ!」
ユーニアの身体が動く。
同時に少年の手から三叉の鉾が放たれる。あまりのスピードに何が起こったか分からない。気がついた時には、鋭い刃が彼女の脇腹を突き刺していた。
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