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第13話 コウモリと白黒つける
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ある晴れた日の昼下がり、その日は銀色の仮面の魔法師がタタールの街に現れてから2カ月経っており、商業ギルド幹部のゲレンスが遂に白い館にやって来た日だ。
ゲレンス自体は、商業ギルドのギルド長と職員のチュカとは別派閥で敵対していたため、賭場に参加するつもりはなかった。ただ、その期間の間に社交界や商業ギルドでは当然のようにゲームを経験している者が多く、同派閥内の者ですらこちらをゲームに参加できない者として蔑んだように見て来るのには内心で我慢がならなかった。
「全く何で私が…」
ゲレンスは不満に感じていても参加するつもりがなかったが、今まで意図的に紹介されていなかったとも思っていた。しかし、今回に限りギルドの幹部連中と派閥構成員での会合を、ゲームに興じながら行うと聞いて嫌々来たのだ。
「お前は…タヤス!!」
館に入って最初に目にした受付に立っている男に驚く。羽飾りのような装飾がされた申し訳程度に目元を隠すマスクをしているが、会ったことがある人間ならその顔の輪郭や特徴的な笑みに気付く。この男は間違えようがない、こちらからの取引で商人のタナカを裏切る条件で商業ギルドに復帰したタヤスだ。
「いらっしゃいませ。ここでは外の名前はお控えください。まずは、紹介状を確認させてください」
「これでいいだろう!!」
紹介状扱いのキャンディコインをカウンターの机に叩きつけるように置き、相手が続けて館の注意事項を説明しようとするのを遮って発言する。
「お前がどうしてここにいる!?」
「商業ギルドに復帰したのはいいですが、一度裏切りを行った者には皆さん冷たくて…。それはあなた方の派閥も同じですが、そんな暇そうにしていた私にチュカさんが声を掛けてくれましてね」
「このコウモリが…。いらん、私は仮装をしてゲームをしに来たのではない!!」
目の前のタヤスは罵倒に肩をすくめるだけで、微笑を浮かべたまま変装用のマスクを用意しようとするが断り、会場と思われる奥の扉の方へ進んでいく。扉の先は大きなホールのようになっていたが、中央にテーブルが5つ集められてその前に派閥の人間たちが座っていた。
「おおようやく来たか、お前が来ないとゲームを始められんと聞いていてな…」
「派閥の会合に仮装は必要ないだろう」
同じ立場の幹部にそう伝えるが、集まっている人間はすっかり館のやり方に染まっているのか全員身分を隠す格好をしていた。
「では会合とゲームを始めようか」
「そうですね。皆様お集りのようなので、これよりタタール商業ギルドにおける不正追及の場を設けたいと思います」
館の人間と思われる銀色の杖を持って、同じ素材の仮面を身に着けた魔法師の男が中央まで来て突然宣言する。
「ふざけるな!!何を言っている」
「先頃に街を騒がせたキャンディコインの暴落操作とその後の外の商人の流入、さらにはタヤスとレックという人物が商業ギルドを追放された横領事件に皆様は関わってますよね?」
「何を…、出鱈目だ!!」「証拠はあるのか!!」「こんな真似をして、ただじゃ済まさんぞ」
仮に証拠があってもいくらでも追及をかわせるし、この街の兵士とも付き合いがあるためどうとでもなる。そう考えていると、突然別の扉からホールに入って来た男が発言する。
「証拠ならば…。例えば皆様の中で、この館のゲームに熱中するあまり借金をしてしまって首の回らない方から、借金を帳消しする代わりに受け取ったと言えばどうでしょう?」
「お前は…チュカだな」
周囲と同じように仮装していようが、寂しい頭髪にだらしない腹の冴えない風貌でまる分かりだ。ここまで仕組まれた状況だとすると…
「お前はタナカだろう」
「私は魔法師のスズキですよ。ほら」
目の前の魔法師はフードと仮面を取って金髪と青い目の青年の姿を見せるが、この館の仮装と同じでいくらでも変えられるだろう。そう考えると、魔法師ギルドも関わっているな。
「おかしいと思っていたのだ!!魔力が自然回復するアメと同じような砂糖菓子が、そう易々と出て来るものか」
「私は商人のタナカやらと同じ、密林の黒猫という魔法師から商品を仕入れているだけですよ」
