上 下
13 / 56

13時限目 フラガラッハの魔眼(1)

しおりを挟む

 耳を閉ざせ。何も考えるな。
 けれど視界だけは広く、脚を動かせ。

「何のつもりだ。てめぇ……」

 徒手空拳としゅくうけん
 武器すら持たずに向かい合ったリリアを見て、ブラムは怪訝けげんそうに眉をひそめた。模擬剣を無防備な彼女の顔に向けると、「お遊びじゃねぇんだぞ」と吐き捨てた。

「気でも狂ったか」

「どうしたブラム。約束通り一太刀でも浴びせたらお前の勝ちだ」

 間に立ったダンテはブラムを見た。

「それとも怖いのか?」

「……舐めやがって。負け犬どもが」

 低い姿勢で武器を構えた彼は、取り巻きの女生徒たちの声援をバックに殺気をみなぎらせた。

「お望み通り、ボコボコにしてやるよ」

 ブラムとリリアが相対する。武器を持っていない素手のリリアと、小ぶりの模擬剣を持ったリーチの差は明らかだった。それでもブラムは容赦をするつもりはなかった。

(俺に喧嘩けんかを売った罰だ)

 開始の合図とともにブラムは脚を踏み込んだ。リリアの腰のあたりに向けて、一気に刀を振る。無防備な身体に直撃すれば、いかに模擬剣であろうとも立ってはいられない。

「……っ」

 リリアはまばたきすらせずに、その剣筋を追っていた。ブラムの一撃が迫ってくる。ギャラリーの女子生徒たちが悲鳴をあげて、目を覆った。

 何も考えるな。

 衝突の直前、リリアの脚は後ろへ跳んだ。模擬剣の切っ先が彼女の腹をかすめる。

「よくかわしたな!」

 敵も甘くはない。ブラムは刀を切り返し、今度は左肩へと狙いを変えた。

「これで終わりだ!」

 ……しかし模擬剣は再び空を切った。
 リリアの長髪が宙になびく。素早い動作で、彼女はかがんでブラムの攻撃をかわした。呼吸は落ち着いている。剣から眼を話すことなく、攻撃を追うことができている。

 私が相手にしているのは剣士じゃない。彼女はもう一度自分に言い聞かせた。

 リリアは続いて放たれた攻撃もかわした。右から左にステップ。最小限の動作で、ブラムの攻撃を避けてみせる。

「くそっ! ちょこまかと!」

 ブラムが悪態をつき、模擬剣に力を込める。間合いに思い切り踏み込んで、上半身から一気に袈裟けさ斬りにかかる。「死ね!」とイライラしたように剣を振り下ろした。

 その攻撃もかわす。
 次の攻撃も。そのまた次も。剣を当てることができないブラムに焦りが出る。まるでかすみを相手にしているように、リリアを捉えることができなかった。

(なんで当たらねぇんだ!)

 ブラムの表情に陰りが見えた。

 最初はへらへらと笑いながら見ていた取り巻きたちも、事態の異常さに気がついていた。ブラムの猛攻を、リリアがかわし続けている。息ひとつ切らさずに、彼女は紙一重のところで何度も攻撃を避けていた。決してまぐれではなく、常にギリギリの所で回避している。

 当のリリアはこれまでになく集中していた。剣筋を見る。かわす。彼女はひたすらに脚を動かしていた。

「リリア……すごい……」

 間近で見ていたシオンたちも信じられなかった。剣に相対するだけで、気絶していたリリアがあの猛攻撃を前にした正気でいるばかりではなく、完全に相手を掌握しょうあくし始めていた。

「先生、いったい何をしたんですか?」

「何もしてねぇよ。あれは元々あいつが持っているものだ。フラガラッハの血族が持つ魔眼。神がかった動体視力のおかげだ」

「魔眼……」

「異界レベルSのとんでもない代物だよ。並の剣士が相手できるものじゃない」

「……リリア、どうして今まで使わなかったんだろう……」

 マキネスの言葉にダンテは「トラウマだな」と言って肩をすくめた。

「恐らく幼少期の記憶だと思うけどな。フラガラッハとしての責任ゆえか、剣に対する恐怖が心を縛っていたんだろう」

「リリア、トラウマを克服できたんだニャ?」

「いや、そう容易く克服できるものじゃない。心の傷はそう簡単には塞がらない」

「じゃあ、どうやって……」

「暗示をかけたんだ」

 ダンテは何も持たずに、ブラムの猛攻をかわし続けるリリアに目を向けて言った。

「トラウマのスイッチは『戦闘』だ。敵と戦うことが、あいつにとって恐怖になっているなら、戦わなければ良い。向かってくる剣を避けるだけ。そういう暗示をかけておいた」

「そんなことで、ここまで変わるんですか……」

「集中させるための暗示だ。剣をよけることで頭をいっぱいにすれば、トラウマの入ってくる余地はない。集中しすぎて、本人にも何が起こっているかは分からないだろうけどな」

