上 下
76 / 220

第67話 レイナと媚薬

しおりを挟む
 抱っこしながら川を進んでいくと、突然苦しそうな声をレイナが発した。

「あ……う」
 
「レイナ?」

 川を半分くらい行ったところだった。
 抱えているレイナの呼吸は荒く、はぁはぁと辛そうに息を吐いている。見ると、鼻の頭から耳の先端まで燃えるように赤くなっていた。

「レイナ、どうした!? 大丈夫か!?」

 尋常じんじょうではないほどの汗を彼女は流していた。
 俺の言葉にレイナは、うなされるように口を開いた。

「分かりません……身体がとても熱いです」

「風邪か? さっきまで何ともなかったのに」

「分かりません……先ほどから、どうにも頭がボーっとするのです」

「さっきっていつから?」

「リタさんと、別れたくらいです。正確には、魔法薬を、飲んだ辺りから……お腹の内側から熱くなるような感じで……私にも分かりません」

「魔法薬……」

 嫌な予感しかしない。

 この表情とこの体温は、あの時と似過ぎている。
 パトレシアが失敗したと言っていた魔法薬は、体力の回復ではなく、全く別のことを目的に作られた可能性がある。

「レイナ、ちょっと良いか」

「は……い」
 
 息を吐くレイナの口に顔を近づけると、甘い香りがした。パトレシアと穴の底でいだ匂いに似ている。

媚薬びやく……」

 間違いない。
 完全に媚薬入りの魔法薬だ。失敗したと言っていたが、十分に効果は発揮している。俺が飲んだ分には異常はなさそうだが、レイナが飲んだ分は媚薬だ。

「アンクさま……どうしたのですか」

「いや、心当たりが1つあって、多分原因はそれなんだ。レイナ、川の向こう岸まで我慢できるか」

「我慢……というのは」

「自分を見失なわないようにしてくれってことだ」

「……? は、はい……が、がんばってみます」

 その返答に頷いて、歩くスピードをあげる。
 よりによって効果が出たのが逃げ場のない川の上だというのが非常にまずい。

 ……身体が密着している。
 身体の凹凸おうとつは否応無く自分の肌に触れるし、熱っぽいレイナは妙につやめかしく見える。

 雑念だ。視線を向けちゃいけない。危険極まりない。
 溢れ出る煩悩ぼんのうを振り払って、川の向こう岸まで歩いてく。

「レイナ、大丈夫か」

「…………」

 悪い夢でも見ているかのように、レイナは目を強く閉じていた。
 何かを必死に我慢するように、俺を抱きしめる腕の力はどんどん強くなっていた。ぎゅうっと強くしがみつかれて、レイナの息が首筋にかかった時だった。

 温かいものが首に当たった。

「…………はむっ」

 はむ?

 なんだ。
 何が起きた。

 見ると、レイナの歯が俺の首筋に噛み付いている。

「……え」

 言葉が出ない。
 思わず抱えている身体を落としそうになるのを必死でこらえる。

 肌に暖かいレイナの唾液が垂れている。伸びた舌が血管の筋をうように滑っていく。舌の先を動かしてぺろぺろとめている。

「ん……あ……」

 レイナが甘い吐息をらしている。

 彼女は俺の首筋に食らいついていた。目を閉じて、一心不乱に俺の首をめるレイナは、どう考えても正気ではなかった。

「おい、レイナ! レイナってば……!!」

「あ……ん……」

「くそっ、自分を見失っている!」

 媚薬の効果が本格的に出始めている。
 俺自身もやばい。彼女の興奮を一身に受けて、正気でいろという方がおかしい。必死の思いで倒れそうになる身体を支える。

 どうにか現実感を保っていられるのは、川の水が冷たいからか。その感覚がなければ、俺も熱に浮かされてどうにかなっていた。

「はむ……はむ……」

 脂汗あぶらあせを垂らす俺の様子におかいまいなく、レイナは必要に首を責め続けていた。舌で舐めるのに飽き足らず、彼女は歯を立てて甘噛みしてきた。いったいなにがどうなっているんだ。

 鋭く尖った犬歯がチクリと俺の肌を突き刺した。血がにじんだ箇所をレイナが執拗しつように舐めていた。

「レイナ、しっかりしろ。平静を保つんだ!」

「は……む……ん……」

「ちくしょう!」

 噛まれたところが異様に熱い。そこをねっとりとした唇で舐められると、奇妙な快感ともに彼女の魔力が流れ込んでくる。

 その場にへたりこんで、いっそのこと快楽を享受きょうじゅしたい欲望に駆られる。川だろうが、どこだろうが、このまま一緒に倒れてしまいたい。

「う……もうだめ、だ」

 こんなの生物として耐え切れる訳がない。脳みその理性を操る部分が悲鳴をあげているのが分かる。

 川岸まであと少し。
 だが、そのあと少しがあまりにも遠すぎる。

「あ……く……」

「れ、レイナ……?」

「あん、くさま」

 俺の腕の中で熱に浮かされたレイナが、小さな声をあげた。

 一瞬。
 ほんの一瞬だけ、俺の首を責めるのをやめたレイナは、の泣くような声で言葉を続けた。

「わ、わたしも……た、たのしみしておりました」

「た、たのしみ?」

「でーとです。きょうがくるのを、こんな日がくるのをずっと、たのしみにしていました……」

 にっこりと笑ったレイナは手の力を強めると、再び腕の力を強めて俺の首筋に噛み付いた。

「レイナ……!」

 言っていることとやっていることが噛み合っていないような気がするが、彼女の気持ちは十分に分かった。

「デートだな。そうだ、今日はデートの日だ!」

 ここは俺がしっかりしなければならない。
 彼女の身体を抱くのは今じゃなくても良い。でも、一緒にコンサートに行けるのは今日が初めてなんだ。

 今俺がすることはこのままレイナを押し倒すことじゃなくて、無事に川岸まで届けることだ。

「くそったれぇえええええ!」

 息を大きく吐き出して、本能を沈めて理性にむちを打つ。一歩一歩を踏みしめて歩いていく。何度も俺に噛み付くレイナに押し流れそうになる自分を必死に保つ。

 ……これは川だ。
 ピチャピチャとなる欲望の川だ。流されればもう帰ってこれない。そうなったら取り返しがつかない。

 全てはレイナのため。彼女が本当に喜ぶ姿を見たいからだ。

「も、もう少し……!」

 あともう少し。最後の1歩まで気を抜かずに歩く。声高に鳴る心臓を沈めて、まきストーブのように熱くなったレイナの身体を横たえる。

「はぁ……はぁ……」
 
 着いた。
 達成した。本能との戦いに打ち勝った。

 火照ほてる自分の身体を横たえて目を閉じると、ドッと疲れが溢れ出してきた。心も身体もフルマラソンを終えたあとのように疲弊ひへいしきっていた。

「つ、かれた」

 押し寄せてきた疲労にいざなわれるように、俺は深いまどろみの中へと落ちていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

もし学園のアイドルが俺のメイドになったら

みずがめ
恋愛
もしも、憧れの女子が絶対服従のメイドになったら……。そんなの普通の男子ならやることは決まっているよな? これは不幸な陰キャが、学園一の美少女をメイドという名の性奴隷として扱い、欲望の限りを尽くしまくるお話である。 ※【挿絵あり】にはいただいたイラストを載せています。 「小説家になろう」ノクターンノベルズにも掲載しています。表紙はあっきコタロウさんに描いていただきました。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...