目の前の魔法師はあくまで白を切るつもりだが関係ない。いくら不正の証拠を突きつけようが、この館の賭場ごともみ消してしまえばいい話だ。
「いくらお前たちが証拠を出そうが、誰も存在と名前を知らないあって無いようなこの街のギルド長とただの職員のチュカが何を出来る?日頃のギルドの運営は我々幹部が行っているのだ」
「勘違いしているようですが…。この館はギルド長が関わっていますが、正確にはタタールの街のではなく王都の商業ギルド本部のギルド長ですよ」
「「「「「えっ………」」」」
受付にいたはずのタヤスはマスクを外した姿で、我々に告げる。まさか、こいつは…
「これが証拠ですね」
「そんな、嘘だ」「馬鹿な…」「信じられん…」
タヤスは懐から懐中時計を取り出し、その表面に刻印された紋章を見せる。コインを抱える猫の紋章は間違いない、商業ギルド本部のギルド長のものだ。
「この…、王都ギルドの狗が!!」
「続きは詰所でお友達の兵士たちと一緒に聞きますよ」
殴りかかろうとするが、気が付いたらタヤスに取り押さえられ、同時に逃げ出そうとした周囲も突入してきた獣人たちに捕まっていた。我々もここまでか…。
◇
「ご協力感謝します。横領事件だけでは派閥全員を処分するには証拠が足りず、自由市から大変お世話になりました」
「何のことやら」
すっかり意気消沈したギルド幹部とその派閥構成員たちを、ゲンマさんと知り合いの獣人たちが連れていく。その様子を見送りながら、タヤスに話し掛けられる。
「お礼とは別に、王都に来られた際は是非案内させてくださいよ、タナカさん」
「私はスズキなので人違いです」
ではまたどこかで、とタヤスは出会った当初から変わらぬ笑みを浮かべた表情のまま去っていく。チュカからは、ギルド長の間諜と聞いていたが、幹部連中と同じでこの街のギルド長の部下だと思っていた。
最初は、マネーゲームの借りはマネーゲームで返すと思ってカジノを考えたが、チュカが連れてきたタヤスに魔法師スズキの姿で対面した時には驚いた。
その時は裏切られたと思っていたので複雑な気分だったが、タヤスのこともよく分からなかった。はじめはチュカの派閥を裏切ってゲレンスに味方したコウモリ野郎と思っていたが、今回の賭場を開くにあたってギルド長側の人間として参加した。結局、王都の商業ギルド本部からの人間だったとはな…。思わず、ゲレンスたちと一緒に驚きの声が出てしまった。
それにしても、潜入捜査のためとはいえ腕を切られるとは…、とても真似したいとは思えない。権力争いの闇は深く、自身は深入りしたくない領域だから、王都には近づかないでおこう。
今回の賭場でマネーゲームをするにあたって、自身はギャンブルをやったことがなくて、カジノに置いてあるルーレットゲームのルールが分からなかった。だから商店街の福引で経験のあるくじを参考にした。
ギャンブルについては、自分の子どもの頃は喘息がちで、パチンコなんかは今でこそ禁煙になったらしいが、タバコの煙が充満した空間に行こうと思わなかった。大人になってからも、わざわざ行こうと思うことがなくて経験がなかった。
でもギャンブルを全然していなかったのに、なんであんなに日本での暮らしは金がなったのだろうか。ゲームに課金をしたりもあったが、自炊をしないから食費はかかり、サプリメントと栄養ドリンクもそれなりに費用がかかっていた。実家が裕福ではなかったため、奨学金が40手前まであったし、結婚もマイホームも無理だったな…。
気を取り直しつつも、ギャンブルの経験が無くても投資で退職金と貯金を溶かした経験が活きたことを思い出す。それは、マーチンゲール法だ。
マーチンゲール法は勝率5割以上あるカジノのゲームで、負けて賭け金を失った後に賭け金を2倍以上にすることで、理論上は勝てば前回までの負け分を取り戻せる方法だ。最後に勝てば取り戻せるが、負けが続く場合は掛け金が倍々に増えていくため、資金に相当の余裕がなければ待っているのは破滅だ。投資においては、人間同士の駆け引きが行われるため勝率なんて絶対の保証はない。それに、人間はメンタルやミスでいくらでも勝率50%のシステムの結果も変化するから効果がないが、今回には役立った。
方法として、ギルド幹部や派閥幹部に対して、見るからに冴えない同僚のおっさんでも勝てると思ったらゲームに参加するし、おっさんが負けて自身が勝っていたら気分よく続ける、自身が負けておっさんが勝っていたら悔しさに次こそはとのめり込むのだ。
