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第48話 大英雄、即落ち
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「あ……ん……」
「パトレシア、ちょっと動くな」
「そういわれても……や、そんなところ、触らないで……」
「あぁあ……ちくしょう!」
薄暗い穴の中で、身を動かすと常にパトレシアの身体のどこかに触れる。腹、背中、顔、お尻、そして当然突き出しているおっぱい。理性が去っていきそうになるのを、押しとどめるのがやっとだった。
脱出しようともがけばもがくほどに、事態は悪化していく。
「ロープは確かこの辺に……」
「やぁ……! アンク、どこ触っているの」
「ここか!」
「あぁん……!」
パトレシアの熱い吐息が耳にかかる。彼女が感じている快感は、じっとりと汗ばんだ手のひらからも十分に伝わってきた。
これはまずい。
2日続けて、屋外でフィーバーが始まっている。さすがにこれ以上は俺自身ももたない。こんな状態で我慢しろという方が無理だ。
「くそっ……なんでこんなことに!」
悪態をつくが、俺たち以外に人間はいない。「あのくそ女神め」と悪態をつくが、当の本人はここにはいない。今頃、どこかでピクニックでもしているはずだ。
「アンク、私、もうダメ……」
俺も……もう……ダメだ。
どうしてこんなことにことになってしまったんだ。
◇◇◇
全ての始まりは1時間前だった。
出発時に感じていた嫌な予感は見事に的中することになった。最初はパトレシアが来るのを嫌がっていたサティだったが、国道に入ると打って変わったような楽しい調子で歩き始めた。
「昨日の道より賑やかだなぁ。露天の先が見えやしないよ。一体どこまで歩けば途切れるんだい?」
「サティちゃんはこの辺歩くの初めてなんだ。この賑わいは10分もすれば一旦途切れるかな。近くの商人たちが集って作ったストリートだから。みんな良いもの売っているよ」
「ふーん、随分と詳しいんだね」
「パトレシアはこのあたりの商人会の代表なんだ。こんなに若いのにやり手なんだ」
「やり手って……ちょっとアンク何考えてるの。やだぁ、エッチー」
「…………そういう意味じゃないぞ」
俺の言葉を聞かず、パトレシアは頬を真っ赤に染めて首をブンブンと振っていた。サティの言葉のせいか知らないが、パトレシアの頭の中は随分と毒されてしまっている。
「お! パトレシア会長! ちょうど良かった!」
それでも露天を開いていた商人から声がかかると、パトレシアは視線をあげて一瞬にしてキリッと背筋を伸ばした。
「あら肉屋の大将じゃない。どう繁盛してる?」
「実はここのところ売り上げが少し厳しくてよ。豚肉の価格だけど、もうちょっと安くしても大丈夫か」
「そうね。今の価格の1割程度だったら下げても大丈夫。それ以上だと安すぎて、品質を疑われるからね、1割だけだよ」
「助かる! ありがとう!」
「パトレシア会長! 新作なんだけれど、食べてもらっても良い?」
「うーん、ターゲット層が曖昧だね。主婦層をターゲットにするなら、話題性をねらわなきゃいけないと思う。見た目ももうちょっと色があった方が良いかなぁ。ウスベニバナで染色するのが最近のトレンドだから、おすすめだよ」
「ありがとう!」
「パトレシアさん! 今度のイベントのことなんだけれど……予算をもう少し上げてもらえないか。ゲストのギャランティでかなり持ってかれそうなんだ」
「うーん……だめだめ。予算オーバーならゲストを変えましょう。メインステージの出演者は地元の楽隊でも良い。メインは食べものなんだから、予算を割くならそっちにしないとダメだよ」
時に優しく、時にきっぱりとパトレシアは商人たちを取り仕切っていた。これが彼女の本業であり、本領だった。
「へぇ、面白いな」
その姿にサティも舌を巻いていた。
イザーブ出身であるパトレシアは商才に関しては、頭1つ抜きん出ている。彼女がこの辺りの商人会の会長として推薦されたのも、そのためだった。
「本当はもう少しノンビリ過ごしたいんだけれどねぇ」
「でも、板に付いているじゃないか。おかげですごい栄えているしさ。才能だよ才能」
「才能かぁ……あんまし嬉しくないなぁ」
商人たちへ一通りのアドバイスを終えると、パトレシアはふぅとため息をついた。活気溢れる露店街は、パトリシアが通ったことによって一層の賑わいを増していた。
