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消えた季節
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「ねえ、なにしてるの?」
うつらうつらしていた僕は、その柔らかい声で目を覚ました。
「なにって、、、、、、」
ふと机の上のタブレットに目を落とすと、そこにはピンク色のページが映っていた。
「あぁこれ、なんて言うだっけな。えーと、そうだ、桜だ。二百年くらい前にはまだ四季がある時代だったろ。その頃、春っていう季節に咲いてた花なんだってさ」
「なぁに、今さら歴史に興味がでてきたの?それなら、次は歴史の授業だよ。寝ないで真面目に受けなよー?」
呆れたように笑いながら彼女が言う。
すぐに次の授業の開始を合図するチャイムが鳴った。次は歴史か。いつの時代をやるのだろう。気乗りはしないまま、僕は席に座り直した。
空はなんとも言えない曇を広げながら、気怠い午後を運んでいく。およそ二百年前、世界には四季があった。春には桜が咲き、夏には肌を焦がすような太陽が照りつけ、秋になれば木々は橙に染まり、冬には一面を雪が舞う。別に今さらではない。ずいぶんと前から四季に興味はあった。ぼんやりと窓の外を眺める。
今の世界には季節がない。適度にコントールされた気候。汗が噴き出すことも、手がかじかむこともない。一年を通して、四季と呼べる季節の変化はなくなってしまっていた。
「それで、真面目に聴いてたわけ?」
また彼女だ。気づけば授業は終わり、皆帰り支度をしていた。
「まぁ、、それなりに、、、」
僕は彼女が苦手だ。溌剌とした彼女といるとペースを乱される。
「この後どうせ暇でしょ? 近くに面白いところができたんだって。ほら、行くよ!」
言ったそばからこれだ。話を続ける彼女に、僕は適当に返事をしながらゆっくりと席を立つ。辺りを見るともう残っている生徒はほとんどいない。ついでのように、もう一度窓の外に目をやる。空模様は相変わらず、はっきりしない。
「もう。ねぇ、聞いてる? その面白いところって、季節を感じられるらしいよ!」
少し声を大きくしながら彼女は言った。
気怠い午後に、風が吹く。
「わかったよ。しかたないから、行ってあげるよ」
「ここ?」
まだ空が明るいうちに、僕らは目的の場所についた。
「そうここ、入るよ!」
中に入ると薄暗い。だが、茶色をベースに造られた木組みの店内は、意外と嫌な気分にはならなかった。思ったより狭く、展示品にぶつからないように、気をつけて進んでいく。店内は静まり返っていて、営業していないのではないかと思ってしまう。
「いらっしゃいませ。【季節の館】へようこそ」
突然の声。変な名前だな。声の方へ目を凝らすと、そこには白い髭をたくわえているほっそりとした老人が立っていた。
「ここって何ができるとこなんですか!? 私この店見つけたときからずっと気になってて!」
相変わらずな明るさで彼女は言う。
老人は、にっこりと笑いながら話し始めた。
「ここは、名前の通り、季節を感じられる場所でございます。あなたのお好きな季節は、なんでしょうか?」
胡散臭い。僕はどう答えようか困り、彼女に目をやった。
「春です! 私は春が好きだなー! だって今はずっと同じような景色でしょ?咲いてる花も同じ。少し暑い日や寒い日ももあるけれど、なんか味気ない。そうしたらこの前知ったの!春にだけ咲く桜という花ははたった7日間くらいしか咲くことができないって!綺麗なんだろうなー、昔の人が羨ましくなっちゃう!」
彼女のこういうところはきっとモテるに違いない。感心しきっていると再び声をかけられた。
「君は、何の季節が好きかね?」
老人は微笑みながら訊く。
「あ、えーと、春ですかね。僕も桜に興味がありまして」
僕は言った。
ふむ、ふむ、と老人は満足そうに頷く。木組みの戸棚に手を伸ばし、その中から木材で作られた、手のひらで収まる何かを二つ、取り出した。
「季節の眼鏡、といいます。ぜひこちらをおかけください。きっと気にいると思いますよ」