その際、イカサマを疑われても問題ない。最低限に行った仕込みが、箱の大きさから玉を多くしたけど1度に出る玉が増えたため、福引のクジ箱の構造が分からなかったので箱から出るのはギリギリで穴を通るものを各色5個ずつしただけで完全二択は守るゲーム内容となっていた。
それに、今日参加者が勝っても次回勝つとは限らないし、掛け金を上げると負けを取り戻せるが、50%勝つというのは50%負ける可能性があるということだ。引き際を誤ると資金を失うし、相手が冷静でない限りは胴元のこちらが勝つ。
何故ならば、チョコチップとチョコレートも自身の交換魔法で魔力が続く限り用意出来るし、サクラ役のチュカが勝ってもチョコレートを渡すし、負けても追加のチップは無料で提供しているから幹部連中と派閥構成員のいずれ来る破滅を待つだけでいいのだ。彼らはゲームに参加するチップを必ずお金で得なければならないのも、こちらを有利にしていた。
そうして始めた賭場で面白かったのは、当初は自身が進行役をやっていたのだが、若手商人の商才に気が付いたのだ。彼らは、銀貨1枚をチップと交換してゲームをプレイせず、そのままチョコレートと交換して館を去って行った。再度来た時にはゲームをプレイするが、負けた時はそのまま去ってまたチップとチョコレートの交換だけを行いに来る。勝った時は利益分だけを賭け、ある一定の勝ちと負けが続くと利益を確定して帰っていく。
どうやら、最初の銀貨1枚のチップからチョコレートの交換だけで元金を増やしているようだ。そして、街中で転売したチョコレートで増やした種銭を確実に利益を増やすように取り組んでいる。相変わらず、商売の才能がない自分は、彼らに商業ギルドの派閥争いの事情を説明し、賃金とチョコレートを提供するので進行役をお願いしたのだ。
実際、彼らのように冷静な思考が出来る者は勝ったら止めるし、自身の商売で利益を増やすことが出来るのなら、欲張る必要もない。彼らの方法を、他の人間に真似されても困るので運営側に来てもらい、彼らが将来の開店資金を稼ぐのと今後の商業ギルド内での地位向上に役立ててもらっていたのだ。
チョコレートに関しては、初日に魔力の最大値が3まで増えておすすめのラインナップの中で駄菓子屋で買っていた物があったのだ。0.5と1の魔力消費は当時の購入していた値段が反映されていたと思うが、その後値上げしたとどこかで知った覚えがあるが成人してからは食べた覚えがなかった。
自由市でアメの商売をしていた時は、アメと日本円硬貨を優先していたが、それらの魔力消費が少なくなると交換を始めていたのだ。ゲームでは初期のスキルから熟練度を上げるタイプとしては、何事も経験が活きるなと思ったな。
そうして、アメが商売に使えなくってからは、別の街でチョコレートを売って商売をしようとも思ったが、魔法師ギルド支所長のネイスの力を借りられるなら別の街でタナカ以外の身分を作って戻って来られると思ったのだ。
また、復讐の鬼となった魔法師スズキは、魔力枯渇のリスクすら負って交換魔法でチョコレートの量産と魔力の修練を積んだ。結果として、一部の能力ならば魔法師と名乗れる研鑽を積んだと思う。ただ、チョコレートの提供で獣人に化ける指輪の作成を取り付けたが、魔法師ギルドにまたいらぬ興味を持たれたかもしれないのは気になってしまうが仕方がない。
◇
「「我々の勝利と自由に!!」」
変な掛け声に周囲は首を傾げるが、ゲンマと祝杯を挙げる。ジョッキに自身で出した飲み水を入れ、付き合いのある職人に作ってもらった銅製ストローで飲む。仮面の呼吸穴から通したストローで飲む様子に、熊のような強面の店主は嫌そうな表情をしている。
こうしてゲンマと初めて会った日のように、熊殺し亭で卓を囲んでいるのも感慨深い。ゲンマはノワさんの伝手で姿を隠していたようだが、最後の場面ではやはり助けに来てくれた。
初対面ではゲンマはアメに魅了されていたが、どこかでこちらを利用しようとも思っていたのだろう。それでも純粋な善意もそこにはあって、常に力を貸してくれて救われていたと思う。片耳に上の前歯2本がない濃い灰色の体毛の生えたメタボおっさんでも、見慣れたら愛嬌があると感じる。
「タ、おっと。スズキのにいさん、肉を頼みましょうか?」
「「ガルの肉で!!」」
その後、タタールの街ではゲレンスをはじめとした商業ギルド幹部とその派閥構成員の処分が発表され、一連の横領事件とキャンディコインにまつわる不正が明かされた。
