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第25話 体力上昇、アメとにわか雨

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 その後の戦場は自身の活躍で骨の騎乗兵の突撃を防いだこともあって、前線に生まれていた急所を何とか埋める事が出来ている。少数の突撃に参加していなかった骨の騎乗兵も罠を気にしてか、遠巻きに足を止めて動けずにいる。段々と、ダンジョンの入り口から現れるゴブリン精鋭部隊の前衛は数が少なくなって来ているが、魔物部隊の特殊な兵種の部隊が姿を現して来た。
 代表的なのは、人間の魔法師のように発動体であろう杖を持ったゴブリンの魔法師部隊、ガルや大型の爬虫類に乗った騎乗部隊、弓や投石武器で離れた距離から攻撃する遠距離部隊、そして攻撃する瞬間に多数で現れて一斉に死角から攻撃する暗殺者のような部隊が見える。
 そこに加わる増援が見えてくる。たしかにゴブリンの前衛部隊は減って来ているが、骨の騎士団も騎乗兵だけではなく、粗末な武器と防具だけれども骨の兵士と呼ぶべき部隊が現れる。
 おまけに骨の騎士団にも遠距離攻撃専門の部隊と、杖を持った魔法師部隊が見えており、いよいよ総力戦の様相を呈してきた。この戦局で自身にまだ出来ることはあるのか…



「こちら配達屋。これから、ゴブリンの視界を奪います!!」

 何か商売をして金を稼ぎたいとは思っていたが、冒険者のつもりも配達屋とか、ましてや菓子屋でもないと思っていたが、変な通り名がついたと思う。頭の片隅にそんなことを考えながらも、前線に向けて声を張り上げるが、全員に伝わってはいないだろう。
 それでもこれは宣言であり、自分もこの戦いに参加しているという誓いでもある。すっかり軍隊同士のような戦場の空気に中てられていた。魔物と戦いのことを知らない素人だからと受け身になって控えていたが、もっと出来ることはあったはずだ。
 まずは、前線の突出した兵士を狙って複数でいきなり出現したかのように攻撃するゴブリンの暗殺部隊を目標に、その頭を覆うように合金製の箱を転送する。狙われた兵士も、急に現れたゴブリンが次の瞬間に視界を奪われているのに驚くが、ゴブリンからの攻撃を防具を上手く使用してなんとか致命傷を防ぎ、逆に攻撃を加えている。
 そのゴブリンたちもさるもので、視界を奪われながらもそのまま直前に思い描いた通りに、武器を振るって攻撃をしかけるが、一瞬の間とどうしても迷いが宿った一撃は目の前の兵士に届かず、周囲の兵士たちも加勢して隙を突かれている。

 おそらくは、より上級の戦士たちなら視界を奪うという小手先の技なんて通用しないだろうが、この相手には通用している。同じように、魔法の行使に集中しているゴブリンの魔法師には空の壺を頭に被せて集中を乱している。弓を使う者も視界を奪うか弓の先に壺を出して攻撃の邪魔をしかけている。
 さらに、ガルと大型の爬虫類に乗っている騎乗兵は、視界を奪われてもバランスを崩すことなく、手綱と鞍で体を支えて頭を覆うものを取り払うが、その隙を冒険者のパーティたちや、兵士団の遠距離攻撃部隊が付いてくれる。

「くそっ!!もっと早く気付いていれば…」

 周囲の兵士団の部隊たちは良くやってくれていると言うが、骨の騎乗兵の時ではなく戦いの初めからこれが出来ていたら、もっとこちらの被害が少なく済んだだろうし、ゴブリンを優勢に倒して骨の騎士団に割ける戦力も余裕があったはずだ。転送と逆転送を試したのはつい最近だから仕方がないとも思う。しかし、開戦当初には頼もしかった大楯持ちの奴隷部隊が数えるほどに減っているのを見ると、そんな言い訳は許されないとも思ってしまう。

「くそくそくそくそ」

 魔物に対しても思っているが、何よりも自身への悪態が止まらないがそれでも転送の手を止めずに行っている。戦場全体を睨むように見ながら、転送が必要な戦闘区域に集中すると視野が狭くなり、次々と視線を動かして転送を行っている。それと同時に、必要としなくなった空の壺と合金製の箱も逆転送で回収を素早く行う。

