1 / 2
お帰りなさい、お父さん。
しおりを挟む
家は元々、お父さんとお母さんと私の三人暮らしだった。
でも、今は私とお母さんの二人暮らしで、お父さんは事情があって遠くに住んでいるらしい。
「おーい、七海。久しぶりだなぁ~元気だったか? おぉっ! 身長もちと伸びたか?」
「お父さん、私、先月二十歳になったよ……てか成長期おわったし」
呆れ紛れに私がそう言うと、下品に「がはは」と大きな口を開けてお父さんは笑った。
「そういえばお父さんお父さん、私やっとお酒飲める歳になったよ! これで小さい頃の約束果たせるね。親孝行だ!」
にししと笑いながら私が言えば、お父さんは顔をくしゃっとして嬉しそうに笑った。
「おぉ! そうかそうか! もう二十歳になったか、一緒に酒飲むの楽しみにしてたんだよ」
「お父さん何飲む? いつもの芋焼酎?」
「あぁ。で、お前は何飲むんだ?」
「私は酎ハイだよ。だって初心者だし」
「そりゃそうだな」
「おかーさーん! お父さん芋焼酎で私は酎ハイね! おつまみもねー!」
居間から台所のお母さんに呼びかける。
「はーい」
お酒とおつまみを乗っけたお盆をちゃぶ台の真ん中に置いてすぐ畳に腰を下ろしたお母さんは、私とお父さんの間に座ってにこにこしているだけで、会話には入ってこなかった。
***
お酒を飲んでおつまみを食べて、それを繰り返していると段々と頭がふわふわしてくる。
「おーい、七海! また、おんなじこと喋ってんぞ。酔ってんのか?」
「よってましぇん!」
「……そりゃ、酔ってるやつの台詞だ」
「ふふふ」とお母さんの笑う声が聞こえてくる。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
***
夜の十二時、お母さんと二人でお父さんを玄関で見送った。
「またねー」
「またね、お父さん」
二人で手を振る。
「じゃあ、また来年な!」
そう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
ほんの一瞬、肌に触れたお父さんの手は冷たかった。
お父さんは玄関の引き戸に手を掛けながら、笑顔で私たちに手を振る。
そして、バタンと音を立てて閉められた引き戸を目の当たりにし、突如として寂しさが押し寄せてくる。
「お父さん!」
裸足のまま慌ただしく引き戸を開けて外を確認する。お父さんはもう既にいなかった。
「七海」
裸足のまま立ち尽くした私の両肩をそっと掴まれる。振り返れば、お母さんの優しい顔がすぐそこにあった。
「お父さんと何話してたか、聞かせて頂戴」
居間に戻ると、仏壇に置いた筈の箸を刺した那須と胡瓜がなくなっていた。
お父さんは向こうとこちらを行き来するために使ったんだろう。
縁側に飾られた風鈴が風に揺られ音を奏でる。
***
今は八月、そしてお盆。
死者は胡瓜の馬に乗って家に帰ってくる。そして、那須の牛に乗ってあの世へ戻る。
家のお父さんも───。
五年前にお父さんは病気で死んだ。
しかし、翌年のお盆最終日にお父さんは普通に帰ってきた。
幽霊となって──。
何故かお父さんの姿は私にだけ見えた。
年に一度、唯一お父さんに会える日。出来る限り親孝行がしたいと私は思った。そのせいか、お父さんの身体は年々薄くなっている。未練がなくなったらお父さんにはもう会えないのだろう。何となくそう思った。
ひょっとしたら、来年が最後になるかもしれない。
それでも、お父さんと親孝行をしよう。
それでも、お父さんと思い出をつくろう。
お父さんがちゃんと成仏できるように───。
***
畳から離れて縁側へ出て夜空を見上げれば、綺麗な満月がそこにあった。
「お母さん……」
見上げたまま、居間の畳に腰を下ろしているであろうお母さんに呼びかける。
「ん? どうしたの?」
「月が綺麗ですね、なんて……」
すると、お母さんの「ふふふ」と笑う声が聞こえてきた。
「それ、どっちに言ったの?」
「どっちもだよ」
そう言ってお母さんの方へ、へらりと笑って顔を向ければ、いつのまにか一筋の涙が自分の頬を伝っていることに気がついた。
でも、今は私とお母さんの二人暮らしで、お父さんは事情があって遠くに住んでいるらしい。
「おーい、七海。久しぶりだなぁ~元気だったか? おぉっ! 身長もちと伸びたか?」
「お父さん、私、先月二十歳になったよ……てか成長期おわったし」
呆れ紛れに私がそう言うと、下品に「がはは」と大きな口を開けてお父さんは笑った。
「そういえばお父さんお父さん、私やっとお酒飲める歳になったよ! これで小さい頃の約束果たせるね。親孝行だ!」
にししと笑いながら私が言えば、お父さんは顔をくしゃっとして嬉しそうに笑った。
「おぉ! そうかそうか! もう二十歳になったか、一緒に酒飲むの楽しみにしてたんだよ」
「お父さん何飲む? いつもの芋焼酎?」
「あぁ。で、お前は何飲むんだ?」
「私は酎ハイだよ。だって初心者だし」
「そりゃそうだな」
「おかーさーん! お父さん芋焼酎で私は酎ハイね! おつまみもねー!」
居間から台所のお母さんに呼びかける。
「はーい」
お酒とおつまみを乗っけたお盆をちゃぶ台の真ん中に置いてすぐ畳に腰を下ろしたお母さんは、私とお父さんの間に座ってにこにこしているだけで、会話には入ってこなかった。
***
お酒を飲んでおつまみを食べて、それを繰り返していると段々と頭がふわふわしてくる。
「おーい、七海! また、おんなじこと喋ってんぞ。酔ってんのか?」
「よってましぇん!」
「……そりゃ、酔ってるやつの台詞だ」
