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第107話 女神の戦い
しおりを挟む催眠魔法を解いて目を開けると、真っ黒なモジャモジャした物体が目に入った。
「おい、起きろ! 起きろってば!」
身体が激しく揺さぶられている。
さらに目を開けると、見えたモジャモジャがニックのヒゲだったことが分かった。ニックが俺を起こそうと、必死に叫んでいたようだった。
「……うーん、せっかくなら可愛い女の子に起こしてもらいたかった」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ! ほら、あれ見ろ!」
「あれ?」
ニックが指差した方向を見ると、信じられないことに地下祭壇の天井に、はるか地上まで続く大穴が空いていた。岩盤すらも突き破った大穴を見上げると、青空が見えていた。
「なんだ、これ」
「分からねぇ。俺もさっき起きたところだ。2人のお嬢ちゃんも目を回して伸びちまってるし、いったい何が何やら」
ニックの視線の先には、ご丁寧に毛布までかけられて、すやすやと眠っているナツとパトレシアがいた。怪我などはなく、単純に眠っているようだった。
それにしても静かすぎる。いったい何がどうなっているんだ。
「サティは?」
「サティ?」
「青い髪の女だ。どこに行った?」
「知らねぇ。最初からいなかった。気がついたら、祭壇の中に滅茶苦茶に穴が空けられているし、ここでいったい何があったんだ。お前ら……何者だ?」
祭壇のところどころに、隕石でも落下したかのような大穴がいくつも空いている。とうてい人間業とは思えない。
けれど、これが出来る文字通り人間ではない奴を1人知っている。
「これは……おそらく……」
ニックの質問に答えようとした時、遠くの方からヒュウウウウウ、と風を切るような音が聞こえてきていた。
「おい、ニック。何か……聞こえないか」
「確かに何か聞こえてるような気がするな。だんだん近づいてきている……なんだこれは?」
「嫌な予感がする……索敵」
魔法を展開して、辺りの動きを感知する。
近づいてきている音の正体は穴の上方からだった。猛スピードで地下祭壇へと突っ込んでくる。スピードを緩める様子はない。このままだと、間違いなく地下祭壇と激突する。
「離れろ!」
ニックの身体を抱えて、ナツとパトレシアが寝転んでいるところへと駆け寄る。自分たちの周辺を固定魔法で囲った瞬間、空からの物体は地下祭壇に激突した。
凄まじい衝突音と共に、周囲を大量の瓦礫が舞った。
「なんだああぁあ!?」
上空から飛んできた物体が巻き起こした衝撃に、ニックが驚きの叫びをあげる。
跳んでくる瓦礫を固定魔法で防ぎながら、衝突点に目をやる。さっきの衝突で現れたクレーターの中心には2人分の人影があった。
「サティ……?」
そこにはフードを外して、顔をさらけ出したサティが立っていた。
もう1人の姿は瓦礫のせいで良く分からない。傷だらけの身体に、ぼろきれのような服をまとっていることだけは何とか分かった。
その誰かの頭を掴みながら、サティは俺のことをちらりと見て言った。
「残念だったね、時間切れだ。彼が目を覚ます前に私を殺したかったようだけれど、少し力が足りなかったかな」
「———————っ」
衝撃音と同時に、突風と砂埃が舞う。
クレーターの中心にたったサティが右手を突き出し、掴んでいた人影を壁へと吹き飛ばした。壁にめり込むようにして動きを封じられた先に、サティの天の鉾が飛んでいく。
「天の魔法、罪には罰を」
追撃は瞬く間に敵の腹を貫いた。
ぐしゃり、と肉を引き裂く嫌な音がした後で、大きな悲鳴が地下祭壇にこだました。
「あ、あぁあああ゛!」
痛々しい悲鳴が耳に届く。
宙に舞っていた砂埃がやんで、地面にポタポタと垂れる赤い血が垂れている。普通に人間なら致死量をとっくに超えている血を流しながら、そいつは苦しそうに呻いていた。
「あ……」
そこで、ようやく彼女を認識する。
生傷だらけの手足と、血を流す口、埃をかぶってボロボロになった白い髪を見て、俺はサティと敵対していた相手が誰なのかを視認した。
「……レイナ」
「あ、んく、さま……」
疲れ切ったような目をして、彼女は言った。かすれて消えてしまいそうな声で、彼女は俺の名前を呼んだ。
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