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第42話 突入部隊結成

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「あれ?おばちゃん、ポッシュの分が無いけど…」

「朝の分はいつまでも食べに来ないで部屋にもいないから、あんたたちの分の皿に分けて足したけど、夜は食べるなら言っておいてくれないかい」

「「「「えっ!?」」」」

 昼食に場末の酒場の火ネズミの吐息で新作メニューの試食会を行い、自分は下宿先の夕食はそれほど食べる気も無かったが、席についている。すると、ポッシュの分の夕食がテーブルに用意にされていないことに気が付いたマーディンが、寮母に問いかけて全員が状況を知る。
 どうやら昨日から下宿先にポッシュの姿が無かったようで、朝もポッシュの分も作ったけどと言われ、逆に50を過ぎたような年齢の寮母に食べる食べないを事前に言っておけと注意されてしまう。
 それを聞いて全員が驚きの声を挙げるが、たまたま彼が行く先を言わずにどこかに出かけて外泊を無断でするとかはあり得るのだろうか。これまで、訓練のために同じ下宿生活を続けてきたが、深淵祭以前の彼の生活には詳しくないため分からない。

「あいつは、午後の魔法師学校の必修の授業でも見なかったぞ」

「誰かポッシュがどこかに泊まるとか聞いたか?」

「俺は聞いていない」「自分もだ」「おいらも聞いてません」

「これは…まずくないか…」

「おい、どうしたんだい!?」

「ごめん、寮母さん。夕食を食べている場合じゃない!!」

「ポッシュの奴がいなくなってる」

 それぞれが、慌てた様子で夕食を中断して急いで部屋に荷物を取りに戻って行く。いつからだ、いつからポッシュはいなくなっていたのだろうか。確実に存在を確認していたのは、昨日の夕食は火ネズミの吐息で共に食べ、その後もこの下宿先に全員で一緒に戻って来たはずだ。

「おっちゃん、どうしたらいい?」

「マーディンとスタインとビビは、彼の実家の商家を訪れてポッシュがいるかどうか聞いてみてくれ。もし、実家にもいない場合は、商業ギルドの受付でこの手紙を職員に渡してから魔法師ギルドで落ち合おう」

「おっちゃんは魔法師ギルドでどうすんだ?」

「私は先に魔法師ギルドに行って、ゲンガンさんと知り合いの魔法師に協力してもらえないか頼んでみる。問題が無ければ、手分けして動こう」

「「「了解」」」

「ポッシュがいなくったし失踪事件が続いているから、くれぐれも気を付けてくれよ」

 行動を話し合って下宿先の前でそれぞれ分かれて、巡回馬車を探すが不安である。ポッシュのことは急がないといけないし、マーディンたちもこちらでは成人を迎えているが学生には危険があるかもしれない。
 実は自分たちが騒いでいるだけで本当はなんでもない、ただのポッシュの無断外泊であったらいいが、解決しない連続失踪事件が続いている王都では夕方でも冬の夜が早い状況は心にざわつきを感じている。




「本当かよ兄さん、ワシでよけりゃ協力するぜ」

「…………」

 魔法師ギルドでは人命がかかっていて急いでいることを伝えても散々待たされてから、本部ギルド長のいる部屋に案内された。だが、本来ならば自分のような低位の魔法師が約束無しで会おうとするのが問題なのかもしれない。まだ実験の途中でそれに協力していたゲンガンは、助けてくれると快諾するが本部ギルド長は黙ったままだ。

「本部ギルド長、どうすれば協力してくれますか?」

「以前の約束はまだ果たされていないが、さらにこちらに何かを求めるのは虫が良すぎやしないか?」

 言われた通りでぐうの音も出ないが、人の命がかかっているのだから頭をいくら下げようが靴を舐めようが、平気でするつもりはあるのだ。だが、つい協力してくれそうにない態度に、これまで思っていたことを言ってしまう。

「そもそも、本部ギルド長か支部長たちのような幹部の魔法師が動いたら、失踪事件もとっくに解決していて、ポッシュはいなくなることは無かったですよね?」

「それは正しい」

「…ならなぜ…」

「解決が出来るということは、解決をしないことも選択出来るということだ」

 神のような魔法師に向かって、存在そのものの圧力に屈してしまいそうになるが、それでもここは異世界でもノブレスオブリージュのように、力がある者がそれを正しく行使すべきだと思ってしまう。
 断固として解決に動く気のない即身仏のような外見の老人に向かって、さらに条件を積もうかと考えていると部屋の窓から、鳥型の魔道具が入って来るのが見える。

