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狛犬と獅子
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しおりを挟む「機嫌いいですね」
総務部に戻った私を見るなり、戸塚君が私に声をかけてきた。
「CC部の顧客さんとの打ち合わせでしたよね。うまくいったんですか」
「うん」
頷いて、席に座る。
何度もシミュレーションを重ねて、臨んだ最初の打ち合わせは、神尾君が社長から直々に頼まれていた、あの顧客さんとのものだった。
各地に系列の工房を構える金継ぎ会社の代表で、矍鑠とした初老の男性だったが、柔軟性に富んだ会話は私にとっても勉強になった。
金継ぎ技術の継承と客の獲得を広げるためマネジメントを利用してみたいという要望で、神尾君の用意したプランも目を引くものばかりを揃えていた。
工房を半分ショップにして、一般の人が金継ぎ商品に親しみをもてるよう工夫する。
工房はガラス張りにして職人さんたちの作業を見学できるようにする。
給与体系を明確化し、組織化することで職人さんたちの生活を安定させる。
器にこだわらず、アクセサリーにも手を出して、広告塔となる女性客にも興味を持ってもらう。
金継ぎを体験できるワークショップを行う。
次々出される提案とそれに対する議論を聞き漏らさないようにしながら、私はひたすらホワイトボードにイラストを展開し続けた。
打ち合わせが終わって神尾君と二人で見送りに立つと、初老の代表が私に向かって微笑んだ。
「大変わかりやすい板書でした。ありがとう。私のような者は文章よりも絵図の方が把握しやすいので、読み返すタイムラグもなくてとても良かったです」
ありがとうございます、と頭を下げた私の声は嬉しさに上ずっていたと思う。
代表を見送ると、神尾君からも改めて労いの言葉をもらえた。
「初めての試みでしたが手応えのある滑り出しになって良かったです。篠瀬さんにはたくさん協力してもらって、感謝しています」
「そんな、こちらこそ……!」
あの、その、と言葉を探して、一生懸命気持ちを伝える。
「私、この仕事楽しいんです。勉強すればするほど知らないことを知れるし、工夫して喜んでもらえたら、役に立てたのかなって、嬉しいです」
それは、便利に使われているのとは違う実感だった。
充足感にも似た思いをどう伝えたらいいのか分からなくて困っていると、神尾君が「そうですね」と頷いてくれた。
「役に立つっていうのは、消費されることではなく、生産することなのかもしれません。篠瀬さんは、生産しましたね」
ああ、そうかもしれない。
言い得て妙だ、と私は神尾君の綺麗な笑顔を見ながらすとん、と落ちた気がした。
「もうすぐ昼ですけど、こっちの引き継ぎはどうします」
戸塚君の声に我に返って、私は慌てて時計を確認する。
昼休みまであと五分。
「ごめん、お昼は外に出る予定があって。引き継ぎは午後にゆっくりやろう。問題点があるようなら、今聞くけど」
「神尾さんですか」
「えっ」
盛大に動揺すると、しらけた表情で「やっぱりね」と戸塚君が呟いた。
確かに、慰労もかねて昼食は一緒に外で食べませんかと誘ってくれた相手は戸塚君だ。
だけど何で分かったのだろう。
私の疑問を察した様子で、戸塚君が机に頬杖をつきながら口を開いた。
「篠瀬さん、顔に出やすいから。それだけそわそわうきうきしてたら分かりますよ」
「そ、そんなに?」
両手でほっぺたを挟んでいると、ちょっとだけ寂しそうに、でもひどく優しい瞳で戸塚君が笑った。
「まあ、幸せそうなのでいいですけど」
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