浮かんだ妄想をかき消す。そんなことはあり得ない。しかし何故か、その眼鏡に惹きつけられた。不思議なことに、眼鏡を持つ老人の手が、ほんのりと色付いて見えた。
「じゃ、じゃあ」
手を伸ばす僕に、彼女は驚いたような顔を向けた。なんだ、僕から行動することがそんなに珍しいか。横目で彼女を見る。すでに眼鏡を受け取り僕を見る彼女は、どこか嬉しそうに見えた。相変わらず変なやつだ。
改めて眼鏡を見る。僕の手の中で収まるそれは、やはり色付いて見えた。茶色く薄暗いはずの店内は、もう気にならなくなっていた。
恐る恐る眼鏡をかける。
するとそこには、目にしたことのないピンク色の景色が、青空いっぱいに広がっていた。
「なんだ、これは」
言葉が続かない。どこからか暖かな風が吹く。ただ眼鏡をかけただけなのに、そう僕は繰り返す。
「ちょっと、、、泣いてるの?」
驚いて頰に手を当てる。悲しくはない、何故だかわからない。僕は、戸惑いながらもその景色から目をそらすことができなかった。
「気に入っていただけましたかな?」
穏やかな表情を浮かべながら、いつのまにか、老人はそばに立っていた。
「これは、本当に望むものが見える眼鏡でございます。あなたが望むものは見えましたか?それは、本当にあなたが望むものでしたか?」
はっとして眼鏡を外すと、そこには、老人も、茶色の建物もなくなっていた。
ただの野原に立ち尽くしながら僕は言う。
「僕の本当に望むものは、、、」
すると彼女は、相変わらずな笑顔で、僕に話しかけた。
「君が望むものは、きっと桜じゃない。今ここにない何かだよ。世界が面白いように変わってくれるのを待つくらい、退屈なんじゃないのかな」
そうだ。僕はこのうだつの上がらない日々を、心のどこかで日常のせいにしていた。ここにはない何かが、世界を変えてくれることを、願っていた。
いつもより、少しだけ大きな声で僕は言う。
「全く、君は相変わらず声が大きいな」
心なしか暖かく、肌が汗ばむ。
「ちょっと待ってよ!」
透き通るような青い空の下、僕は駆け足で鮮やかな街を走り始めた。
うつらうつらしていた僕は、その柔らかい声で目を覚ました。
「なにって、、、、、、」
ふと机の上のタブレットに目を落とすと、そこにはピンク色のページが映っていた。
「あぁこれ、なんて言うだっけな。えーと、そうだ、桜だ。二百年くらい前にはまだ四季がある時代だったろ。その頃、春っていう季節に咲いてた花なんだってさ」
「なぁに、今さら歴史に興味がでてきたの?それなら、次は歴史の授業だよ。寝ないで真面目に受けなよー?」
呆れたように笑いながら彼女が言う。
すぐに次の授業の開始を合図するチャイムが鳴った。次は歴史か。いつの時代をやるのだろう。気乗りはしないまま、僕は席に座り直した。
空はなんとも言えない曇を広げながら、気怠い午後を運んでいく。およそ二百年前、世界には四季があった。春には桜が咲き、夏には肌を焦がすような太陽が照りつけ、秋になれば木々は橙に染まり、冬には一面を雪が舞う。別に今さらではない。ずいぶんと前から四季に興味はあった。ぼんやりと窓の外を眺める。
今の世界には季節がない。適度にコントールされた気候。汗が噴き出すことも、手がかじかむこともない。一年を通して、四季と呼べる季節の変化はなくなってしまっていた。
「それで、真面目に聴いてたわけ?」
また彼女だ。気づけば授業は終わり、皆帰り支度をしていた。
「まぁ、、それなりに、、、」
僕は彼女が苦手だ。溌剌とした彼女といるとペースを乱される。
「この後どうせ暇でしょ? 近くに面白いところができたんだって。ほら、行くよ!」
言ったそばからこれだ。話を続ける彼女に、僕は適当に返事をしながらゆっくりと席を立つ。辺りを見るともう残っている生徒はほとんどいない。ついでのように、もう一度窓の外に目をやる。空模様は相変わらず、はっきりしない。
「もう。ねぇ、聞いてる? その面白いところって、季節を感じられるらしいよ!」
少し声を大きくしながら彼女は言った。
気怠い午後に、風が吹く。
