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第1話 無職と異世界での出会い

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「ここどこよ…」

 気が付いたらテーマパークでしか見ないようなヨーロッパ風味の木と石作りの家が建てられた街並みに囲まれていた。
 ブラック企業で心身をやられて退職後に貯金を投資話で溶かし、絶賛無職のどうしようもないアラフォーのおっさんにはとても現実とは思えなかった。

「どうしたらいいのか…」

 自宅で過ごす上下黒のスウェット姿で、持ち物は一切ない状態で立っているが、状況を処理できずに見知らぬ土地で体を支える気力もなく道の端に座り込んだ。
 しばらく座り込んで考えてみて、誘拐かドッキリか夢であったらよかったがどうにも感覚は確かであり、街の住人は物語の中でしか見かけないファンタジーな姿でこれはいわゆるアレなのかと思う。

「鑑定」「ステータス」「ステータスオープン」

 現実逃避ではまっていたネット小説やラノベによくある異世界物定番の単語が3つ目で反応したが、ステータスは体力と魔力、スキル欄に異世界言語と交換魔法の2つが自身の脳内に浮かんだ。
 レベル制ではなくてスキル制なのかと勝手に納得しているが、体力100と魔力1は平均的にどうなのか分からない。スキルの交換魔法も異世界言語と比べて使い方が全く分からないんだが、どうしたらいいんだ。
 悩んでいると『交換魔法は魔力を用いて術者の望む物と交換する』と説明書きが浮かび上がった。ヘルプ付きみたいなのはありがたいが、魔力1で何が交換できるのかと試しに使うように考える。

『現在のあなたの魔力で交換可能なオススメ品です』

 ヘルプのオススメ交換先は駄菓子屋にて当たり付きで売っているようなアメが数種類であった。条件は不明であるが、何となく食べたことがない味が候補にないため、自分が買ったことがあるものか食べた経験がある物しか交換できないのかと予想してみる。

「とりあえず交換してみるか」

 悩んでいてもヘルプは新しい情報を表示しないため、とりあえずスキルを使ってみることにする。どこから出るか分からないため両手のひらで受けるように準備して待っていると、一瞬で包装されていない剥き出しのアメ玉が手のひらに出現していた。

「なるほど、よく分からないな」

 日本円すら持っていない状態で今日の飯すら困る身では、怪しいアメですら腹の足しになるだろうとそのまま口に入れてみる。
 苺とミルクの味が口内に広がり、久しぶりだけどやっぱ甘いなーと思っているとステータスの魔力が0になっているが、最大値が1から2に増えていることに気が付く。
 スキルの熟練度でステータスが上がるのか、単純に魔力を使うだけで上がっていくのか、魔力を枯渇させると増えるのか色々と可能性を考えてみる。

「仮に体力を増やそうとすると、枯渇案なら体力をゼロにするのは流石に怖いな。お、やっぱり自然回復もするのか」

 体力を増やすのは痛いのも疲れるのも嫌だし無理だな、と思いながらステータスを見ていると魔力が0から1に回復していた。
 魔力の回復を挟みつつ再度同じアメを出してみると枯渇した魔力の最大値が3に増えていた。このまま増やしてもアメでポケットと手がいっぱいになってしまうなと考えていると、ステータスのオススメ品のラインナップが変化していた。

「こっちも増えたけど、また駄菓子かよ」

 10円のアメよりも高いけど、30円以内で買えそうなものだった。そのまま交換するのもありとは思うが、少し試してみたいことがあり再度アメを1個だけ交換してみる。
 最初のアメが口の中から消える体感数分経過した頃に、減っていた魔力の数値が最大値まで回復していた。何となくプレイし始めたばかりのスマホゲームみたいだなーと、何事も試行錯誤している時期が一番面白いよなーと考えていた。

「アメでいくか、その都度オススメ品で枯渇させて魔力を増やすか」

 悩んではみたものの、オススメ品で一気に枯渇させて魔力を増やす方が色々できることが増えそうだが、アメは砂糖菓子だからここでは単価が高そうだから数を用意できる方が売るなり物々交換でも困らなそうとも考えた。
 何となく、ヘルプのオススメラインナップの買ったことがあるものなら、魔力の最大値を増やしても裕福ではない自身ではろくなものがなさそうだなと思ってしまう。それに頼るものがこのスキルしかない状態では、魔力を一気に枯渇させるのもリスクが高そうだと考えてしまう。

