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9、一緒に登校

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 その日、いつもの時間に登校しようとすると、ちょうど家から出てきた春姫と鉢合わせた。いつも朝練に行くジャージ姿ではなく、今日は制服を着ている。

「あっ、テッちゃんだ」

 春姫が俺の顔を見て、おーいと手を振る。こんな時間に珍しい。俺が歩いていくと、春姫はへらっと笑った。

「おはよー、早いね」

「珍しいな。朝練、どうしたんだ」

「今日は休みなの。……久しぶりだね、テッちゃんと一緒の時間に出るの」

「そういえば、そうだな。小学校以来か」

 春姫と二人で駅までの道を歩いていく。
 早くも夏のきざしが見えていた。

 コンクリートで舗装ほそうされた道路には、太陽の日差しが照り返している。県道に出て、俺たちの横を大型のトラックが走ると、その度に春姫のチェックのスカートがひらひらとはためく。

「最近どう?」

「まぁまぁ、いつも通りだよ。春姫は?」

「わたしも普通かなー。相変わらず、練習は厳しいし、タイムがなかなか伸びないんだ」

 浮かない様子で春姫が言った。

 思えば水曜日以外で、春姫と話すことは久しいように思えた。こうやって一緒に歩きながら、彼女と話すのは高校になって、なかったかもしれない。

「テッちゃんはもう部活とかやらないの?」

「もう懲りたよ。帰宅部の方が気が楽だ」

「そうだね。来栖くんといつも仲よさそうにしているし」

 まさか春姫が福男のことを認識しているとは思わなかった。今度教えてあげよう。泣いて喜ぶに違いない。

「なんか電車混んでるねぇ」

 駅に着くと、ホームにあふれる人の多さに春姫が目を丸くした。

「人身事故かー」

 電光掲示板には遅延のふた文字が表示されている。さっき再開したばかりで、乗ることができなかった人たちが、立ち往生していたようだった。

 ちょうど到着した電車に人が殺到していく。

「ツいてないな。でも、これに乗らないと間に合わないし……」

「しょうがないよ。行こ行こー」

 電車は、おしくらまんじゅうみたいな混雑っぷりで、なんとかして俺と春姫はつり革に捕まることができた。 

「でも、もったい無かったな。テッちゃん長距離速かったのに」

「まさか。春姫の方がずっと速かっただろ」

「ううん。そんなことない。走るテッちゃん、すごく格好良かったんだから」

 格好良い。
 そんな素直な褒め言葉を聞くのは、何年ぶりだろう。正月の時に親戚のおばちゃんに言われたくらいだ。

「バカ言え。俺なんか下から数えた方が早い」

「ううん。そんなことないよ。テッちゃんはずっと格好良いよ」

 大真面目に首を横に振る春姫を見ていると、無性に恥ずかしくなってくる。

「俺を褒めるのは俺くらいだよ」

「そうかなぁ……」

 今更、こんなことで恥ずかしがることもないはずなのに。こういうのは春姫の昔からの口癖みたいなもので、冗談半分で受け取れば良いのに。

 なぜか鼓動が高鳴ってしまうのだろう。同時に布団の中で喘ぐ春姫の姿が、脳裏のうりをよぎる。煩悩ぼんのうがどうしても、よぎってしまう。 

「テッ……ちゃん」

 ふと我に返ると、春姫が俺の名前を呼んだ。まるでごっこをしている時のように、顔が赤く染まっている。

「春姫?」

「……た……」

 今にも泣き出しそうな顔で、春姫が俺の顔を見る。

「たすけて」

 視線を後ろに送ると、スーツの中年男が、春姫のスカートに手を伸ばしていた。

 痴漢だ。

「姫ちゃん!」

 とっさに彼女の名前を叫び、俺は彼女をかばうようにして抱き寄せた。
  
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