異世界で無職は不労所得の夢を叶えるのか

山田山次郎太郎

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第41話 とある失踪者たちの話

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 深淵祭の3カ月前、ある冒険者崩れの貧困層の住人が5人の仲間と一緒に王都の下水道を訪れていた。人間の足で移動するには不便な広さの王都であるため、その地下に広がる下水道もかなりの広さと複雑に入り組んでおり、誰もその全容は把握出来てはいなかった。
 今回、彼らは下水道内で行方不明になっているという清掃作業員や雨露と寒さを凌ぐために暮らしていた浮浪者が前触れもなくいなくなったという調査の依頼が冒険者ギルドから張り出されており、日銭を稼ぐ目的で訪れていた。
 本来ならば自分は、元は地方の冒険者ギルドでシルバーランクになって、王都で武術を学んだりゴールドランク以上の実力を知ってそこを目指したいとやって来たが、王都に来てみると現実を知ることになったのだ。上には上がいるし、自分たちがその領域を目指しても決して辿り着けない領域にあることを理解すると、あれだけプラチナランク以上の冒険者を目指していた燃えるような気持ちが冷めてしまい、冒険者ギルドや商業ギルドで常設されている日雇いの仕事でその日暮らしをするようになってしまった。

「こりゃ、くっせーな」

 自分たちはこの街では貧困層だとしても、王都内で仕事をして金を稼いでいるが、仕事も出来なくなった奴らは王都を追い出されて魔物から身を守る術がない者たちで固まって、スラムを作っている。そんなスラム落ちした奴らが、王都に忍び込んで下水道に住み込んだのは知らないが、いい迷惑だと思う。
 下水道の作業員も、この糞尿をはじめとした汚物や腐った食べ物の臭いが充満する環境が嫌になって、黙って逃げ出したに違いないと感じる。これは水浴びしても、服と体から臭いが落ちる気がしないし、口元を布で覆っているが自分自身の鼻毛にまで臭いが染みついてんじゃねーかと錯覚してしまう。

「これなら、お貴族様の兵士団や騎士団は動きゃしないだろうよ」

「王都の名誉冒険者様たちもな」

 隣を歩く髪の毛も歯も全部抜け落ちた、カメという通り名の男と話しながら歩く。たしかにこの臭いじゃ、まともな神経をしている奴らじゃ金貨をいくら積まれても逃げ出すし、王都の冒険者ギルドに所属する大半の名誉冒険者たちのする仕事じゃないだろうな。
 自分も王都に来るまでは知らなかったが、王都の冒険者は各地でゴールド以上になって引退を考えたり、王都が求める最高戦力のプラチナランク以上の冒険者が所属するようになっている。そのため、地方の冒険者ギルドにもあるような配達等の低ランク向けの仕事は、王都の生まれで冒険者ギルドに登録する駆け出し向けの者となっているため、いつまでもシルバーでくすぶっている負け犬がそんな仕事をするのはギルドの職員もよく思わない。
 常設されている依頼でも自分のような学の無い体を使うことしか出来ない人間は、年々衰えていく体を抱えながらもそういった仕事しか出来ずに、これまでやって来た。
 結局、駆け出しも嫌がるようなこんな仕事を、王都ではまともな宿にも泊まれないだろう銀貨数枚の報酬で請け負うのは、スラムにギリギリ落ちていない王都内の貧困街にしがみつく自分たちみたいな者だけだろう。

「清掃を請け負っている商会から地図をもらっているが、これはあってんのか?」

「地図なんか下水道の中じゃ方角も分かんねーのに、読めねーし役に立たんぞ」

「行方不明の清掃員も逃げてなけりゃ、道に迷ってそのまま餓死したんだろうよ」

 それぞれが松明を持って、時折地図を照らして確認するが自分たちの現在位置はよく分かっていない。目印になるような物は周囲に見当たらないし、馬車が何台も通れるような王都の大通りのような広さの通路に、天井も見上げるような高さになっている。
 自分たちは貧困街でもそれなりの危険と隣合わせに生きて来たし、それぞれが地図に頼らなくても道順を覚えていたり脱出するための手段を用意しているだろう。今は調査の任務のため、冒険者でいうパーティのように集団として協力し合っているが、自分たちの本質は他人を見捨ててでも自分だけ生き残ろうとする性根の汚さだ。