「わかったよ。しかたないから、行ってあげるよ」
「ここ?」
まだ空が明るいうちに、僕らは目的の場所についた。
「そうここ、入るよ!」
中に入ると薄暗い。だが、茶色をベースに造られた木組みの店内は、意外と嫌な気分にはならなかった。思ったより狭く、展示品にぶつからないように、気をつけて進んでいく。店内は静まり返っていて、営業していないのではないかと思ってしまう。
「いらっしゃいませ。【季節の館】へようこそ」
突然の声。変な名前だな。声の方へ目を凝らすと、そこには白い髭をたくわえているほっそりとした老人が立っていた。
「ここって何ができるとこなんですか!? 私この店見つけたときからずっと気になってて!」
相変わらずな明るさで彼女は言う。
老人は、にっこりと笑いながら話し始めた。
「ここは、名前の通り、季節を感じられる場所でございます。あなたのお好きな季節は、なんでしょうか?」
胡散臭い。僕はどう答えようか困り、彼女に目をやった。
「春です! 私は春が好きだなー! だって今はずっと同じような景色でしょ?咲いてる花も同じ。少し暑い日や寒い日ももあるけれど、なんか味気ない。そうしたらこの前知ったの!春にだけ咲く桜という花ははたった7日間くらいしか咲くことができないって!綺麗なんだろうなー、昔の人が羨ましくなっちゃう!」
彼女のこういうところはきっとモテるに違いない。感心しきっていると再び声をかけられた。
「君は、何の季節が好きかね?」
老人は微笑みながら訊く。
「あ、えーと、春ですかね。僕も桜に興味がありまして」
僕は言った。
ふむ、ふむ、と老人は満足そうに頷く。木組みの戸棚に手を伸ばし、その中から木材で作られた、手のひらで収まる何かを二つ、取り出した。
「季節の眼鏡、といいます。ぜひこちらをおかけください。きっと気にいると思いますよ」
浮かんだ妄想をかき消す。そんなことはあり得ない。しかし何故か、その眼鏡に惹きつけられた。不思議なことに、眼鏡を持つ老人の手が、ほんのりと色付いて見えた。
「じゃ、じゃあ」
手を伸ばす僕に、彼女は驚いたような顔を向けた。なんだ、僕から行動することがそんなに珍しいか。横目で彼女を見る。すでに眼鏡を受け取り僕を見る彼女は、どこか嬉しそうに見えた。相変わらず変なやつだ。
改めて眼鏡を見る。僕の手の中で収まるそれは、やはり色付いて見えた。茶色く薄暗いはずの店内は、もう気にならなくなっていた。
恐る恐る眼鏡をかける。
するとそこには、目にしたことのないピンク色の景色が、青空いっぱいに広がっていた。
「なんだ、これは」
言葉が続かない。どこからか暖かな風が吹く。ただ眼鏡をかけただけなのに、そう僕は繰り返す。
「ちょっと、、、泣いてるの?」
驚いて頰に手を当てる。悲しくはない、何故だかわからない。僕は、戸惑いながらもその景色から目をそらすことができなかった。
「気に入っていただけましたかな?」
穏やかな表情を浮かべながら、いつのまにか、老人はそばに立っていた。
「これは、本当に望むものが見える眼鏡でございます。あなたが望むものは見えましたか?それは、本当にあなたが望むものでしたか?」
はっとして眼鏡を外すと、そこには、老人も、茶色の建物もなくなっていた。
ただの野原に立ち尽くしながら僕は言う。
「僕の本当に望むものは、、、」
すると彼女は、相変わらずな笑顔で、僕に話しかけた。
「君が望むものは、きっと桜じゃない。今ここにない何かだよ。世界が面白いように変わってくれるのを待つくらい、退屈なんじゃないのかな」
そうだ。僕はこのうだつの上がらない日々を、心のどこかで日常のせいにしていた。ここにはない何かが、世界を変えてくれることを、願っていた。
いつもより、少しだけ大きな声で僕は言う。
「全く、君は相変わらず声が大きいな」
心なしか暖かく、肌が汗ばむ。
「ちょっと待ってよ!」
透き通るような青い空の下、僕は駆け足で鮮やかな街を走り始めた。
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