「今日のところはアメで宿代を稼ごう」

 そうこうしてひたすら3回に1回程度の頻度で魔力を枯渇させつつ、自然回復を挟んでアメを増やしているとあることに気が付いた。同じ味のアメを繰り返し交換していると、消費魔力が1から0.9に減り、魔力を枯渇させていないのに最大値が増えたのだ。ステータスには表示されないが、スキルの技量向上や熟練度も数値に反映されているのかと予想してみる。
 ついでに交換したアメの置き場所にも困っていたが、魔力から交換したアメを出現させずに、感覚的に認識できる待機空間にストックしておくことが出来た。
 他にも魔力を使用して作ったためか、アメを舐めながらだと自然回復だけよりも魔力の回復が早いことに気が付いた。ずっと舐めていると虫歯になりそうなため、途中からは自然回復だけで街中の声を聞きながら情報収集を行っていたが、ふいに誰かが話しかけてきた。

「にいさん、にいさん、そこの変な服着たにいさん」

「自分ですか?」

 話しかけてきたのは、頭頂部の方から獣の片耳が生え、笑顔を見せるが上の前歯2本がない中年の男だった。灰色の体毛の濃さからも獣人だと思うが、初対面の印象からは酒を片手に競馬場でヤジをとばしているおっさんにコスプレの耳をつけた感じで、がっかりファンタジーと思ってしまった。

「ワシはゲンマといいますがここらで見ない顔と姿で、何やら食べているのが気になったもんで」

「自分はタナカと言いますが…」

 ゲンマと名乗る相手の簡素なシャツとズボンの服装から高貴な身分ではなさそうであるが、アメを出したり食べたりしているのを見られていたとは困ったなと思った。とっさに自分の名前を日本でもよくある名字で誤魔化しつつ、嘘に嘘を重ねて現状を説明していく。

「身分証と金を盗られて置き去りにされたとは、それは大変でしたね」

「幸いにも売り物になる砂糖菓子は収納スキルに保管していて何とかなりそうですが、今度からは貴重品は全て収納スキルに入れておこうと思ってます」

 状況を誤魔化すために収納スキル持ちとして説明するが、調べられたらこの街へ入った記録なんて残ってないだろうし、貴重品を収納スキルに仕舞っていなかったというのも我ながら穴だらけな話である。

「砂糖菓子ですって!!」

「そうですよ、よかったら食べますか?」

 眼を見開いて驚きつつ声を潜めようとする相手の印象から、高く売れそうだなと思ってさらに情報を得ようとする。

「砂糖菓子はものによっては小金貨以上はするってんで、とても頂けませんよ」

「お近づきの印とこの街のことに詳しくないので、情報料として色々と教えてもらえたらありがたいです」

 左手にアメを2個出し、1個を自身の口に入れて相手にもすすめてみる。頬の片側にアメを移動させてその膨らみを指で示しつつ、この砂糖菓子のアメは口の中で無くなるまで舐めると果物とミルクの味がして甘いですよと説明する。食べたら高い金を取られそうと警戒しつつ、結局美味そうなものに抗えないのか、ゲンマはアメを受け取って口に含んだ。

「はへ」

 ぎりぎり白目を剝いていないが、とても正視に絶えない中年のおっさんの緩んだ顔が目の前にあり、自分は今のところ何ともないがこのアメは危ない成分でも入っているのではないかと心配になってきた。

「大丈夫ですか?」

 ストックから出したアメを補充する分の魔力が自然回復しても同じ状態だったため、流石に唾液どころか提供したアメも口の中から出そうな様子から、肩を軽く叩きつつ声をかける。

「あぅ」「あまりに美味かったもので、すみません」

 恍惚としたおっさんの姿を見せられて、異世界の残酷さを噛みしめていると、正気に戻ったゲンマが流し目のような角度から鋭い眼光を向けてきた。

「時に、情報の提供がお望みなら、まだ夕食には早いですがこちらで宿代と食事代も出すので一緒にどうですか?」

「それはありがたいですね」

「その代わり、またアメを頂きたいのですが」

 もちろんいいですよと返答する。やけに圧を感じる相手からの提案に疑った方がよいのだろうが、他に伝手もないので了承して一緒に宿屋兼酒場に移動することとなる。
 175cmある自身の身長よりも少し小柄なゲンマの後について歩きながら街の案内をしてもらう。街並みは、同じような家で見分けがつかず一人では迷子になってしまうと思い、少し心配になってくる。

「目印となる看板のついた建物を覚えるといいですよ」

 案内してくれるゲンマに不安を伝えると、幸いにもメジャーな施設は分かりやすくなっており、剣と盾の看板が冒険者ギルド、コインの看板が商業ギルド、薬草の看板が錬金術ギルド、杖の看板が魔法ギルドと説明を受ける。大きな都市ではその学派や流派によって掲げる看板の意匠が細かく異なると聞き、どこの地でも派閥争いがあるのは嫌だなーと考えてしまう。