「王都の東側から下水道に入ったはずだが、スライムどころか噂のデカいネズミすら見掛けねぇーじゃねーか」

「手がかりも見つからないし、下水道も広すぎるから2人ずつに分かれて調査するか?」

 下水道内には行方不明になった清掃作業員と浮浪者の痕跡どころか、王都の下水道に生息してその汚水やらを食事にしているらしいスライムと、猫くらいの大きさはあるらしいドブネズミがいると噂に聞いたことがあるがそいつらの気配もない。

「他の方角からも何組か同時に調査しているらしいが、早く終わらせたいから分担するのには賛成だ」

「こんな広い場所の清掃なら前金払わないと集まらないだろうが、前金をもらったら仕事しないで逃げたんじゃねーか?」

「それで俺らの調査の仕事は完全に後払いになってんのかもな」

 ちょうど3方向に分かれた道に差し掛かり、自分とカメは中央の道を選んで、他の4人と別れて進んで行く。この劣悪な臭いと、今は見ないが人を襲うスライムとドブネズミがいる環境じゃ、王都の外に住むスラムの住人ですら前金がないと清掃業務なんて人が集まらないというのは納得出来てしまう。

「それにしても、王都にはお偉い魔法師たちが多くいるんだから、汚物や下水道の清掃の問題くらい解決出来ると思うがな」

「神話の魔法師様なんかは飲食も必要ないしひり出すこともしないらしいから、短命種の人間たちが出した物は自分で綺麗にしろと思っているのかもな」

 そりゃそうだなと思いながら歩いていると、下水道内の壁を反響するように人間の叫ぶような声が聞こえて来る。別れた途端にやって来るとは、いつかの仕返しかと思う。今回集まった人間は、王都の貧困街でお互いに顔を知っているしよく知った仲だ。こういった仕事で顔を合わせればからかい合ったり、いたずらをすることも珍しくは無い。

「両方にいる奴らに背中から大きな声をかけて驚かしたこともあるが、こんな状況で仕返しして来るのはむかつく野郎どもだ」

「…………」

「あんたもかよ!!」

 さっきまで隣を歩いていて会話をしていたカメが返事を返さず、自分の隣を歩いていない。こちらを1人だけ歩かせて後ろから驚かすつもりだろう、とお前もいたずらを仕掛けて来たのかと後ろを振り返るが誰もいない。

「…嘘だろ」

 下水道内の広い通路内に、立ち止まると途端に今まで聞こえていた自分の足音が無くなり、下水の水が流れる音以外は耳が痛いような静寂を感じる。スライムやドブネズミしか出ない下水道で、あいつらも冒険者崩れではあるがそれらにやられるとは思えない。もしかして、こんな劣悪な環境でも賊が根城にしているということも、あるのだろうか。
 このまま調査を続けるのか、可能性の高いあいつらのいたずらを暴いてやるのか、それとも異常事態が起こったとして自分だけでも下水道から脱出するのか。どうするか…


「…お前ら、いい加減にしろよ!!」

 後ろから聞こえて来る足音に、下水の水に靴を浸したような湿った足音を複数人分響かせる音に向かって怒鳴る。こんな悪臭の元に靴を付けてまで、こっちを驚かせようとするのは趣味が悪いし、カメだけじゃない他の方向に分かれたはずの人数分まで聞こえて来る足音に、最初から調査を分担する話から自分を嵌めやがったんだなと頭に来る。

「お前ら、1人ずつ酒を奢るだけじゃ許さねーからな!!いいよ、来いよ。全員を殴ってやるからよ!!」

 威嚇するように手に持っている松明を振り回して、こちらを目指して近づいて来る複数の足音に向かって言ってやる。いよいよ松明の明かりじゃ薄暗くとも、あいつら全員が判別できる距離に近づいて来る。殴られると知りながらいい度胸だな。



「…お前ら、…うぅわああああああああああああああああ!!!」



 その日、下水道の清掃業務を行っている商会は、冒険者ギルドに対して行方不明になった清掃作業員も見つかり、ギルドを通さずに調査に参加した冒険者たちに報酬を渡してその場で解散をしたと報告した。日々の王都の冒険者ギルドの業務も忙しく、職員も冒険者崩れの貧困街の住民に積極的に関わりたくはないと思い、その依頼のことは忘れてしまった。





