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【異端の王(No.11)】

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 長い旅の果てに私たちは、北の果てに強力な魔力存在があることを突き止めた。暴走する魔物達のほとんどの魔力は、そこに繋がっていることがようやく分かった。

「間違いない。『異端の王』だ」

 調査、討伐、調査、討伐。
 終わりの見えない旅でアンクは完全に疲弊ひへい仕切っていた。それでも有力な情報先を得て、それらしい情報を掴んだ私たちは、一目散に北の大地へと向かった。

 小さな船を借りて、海へとぎ出した。
 北の海は潮の流れが激しく、荒々しい波が立っていた。暗雲と激しい嵐は止むことがなく、冷たい雨が私たちに降り注いでいた。

 さらに海に住まう猛獣達は漏れなく魔物化していて、日中夜を問わず襲い掛かってきた。

「こりゃあ、魚釣りする暇はなさそうだな」

 アンクは軽口で言っていたが、ろくに寝ていないのだろう、目は落ちくぼんで顔も青白かった。

「少し寝てください。私が番をします」

「だめだ。番は2人でやる。レイナの方が戦えるんだ。夜中に起きている時間を増やして、負担をかける訳にはいかない」

「ですが……」

「問題無い。昔は5日間徹夜したことだってあるんだ」

 冗談ぽく笑いながら、アンクは言った。
 結局、7日間の航海の間、彼はほとんど寝ることなく過ごしていた。

「地上にたどり着けば、少しは休めるはずだ。港町があるから、宿くらいならきっとあるだろ」

 それもまた甘い考えだった。
 ようやく海を越えた先。地図上には街と表示された場所は、とっくの昔に壊滅していた。氷に閉ざされたその場所に、人はおろか寝床の1つすら見つからなかった。

「獣の匂いが……」

「魔物によって滅ぼされたのでしょうか」

「腰を落ち着ける場所はなさそうだな。そこら中から魔物の気配がする」

 自虐じぎゃく的に言った彼は、フッと笑って街の残骸を見渡した。

「だが、これでいよいよ信ぴょう性が高まった。ここは『異端の王』の本拠地に近い」

「……あそこの山に強い魔力を感じます。正確な場所は定かではありませんが、おそらく頂上の方かと」

「行ってみるしかないか」

 高々とそびえ立つ山を見上げる。一面真っ白なその山は、切り立った崖と分厚い氷に覆われていた。
 ふもとまで行くと、私たちの行く手を阻むように凄まじい吹雪がふいていた。ゴウゴウと耳が割れるほどの強風だったが、他に進めそうな道は無かった。

「アンクさま……大丈夫ですか」

「……なんとか。レイナはまだ歩けるか」

「はい、私も……なんとか」

 2人で声を掛け合いながら進む。
 視界がおぼつかない中、互いの生存を確認しあいながら進む。

 深い雪で歩くこともままならない。歩いている生物は私たちしかいなかった。足取りは重く、1キロメートル進むのに半日かかることもあった。
 
「先が……見えない」

 アンクが独り言のようにぼやいた。
 山の中腹にたどり着くまで、ほとんど寝ることが出来なかった。やむことのない吹雪で、寝ようものなら、そのまま死んでしまうことは間違いない。

 とりあえず歩けるところまで、歩くしかない。後退という選択肢は私たちにはもう存在しなかった。

「風が、妙だ。……空気中の魔力濃度が濃い」

「……『異端の王』が近いのかもしれません」

「……しかし、こんなところに住むなんて変わった奴だな。本当に生き物なのか? 何を食って生きているんだ、全く」

「土とか……でしょうか?」

「美味しいのか」

「いえ、私は、食べたことありません」

「それも、そうか」

 くだらないことから、大事なことまで会話をしながら進んでいく。
 互いに声をかけあわなければ、意識が飛んでしまいそうだった。生きていることを確認するために、私たちは口を動かし続けた。

