上 下
50 / 56

50時限目 嫌だ(2)

しおりを挟む


 熱い。
 流れる汗すらも蒸発していく。足元でなぶる炎が痛くてたまらない。リリアは近づいてくるブラムの姿を見ていた。

「俺はいずれこの国のいただきに立つ男だ」

 炎にゆらめく彼は模擬剣の先端を彼女の額に向けていた。高濃度の魔力が、その中心に向かって集められていた。

「俺に汚点は許されない。誰かに負けることなんて許されないんだ。お前に負けた日から、地を舐めるような屈辱を味わされてきた。その気持ちがお前に分かるか?」

「知らない……わよ」

「知らないだろうな。家督かとくを継ぐ必要のない女には」

 脅すように炎を操るブラムに、リリアは言った。

「……あんたは何を求めているの」

「なに?」

「その強さに何を求めているの? 私には分からない」

 リリアの言葉にブラムはハッとおかしそうに笑った。

「弱いものには分からないさ。全能感と優越感。天に立つものの地平を愚民に理解できるはずがない」

「……そう」

「終わりだな。大人しく俺にひざまずいてバルーンを捧げれば、これは撃たないでおいてやる」

 高濃度の魔力の球体を掲げながら、ブラムは言った。異界物質、裁定拝火アグニ・マキア。魔界から召喚した炎は勢いを強め、二人の間を壁のように囲っていく。

 絶体絶命。
 追い詰められたリリアに選択肢はなかった。平静を失い、燃え上がる炎のように怒りをたぎらせたブラムが、手加減をするとは思えなかった。

 それでも彼女が選んだ選択は、首を横に振ることだった。輝く熱球を前にして、リリアは毅然きぜんとして反抗した。

「嫌だ」

 リリアの否定と引き換えにブラムの口が開く。
 彼の中でも最大級の魔導。異界レベルA。バーンズの血筋が誇る異界物質は、その攻撃力だけで言えばトップクラスに位置する。

有象無象うぞうむぞう灰燼かいじんと成せ」

 言葉と同時に火力が膨らむ。集約するエネルギーの塊を直視できたものはいなかった。火炎ではなく爆発に近い熱線がリリアを狙い撃つ。

裁定拝火アグニ・マキア

 リリアの手は未だに剣の柄を持って震えていた。遠くから「逃げて」という悲痛な叫びが聞こえた気がした。

 同じ問答を聞いたことがある気がする。迫り来る炎を前にして、リリアの意識は遥か昔の幼いころに飛んでいた。

『強さに何を求めているの』

 父にそう問いかけたことがある。訓練用の木刀を取り落とした彼女は痛みで震えていた。何度打ち合おうが終わらない剣の道を前にして、絶望したようにこぼしたことがあった。

『強くなったら、私は何になれるの』

 私はきっと産まれる場所を間違ってしまったんだ。フラガラッハの血を背負ってもなお、泰然と生きる兄や姉を見てそう思ったことがあった。私だけが出来損ないで不良品だった。皆がうらやむほどの才能ギフトを持って産まれていながら、何一つ活かせていない。

 いっそ私が私として産まれていなかったら。リリアではないリリア。私じゃない別の人。もっと私の身体を上手に使える他の誰か。

 私は私がいるのが嫌だ。

 剣を抜こうと震えが止まらなくなってしまう自分が嫌だ。剣を持って誰かを傷つける自分が嫌だ。だからといって何もできない自分が嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。
 強い自分も弱い自分も、強くなることも弱いまま生きることも、誰かをしいたげることも誰かに虐げられることも、進むことも諦めることも、期待に応えることも期待を裏切ってしまうことも。

 全部が嫌だ!

「嫌だ」

 ブラムへの返答を繰り返す。熱線はもうそこまで迫ってきている。リリアはさやから剣を抜きはなった。炎に照らされた模擬剣が、キラリとひかる。

 視界は狭く、ただ一点に。
 よけるためじゃなくて、踏み超えるために。

 このままじゃダメなんだ。約束したじゃないか。誓ったじゃないか。『カモイメルム』、逆境の花。私を信じてくれたんだから。初めて信じてくれたんだから。

「……見ろエスト観ろエストス視ろエトストス……っ!」

 せめて私はそれに応えなきゃいけない。
 私は弱い自分が嫌いだ。何もできない自分が、どうしようもなく嫌だ。戦う理由はそれで十分だろうか?

 リリアは自分の瞳に問いを投げかけた、自身の中にある異物。レベルSのイレギュラー。身体に埋め込まれたフラガラッハの血を、リリアは解放した。

万視統覚リ・エトストス

 彼女の魔眼はその問いに黄金色の輝きを持って応えた。

 放たれた熱線よりも速く、リリアの脚が動く。人智を超えた挙動で、彼女の筋組織が悲鳴をあげた。その激痛を彼女は意にも介さなかった。

 さらに一歩。

 彼女の魔眼の真価。反射よりも速い。体内時間の凝縮。今や彼女の身体を支配するのは脳髄でもなく脊髄せきずいでもなく、二つの眼だった。全てがゆっくりとなぎのように流れていく。

 踏み出した脚が炎であぶられる。痛い。痛いけど目指すべき地平はまだ先だ。後方で熱線が爆発音を立てる。

 視界は青く燃えている。

 恐怖は変わらずにそこにあった。戦うことに対する恐怖。剣を取ることに対する恐怖。何もできないことに対する恐怖。

 その全てを打ち破るように、リリアは最後の一歩を踏み出して剣を振った。

「やぁああああ……っ!」

 誰もリリアの動きを視認できていなかった。全ては一秒に満たない一瞬のこと。ブラム・バーンズのバルーンが割れる音が、森にこだました。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

世界最強の勇者は伯爵家の三男に転生し、落ちこぼれと疎まれるが、無自覚に無双する

平山和人
ファンタジー
世界最強の勇者と称えられる勇者アベルは、新たな人生を歩むべく今の人生を捨て、伯爵家の三男に転生する。 しかしアベルは忌み子と疎まれており、優秀な双子の兄たちと比べられ、学校や屋敷の人たちからは落ちこぼれと蔑まれる散々な日々を送っていた。 だが、彼らは知らなかったアベルが最強の勇者であり、自分たちとは遥かにレベルが違うから真の実力がわからないことに。 そんなことも知らずにアベルは自覚なく最強の力を振るい、世界中を驚かせるのであった。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

処理中です...