「左側のゴブリン魔法師を始末した。回収しても構わんぞ」

「右側の弓兵部隊も残り2匹だ…。よし、回収可能だ」

 周囲にいる兵士団の魔法師と弓兵が戦況を伝えてくれているが、自身の処理出来る限界を超えている。次の転送場所へ視界を動かしているため、逆転送で回収する場所を見る余裕がない。回収する物の魔力を感知しながら待機空間に複数の物を逆転送し、それと同時進行で転送先に複数の物を出現させている。

「ぐっ」

 破損した壺と箱は戦場の邪魔になるから逆転送で回収して魔力に還元し、ストックが減った分も新たに交換魔法で作り出している。そうしていると、とっくに限界を迎えていたと思っていたが、左の鼻の穴からたらりと流れるものを感じ、やっぱり負荷が来たなと思う。
 しかし、右の鼻の穴からは血が流れて来ない。この短い間でも自身がマルチタスクに慣れて負荷が軽減出来たとか、そんな都合の良い人間としての能力の成長は今も昔も出来ていないはずだ。おそらく負荷が軽減して、こんなことを考える余裕が出来て来るのも、自身のステータスの体力が200を超えて、250も今まさに超えようとしているからだ。
 それは、骨の騎乗兵の突撃を防いだ際に、軽い体でも勢いと衝撃の強さに、骨の体は脆いのか全滅とは言えないが、突撃中の転倒に巻き込まれた骨の騎乗兵の大半を倒した結果として、自身の体力が一気に増えたのだ。
 
 思い返せば、昨日のダンジョンで初めてゴブリンと戦ったが、ゲンガンが行って自身は止めを刺していないのに体力の数値が増えたのだ。そして、今日の戦闘が始まってから、自身は直接的な戦いと援護にも参加出来ていなかったが、徐々に体力の数値が上昇していたのである。
 もしかしたら、RPG風で例えるならサブダンジョンのコアを破壊してダンジョンの脅威から街を守るというクエストに、各パーティが参加しているレイドクエストと捉えられる可能性があるがどうだろう。
 そうすると、戦闘場所から一定の距離にいても経験値のようなものを得て体力が上昇するということが考えられるが、もう1つ魔法師部隊の人たちが自身の用意した魔力回復薬代わりの食べ物を口にし、彼らが魔物と戦っていることも自身が戦いに関与していることに含まれているのかもしれない。
 そう考えるならば、現在進行形で直接戦いに関与してはないがゴブリンの視界を奪って戦いの補助をしていることで、アメ・チョコレート・カツを提供している時よりも体力の上昇スピードが速いことに納得出来てしまう。自身のスキルと魔力行使の技術は何も向上していないが、なんとかなりそうだ。攻略法を調べなくてもレベルを上げて、ゴリ押す作戦で負荷を無視できる。

「体力を上げて、負荷を軽減すればいい」

 そうして戦いの趨勢は着いたように感じながらも、ゴブリンと違って元々目が無いため視界を塞ぐ効果のない骨の騎士団は健在で、敵の指揮官的なまとめ役の魔物も倒せていない。だが、こちらの魔法師部隊は交代を取りながら、絶え間なく戦場に魔法を放ち、戦場で負った多少の傷ならば回復役魔法師の手で完治次第戦場に復帰できる。
 それは、相手は魔力の回復に限りがあるが、こちらは差し押さえられながらも日頃の夜の暇時間にコツコツとへそくりで作って貯めていた品を解放したのだ。解放した全ての品をタタールの街の商会に転送したならば、数年単位の差し押さえが2年弱になる程の生産を暇つぶしに行っていたのだ。日本で培った奴隷根性と何かあった時のために余裕が欲しいと考える、心配性を舐めるなと言いたい。
 

「あれは…ゴブリンの王か?それと骨の騎士も姿を現したぞ!!」

「…あいつは王冠を被ってないからゴブリンの王子だろ」

 いよいよ戦力が減って来て、痺れを切らしたのだろう。指揮官と大将とも言える、ワイバーンにも体躯の劣っていない魔物が2体現れる。特にゴブリンの王子は、大柄なゴブリンの精鋭部隊の何匹分と言っていいのか分からない巨躯をした姿に、もうゴブリンではなくオークとかトロールじゃないかと思ってしまう。