 王都で行われる深淵祭の実践の場の第1試合が終わってから、他の試合を見ないで俺たちは王都の下水道内を歩いている。パーティを組んでいた魔法師の奴は絶対に勝てる賭けだと言い、壁役のカルロスと攻撃役のジョン、そしてもう1人の攻撃役である俺オルガは大金を賭けてしまったが、見事に負けてしまったのだ。
 適当なことを言った魔法師の奴は顔を殴ってやったが、元々出身地のギルドからの付き合いがある俺たち前衛3人衆は、半ば喧嘩別れのようにパーティと所属していた団を抜けることになってしまったのだ。俺たちは、王都に本拠を置く栄光の戦士団の下部組織に所属し、困難依頼内容ごとにパーティを団から斡旋されてメンバーを変えて依頼を達成させて来たが、将来はプラチナランクも確実と言われていたのがまるで嘘のように思えてしまう。

「やっぱ帰ろうぜ」

「たしかに臭いのが、な」

「うるせー。こんな依頼でもこなさないと、今日の宿にも泊まれねーぞ」

 いけ好かない魔法師の奴は俺らよりも栄光の戦士団においては地位が高く、そいつを殴った今回のことが問題になって団を追放されることになり、金の無さから冒険者ギルドに張り出されたシルバーランク以上の依頼に飛びついたのだ。他に今日まとまった金が手に入る方法を知ってんのかよ、とカルロスとジョンを説得して前を進む。

「前衛3人だけは不味いと思うぞ」

「それに酒が入っているし、な」

「俺らはゴールドランクだぞ。スライムやドブネズミ、そこらの賊にだって酒に酔ってようが負けるわけがねーだろ」

 それに加えて、プラチナランクも約束されていたような冒険者が、ただの悪臭だけの下水道調査の依頼も達成出来なかったと冒険者ギルドに戻って恥をかくのかよ。この依頼が終わったらゆっくりと代わりの魔法師を探して、またプラチナランクを目指したらいいだけの話だ。
 王都にはとんでもない数の人間が生活しているし、魔法師だって他にいくらでも代わりが見つかるだろうと考えている。こんな依頼はただ歩く距離が長いだけで、気が付いたら簡単に終わっているような類だ。

「行方不明になった清掃作業員の痕跡なんて、俺らが斥候役じゃなくても見つけられるだろ?」

「それはそうだ、な」

「でも、もしかしたら王都内の失踪事件との関連もあるかもしれないぞ?」

 壁役のカルロスが俺たちには手に負えないかもしれないと言うが、逆にそれはチャンスなのではないかと考えてしまう。俺たちは栄光の戦士団を追い出されたが、引退したような現役でもないジジイ連中に先輩冒険者だと偉そうにされていたのは、ずっと前から気に食わなかった。それに俺たちが地方出身だとしても、王都でお貴族様に礼儀正しく尻尾を振ってご機嫌を窺うような生活は合っていなかったのだ。

「じゃあ、この調査で失踪事件も解決したら俺たちもプラチナランクは間違いないし、それで俺たちのやりやすい団を立ち上げたらいいじゃねーか」

「それが出来たら、な」

「まずはこの任務を成功させてからパーティメンバーを募集して、プラチナランクになってからの話だと思うぞ」

 どうにも行動力はある俺と慎重なカルロスに、適当にバランスを取るジョンと俺たち前衛3人衆はこれまでも上手くやってこれたし、これからも上手くやって行くのだ。俺たちはこんな所で止まっている冒険者じゃねーぞ。

「風の流れる音がする、な」

「地図が正しければそんなに進んではいないけど、どうする?」

「この先は、地図からしたら道が3方向に分かれる地点だから、どの道に進むにしろ少し休むぞ」

 調査を終えるまでの間にこの先どこまで歩くか分からないが、下水道の通路の地面に座りたいとは思わないため、立ったまま短時間の小休憩をする予定だ。元々ダンジョン探索や街から街へ移動するような長期の依頼ではなかったので、武器以外は最低限の荷物しか持って来ていないし、この悪臭のする場所で食事を摂りたいとも思わない。

「死体が腐ったような臭いがする、な」

「ああ、それは俺も思っていたが、行方不明になった清掃作業員が迷って出られずに餓死したか、スライムかドブネズミや賊にやられたのかもな。それにしてもこの悪臭は、神に近いような魔法師が王都にいるのにどうにもならんのか?」