『私です。ダンジョンの封印が解除されたため、学生たちと一緒に注意してください』

「ダンジョン…だと」

 鳥型の魔道具は込められた伝言を再生すると、また持ち主の下に飛んで戻って行くのが見える。声の主から、マーディンたちに手紙を届けてもらうように頼んだ商業ギルドのタヤスの声だが、この伝言の意味は何を言っているのだろうか。一緒に聞いていたゲンガンも驚いているが、王都にはダンジョンなんて存在し無いのに…



「誰が王都にダンジョンが無いと言った」

「「…えっ」」

 目の前の本部ギルド長に言われても、頭が追い付かずに理解が出来ていない。王都にダンジョンが無いのは、子どもでも知っているようなことだし、本当に存在するとしても聞いたことが無い。
 それでも、本部ギルド長と伝言が正しいのならば、ダンジョンが存在してその封印の解除が、ポッシュが関わっていると思われる失踪事件に関係しているのだろうか。


「話の最中に失礼する」

「おやおや、これはこれは」

「此度の訪問は魔法師ギルドに登録する魔法師ではなく、マグス王国第4王子の立場として王都魔法師ギルド本部長に代々伝わる契約の履行を求めに参った」

 ノックも聞こえずに入出して来た第4王子は、挨拶も省いて本部ギルド長に話し掛けている。今日の余裕の無さは、自分とゲンガンといった下々にも気を配る余裕の無さから事態の深刻さが窺える。

「そこの彼らにも説明していたが、出来ることとはそれを行わないことも選択可能なのだよ」

「あなたは代々の王族と、王都の地下にあるダンジョンの封印維持とその封印が解除された時に再封印を行う契約を結んできたはずだ!!可及的速やかにダンジョンの再封印を行ってもらいたい!!」

「…それで?」

「あなたなら、ダンジョンの封印が解除される事態を事前に防げたはずだし、今回の行いは我々との契約不履行だ!!」

「最近は呆けて来た老人の記憶が確かならば、封印が解除されるのを止めることは契約の文言には無く、再封印の時期も特には決められていない。だから、6000年以上王都の住人の負の感情を吸って来た、これまで強制的にダンジョンの波も起こさせなかったダンジョンの封印が解除されても契約上問題無く、いつ再封印するかはこちらの自由となっている」

「…もういい、こちらで対応させてもらう!!」

 カカカカカカと笑う本部ギルド長は、この怪物魔法師の説得は無駄だと背を向けて部屋を出て行こうとする第4王子の背中に、王都が更地にならないことを祈っていると最後に言葉を投げかける。緊急事態だとしても、王族として礼を尽くす相手にはしっかりした方がいいと思うが、そもそも魔法師ギルドの職員はこちらは散々待たせたのに王族ならばすぐ通したのかと嫌な気分になってしまう。

「それで、キミたちはどうする?協力をするための契約を結んでもいいが、どうしたい?」

「…私たちも自力で対応したいと思います」

 神のような悪魔のような目の前の魔法師に、堂々と契約の穴を突いたような態度を見せられて、自分たちがお願いする弱い立場で契約を結ぼうなどとはとても思えない。
 第4王子に倣ってこちらも本部ギルド長の協力を求めるのは諦めて、研究の途中ですが失礼します、とゲンガンと部屋を辞そうとすると楽しんで来たまえと言葉を掛けられる。彼にとっては、この事態も何らかの魔法の実験だったり、研究に役立てるために放置したようなことなのだろうか。