「ゴブリンの王が王子の振りをしているのは考えられぬか?」

「王の象徴を偽ってまで王子の振りをするなど、集落の中での地位を失う危険性があることはしませんよー。あれは正真正銘の王子です」

「ダンジョンの波は終わりが近い」

 魔法師部隊の1人の質問に返答しながら、いつの間にか戦場の後方に現れていた、ビキン魔法師ギルドの受付と支部長がそこにいた。体格の差から大学生のお姉さんと高校生くらいの妹という様子だが、魔力の質で場を支配する勢いは決して可愛らしいものではない。
 その変化から、指揮官の魔物と骨の兵士たちも場を支配する魔力を感じ取ったのか、骨の兵士たちからは骨同士が擦れる乾いた音が鳴り響いて、誰もが支部長から目を離せなくなっている。そんな一瞬戦場の空気が止まったような感覚の後、魔法が発現する。


「精霊の友、我が名ビキの名の下に命ずる。…雨よ降れ」

 翠髪の魔法師である支部長が右手を天に伸ばしながら告げる。その直後、晴れ渡っていた天気の中、ダンジョンの入り口周囲の範囲の上空に突如雲が生まれ、集中豪雨と呼ぶべき勢いの強い雨が降り注ぐ。
 その様子に、魔法師以外は雨が降り出したとしか感じないが、地面は濡れる様子が全く見られない。少しでも魔法師の素養がある者なら気付いてしまう。上空の雲は支部長の魔力の膜が形を模したもので、降り注ぐ雨に見立てた魔力は兵士と冒険者には一切当たらず、魔物だけを外すことなく降り注いでいる。

「骨の兵士とゴブリンの精鋭部隊が消えた…」

 数秒の間隔にしか感じなかったが、確かに魔力の雨は降り注ぎ、気が付いたら戦闘を行っていたはずの骨の兵士とゴブリンの精鋭部隊が消えていた。そちらも雨の対象だったのか、地面に転がっていた魔物の死体も消えて無くなっており、戦闘地帯に空白が出来ていた。

「行くぞ!!」

 その空白地帯に、指揮官のゴブリンの王子と骨の騎士は立っており、ゴールドランクのパーティを中心に冒険者たちは隙を窺っていたのだろう、冒険者の声をきっかけに雨上がりの抜群のタイミングで攻撃をしかけている。



「流石支部長、ダンジョンに影響を与えない範囲での魔力行使がすごいです。威力を極限まで絞った精確重視の魔法は皆さんも勉強になりますよー」

「菓子屋の菓子を参考にした。アメと雨」

 適当そうなその場での思いつきみたいな魔法行使を知って、兵士団の魔法師部隊と冒険者の魔法師たちは、心中で参考になるはずが無いだろうと思っているのが伝わって来る。何となくみんなの心に、支部長さえいたら自分たちはいなくても良かったのではないかと感じてしまう。
 そうしていたら、支部長は自分の仕事は終わったとばかりに後方部隊の現場に置いてたアメ入りの壺を片手ずつ両脇に抱えるように持ち上げる。本当に支部長の仕事は終わったのだろうか…

「今回はダンジョンの波でも小波」

「それはですね…」

 受付の女性が説明してくれるのは、今回のダンジョンの波は過去の大波の周期の30年から50年の間隔で発生するものとは外れたもので、波とは言えるが規模としては小波と言えるものらしい。
 その理由としては、ゴブリンの王ではなく王子が集落の規模よりは圧倒的に少ないゴブリンを率いていることが挙げられる。さらに下層の階層主や門番は今回の波に加わっておらず、ダンジョンの意思に逆らっている下層に生息する魔物たちもいるくらいだから、本格的なサブダンジョン作りとは言えないと説明される。

「いつもの大波ならとっくに下層の竜種が現れて、皆さん死んでましたよ」

「では、また」

 魔法師ギルドとしての援護は以上ということです、と先に去った支部長を追うように、受付の女性が満面の笑みで述べて礼をすると姿が消えていた。
 過去の記録から見ると規模が小さいとは言え、こちらは命がけの真剣な戦いをしたつもりだったが、上位の者たちにはアリ同士の戦いに見えたのだろうか。やるせない気持ちになるが、前線で指揮官の魔物と戦っている冒険者パーティのメンバーには今の話が聞こえていないのは幸いだ。
 その戦いの様子を見ると支部長は魔法の威力を絞ったと聞いたが、十分に指揮官の魔物にも効果があったようだ。弱った相手に対して、掴んだチャンスを逃さないように、ゴールドランクのパーティを中心に、敵の指揮官の魔物を包囲している。
 特に骨の騎士には効果があったのだろうか、盾を持っていた左手が存在しておらず、右手の片手剣のみになっている。そんな骨の騎士を遠距離攻撃を中心に徐々に削っており、ゴールドランクの主力がゴブリンの王子を倒すのを待っているように見える。ゴブリンの王子の方に目線を移すと…