ついでに、獣人の元兵士と商人タナカの手配書は撤回されたが、キャンディコインの起こした影響は大きく、この街でタナカとして知られた素顔で生活するのは依然難しい。
魔法師スズキの姿で、身分の高い方々からもチョコレートで稼いでいたが、各方面に協力をしてもらった分も払っているし、売り上げからチュカと相談してキャンディ基金を設立した。自身の持ち込んだアメとキャンディコインで人生を狂わされた人もいたため、破産した商人の再出発や獣人たちが何か新しい事業を立ち上げる際に資金を融資できるようにと考えている。
いずれは、この街で砂糖の原料となる作物を増産して、砂糖菓子が子どもの小遣いで買える環境を作っていけたらと思う。この街からこの国中へ、やがては世界に広げていきたい。そうしたら、駄菓子屋の菓子を安い値段で売っても誰も気にしなくなるだろう。
結局、この街のギルド長か王都の商業ギルド本部のどちらが勝ったか分からないが、自身は最初から最後まで争いに利用されていただけかもしれない。本部所属のタヤスは別として、同じ立場のレックにはルーレットという名の福引箱の作成に協力してもらった。
彼も商業ギルドのいざこざに巻き込まれ、復職したが裏切ったという評判から村八分のようになってしまい、誰も仕事を頼む様子がなかったためだ。この街の商業ギルドもこれからは風通しが良くなるし、箱は50円硬貨を元にした金属で作ってもらったが、彼の金属加工の腕を館でそれなりの人たちに見てもらって宣伝したので、今後は仕事が入ってくると思う。
自身も、助けてもらった人たちに借りを返したら利益の取り分が増えるし、これからは金持ち一直線だなと思う。一部、商業ギルドと魔法師ギルドからは叩けばもっと何か出て来るんじゃないかと期待されているが、一般ギルド登録者には荷が重い。
問題は残っているが、これからはチョコレートで金の山を築いて、老後になるか分からないが、いつかは土地を転がしたり事業に投資して寝ながら金が入るようになったらいいな。
俺の商売はこれからだ…。
ゲレンス自体は、商業ギルドのギルド長と職員のチュカとは別派閥で敵対していたため、賭場に参加するつもりはなかった。ただ、その期間の間に社交界や商業ギルドでは当然のようにゲームを経験している者が多く、同派閥内の者ですらこちらをゲームに参加できない者として蔑んだように見て来るのには内心で我慢がならなかった。
「全く何で私が…」
ゲレンスは不満に感じていても参加するつもりがなかったが、今まで意図的に紹介されていなかったとも思っていた。しかし、今回に限りギルドの幹部連中と派閥構成員での会合を、ゲームに興じながら行うと聞いて嫌々来たのだ。
「お前は…タヤス!!」
館に入って最初に目にした受付に立っている男に驚く。羽飾りのような装飾がされた申し訳程度に目元を隠すマスクをしているが、会ったことがある人間ならその顔の輪郭や特徴的な笑みに気付く。この男は間違えようがない、こちらからの取引で商人のタナカを裏切る条件で商業ギルドに復帰したタヤスだ。
「いらっしゃいませ。ここでは外の名前はお控えください。まずは、紹介状を確認させてください」
「これでいいだろう!!」
紹介状扱いのキャンディコインをカウンターの机に叩きつけるように置き、相手が続けて館の注意事項を説明しようとするのを遮って発言する。
「お前がどうしてここにいる!?」
「商業ギルドに復帰したのはいいですが、一度裏切りを行った者には皆さん冷たくて…。それはあなた方の派閥も同じですが、そんな暇そうにしていた私にチュカさんが声を掛けてくれましてね」
「このコウモリが…。いらん、私は仮装をしてゲームをしに来たのではない!!」
目の前のタヤスは罵倒に肩をすくめるだけで、微笑を浮かべたまま変装用のマスクを用意しようとするが断り、会場と思われる奥の扉の方へ進んでいく。扉の先は大きなホールのようになっていたが、中央にテーブルが5つ集められてその前に派閥の人間たちが座っていた。
「おおようやく来たか、お前が来ないとゲームを始められんと聞いていてな…」
「派閥の会合に仮装は必要ないだろう」
同じ立場の幹部にそう伝えるが、集まっている人間はすっかり館のやり方に染まっているのか全員身分を隠す格好をしていた。
「では会合とゲームを始めようか」
「そうですね。皆様お集りのようなので、これよりタタール商業ギルドにおける不正追及の場を設けたいと思います」