 魔法師ギルドを出ると、マーディンとスタインとビビたちは待っていてくれたが、彼らと一緒に来てくれたであろう、姿を隠した人物に声を掛ける。

「色々と知っているんですよね?出て来て協力して欲しい」

「はい」

 マーディンとは違って寝癖の無い黒髪に、薄く細めた目が眼鏡越しに分かる彼は、ゴールドランクのゲンガンに居場所を悟らせない隠形は商人ギルト所属とは思えない。

「まずは、タヤスさんが事情を詳しく知ってそうだから知りたいが、ポッシュはどこにいるか終えて欲しい」

「話せば長くなりますが、あなたの方がよく分かっていると思いますよ」

「いいからワシらに教えろっつーんだよ」

 やれやれとあなたとは初めて会った気がしませんね、とゲンガンに向かって言うとタヤスは事情の説明をし始める。最近の王都の連続失踪事件について、王都の商業ギルドでの調査によると、ある地方貴族の魔法師の館にスラム街の住人を数多く運び込んでいる商会があるらしいと分かったようだ。
 倫理的には問題があるが、王都の住民でもない王都に何も利さない人間の生死は魔法師の実験に使用されても法律上は問題にならないらしい。だが、その魔法師の行いが王都内の住民にも及んでいる可能性があると調査をタヤスが行っていたようだ。
 その際、屋敷に人間を運んでいるらしい商会は王都の下水道の清掃業務を行っており、その清掃作業員が行方不明になったという依頼を冒険者ギルドに何回か出していたらしい。冒険者ギルドでは依頼が達成されたと処理されたようだが、シルバーからゴールドランクにかけての冒険者が支払われた依頼金を取りに来る様子も無く、王都から姿を消している。
 タヤスからの話を聞く限り、ダンジョンの封印解除については分からないが、これは怪しいのではと思ってしまう。

「それで、その地方貴族の魔法師は誰なんですか?」

「カルミア=コロニラですが、正確にはカルミア=コロニラと名乗る人物です」

「「「「…えっ」」」」

 マーディンたちと一緒に驚くがそれでも納得してしまう自分がいる。火ネズミの吐息で新メニューを振舞う話をしていたのに、食に関心があるはずのポッシュがそれよりも優先することといったら彼女のことくらいしかないだろうと気付いてしまう。下宿先に帰ってからいなくなったことから、もしかしたら夜に彼女の屋敷を探ろうとしてしまったのだろうか、なんでもっと早く気が付かなかったのかと思う。

「調べてみると西の地方にはコロニアという貴族家がありましたが、カルミアという娘を最後にもう既に血は途絶えています。死んだはずの人間の名を名乗る、本人かそれとも別人かは分かりませんが注意してください」

 ダンジョンは王都の地下にある下水道に通じる場所に封印があり、その近くでよからぬことを行っている人間たちがいて、今封印が解除された事実があると聞かされ、どうしようかと思う。恐らくポッシュの身柄は確保されているだろうが、素直に返してくれるかそれとも既に生きているかも怪しい。

「私は魔法師同士の戦いには役に立てませんが、彼らを送って来た馬車はそのまま準備してあるのでよかったら使ってください」

「「「………」」」

「ああ、助かります」

 未だに受け入れられずにいる3人を放っておいて、タヤスは自分の伝えるべきことは伝えたとこの場を去って行く。そして、最初からかもしくはタイミングを見計らっていたのか、こちらの意を酌んで姿を現している専属受付嬢の彼女にも協力をしてもらえるのか確認をする。

「次に、受付さんに聞きたいが、あなたはどっちの味方なんだ?」

「わたくしは専属受付ではありますが、ギルド職員としては本部ギルド長の直轄ですので…。組織に所属する者としての働きしかできませんわ」

「じゃあ、どういったことなら助けてくれるんですか?」

「魔法師ギルド職員としては、一般的にギルド所属者同士の争いに対しての介入は、基本的には行いません。けれども、契約の不履行に関しては、介入の余地はあるかもしれません」

 契約の不履行への介入にしても、一番上の地位にいる本部ギルド長からして怪しいので、どこまでも彼女に協力を求めるのは期待できない。それに、彼女も本部ギルド長直轄の職員であるなら、今回の件に関しても事前に知っていた可能性も考えられるが、最低限してもらいたい協力だけでも確認したい。

「賭け金の払い戻しについてだけど、今すぐ自分たちに発動体を提供してもらう支払いは可能ですか?」

「生憎すぐに用意出来る発動体はありませんが、代わりになるようなものは用意出来ます」

「それを是非、お願いします」

「そう言われると思いまして、事前に現地に運ぶようにしています」

「ありがとうございます」

 いつものように短命種をからかって遊ぶ彼女の企みかもしれないが、発動体の代わりになるようなものがあるのなら、用意をしてくれるだけでもありがたいと思ってしまう。ポッシュの身柄を取り戻すのに交渉の余地はあるかもしれないが、戦闘になることも考えて待機空間の合金製の箱に預かっていたゲンガンの予備の装備も渡しつつ、あとは現地に向かうだけのため彼らに問う。

「勝手に話を進ませてもらったが、キミたちはどうする?私たちに任せて先に下宿先に戻ってもいいし、実際それが安全で賢いと思う」

「「「………」」」

 どうやらタヤスの調べで怪しいことをしている魔法師だったカルミア嬢の屋敷へ、これからゲンガンと自分たちでポッシュを取り戻しに行こうと考えているが、危険な可能性もあることに彼らを巻き込んでしまうのも申し訳ない。
 悩む彼らに、実はタヤスの話は嘘で貴族の屋敷に忍び込んだポッシュが捕まっているだけで、謝ったら許してもらえて事が済むようだったらと期待してしまっている自分はいる。それは希望的観測に過ぎないし、彼らには危険な目にはあって欲しくない。
 自分自身の命も惜しいが、ポッシュに彼女のことを知れと言ったことが原因とも考えられるし、既に貴族の屋敷を探るという危ないことを行っていた彼を本気で止めようとしなかったことに責任を感じている。可能ならば彼を救いたいと考えているのだ。

