上 下
34 / 220

第30話 大英雄、性行為を強いられる

しおりを挟む
「おい、まてよ」

 何を考えているのか知らないが、サティは俺の口の中で指を動かした。舌をなぞったり、唇を引っ張ったり、歯茎の裏を触った。細い指が、執拗しつように触れてくる。

 振り払うようにしてサティの指を追い出すと、指に付いた唾液だえきの糸を彼女は美味しそうにめた。

「こういうことだよ」

「どういうことだよ。やめろ、そんな汚ないこと」

「体液に魔力が含まれているのは知っているだろ。魔力摂取をするにはこうするのが手っ取り早いんだ。私も疲れ果てているからさ。君の魔力はとても美味しい、癖になりそうだ」

「もう絶対にやらんぞ」

「ケチ」

「悪ふざけはよせよ……どうしてレイナとの性行為が必要なんだ。理由を説明してくれ」

 唾液を飲み込むと、サティは満足そうに息を吐いた。

「彼女の能力を発動させるには接触が必要なんだ。彼女の説明が真実であれどうであれ、彼女こそが一連の事態の鍵になっている」

「真実じゃないって、何が言いたい。レイナが俺を騙しているってことか」

「もちろん、そういうことだ。気付いていないとは言わせないぞ。君だって違和感を感じている。そんな生生しい夢、幻覚にしてはリアリティが過ぎている」

「……俺が見たあれは、本当に起こったことなのか」

 サティは俺の言葉に、「そうだよ」と言って頷いた。

「ほぼ100パーセントの確率で、君の夢は現実だ。魔法による幻覚というのは真っ赤な嘘だ」

「嘘……か。レイナは何を隠している?」

「さぁね」

 俺の質問にサティは意外にも答えを与えなかった。彼女にも分からないことはあるらしい。

「私に分かるのが、あのメイドが何かを隠しているということくらいだ。現時点ではそれが怪しすぎて、罠にすら思えるけれどね」

「そんな物騒なこと言うなよ。レイナは俺の大切な同居人だ」

 いったい彼女が何を隠しているというのだろう。
 レイナとは長い付き合いだ。レイナが俺に聞かれて困ることなど、おやつに内緒でプディングを食べていること以外に無いはずだ。

「けれど、違和感はあったろう?」

 サティが耳元で囁くような声であおる。

「君も気がついていた筈だ。私が来てからずっと、あのメイドは私に対する警戒を緩めなかった。あれは尋常な反応ではないよ。まるで獣のようだった」

「それはお前が妙な言動ばかりするからだろ。レイナは用心深い。得体の知れない客を警戒するのは当然なことだ」

「違う違う。順番が逆だよ。彼女が尋常ではないくらい警戒するから、私も化けの皮をがして見せた。あの娘は私が扉の前に現れた時から、殺気を放っていた。それとも何か、この辺では隙あらばシスターを殺そうとする習わしでもあるのかな」

「……まさか」

「彼女は何かを隠している。君の話を聞いただけでも、彼女の話は穴だらけだと分かるよ。接触だけが条件だというのなら、シチューを食べたことで君が記憶を失うのは辻褄つじつまが合わない」

「それは……俺も不思議に思っていた」

 5大元素に含まれない枠組みなら、ありえないとは言えない。新種の魔法はいくらでも存在するからだ。

 せないのは接触に関してだけではない。
 あれは幻覚として解釈するにはあまりに奇妙なものだ。

 不思議とその映像を見たあと、自分の中で何かパズルのピースが埋まったような感覚になるということ。欠けていた何かが戻ってきたように、その映像はもともと俺の一部であったようにも感じていた。