館の人間と思われる銀色の杖を持って、同じ素材の仮面を身に着けた魔法師の男が中央まで来て突然宣言する。
「ふざけるな!!何を言っている」
「先頃に街を騒がせたキャンディコインの暴落操作とその後の外の商人の流入、さらにはタヤスとレックという人物が商業ギルドを追放された横領事件に皆様は関わってますよね?」
「何を…、出鱈目だ!!」「証拠はあるのか!!」「こんな真似をして、ただじゃ済まさんぞ」
仮に証拠があってもいくらでも追及をかわせるし、この街の兵士とも付き合いがあるためどうとでもなる。そう考えていると、突然別の扉からホールに入って来た男が発言する。
「証拠ならば…。例えば皆様の中で、この館のゲームに熱中するあまり借金をしてしまって首の回らない方から、借金を帳消しする代わりに受け取ったと言えばどうでしょう?」
「お前は…チュカだな」
周囲と同じように仮装していようが、寂しい頭髪にだらしない腹の冴えない風貌でまる分かりだ。ここまで仕組まれた状況だとすると…
「お前はタナカだろう」
「私は魔法師のスズキですよ。ほら」
目の前の魔法師はフードと仮面を取って金髪と青い目の青年の姿を見せるが、この館の仮装と同じでいくらでも変えられるだろう。そう考えると、魔法師ギルドも関わっているな。
「おかしいと思っていたのだ!!魔力が自然回復するアメと同じような砂糖菓子が、そう易々と出て来るものか」
「私は商人のタナカやらと同じ、密林の黒猫という魔法師から商品を仕入れているだけですよ」
目の前の魔法師はあくまで白を切るつもりだが関係ない。いくら不正の証拠を突きつけようが、この館の賭場ごともみ消してしまえばいい話だ。
「いくらお前たちが証拠を出そうが、誰も存在と名前を知らないあって無いようなこの街のギルド長とただの職員のチュカが何を出来る?日頃のギルドの運営は我々幹部が行っているのだ」
「勘違いしているようですが…。この館はギルド長が関わっていますが、正確にはタタールの街のではなく王都の商業ギルド本部のギルド長ですよ」
「「「「「えっ………」」」」
受付にいたはずのタヤスはマスクを外した姿で、我々に告げる。まさか、こいつは…
「これが証拠ですね」
「そんな、嘘だ」「馬鹿な…」「信じられん…」
タヤスは懐から懐中時計を取り出し、その表面に刻印された紋章を見せる。コインを抱える猫の紋章は間違いない、商業ギルド本部のギルド長のものだ。
「この…、王都ギルドの狗が!!」
「続きは詰所でお友達の兵士たちと一緒に聞きますよ」
殴りかかろうとするが、気が付いたらタヤスに取り押さえられ、同時に逃げ出そうとした周囲も突入してきた獣人たちに捕まっていた。我々もここまでか…。
◇
「ご協力感謝します。横領事件だけでは派閥全員を処分するには証拠が足りず、自由市から大変お世話になりました」
「何のことやら」
すっかり意気消沈したギルド幹部とその派閥構成員たちを、ゲンマさんと知り合いの獣人たちが連れていく。その様子を見送りながら、タヤスに話し掛けられる。
「お礼とは別に、王都に来られた際は是非案内させてくださいよ、タナカさん」
「私はスズキなので人違いです」
ではまたどこかで、とタヤスは出会った当初から変わらぬ笑みを浮かべた表情のまま去っていく。チュカからは、ギルド長の間諜と聞いていたが、幹部連中と同じでこの街のギルド長の部下だと思っていた。
最初は、マネーゲームの借りはマネーゲームで返すと思ってカジノを考えたが、チュカが連れてきたタヤスに魔法師スズキの姿で対面した時には驚いた。
その時は裏切られたと思っていたので複雑な気分だったが、タヤスのこともよく分からなかった。はじめはチュカの派閥を裏切ってゲレンスに味方したコウモリ野郎と思っていたが、今回の賭場を開くにあたってギルド長側の人間として参加した。結局、王都の商業ギルド本部からの人間だったとはな…。思わず、ゲレンスたちと一緒に驚きの声が出てしまった。
それにしても、潜入捜査のためとはいえ腕を切られるとは…、とても真似したいとは思えない。権力争いの闇は深く、自身は深入りしたくない領域だから、王都には近づかないでおこう。
今回の賭場でマネーゲームをするにあたって、自身はギャンブルをやったことがなくて、カジノに置いてあるルーレットゲームのルールが分からなかった。だから商店街の福引で経験のあるくじを参考にした。