そんな様子を横目で見ながら、パトレシアは感慨深げな表情をしていた。
「うん、それでも誰かの役に立てるのは嬉しいかな。イザーブではそんな経験は得られなかったから」
「いさーぶ?」
口を食べもので一杯にしながら、サティは言った。
露天で売っていた食べ物を一通りつまみ食いしていたようで、ハムスターみたいに頬袋一杯にしていた。
それをゴクンと丸呑みすると、サティは再び口を開いた。
「君はイザーブ出身なのかい?」
「うん、そうだよ。イザーブで商いをやっていた店の娘」
「そうか……それは大変だったね。イザーブで商いをやっていたんじゃ、ロクな生き方なんて出来なかっただろう?」
「あはは、良く言われる」
パトレシアは困ったように笑った。
歩いて行くと、露天街の風景は過ぎ去って、ただまっすぐに続いている土の道と、黄色い花々が咲いている平原が広がっていた。
綺麗な金髪をなびかせて歩くパトレシアは、咲き誇る花々にも負けず劣らず美しかった。ズボンから伸びる白い脚を、ゆったりと動かすその仕草に思わず見惚れてしまいそうになった。
「ここはね。イザーブみたいな場所にしたくはないから」
ちらりと後ろを振り返ったパトレシアは、寂しそうな顔をしていた。
「私の父親と母親も最初はああいう風な善良な商人だった。けれど、イザーブ内での経済競争が激化するに連れて、徐々に歯車が狂っていた。イザーブ全体が規制の入らない闇市化するにつれて、道徳がなくなっちゃったんだね」
「あの辺りのいざこざは酷かったからね」
「そうね。隙を見せれば全てを奪われるような世界。奪われないようにするには、金で敵を抱き込むしかない。金を稼ぐには悪いことをするしかない。悪いことをすると、また敵が増える。グルグルグルと悪循環。当時のイザーブはそういう世界だった」
そう言ったパトレシアは物憂げな顔をしていた。
俺が子供の頃から、イザーブの繁栄と悪評は知れ渡っていた。栄華の裏側で、何が起こっているかは隣国も知るところになった。
パトレシアとリタが育ったのもそういう環境だった。
「学園に行っても私はそういう目で見られた。金貸しの子だから、逆らっちゃっただめだ。関わるとろくなことがない。友だちもいないし、話せる人もいない。両親はそんな私に商売のやり方しか教えない。どうやって効率よく、お金を稼ぐかしか教えてくれなかった」
「金、金、金……か」
「友達が、奴隷の競売場に売られて行くのを見て、私は父さんに泣きついたことがあった。『もうやめて』って……そしたら」
パトレシアは視線を下に降ろして、枯れた雑草を見ていた。
「『どうだ、あれが金を失ったやつの末路だ』だってさ。あの人たちには私が程の良い道具にしか見えていなかった。そんな風に生きるのが怖くて。私は耳を塞いで生きることしか出来なかった」
「…………」
「耳を塞いで人の言うことを聞くふりをする。眼だけ必死に動かすの。そうすると、自分が透明になったような気分になる。世界の外から俯瞰しているような感覚で、私は何とか生き延びることが出来た」
俺と出会ったころのパトレシアが言ったことを思い出す。『私は強くならなきゃいけない、何よりも自分が自分であるために』、そんなことを俺よりもずっと若い少女が言っていた。
耳を塞がなくても生きることができるように、彼女はそうも言っていた。
寂しそうに歩く彼女の背中に、声をかける。
「今は……楽しいか?」
「うん、とっても! 生まれ変わったみたいに楽しいよ!」
「そっか。それは良かった」
にっこりと笑ったパトレシアは、本当に楽しそうだった。混じり気のない笑顔を、彼女は俺に向けた。
それを見ると俺も嬉しい気分になれた。
「あれ……サティちゃんは?」
ふと気がつくと、どこにもサティの姿がなかった。話に夢中になっているうちに、いつの間にかサティは国道から姿を消していた。
辺りを見回すが、どうにも姿が見えない。
「全く、あいつどこに行ったんだ?」
「うーんと、あ、いたいた! ほら、あそこ。森の方にサティちゃんのフードが見える」
パトレシアが指差した方向を見ると、だいぶ遠くの方でサティのフードがぴょこぴょこと跳ねていた。呑気な足取りで道から外れた森へと歩いている。
「おーい、サティ!」
呼びかけるが、反応する気配もない。
しょうがないと、ため息をついて追いかけようとした時だった。サティの姿が、煙のように消えた。
「なっ!?」
「えっ? 消えた……!?」
