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38時限目 監禁(3)

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 ダンテはどこか懐かしそうに昔のことについて話し始めた。

「俺が最初に配属されたのは遠征部隊だ。今はもうないが、平民の初等兵が大半を占めていた。聞いたことはあるか?」

「……ありません。初めて知りました」

僻地へきちの魔獣と、近隣の小国を征服せいふくするために結成された部隊だ。奇襲と短期決戦を目的に結成されたんだが、そこに三年くらいいたな。そのあとは南部戦線に極東基地と回されて、王都入りしたのはここ五年の話だ」

「……南部戦線。じゃあ、先生は戦争に参加したんですね」

「もちろん。南部では危うく死にかけたがな。ブラッド家のおかげで停戦協定が結ばれて、命からがら帰ってこれた」

「ブラッドの……血」

 シオンがハッと目を見開いた。

「毒殺ですか」

「そうだブラッド家による奇襲で敵軍の将を殺害した。それを機に戦況が好転して、停戦協定まで持っていくことができた」

「そうですか。そんなことがあったんですか……」

 思い悩むように浮かない表情でうつむくシオンに、ダンテが言った。

「イムドレッドが心配か?」

 ダンテの問いかけにシオンは頷いた。

「イムは友達です。彼に人殺しなんかさせたくない」

「……だが、この国で戦ってきた者は多かれ少なかれ人を殺している。俺だってそうだ。隣国との戦争で何人もの人間を殺した。お前はそれを悪だと断罪するか」

「それは……」

「人には戦わないといけない時がある。望むにせよ、望まないせよ、生きるためには何かを殺さないといけないんだ。イムドレッドにとって、今がそうなのかもしれない。お前はそれでもあいつを止めるか?」

 シオンは返答にきゅうした。
 戦いがなくならないことは分かっている。自分たちが学んでいる魔導は、魔獣や他国と争うために研鑽けんさんされたものだ。それでいて、他人に殺すなということの矛盾も分かっていた。

 甘いことを言っているのは理解できる。だからと言ってそれで自分の気持ちを抑えることなんてできなかった。

「でもイムは道具じゃないんです」

 シオンは自分の手のひらを見て行った。かつて彼の手を取った、自分の拳を握りしめた。

「あいつが僕のために、誰かの道具になるなんて許せないんです。そんな自己犠牲を見るために友達になったんじゃない」

「それがお前がここに来た理由か」

「はい、ずっとそれを考えていました。ずっと……もやもやしていたんです。すごくおせっかいで、彼の迷惑になっていることも分かっています。……だけど」

 シオンは自分の胸に手を当てて言った。

「イムは、本当は人殺しなんて望んでいないはずです」

「イムドレッドが覚悟した上でやっていたとしてもか」 

「……僕はイムのことを知っています。孤独で弱いイムを、僕だけしか知らないんです。だから、あいつのことを止められるのは……僕しかいないじゃないですか」

 途切れ途切れの言葉でシオンは言った。
 シオンの瞳は、暗闇に揺れるろうそくの炎のように揺れていた。消えてしまいそうなほどにか細い光が、そこで耐えているのをダンテは見た。

 その頭をぽんぽんと撫でて、ダンテは口を開いた。

「強いな、シオンは」

「……そんなことないです。現にまだ迷っています」

「大丈夫。お前の選択は決して間違ってなんかない」

 その言葉に肩を震わせたシオンは、胸の思いを吐き出すように言った。

「ごめんなさい。全部僕のせいなのに。ルブランの家が取り潰しになるのは、仕方のないことなんです。騙されて爵位しゃくいを抵当に入れたのも、全部は自業自得です」

「爵位が没収されたら、アカデミアを退学になるがそれでも良いのか」

「処罰を受ける覚悟はできています」

 シオンはほとんど間を空けずに返答した。

「覚悟……か」
 
 ダンテは少し驚いていた。
 貴族の位は、この王国の民が喉から手が出るほど欲するものだ。平民と貴族では扱いが天と地ほどの差がある。下流のシオンでさえ、まっとうに暮らされているのはその爵位のおかげと言って良い。

 その恩恵に対して執着しゅうちゃくも未練も見せてない。
 誰かのために捨てると言い切っている。
 この身体のどこにそこまでの強さがあるのか、ダンテには分からなかった。身の程しらずの勇気だ。若さとも言い換えても良い。ただ、その光がダンテには眩しく思えた。

うらやましい限りだ。それだけ強い気持ちがあれば、何をやっても後悔することはなさそうだな」

 か細い光だが、決して消えることはない。強い意志だ。シオンの返答を聞いて、そう確信したダンテは、足元から五日間ずっとにらめっこしていた紙をシオンに渡した。

「……これは」

「対抗戦の作戦だ。裏もしっかり見て覚えろよ」

 紙にはびっしりと対抗戦に向けての作戦内容が書いてあった。リリア、ミミ、マキネス、それぞれの名前とやるべき行動について記載してあった。さらに裏面を見ると、シオンの名前に加えて、イムドレッドの名前も追加してある。

「覚えたか?」

「は、はい。でもこれどうするんですか?」

 ダンテは表の見張りにさとられないように、自分の胸ポケットを叩いた。そこから、ひょっこりと小妖精の頭が顔を出した。

「……エレナ……!」

 あまりの驚きで叫びそうになったシオンだったが、ダンテに目で促されて慌てて自分の口をふさいだ。

「ど、どこから?」

「ちょっと出張してもらっていたんだ。一度呼び出した妖精は、しばらくこっちに残り続ける。そんで昨日帰ってきた。エレナ、これをフジバナのところまで頼む」

「キキキ!」

 大きく頷いたエレナは、ドアの小窓からするすると飛び出していった。その様子を見届けたダンテはこっそりとシオンに耳打ちした。

「イムドレッドは必ず奪還する。そして対抗戦も全員で通過する。ここ一ヶ月の成果を試す俺からの試験だ。頼んだぞ、シオン」

 ダンテの言葉にシオンはごくりと唾を飲み込んだ。

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