「実は王都の地下、つまり下水道には大掛かりな魔法がかけてあって、下手にいじれないと聞いたことがあるぞ」

 壁役のカルロスは魔法師としての素養が無かったが、魔法への憧れと興味は強かったのか、魔法師関連の話をどこからか仕入れて伝えて来る。それに、王都には実はダンジョンがあって各地の魔法師ギルドの支部長が対応するように、本部ギルド長も王都にいるのはそのためだと話すが、王都にダンジョンは無いだろうと話しを遮って言ってしまう。
 俺も炎を放つような魔剣であったりには憧れたことがあるので強くは言えないが、王都にダンジョンがあったら先輩冒険者たちが散々探索して俺たちにも開放されているだろうし、子どもでも王都にはダンジョンが無いのを知っているのに何を馬鹿なと思ってしまう。
 そんなことを話し合っていると、ふいに中央の道の方から下水から通路に何かが上がったような、水音が滴るような音が聞こえて来る。

「何か音がする、な」

「斥候役はいないから、壁役のカルロスの出番だろ」

「俺が行くのか?」

「前の前の賭けで負けた分の支払いがまだだし、何かあってもお前が一番この中で防御力があるだろう。見て来いよ、カルロス」

「賛成だから2対1だ、な」

「…分かったよ、その代わり俺を置いて2人で先に帰るとかすんじゃねーぞ」

 嫌々音のする中央の道に進み始めるカルロスの背中を見ながら思う。ようやくスライムかドブネズミが出たと思うが、わざわざそんな奴らで武器を汚したいとは誰も思いたくないだろう。だが、カルロスだけをこの先ずっと斥候役にするのも不満が出るし、交代でするのも3人しかいないからすぐに順番が回って来そうで嫌な気もする。
 なかなか帰って来ないカルロスを待ちながら、ふいに湿った足音が聞こえて来るのが気になってしまう。響く足音で分かる歩き方の癖からカルロスと思うが、逆にあいつの方からこちらを驚かせようとしたり嫌がらせをしてきたのかと考えてしまう。

「遅かった、な」

「待たせ過ぎだぞ、カルロス」

「………」



 その日、行方不明になった作業員を探す下水道の調査を依頼した商会の職員は、冒険者ギルドに依頼達成の振り込みを行いに来ていた。依頼を受けたゴールドランクの3人は下水道に潜ったからか、その日のうちに達成報酬を受け取りには来ていなかった。その翌日も姿が見えなかったが、ゴールドランクなんて王都の冒険者ギルドには数多くいるし、彼らは所属していた栄光の戦士団を追放されたとも既に多くの人に知られていた。プラチナランク以上のランクが確実とされるような将来有望な冒険者でも無いため、依頼の手続きをしたギルド職員も彼らのことと依頼内容を気にすることなく忘れてしまった。







「最近はまた数が増えたよな」

「余計な口を聞かずに黙って運べよ」

 とある屋敷に住む魔法師の下に、とある商会の馬車が荷物を運んでいる。商会の職員たちは慣れたものだが、大きな馬車の荷台の中には届ける予定の人が入れそうな程の大きさの木箱が満載となっている。
 王都の中心から少し離れた場所にある屋敷まで馬車が向かうと、誰も応対する人がいないのに大きな門扉が独りでに開いて馬車を迎え入れる。職員たちは既知なのもあるが魔法師のすることだからと驚くことも無く、正面玄関の近くまで馬車を移動させると木箱を順番に玄関前に積み上げて置いていく。

「魔法の研究のためだとしても、人間扱いされていないとしても、スラムの住人相手によくやるよ」

「余計な口を聞くなと言っているだろう!!前任者のように成りたいのか!!」

「…………」

 どうやら、この屋敷に住む魔法師の研究のために運ばれた物のことをぼやいた男に対して、もう1人の男が声を潜めながらも器用に怒鳴るように注意している。それ以降は黙々と作業を行って、全ての荷を玄関前に置く作業を終えるとその場から逃げるように馬車は引き返していき、再度門扉は自動に見える開閉を繰り返した。

 その様子を、馬車が止まった際に荷物が運び出される前に荷台から降りて、玄関近くの物陰から隠れて見ていた。
 好きな人の全てを知りたいと思うのは罪なのだろうか、他の誰かに何を言われようが止められないこの衝動はどうしたらいいのだろうか。今日も犯してしまう過ちを後悔するが、後悔程度で止められはしない。ああ、どうか許して欲しい。

「…こ、これは」

 緊張に震える手を動かして木箱を開けると、汚れた髪と肌に着ている服も貧しいことから、先程の男が言っていたように王都の外に住んでいるスラムの住人と思われる女性が、目隠しと猿轡をされて中に入れられていた。
 気が付くとその彼女は、見る間にしぼんでいき、体の肉は見る影もなく皮膚すら砂のように崩れ落ちてただの骨になってしまう。ああ、どうか許して欲しい。ぼくは何も見ていないし、何も知らない。



「…
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