「心当たりがあるような気がするんだよな……あの夢は」

「その直感は大事だ。私の見立てでは、あの娘が『世界の眼ビジョン』の執行不能の鍵を握っている」

「それも飛躍ひやくしすぎだろ。レイナと『世界の眼ビジョン』は何の関係も無い」

「飛躍し過ぎなもんか。なにせ、私に喧嘩けんかを売るようなやつだぜ。この世界において、神の使徒に敵意を向けるってことは君も嫌なくらい分かってるはずだ」

 サティは呆れたように首を振った。

 ……彼女が言ったように、女神教の信仰はプルシャマナでは絶対だ。たとえ不審者であろうとも、シスター姿のサティに殺気を向けるのはやり過ぎとしか言いようがない。

「ただ、まだ全ては推測でしかない。あくまで彼女は第一容疑者。真犯人めいた通行人Aなのかもしれない。それを証明するのは、アンク、君の仕事だよ」

 偉そうに言ったサティは、人差し指をまっすぐ俺の顔に向けた。

「理屈は分かった。だが、レイナと性行為しろってのはなんなんだ。直接聞けば良い話じゃないか」
 
「あのメイドが本当のことをサラリと言うと思うか。1週間拷問ごうもんされても、あの娘は口を割らないよ」

「確かに……そうかもしれない」

 レイナの頑固さは筋鐘すじがね入りだ。俺も良く知っている。

「その点、魔力は便利だ。術者の本音のいかんに関わらず素直に反応する。君が見ているものが幻覚か、それても別の何かか、あの娘が嫌がることをすれば、一発で分かる」

「じゃあ、性行為をしろって言うのは……」

「血にちょっと触れただけじゃ甘いってことだよ。秘匿ひとくされた体液ほど、濃密な魔力を含んでいる……これ以上は言わなくても分かるね」

 指で卑猥ひわいなジェスチャーをしながら、サティは言った。

「……別に他にも方法はあるだろ。第一、同居していると言っても彼女と俺の間には何も無い、残念ながらな」

「本当かな。君がスッと言いよれば彼女はすぐに落ちるよ。女神が言うんだ間違いない」

「……それ、本当か」

 フッと興味が湧いてくる。

「レイナが俺に惚れてる?」

「うん。あれは完璧に君にホの字だよ。直接的であればあるほど、効果がある。回りくどい言い回しじゃなくてね。『今夜ヤらないか』くらいがちょうど良い」

 下品な表現は置いておこう。そんなことを言った場合、どんなしっぺ返しが待っているかは想像がつく。

「若い女が1つ屋根の下にいて、何も期待しないわけが無いだろう。つまり、そういうことだよ」

「偏見にもほどがあるだろ。ていいうか能力発動のトリガーは体液なんだろ。ちょっと唾液をもらうとかそういうのじゃダメなのか」

「唾液かぁ、それは中々に良いフェティシズムだなぁ」

「うるせぇ、さっき俺の唾液舐めたくせに何言っているんだ。放り出すぞ」

「でも、それじゃ足りない。私の想像だけれどね、やっぱり性行為が確実だ」

 サティは大きく首を横に振って、再び「バチコン、バチコン」と言いながらまた卑猥ひわいなジェスチャーをした。

「あのレイナというメイドは君に嘘をついている。それも重大な嘘だ。彼女と濃密に魔力を交換しあえば、自ずと全ては分かる。簡単なことじゃないか」

「理にかなっているように見えて、むちゃくちゃなこと言っているぞ」

「君はしたくないのか」

「そうは言っていない」

「じゃあ、しなさい」

 サティは長く伸びたブルーの前髪をはらって、改めて俺の方を見た。

「それも、なるべく早い方が良い。実は暗いマナは未だに刻一刻と深くなっている。取り返しのつかなくなるうちに、すぐにでも行動して欲しいんだ」

「取り返しのつかないことってなんだよ」

「『異端の王』が復活するとか」

「勘弁してくれ……」

「全ては君次第だよ」

 そう言ったサティの眼差しは真剣だった。飲まず食わずで俺を探していたことからも、一連の事態は彼女にとって冗談では無いことくらい分かる。

 しかし……これは困ったことになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

もし学園のアイドルが俺のメイドになったら

みずがめ
恋愛
もしも、憧れの女子が絶対服従のメイドになったら……。そんなの普通の男子ならやることは決まっているよな? これは不幸な陰キャが、学園一の美少女をメイドという名の性奴隷として扱い、欲望の限りを尽くしまくるお話である。 ※【挿絵あり】にはいただいたイラストを載せています。 「小説家になろう」ノクターンノベルズにも掲載しています。表紙はあっきコタロウさんに描いていただきました。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...