「じゃあ、お願いします」

「ま、待ってくれ俺も行くよ」「自分も」「おいらも」

「本当にいいのか、ポッシュはもう死んでいるかもしれないし、キミたちも死ぬかもしれないぞ!!」

「話はよくわかんねーけど、俺自身の目で見たことを信じたい!!」

「彼女の行いが誤っているのなら、自分が説得したい!!」

「おいらも2人と同じ気持ちですが、一緒に深淵祭に参加した仲間のポッシュを助けたいんです!!」

 御者に合図をして出発しようとすると、慌てて馬車に乗り込んでくる3人に問うが、意志は固いようで止められない。今更ながら彼らのいない所でタヤスから情報を聞いた方が良かったのか、ゲンガンと目を合わせるとお互いに何としても彼ら3人は生きて返せるようにしたいと意思を感じ、胸中は一致しているようだ。


「ここいらの土地が目的地の屋敷ですよ」

「正門前に着いたら、あなたと馬車はすぐにこの屋敷から離れてください」

 タヤスの関係者かどうか分からないが、不穏な話を聞いていても顔色を変えずに仕事をしている御者に伝える。どうやら、大きな塀で中が見えないが、ここいらの土地が目的地となるカルミア嬢の住む屋敷らしい。

「お前らいつまで待たせる。遅いぞ!!」

 正門前に着いて馬車を降りて御者と別れると、すぐに魔法師の男たちに声を掛けられる。どうやら、専属受付嬢の言っていた発動体の代わりは彼ららしい。以前会った時よりは、質の落ちた服装に発動体も持っていない10人の太った男達が立っている。

「お前の専属受付から言われて、お前らに協力したら賭け金の担保にした発動体も返してくれるらしくてな」

 お前らのせいで父上たちは王都の官吏の仕事を失ったと文句を言われるが、それはムドたち自身が勝てると思って賭けに金をつぎ込んだのが悪いと思う。お前たちになんか協力したくないが、正式なギルドからの協力として借金を返すために仕方が無いと言っている10人の男たちを見ながら思う。

「キミたちは、ここに何をしに来たか知っているのか?」

「ポッシュがカルミア嬢に失礼なことをして、それを謝りに来たのだろう」

 お前らだけがカルミア嬢の屋敷を訪れるなんて、うらやま失礼なことは認められんと言う姿に思う。これから死地になるかもしれない場所に、何も知らされずに発動体代わりに送り込まれた不幸な彼らに同情をする。ゲンガンは彼らの命も優先するかもしれないが、発動体を持っていない彼らを発動体代わりに送り込む専属受付嬢は、ムドたちを使い潰せというメッセージなのかと疑ってしまう。
 それにしても、彼らの賭け金の担保となった発動を貸してくれよと思う。

「「「「「…………」」」」」

「さあ、行くぞ!!」

 事情を知っている5人は何とも言えないが、何も知らないムドは急に仕切り出して先頭を歩き始める。カルミア嬢の屋敷の周囲の様子が正門の門扉の隙間から見えるが、ここがあの女の屋敷ねと思いながら、敷地面積だけで小学校のグラウンドくらいありそうな庭に、屋敷の建物も小学校の校舎くらいはありそうだと、小学生並みの感想が浮かんでくる。
 そんなことを考えていたが、ここまで来ると急に怒りの感情も湧いて来るのを感じる。それは、マーディン、スタイン、ポッシュ、ビビの4人は、若い女性たちに囲まれた男1人だけのハーレムな寮で東大受験のような困難を達成するのを目指していたのではない。発動体が無いハンデのある状態で、実践の場で格上の魔法師に勝つという最高難度のことに、男だけのむさっくるしい下宿先で過ごして挑戦してやり遂げたのだ。
 そんな彼らの純粋な恋心を踏みにじって、サクラチルミライコイユメな現実を叩きつけようものなら、こちらも相棒である自身の右手を犠牲にしてでも多重圧縮熱魔法を叩きつけてやると決心する。
 若い男たちの純情を弄ぶ悪女は、ゆ゛る゛さ゛ん゛!!
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