仏の顔

akira

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葛藤

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 清吉は伊勢屋をでてから、菊から付かず離れずの距離を保ちつつ後を追う。そうしていると、通りを行く菊の知らなかった面に気付かされた。


 「おーいお菊さーん、こっち寄ってきなよ!大将が会いたがってるよ~」
 
 「あぁ心さん、また今度寄せてもらうよ」


 茶店の中から菊を見つけた客が声をかける。


 「お菊さん、どうだい?活きのいいのが入ってるぜ」

 「それならこの大根も外せないねぇ、バッチリ合いますよ」

 「源さんに徳さん、こんにちは。でも今夜は旦那様とおでかけなの、また今度ね」


 まいったなぁこりゃ、と笑っているのは魚屋と八百屋。


 「あらお菊さん、いい天気ね。またうちの主人が今度の普請で材木が入用になるそうでそちらへ伺うみたいだから、二代目さんによろしく伝えておいてくださる?」

 「こんにちは、お竹さん。毎度どうも、きちんと伝えておきますね」


 今度はうちと取引のある大工の棟梁のカミさん。


 「あ痛~!ちゃんと前見て走んなきゃだめだよぉ。あ、風車じゃないか、ちゃん(父)に買ってもらったのかい?」

 「ごめんよ、お菊姉ちゃん。そだよ!こないだのお祭りの夜店で買ってもらったんだ」

 「そうかい、良かったねぇ。気い付けて遊んどいで、またぶつかるんじゃないよ」


 通りを走っていた子供とぶつかったが、見知りの子だったらしく懐いているようだった。


 「なんだい……、わたしの取り越し苦労だったかな……。あんなに町の衆に慕われて……」


 行く先々で挨拶を交わし、みんなにこやかに話しかける。どうりでうちの者たちもすぐに気を許すわけだ。清吉は疑っていた自分が馬鹿らしく思えてきた。
 だがどんどん先を行き、大通りから外れて人気が無くなってきても歩みを止めない菊の行く先は気になる。この先には昔からある寺くらいしか無いはずだがと思案していると、そこから出てきた住職と話し始め、挨拶もそこそこに中へと入っていった。清吉は寺へ入るわけにもいかず、そのまま引き返すのも……と思い出てくるのを待つことにした。



*****



 「よく来たね、お菊。伊勢屋の女房も板についてきたんじゃないかい?」


 ここは善照寺という寺、歴史のある古い寺ではあるが本堂は造りもまだ新しい。近年に改修工事を済ませた後であった。その寺の住職、徳庵和尚は菊とは旧知の仲だった


 「やめてよ和尚、らしいことなんて何にもしてないわよ。二代目がしっかりしてるからあたいの出る幕なんてないわよ。それよりもまずはこれを……」


 菊は手荷物の中から包を取り出し和尚の前へ差し出す。


 「いつもすまないね、お前のおかげで助かっているよ」

 「今更何を言ってんの、気にしないで。あたいが好きでやってるんだからさ。あの子たちはどう?みんな元気にしてるかな?」

 「あぁ、そりゃもう元気さ。進太とお光はもう15になるよ」

 「そうかい!大きくなったもんだねぇ。ここを出た時はまだちいちゃかったもんなぁ」

 「お菊姉ちゃんみたいにお金を稼いで、今度は自分たちが下の子の面倒を見てやる!なんて言ってくれてね。頼もしくなったよ二人とも、今日も会ってはいかないのかい?」

 「うん……そっか、ほんとに頼もしいや。でも、あたいを見習うのはよしにした方がいいかな……。ほら、あたいは頭良くなかったからさ、勢いで出てっちまったけど出来ることなんてないし。悩んだ結果、芸者になるしか考えが及ばなかったのさ。
 辰巳屋の女将さんはほんとにいいお人だし良くしてくださったけども、やってる事は男を乗せて騙して金を落とさせるってこった。でもね、どんな方法で稼いだって金に善悪があるじゃなし、良いことに使ってりゃ報われると信じてこれまでやってきたつもりだよ」

 「お菊や……、わたしはお前を誇りに思うよ。並大抵の苦労で出来ることではない。それを進太とお光ももうわかる歳だ、あの子たちはそれでもお前を慕っている。胸を張りなさい、なにも間違ってはいないよ」

 「…………うん……そうだね、いざ会う時になってみんなの前で暗い顔なんてできないものね、ありがとね」


 和尚は説法の様な雰囲気も見せず、親が子を許し、誇り、諭すように語りかける。菊にとって辰巳屋の女将が母の様であるように、この善照寺の徳庵和尚は父の様な存在であった。


 「みんなお前に会うのをずっと心待ちにしているんだよ?」

 「そろそろいいかななんて思ってるところなんだけどさ、今夜は旦那様と約束があるからまた今度寄った時にするよ。あ、ほら!こないだ飴屋がいたから沢山買ってきたんだよ。これ、みんなに食べさせてあげて」


 手荷物からまた別の袋包を手渡す。


 「ありがたく頂くよ、あの子たちも喜ぶ。清兵衛とは仲睦まじくやっている様だね、本当に良かった。ここはお前の家も同然なんだ、いつでも気兼ねなく帰っておいで」

 「ありがとう和尚、また近いうちに顔出すよ」


 そう言い席を立つ菊。表へ出たら奥の裏庭から子供たちの遊ぶ元気な声が聞こえてきて、懐かしさを感じながら和尚に見送られ寺を後にした。



*****



 「徳庵和尚……」


 中へと戻ろうとする和尚は男の声に呼び止められ、振り向くと見慣れた顔がそこにあった。


 「これは清吉さんじゃないか、その節はどうもお世話になりました」

 「いえ、こちらこそお世話になりました」


 お互い深々と頭を下げる。


 「本日はこんな所までどんな御用ですかな?」


 清吉はどう切り出そうかと悩んでいたが、意を決して素直に聞いてみることにした。


 「あの、いきなりこのような事を聞くのもなんだとは思いますが……、お菊さんはよくこちらへ来られるのですか?いえ、あの、なんと言いますか……、父の後妻になられてから、ちょくちょく一人出をされておりましたのを見かけましたもので。大の男がみっともない事とは思いながら、後をついてきたわけでございまして……。お叱りは謹んでお受け致しますので、無礼は御容赦くださいませ……」


 和尚はその清吉の態度を見て何か得心した様だった。


 「清兵衛からは何も聞いていなかったんだね?まったく、息子にくらい話しておけばいいものを……」

 「どういうことでしょうか?」


 混乱する清吉に和尚は自分から伝えないといけないなと思い、中へ招く。


 「立ち話もなんです、込み入った話になる。清吉さんにならわたしから話しても良いでしょう。ささ、中へお入りくだされ」


 何のことやら訳も分からぬまま、和尚について寺へと入っていった。夕暮れにさしかかり、陽は落ち始めていた。
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