 ブラムの渾身こんしんの攻撃をリリアが軽々とかわしてみせた。疲弊しきったブラムの剣筋は徐々に精彩せいさいを欠いていった。

「はぁ……はぁ……」

 汗だらけのブラムの手から模擬剣が落ちる。カンと乾いた音が彼の敗北の合図だった。

「……くそっ!!」

 息を切らしたブラムは前に立つリリアを睨みつけた。青筋を立てるほど怒り狂った彼をよそに、リリアはハッと我に帰ると、きょとんとした顔で周りを見た。

「あれ、わたし……」

「リリア、お疲れさん。良く頑張った」

「ん? あれ? わたし勝ったの?」

「完勝だ」

 ブラムは顔をひきつらせて、リリアの顔を見た。彼女の余裕の表情に、さらなる怒りを掻き立てられたブラムは吐き捨てるように言った。

「できそこないの……くせに……っ!」

「ブラムさま……」

「うるさい。黙れっ!!」

 取り巻きの声を一蹴いっしゅうして、ブラムはリリアに向けて手をかざした。

「くたばれ!」

 燃え上がる炎がブラムの手から発射される。ほうけたように立ちすくむリリアに向かって、一直線に魔導が放たれた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

俺だけレベルアップできる件~ゴミスキル【上昇】のせいで実家を追放されたが、レベルアップできる俺は世界最強に。今更土下座したところでもう遅い〜

平山和人
ファンタジー
賢者の一族に産まれたカイトは幼いころから神童と呼ばれ、周囲の期待を一心に集めていたが、15歳の成人の儀で【上昇】というスキルを授けられた。 『物質を少しだけ浮かせる』だけのゴミスキルだと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 途方にくれるカイトは偶然、【上昇】の真の力に気づく。それは産まれた時から決まり、不変であるレベルを上げることができるスキルであったのだ。 この世界で唯一、レベルアップできるようになったカイトは、モンスターを倒し、ステータスを上げていく。 その結果、カイトは世界中に名を轟かす世界最強の冒険者となった。 一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトを追放したことを後悔するのであった。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

モブ高校生と愉快なカード達〜主人公は無自覚脱モブ&チート持ちだった!カードから美少女を召喚します!強いカード程1癖2癖もあり一筋縄ではない〜

KeyBow
ファンタジー
 1999年世界各地に隕石が落ち、その数年後に隕石が落ちた場所がラビリンス(迷宮)となり魔物が町に湧き出した。  各国の軍隊、日本も自衛隊によりラビリンスより外に出た魔物を駆逐した。  ラビリンスの中で魔物を倒すと稀にその個体の姿が写ったカードが落ちた。  その後、そのカードに血を掛けるとその魔物が召喚され使役できる事が判明した。  彼らは通称カーヴァント。  カーヴァントを使役する者は探索者と呼ばれた。  カーヴァントには1から10までのランクがあり、1は最弱、6で強者、7や8は最大戦力で鬼神とも呼ばれる強さだ。  しかし9と10は報告された事がない伝説級だ。  また、カードのランクはそのカードにいるカーヴァントを召喚するのに必要なコストに比例する。  探索者は各自そのラビリンスが持っているカーヴァントの召喚コスト内分しか召喚出来ない。  つまり沢山のカーヴァントを召喚したくてもコスト制限があり、強力なカーヴァントはコストが高い為に少数精鋭となる。  数を選ぶか質を選ぶかになるのだ。  月日が流れ、最初にラビリンスに入った者達の子供達が高校生〜大学生に。  彼らは二世と呼ばれ、例外なく特別な力を持っていた。  そんな中、ラビリンスに入った自衛隊員の息子である斗枡も高校生になり探索者となる。  勿論二世だ。  斗枡が持っている最大の能力はカード合成。  それは例えばゴブリンを10体合成すると10体分の力になるもカードのランクとコストは共に変わらない。  彼はその程度の認識だった。  実際は合成結果は最大でランク10の強さになるのだ。  単純な話ではないが、経験を積むとそのカーヴァントはより強力になるが、特筆すべきは合成元の生き残るカーヴァントのコストがそのままになる事だ。  つまりランク1(コスト1)の最弱扱いにも関わらず、実は伝説級であるランク10の強力な実力を持つカーヴァントを作れるチートだった。  また、探索者ギルドよりアドバイザーとして姉のような女性があてがわれる。  斗枡は平凡な容姿の為に己をモブだと思うも、周りはそうは見ず、クラスの底辺だと思っていたらトップとして周りを巻き込む事になる?  女子が自然と彼の取り巻きに!  彼はモブとしてモブではない高校生として生活を始める所から物語はスタートする。

魔法少女のアニメ世界に転生した目隠れ男が実は最強

バナナきむち
ファンタジー
「僕と契約して魔法少女になってよ」 そう妹に話しかける喋るぬいぐるみが突然現れた。 前世の記憶を持つ男、天開紫苑は、如何にも怪しいそのぬいぐるみを前に動けずにいた。 しかし、妹が断っても尚、強引に契約を迫るぬいぐるみに対して、シスコン紫苑は──。 魔法は使えないが、転生時にもらったチート能力がある。 謎の強制力に振り回されつつも、家族を守るために女神からもらった能力を駆使して戦うことを決意する。 しかし、紫苑はこの世界がアニメの世界だということに気づいていない。 ※最初の5話分ぐらいはプロローグだと思っていただければ読みやすいかと思います。 ※他サイト様にも投稿させていただいております。

処理中です...