 ようやく身を落ち着けられそうな洞窟にたどり着いたのは、上陸してから3日経った日のことだった。

「アンクさま、あそこ……!」

「洞窟か……! 助かった!」

 内部の安全を確認したところで、転がり込むようにして洞窟の中へと駆け込む。
 震える手で火をいたところで、私たちは倒れるように冷たい岩の床に寝転んだ。

「あぁ、本当に助かった……!」

 息も絶え絶えだったが、ようやく身体を休めることが出来た。
 生き物がいた痕跡こんせきはあったが、この吹雪の中ではとっくに死んでいるはずだ。

 強い魔力は近づくに連れて強くなっていたが、まだ少し距離はあるから、ここで休んでいる分には影響はない。避難小屋セーフハウスとして十分に機能するだろう。

 アンクもホッと息を吐いて言った。

「この距離には明日にはたどり着けそうだな。良かった。最終決戦の前に瀕死とあっちゃ話にならない。ここであと2日休んでいこう」

「幸い食糧はあるはずです」

 カバンから青魚の缶詰とチキンスープの粉末を取り出す。水は雪を溶かせば手に入るから、飲料に困ることはない。

 今まで火を焚くこともままならず、非常用の燻製ハムと固いパンでしのいできた。温かいものなんて、もう何年も食べていないように思えた。

「……いただきます」

 ようやく胃の中に着地した暖かいスープは、震えるほど美味しかった。
 何も言わずに食べる。青魚の切り身をじっくりとあぶって、腹の中を満たす。塩味や柔らかい肉を味わった舌が文字通り震えていた。

「うまいな」

「美味しいですね」

「鍋、捨てなくて良かったな」

 コンコンと薄い鉄の鍋を叩いて、アンクは笑った。

「あぁ、これで寝袋があれば完璧だったんだけどな」

「そればかりは仕方がありません。あんなものを背負っていたら死んでいましたから」

 山を登りながらたくさんのものを捨ててきた。荷物というのはじわじわと疲労を蓄積させる。すぐに使わないものは捨てる。寝ることすらままならないのなら、寝袋を捨てるのは当然だった。

「魔物の気配は……無いな。久しぶりに寝られそうだ」

 辺りの様子を魔法で探りながら、アンクは嬉しそうに言った。
 代わりにリュックから出したのは薄っぺらい毛布が2枚。それを重ねて、子猫のように丸くなる。凍えるような寒さの中で身を寄せ合って、洞窟の床に横たわった。

 寝る間際にアンクはお礼の言葉を言った。
 
「ここまで一緒に来てくれて、ありがとう。レイナがいなかったら俺の旅は途中で終わっていたよ」

「……お礼を言わなければならないのは、私の方です。むしろ楽しいとすら思っています」

「こんなに寒いのに?」

「こんなに寒いのに、です」

 身体を動かすと、彼の身体に触れるのが嬉しかった。冷たい彼の身体が徐々に温まっていくのを、すぐ近くで感じた。

「あなたと過ごしている日々はどんなに辛くても、次の朝が待ち遠しく思えます。また同じような日が来ないかなと、心の底から願えるのです」

「そうか……」

 アンクは手を伸ばして、私の頬に触れた。ゆっくりと私の輪郭りんかくをゴツゴツとした手のひらで撫でたあとで、彼は微笑んだ。

「俺もだよ」

 彼は照れ臭そうに言った。まぶたを閉じて、呼吸を整える。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 それから私たちは眠りについた。外で吹雪が激しい音を立てていた。怪物のうなり声のような恐ろしい音だった。
 けれど、疲れ切っていた私たちはほとんど気にすることなく、すぐに寝入ってしまった。ランタンのわずかな炎を命綱いのちづなに雪山で夜を過ごした。

 本当は朝まで目を覚まさないはずだった。
 だが……夜半、私は目を覚ました。吹雪の音ではない。耳元で呼びかける囁き声で私は覚醒した。




「お姉ちゃん」



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