ギャンブルについては、自分の子どもの頃は喘息がちで、パチンコなんかは今でこそ禁煙になったらしいが、タバコの煙が充満した空間に行こうと思わなかった。大人になってからも、わざわざ行こうと思うことがなくて経験がなかった。
でもギャンブルを全然していなかったのに、なんであんなに日本での暮らしは金がなったのだろうか。ゲームに課金をしたりもあったが、自炊をしないから食費はかかり、サプリメントと栄養ドリンクもそれなりに費用がかかっていた。実家が裕福ではなかったため、奨学金が40手前まであったし、結婚もマイホームも無理だったな…。
気を取り直しつつも、ギャンブルの経験が無くても投資で退職金と貯金を溶かした経験が活きたことを思い出す。それは、マーチンゲール法だ。
マーチンゲール法は勝率5割以上あるカジノのゲームで、負けて賭け金を失った後に賭け金を2倍以上にすることで、理論上は勝てば前回までの負け分を取り戻せる方法だ。最後に勝てば取り戻せるが、負けが続く場合は掛け金が倍々に増えていくため、資金に相当の余裕がなければ待っているのは破滅だ。投資においては、人間同士の駆け引きが行われるため勝率なんて絶対の保証はない。それに、人間はメンタルやミスでいくらでも勝率50%のシステムの結果も変化するから効果がないが、今回には役立った。
方法として、ギルド幹部や派閥幹部に対して、見るからに冴えない同僚のおっさんでも勝てると思ったらゲームに参加するし、おっさんが負けて自身が勝っていたら気分よく続ける、自身が負けておっさんが勝っていたら悔しさに次こそはとのめり込むのだ。
その際、イカサマを疑われても問題ない。最低限に行った仕込みが、箱の大きさから玉を多くしたけど1度に出る玉が増えたため、福引のクジ箱の構造が分からなかったので箱から出るのはギリギリで穴を通るものを各色5個ずつしただけで完全二択は守るゲーム内容となっていた。
それに、今日参加者が勝っても次回勝つとは限らないし、掛け金を上げると負けを取り戻せるが、50%勝つというのは50%負ける可能性があるということだ。引き際を誤ると資金を失うし、相手が冷静でない限りは胴元のこちらが勝つ。
何故ならば、チョコチップとチョコレートも自身の交換魔法で魔力が続く限り用意出来るし、サクラ役のチュカが勝ってもチョコレートを渡すし、負けても追加のチップは無料で提供しているから幹部連中と派閥構成員のいずれ来る破滅を待つだけでいいのだ。彼らはゲームに参加するチップを必ずお金で得なければならないのも、こちらを有利にしていた。
そうして始めた賭場で面白かったのは、当初は自身が進行役をやっていたのだが、若手商人の商才に気が付いたのだ。彼らは、銀貨1枚をチップと交換してゲームをプレイせず、そのままチョコレートと交換して館を去って行った。再度来た時にはゲームをプレイするが、負けた時はそのまま去ってまたチップとチョコレートの交換だけを行いに来る。勝った時は利益分だけを賭け、ある一定の勝ちと負けが続くと利益を確定して帰っていく。
どうやら、最初の銀貨1枚のチップからチョコレートの交換だけで元金を増やしているようだ。そして、街中で転売したチョコレートで増やした種銭を確実に利益を増やすように取り組んでいる。相変わらず、商売の才能がない自分は、彼らに商業ギルドの派閥争いの事情を説明し、賃金とチョコレートを提供するので進行役をお願いしたのだ。
実際、彼らのように冷静な思考が出来る者は勝ったら止めるし、自身の商売で利益を増やすことが出来るのなら、欲張る必要もない。彼らの方法を、他の人間に真似されても困るので運営側に来てもらい、彼らが将来の開店資金を稼ぐのと今後の商業ギルド内での地位向上に役立ててもらっていたのだ。
チョコレートに関しては、初日に魔力の最大値が3まで増えておすすめのラインナップの中で駄菓子屋で買っていた物があったのだ。0.5と1の魔力消費は当時の購入していた値段が反映されていたと思うが、その後値上げしたとどこかで知った覚えがあるが成人してからは食べた覚えがなかった。
自由市でアメの商売をしていた時は、アメと日本円硬貨を優先していたが、それらの魔力消費が少なくなると交換を始めていたのだ。ゲームでは初期のスキルから熟練度を上げるタイプとしては、何事も経験が活きるなと思ったな。
そうして、アメが商売に使えなくってからは、別の街でチョコレートを売って商売をしようとも思ったが、魔法師ギルド支所長のネイスの力を借りられるなら別の街でタナカ以外の身分を作って戻って来られると思ったのだ。