見間違いではない。
サティが平原の真ん中で手品のように消えた。
「パトレシア、ちょっと動くな」
「そういわれても……や、そんなところ、触らないで……」
「あぁあ……ちくしょう!」
薄暗い穴の中で、身を動かすと常にパトレシアの身体のどこかに触れる。腹、背中、顔、お尻、そして当然突き出しているおっぱい。理性が去っていきそうになるのを、押しとどめるのがやっとだった。
脱出しようともがけばもがくほどに、事態は悪化していく。
「ロープは確かこの辺に……」
「やぁ……! アンク、どこ触っているの」
「ここか!」
「あぁん……!」
パトレシアの熱い吐息が耳にかかる。彼女が感じている快感は、じっとりと汗ばんだ手のひらからも十分に伝わってきた。
これはまずい。
2日続けて、屋外でフィーバーが始まっている。さすがにこれ以上は俺自身ももたない。こんな状態で我慢しろという方が無理だ。
「くそっ……なんでこんなことに!」
悪態をつくが、俺たち以外に人間はいない。「あのくそ女神め」と悪態をつくが、当の本人はここにはいない。今頃、どこかでピクニックでもしているはずだ。
「アンク、私、もうダメ……」
俺も……もう……ダメだ。
どうしてこんなことにことになってしまったんだ。
◇◇◇
全ての始まりは1時間前だった。
出発時に感じていた嫌な予感は見事に的中することになった。最初はパトレシアが来るのを嫌がっていたサティだったが、国道に入ると打って変わったような楽しい調子で歩き始めた。
「昨日の道より賑やかだなぁ。露天の先が見えやしないよ。一体どこまで歩けば途切れるんだい?」
「サティちゃんはこの辺歩くの初めてなんだ。この賑わいは10分もすれば一旦途切れるかな。近くの商人たちが集って作ったストリートだから。みんな良いもの売っているよ」
「ふーん、随分と詳しいんだね」
「パトレシアはこのあたりの商人会の代表なんだ。こんなに若いのにやり手なんだ」
「やり手って……ちょっとアンク何考えてるの。やだぁ、エッチー」
「…………そういう意味じゃないぞ」
俺の言葉を聞かず、パトレシアは頬を真っ赤に染めて首をブンブンと振っていた。サティの言葉のせいか知らないが、パトレシアの頭の中は随分と毒されてしまっている。
「お! パトレシア会長! ちょうど良かった!」
それでも露天を開いていた商人から声がかかると、パトレシアは視線をあげて一瞬にしてキリッと背筋を伸ばした。
「あら肉屋の大将じゃない。どう繁盛してる?」
「実はここのところ売り上げが少し厳しくてよ。豚肉の価格だけど、もうちょっと安くしても大丈夫か」
「そうね。今の価格の1割程度だったら下げても大丈夫。それ以上だと安すぎて、品質を疑われるからね、1割だけだよ」
「助かる! ありがとう!」
「パトレシア会長! 新作なんだけれど、食べてもらっても良い?」
「うーん、ターゲット層が曖昧だね。主婦層をターゲットにするなら、話題性をねらわなきゃいけないと思う。見た目ももうちょっと色があった方が良いかなぁ。ウスベニバナで染色するのが最近のトレンドだから、おすすめだよ」
「ありがとう!」
「パトレシアさん! 今度のイベントのことなんだけれど……予算をもう少し上げてもらえないか。ゲストのギャランティでかなり持ってかれそうなんだ」
「うーん……だめだめ。予算オーバーならゲストを変えましょう。メインステージの出演者は地元の楽隊でも良い。メインは食べものなんだから、予算を割くならそっちにしないとダメだよ」
時に優しく、時にきっぱりとパトレシアは商人たちを取り仕切っていた。これが彼女の本業であり、本領だった。
「へぇ、面白いな」
その姿にサティも舌を巻いていた。
イザーブ出身であるパトレシアは商才に関しては、頭1つ抜きん出ている。彼女がこの辺りの商人会の会長として推薦されたのも、そのためだった。
「本当はもう少しノンビリ過ごしたいんだけれどねぇ」
「でも、板に付いているじゃないか。おかげですごい栄えているしさ。才能だよ才能」
「才能かぁ……あんまし嬉しくないなぁ」
商人たちへ一通りのアドバイスを終えると、パトレシアはふぅとため息をついた。活気溢れる露店街は、パトリシアが通ったことによって一層の賑わいを増していた。
そんな様子を横目で見ながら、パトレシアは感慨深げな表情をしていた。
「うん、それでも誰かの役に立てるのは嬉しいかな。イザーブではそんな経験は得られなかったから」