「着きました、ここですぜ」

 ゲンマの案内で到着した2階建ての店は、表のメイン通りから3本程離れた通りにあった。西部劇にあるような扉をくぐると、早い時間から酒を飲むひげ面の男達とそんな客を目当てにした露出が多い衣装のお姉さん方が目に入る。
 十分に空いていたので二人がけのテーブル席にするが、表通りから店までに見かけた人たちは皆怪しい仕事をやってそうで、店内の人たちにもちょっと怖気づいてしまう。

「何か食べたいものがありますか?」

「ゲンマさんが頼むものと同じでいいですよ」

 メニュー表もないので、何が出るか分からないが無難な選択でその場を乗り切ろうとする。ゲンマが店員を呼んでいつものを2つ頼み、しばらく待って運ばれてきたのは、焼かれた肉と付け合わせに芋がついた料理に木製のジョッキにエールだった。

「ガルの肉でよかったですかい?」

 ガルの肉がなんの肉か知らないが奢ってもらう手前、もちろんですよと答えておく。何の肉か知ってしまうと二度と口に出来ないかもしれないが、普段の生活ではたんぱく質を納豆とプロテインで補い、たまに肉を食べるとしても激安スーパーの産地の怪しい成型肉な自分にとっては100%天然物は御馳走だと思ってしまう。

「この店には色々と顔が利くんで、ささっまずは乾杯といきましょう」

 ジョッキを打ち合わせエールを飲むが、ぬるいし腹にたまる感じが成人して飲んで苦手になったビールと同じで合わないなと思ってしまう。
 気を取り直して料理の方は、拳大のガルの焼いた肉は塩だけ振られているが、少しパサパサした繊維質な肉が鶏肉みたいで美味い。脂の多い肉が胃もたれするようになった年齢にはありがたいなと考えながら、塩気を無理やりエールで流し込んでいるとゲンマから話を振られる。

「酒をおかわりする前に、情報については何を知りたいんです?」

 お姉さん方が席に寄ってこないのもゲンマが気を利かせたのかなと思いつつ、自身の適当な経歴を話していく。
 元は東の島国の出身で商売の目的でこの国に来たが、案内人に紹介と仲介を任せていたら荷物をまとめて盗まれ、この街に置き去りにされた。収納に売り物になるものがあるが、伝手もなくこの国の貨幣の価値すら任せきりでわからず困っていることを伝える。

「身分証の再発行は2000ブルで銀貨2枚程かかりますが、アメを頂ければワシが払いますよ」

「流石にそこまでしてもらうのは申し訳ないので、身分証なしで商売できる方法とこの国の貨幣について教えてもらえたら」

「砂糖菓子を扱うとなると金持ちや貴族向けの店に目をつけられない方がいいので、取引は自由市がいいですよ」

 新たにアメを1個渡しつつ尋ねると、どうやら店や屋台に限らずに個人で商売をすることができる自由市というものがあり、商業ギルドに許可を得るほどではない小規模な取引ができることを説明された。

「金についてはこれが小銅貨1枚で1ブル、銅貨1枚で10ブル、小銀貨1枚で100ブル、銀貨1枚で1000ブル、小金貨1枚で1万ブル、金貨1枚で10万ブルです」

 ゲンマはテーブルに小銅貨から銀貨まで並べ、明日の朝食代の30ブルを渡しておきますと銅貨3枚を説明しながら渡してくれる。ここの宿代を質問すると風呂なし個室なし、飯代別で200ブルで小銀貨2枚と話す。
 ついでに酒ありの夕食2人前が80ブルと聞き、物価は安そうだけど平均的な収入が分からないが、1ブルに10円をかけると感覚的に理解しやすいのかなととりあえず思ってみる。
 それにしても、アメの力がありつつも一見すると金を持ってなさそうな見た目で、気軽に銀貨を身分証の再発行で払おうとしてくれるのは、借りを作りすぎるのも怖いなと感じてしまう。
 それから、おかわりの酒と肉料理をつまみつつ、ゲンマに色々なことを質問していく。エールの他の酒でワインがあるが、もう少し上品な店でないと出ないことや、きれいな水を得ようとするならば生活魔法があり、個人の才能に左右されるが金を払えばスキルを学べる機会があることを知った。
 異世界でスキルを知って夢があるが、やっぱりどこの世界も金なんだなと心の底から実感する。
 本格的に周囲の客が増えた頃に、色々と慣れないことがあって早めに休みたいことを伝えると、今日の所はお開きとなった。

「ここの2階が宿もやってまして、雑魚寝になりますが部屋を取りますよ」

 ゲンマに了承を伝え、明日は自由市に案内してもらうことを約束し、ゲンマを見送る。ゲンマに金を出してもらう手前、文句は言えないがまずは個室の宿に泊まれるように頑張りたい。
 俺は交換魔法のスキルでこれから何とか生きていこうと決意したのであった。
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