「あっ…」

 遠目に見ていても振るった武器が目で追えない高レベルの戦闘に、介入出来る気がしないと思っていたらその瞬間にゲンガンに危険が迫っている。思わず危ないと思ってしまうが、スキルで何かを転送しようにも咄嗟で間に合わない。ゲンガンがゴブリンの王子の振るう大剣に、持っていた長物の武器を弾き飛ばされていたのだ。何か出来ないかと思うが思考とスキルが追い付かない、危ないと思っているのに何も出来ない…

「えっ…」

 気が付いたら、灰色の狼が長く伸びた手の爪をゴブリンの王子の胸部に突き刺していた。鎧からゲンガンだと思うが、その顔が完全に狼の顔になっていた。絶体絶命の危機と思った瞬間に、ゴブリンの王子の右足を切り飛ばしてバランスを崩させ、急所の胸部を貫いたようだ。一瞬のことだったので、転がるゴブリンの王子の足とゲンガンの両手の爪についた血でしか判断できないがそう思う。

「うぉぉぉぉおおおおお!!!」

 ゴブリンの王子が倒れたのを見て、後方の部隊から歓声が上がる。倒した魔物に喜びもせず、ゴールドランクの主力はそのまま骨の騎士への攻撃に参加していく。骨の騎士も粘っていたが、主力がゴブリンの王子を倒すと信じて時間稼ぎをしていた冒険者たちの作戦勝ちだ。最後まで怨嗟の声を挙げていた骨の騎士も、多勢に無勢で冒険者たちの数の力で仕留めらた。こうして、ダンジョン入り口前の攻防は人間側の勝利となったのだ。



「やっとか」

「そういう発言は周囲に反感を与えますよ」

「善処する」

 魔物の指揮官が倒されるのを待っていたパーティが、冒険者ギルドから出て来ている。冒険者ギルドに既に到着していたらしい、今回のサブダンジョンのコアを破壊する決死隊となるであろうパーティが、会話をしながらダンジョンに向けて進んで行く。こちらの戦いとその奮闘など関係ないと興味が無さそうな様子に、魔法師ギルドの幹部たちといい、下々の者のことなんて考えていないのだろうなと彼らを見送る。

「あれが、王都の冒険者ギルド所属プラチナランクパーティ、光風の騎士団か」

 風と名がつくように、魔法を使用しているのか全員地面に足がついていないように空中を流れるように滑るように移動している。金髪と碧眼の6人パーティは揃いの白金に輝く装備を身につけ、彼ら自身が光を放って輝いているように見えてしまう。女性も混じっている華やかな雰囲気に格の違いを見せつけられて自己嫌悪を感じるが、強いのならもっと早くに手を貸してくれたら良かったのにとも思ってしまう。

「あいつらは元は王都の騎士団所属で、パーティ名の騎士団も正式に名乗ることが許された王族お気に入りのパーティなんだぜ」

 だから、滅多なことでは地方には来ねぇが、ダンジョンの大波となるなら出張して来やがったのだろう、と狼の顔から普段の毛深いおっさんの顔に戻ったゲンガンが説明してくれる。
 それに、プラチナランク以上になってくると、パーティ活動をしている冒険者自体が珍しくなってくる。強い代わりに人格が曲がった人物が多くいる上位のランクは、その我の強さから集団行動が取れないため、今回は限られた候補の中の戦力として彼らが派遣され、成功率を上げるために消耗を抑えるために確実な機を待っていたのだろうと伝えられる。だが、理由を聞いても内心は複雑に感じてしまう。
 それでも、入り口側の攻防も決着したからダンジョンの波も落ち着いただろうし、ゴールドランクも十分強いと思ったのに、そのさらに上のランクのパーティが来てくれたから、これは勝ったな。
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