「いさーぶ?」
口を食べもので一杯にしながら、サティは言った。
露天で売っていた食べ物を一通りつまみ食いしていたようで、ハムスターみたいに頬袋一杯にしていた。
それをゴクンと丸呑みすると、サティは再び口を開いた。
「君はイザーブ出身なのかい?」
「うん、そうだよ。イザーブで商いをやっていた店の娘」
「そうか……それは大変だったね。イザーブで商いをやっていたんじゃ、ロクな生き方なんて出来なかっただろう?」
「あはは、良く言われる」
パトレシアは困ったように笑った。
歩いて行くと、露天街の風景は過ぎ去って、ただまっすぐに続いている土の道と、黄色い花々が咲いている平原が広がっていた。
綺麗な金髪をなびかせて歩くパトレシアは、咲き誇る花々にも負けず劣らず美しかった。ズボンから伸びる白い脚を、ゆったりと動かすその仕草に思わず見惚れてしまいそうになった。
「ここはね。イザーブみたいな場所にしたくはないから」
ちらりと後ろを振り返ったパトレシアは、寂しそうな顔をしていた。
「私の父親と母親も最初はああいう風な善良な商人だった。けれど、イザーブ内での経済競争が激化するに連れて、徐々に歯車が狂っていた。イザーブ全体が規制の入らない闇市化するにつれて、道徳がなくなっちゃったんだね」
「あの辺りのいざこざは酷かったからね」
「そうね。隙を見せれば全てを奪われるような世界。奪われないようにするには、金で敵を抱き込むしかない。金を稼ぐには悪いことをするしかない。悪いことをすると、また敵が増える。グルグルグルと悪循環。当時のイザーブはそういう世界だった」
そう言ったパトレシアは物憂げな顔をしていた。
俺が子供の頃から、イザーブの繁栄と悪評は知れ渡っていた。栄華の裏側で、何が起こっているかは隣国も知るところになった。
パトレシアとリタが育ったのもそういう環境だった。
「学園に行っても私はそういう目で見られた。金貸しの子だから、逆らっちゃっただめだ。関わるとろくなことがない。友だちもいないし、話せる人もいない。両親はそんな私に商売のやり方しか教えない。どうやって効率よく、お金を稼ぐかしか教えてくれなかった」
「金、金、金……か」
「友達が、奴隷の競売場に売られて行くのを見て、私は父さんに泣きついたことがあった。『もうやめて』って……そしたら」
パトレシアは視線を下に降ろして、枯れた雑草を見ていた。
「『どうだ、あれが金を失ったやつの末路だ』だってさ。あの人たちには私が程の良い道具にしか見えていなかった。そんな風に生きるのが怖くて。私は耳を塞いで生きることしか出来なかった」
「…………」
「耳を塞いで人の言うことを聞くふりをする。眼だけ必死に動かすの。そうすると、自分が透明になったような気分になる。世界の外から俯瞰しているような感覚で、私は何とか生き延びることが出来た」
俺と出会ったころのパトレシアが言ったことを思い出す。『私は強くならなきゃいけない、何よりも自分が自分であるために』、そんなことを俺よりもずっと若い少女が言っていた。
耳を塞がなくても生きることができるように、彼女はそうも言っていた。
寂しそうに歩く彼女の背中に、声をかける。
「今は……楽しいか?」
「うん、とっても! 生まれ変わったみたいに楽しいよ!」
「そっか。それは良かった」
にっこりと笑ったパトレシアは、本当に楽しそうだった。混じり気のない笑顔を、彼女は俺に向けた。
それを見ると俺も嬉しい気分になれた。
「あれ……サティちゃんは?」
ふと気がつくと、どこにもサティの姿がなかった。話に夢中になっているうちに、いつの間にかサティは国道から姿を消していた。
辺りを見回すが、どうにも姿が見えない。
「全く、あいつどこに行ったんだ?」
「うーんと、あ、いたいた! ほら、あそこ。森の方にサティちゃんのフードが見える」
パトレシアが指差した方向を見ると、だいぶ遠くの方でサティのフードがぴょこぴょこと跳ねていた。呑気な足取りで道から外れた森へと歩いている。
「おーい、サティ!」
呼びかけるが、反応する気配もない。
しょうがないと、ため息をついて追いかけようとした時だった。サティの姿が、煙のように消えた。
「なっ!?」
「えっ? 消えた……!?」
見間違いではない。
サティが平原の真ん中で手品のように消えた。
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