また、復讐の鬼となった魔法師スズキは、魔力枯渇のリスクすら負って交換魔法でチョコレートの量産と魔力の修練を積んだ。結果として、一部の能力ならば魔法師と名乗れる研鑽を積んだと思う。ただ、チョコレートの提供で獣人に化ける指輪の作成を取り付けたが、魔法師ギルドにまたいらぬ興味を持たれたかもしれないのは気になってしまうが仕方がない。
◇
「「我々の勝利と自由に!!」」
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「タ、おっと。スズキのにいさん、肉を頼みましょうか?」
「「ガルの肉で!!」」
その後、タタールの街ではゲレンスをはじめとした商業ギルド幹部とその派閥構成員の処分が発表され、一連の横領事件とキャンディコインにまつわる不正が明かされた。
ついでに、獣人の元兵士と商人タナカの手配書は撤回されたが、キャンディコインの起こした影響は大きく、この街でタナカとして知られた素顔で生活するのは依然難しい。
魔法師スズキの姿で、身分の高い方々からもチョコレートで稼いでいたが、各方面に協力をしてもらった分も払っているし、売り上げからチュカと相談してキャンディ基金を設立した。自身の持ち込んだアメとキャンディコインで人生を狂わされた人もいたため、破産した商人の再出発や獣人たちが何か新しい事業を立ち上げる際に資金を融資できるようにと考えている。
いずれは、この街で砂糖の原料となる作物を増産して、砂糖菓子が子どもの小遣いで買える環境を作っていけたらと思う。この街からこの国中へ、やがては世界に広げていきたい。そうしたら、駄菓子屋の菓子を安い値段で売っても誰も気にしなくなるだろう。
結局、この街のギルド長か王都の商業ギルド本部のどちらが勝ったか分からないが、自身は最初から最後まで争いに利用されていただけかもしれない。本部所属のタヤスは別として、同じ立場のレックにはルーレットという名の福引箱の作成に協力してもらった。
彼も商業ギルドのいざこざに巻き込まれ、復職したが裏切ったという評判から村八分のようになってしまい、誰も仕事を頼む様子がなかったためだ。この街の商業ギルドもこれからは風通しが良くなるし、箱は50円硬貨を元にした金属で作ってもらったが、彼の金属加工の腕を館でそれなりの人たちに見てもらって宣伝したので、今後は仕事が入ってくると思う。
自身も、助けてもらった人たちに借りを返したら利益の取り分が増えるし、これからは金持ち一直線だなと思う。一部、商業ギルドと魔法師ギルドからは叩けばもっと何か出て来るんじゃないかと期待されているが、一般ギルド登録者には荷が重い。
問題は残っているが、これからはチョコレートで金の山を築いて、老後になるか分からないが、いつかは土地を転がしたり事業に投資して寝ながら金が入るようになったらいいな。
俺の商売はこれからだ…。
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楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
ファンタジー
孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
旅立ちの朝に初めて夢精したユキャール。それが原因なのか『異性性交』と言うスキルを得る。『相手に精子を与えることでより多くの経験値を得る。』女性経験のないユキャールはまだこのスキルのすごさを知らなかった。
この日の為に準備してきたユキャール。しかし旅立つ直前、一緒に育った少女スピカが一緒にいくと言い出す。本来ならおいしい場面だが、スピカは何も準備していないので俺の負担は最初から2倍増だ。
こんな感じで2人で旅立ち、共に戦い、時にはHして強くなっていくお話しです。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
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魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
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