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第35話 瘴気の源

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 サティが地下室の中を光で照らした。窓も無い真っ暗な部屋を、眩しい閃光が室内をあらわにした。

「ついた」

「中は……資材置き場か」

 地下室にはノコギリやなたなど、畑仕事に使うと思われる工具などが無造作に散らばっていた。思っていたよりもずっと広く、10人前後が座れるスペースはある。

 ……そしてここにも当然のように、血のあとは残っていた。黒く染まった血は、何年も経ったにも関わらず、当然のように残っていた。
 
 雑然とした室内を見回したが、魔物が潜んでいる気配はない。
 
「何も……いないぞ?」

「しっ!」

 サティが珍しく緊張した様子で注意を促す。
 
「ここに瘴気の源がある。間違いない」

 そう言ってサティは手から出した光を、懐中電灯のように使って辺りを照らしていった。壁の隅、天井、物音1つしない部屋の中を慎重に照らしていた。

 やがて、小麦をしまうための麻の大袋の間に目をつけると、サティは強い光で照らした。

「あった」

 サティは片手で袋を掴むと、逆さまにして振ってみせた。「何も出ないぞ」と言おうとした時、だらりと下がった袋の先から巨大な黒い影が現れた。

「なんだ、これ……!?」

 ドシャリと床にこぼれ落ちたのはスライムのような柔らかな物体だった。人間の顔ほどの大きさがあって、生き物のように動いていた。

 袋から現れた黒い物体はその場でしばらくうごめいている。その姿は苦しげに悶えているようにも見えた。音を出さずに動いていて、まるで自分の影が肥大化して現れたように思えた。

 影に寄るものなのか、サティがつかんでいた麻袋が、腐って霧散むさんしていった。

「これが瘴気の源……?」

「そう、『異端の王』が残した強い魔法の欠片さ。ある種の魔法は、術者から離れても永久に効果を発揮する。この類の魔法は解法モークと呼ばれている」

「……師匠から教えてもらったことがある。自分の魂とも言える部分を切り離す魔法……とても危険な魔法だと聞いた」

「その通り。解法モークは魔力炉を限界まで行使する。その代わりに放たれた魔法は強い力を発揮するんだ。炎は消えることなく、水は絶えず湧き出す。まるでそれ自体が生命であるかのように、術者がいなくなっても誰かが解呪するまでそこにあり続ける」

 サティは手をかざして、光を一層眩く輝かせて黒い影を照らした。

「じゃあ、これは『異端の王』の解法モークか……?」

「瘴気を発生し続けるように仕組んだんだろうね。こいつがある限り、この村の瘴気が晴れることはない」

「壊してくれ」

「言われなくてもやるさ」

 サティの放つ光が形を変えていく。
 先端が鋭く、3つに別れて膨張していく。

「天の魔法、罪には罰をトリシューラム
 
 彼女の手から放たれた光は、三叉さんさほことなって泥の塊を突き刺した。サティが放った魔法によって突き刺された黒い物体は、あっという間に消滅した。

 まるで光に影が吸い込まれるように消えた。サティは小さく息を吐いて言った。

「やれやれ、これは普通の人間の手に余るね」

「どうしてここにこんなものが?」

「さぁ、たまたまじゃないか。何しろ相手は『異端の王』だ。彼の暴力に際限はない。辺鄙へんぴな村だろうが何だろうが、あるところにはあるんだ」

「……たまたま……そんな理由で俺の故郷は破壊されたのか」

 何も無い村だ。
 大人がいて、子供がいて、生活があった。土を耕し、種をく生活だ。朝日と共に起きて、夜更けと共に眠る。たったそれだけがあった村だ。

「たったそれだけが、彼にとっては許せなかったんじゃなかったかな」

「許せなかった……おまえ『異端の王』の何を知っているんだ」

「彼はただの悪童わるがきだよ。産まれるべくして産まれた世界の歪みだ。彼の気持ちは誰にも分からないけれど、でも自分たちに罪が無いと思うのも、それこそ無知という罪だよ」

 サティは肩をすくめると、地上の方へと足を向けた。

「もうここに用はない。行こうか、君のナツちゃんが待っている」

「そうしよう。ここにいるのはどうも気分が悪い」

「目的は達成したけれど、何も解決していない気分だな。これも私を誘い出しているようにしか見えなかったし」

「気にし過ぎじゃないか」

「やれやれ、『世界の眼ビジョン』さえ復活すればなぁ」

 疲れたように言って、サティは階段を上がり始めた。薄暗い階段は降りてくる時よりも、くすんでいるように見えた。何段か上がったあとで、地上の光がぼんやりと見えてきた。

 外は相変わらず、霧が立ち込めていて、嫌な空気がただよっていた。ナツが待っているはずの場所に歩いていくと、そこにはチャリを結んでいたはずのロープが転がっていた。

「いない……!?」

 慌てて辺りを見回したが、人影はどこにもない。聞こえるのはわずかに草木が擦れる音だけで、チャリの鳴き声すらもしなかった。

 まずい。
 頬を冷たい汗が伝った。
 
「おい、ナツ!?」

「……気配が消えているな」

「まさか、魔物にやられたか!?」

「それは大丈夫だろ。この辺りにいるのはドロハイエナで、奴らなら獲物をさらうなんてまどろっこしいことはしない。血は流れていないから、生きてはいるはずだよ」

 サティは冷静に状況を見定め、目の前の霧を払った。視界が開け、納屋の先にあるぬかるんだ地面を見つけると、かがみこんで指を差した。

「こっちだ。チャリと他の生き物の足跡が付いている。魔物に襲われそうになって逃げたんだろう」

「急ごう!」

 サティの言う通り、泥の上にチャリの足跡が残っていた。その足跡は森の深く、霧の濃い道へと続いていた。
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