「ふふふ」とお母さんの笑う声が聞こえてくる。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
***
夜の十二時、お母さんと二人でお父さんを玄関で見送った。
「またねー」
「またね、お父さん」
二人で手を振る。
「じゃあ、また来年な!」
そう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
ほんの一瞬、肌に触れたお父さんの手は冷たかった。
お父さんは玄関の引き戸に手を掛けながら、笑顔で私たちに手を振る。
そして、バタンと音を立てて閉められた引き戸を目の当たりにし、突如として寂しさが押し寄せてくる。
「お父さん!」
裸足のまま慌ただしく引き戸を開けて外を確認する。お父さんはもう既にいなかった。
「七海」
裸足のまま立ち尽くした私の両肩をそっと掴まれる。振り返れば、お母さんの優しい顔がすぐそこにあった。
「お父さんと何話してたか、聞かせて頂戴」
居間に戻ると、仏壇に置いた筈の箸を刺した那須と胡瓜がなくなっていた。
お父さんは向こうとこちらを行き来するために使ったんだろう。
縁側に飾られた風鈴が風に揺られ音を奏でる。
***
今は八月、そしてお盆。
死者は胡瓜の馬に乗って家に帰ってくる。そして、那須の牛に乗ってあの世へ戻る。
家のお父さんも───。
五年前にお父さんは病気で死んだ。
しかし、翌年のお盆最終日にお父さんは普通に帰ってきた。
幽霊となって──。
何故かお父さんの姿は私にだけ見えた。
年に一度、唯一お父さんに会える日。出来る限り親孝行がしたいと私は思った。そのせいか、お父さんの身体は年々薄くなっている。未練がなくなったらお父さんにはもう会えないのだろう。何となくそう思った。
ひょっとしたら、来年が最後になるかもしれない。
それでも、お父さんと親孝行をしよう。
それでも、お父さんと思い出をつくろう。
お父さんがちゃんと成仏できるように───。
***
畳から離れて縁側へ出て夜空を見上げれば、綺麗な満月がそこにあった。
「お母さん……」
見上げたまま、居間の畳に腰を下ろしているであろうお母さんに呼びかける。
「ん? どうしたの?」
「月が綺麗ですね、なんて……」
すると、お母さんの「ふふふ」と笑う声が聞こえてきた。
「それ、どっちに言ったの?」
「どっちもだよ」
そう言ってお母さんの方へ、へらりと笑って顔を向ければ、いつのまにか一筋の涙が自分の頬を伝っていることに気がついた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
みいちゃんといっしょ。
新道 梨果子
ライト文芸
お父さんとお母さんが離婚して半年。
お父さんが新しい恋人を家に連れて帰ってきた。
みいちゃんと呼んでね、というその派手な女の人は、あからさまにホステスだった。
そうして私、沙希と、みいちゃんとの生活が始まった。
――ねえ、お父さんがいなくなっても、みいちゃんと私は家族なの?
※ 「小説家になろう」(検索除外中)、「ノベマ!」にも掲載しています。
十年目の結婚記念日
あさの紅茶
ライト文芸
結婚して十年目。
特別なことはなにもしない。
だけどふと思い立った妻は手紙をしたためることに……。
妻と夫の愛する気持ち。
短編です。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
すこやか食堂のゆかいな人々
山いい奈
ライト文芸
貧血体質で悩まされている、常盤みのり。
母親が栄養学の本を読みながらごはんを作ってくれているのを見て、みのりも興味を持った。
心を癒し、食べるもので健康になれる様な食堂を開きたい。それがみのりの目標になっていた。
短大で栄養学を学び、専門学校でお料理を学び、体調を見ながら日本料理店でのアルバイトに励み、お料理教室で技を鍛えて来た。
そしてみのりは、両親や幼なじみ、お料理教室の先生、テナントビルのオーナーの力を借りて、すこやか食堂をオープンする。
一癖も二癖もある周りの人々やお客さまに囲まれて、みのりは奮闘する。
やがて、それはみのりの家族の問題に繋がっていく。
じんわりと、だがほっこりと心暖まる物語。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
小さなパン屋の恋物語
あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。
毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。
一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。
いつもの日常。
いつものルーチンワーク。
◆小さなパン屋minamiのオーナー◆
南部琴葉(ナンブコトハ) 25
早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。
自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。
この先もずっと仕事人間なんだろう。
別にそれで構わない。
そんな風に思っていた。
◆早瀬設計事務所 副社長◆
早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27
二人の出会いはたったひとつのパンだった。
**********
作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる