203 / 236
第29章『ささやかな願い』
第170話
しおりを挟む
駅の更衣室に入ろうとしたところを、氷雨君が腕を掴んで引き止めてきた。
「どうしたの?」
「…その子」
「え…?」
氷雨君が指さした方を見ると、そこにはさっきの男の子がいた。
《お姉さん、お願い聞いて》
「お願い…」
強烈に叶えたくなるのはどうしてなんだろう。
私の感覚がおかしいのか、今おこっていることがおかしいのか分からない。
頭がぼんやりしてきたところで、氷雨君に腕をひっぱられる。
「引き寄せられかけてる。これ着てて」
「あ、うん…」
よく分からないままパーカーを受け取って、袖を通してフードをかぶる。
「君の望みは何?」
《…五月人形ってあるでしょ?かっこいいやつ。あれを見たいんだ。
買いに連れて行ってくれる約束だったのに、外に出られなかったから…》
冷静に男の子を見てみると、病衣を着たまま外に出ている。
その時点で違和感に気づかないといけなかったのに、どうして今まで疑問に思わなかったんだろう。
「あ、あの。ごめんなさい。寒かったですよね…」
持っていた別のパーカーを着るように渡すと、男の子はとても喜んでくれた。
《わあ、あったかい…。ありがとう、お姉さん。それから、全然気づいてなくてごめんなさい》
「何の話ですか?」
よく分からなくて首を傾げると、氷雨君が説明してくれた。
「時々、死ぬとき叶えられなかった願いや強い想いを持っている死者を列車に導ききれずに取りこぼすことがある。
取りこぼされるのは力が強いからなんだ。…その子は無意識のうちに、君になんでも言うことを聞いてもらえるよう一種の呪いのようなものをかけていたんだ」
「そっか…だからぼうっとしちゃったのかな?」
男の子はすごく申し訳なさそうにしていて、反省しているのは見ただけですぐ分かる。
「あんまり気にしないでください。私がぼんやりしていたのも悪いですから」
《よかった、許してもらえて…。あの、ふたりとも。僕のお願い叶えてくれませんか?》
「人形がほしいっていう話ですか?」
《うん。一度でいいから飾ってほしかったんだ》
男の子の寂しそうな顔を見て、断ることなんてできそうにない。
だけど、端午の節句の人形を買うのも難しいだろう。
「…お願いを聞いたら、天国へ行ってくれる?」
《うん。約束します。いい子にするから…》
「私でよければ協力させてください」
《本当!?お姉さん、ありがとう!》
氷雨君がちらっとこっちを見たけど、すぐ視線を男の子に戻す。
「名前は?」
《草野勇次郎です。8歳です》
「端午の節句まで、一時的に現世に留まることを許可します。この切符をなくさないように」
《ありがとう。僕、いい子にするよ》
にっこり笑う男の子を見て微笑ましく思っていると、氷雨君に耳打ちされる。
「絶対パーカー脱がないで。…勇次郎君の力、生者には毒だろうから」
「どうしたの?」
「…その子」
「え…?」
氷雨君が指さした方を見ると、そこにはさっきの男の子がいた。
《お姉さん、お願い聞いて》
「お願い…」
強烈に叶えたくなるのはどうしてなんだろう。
私の感覚がおかしいのか、今おこっていることがおかしいのか分からない。
頭がぼんやりしてきたところで、氷雨君に腕をひっぱられる。
「引き寄せられかけてる。これ着てて」
「あ、うん…」
よく分からないままパーカーを受け取って、袖を通してフードをかぶる。
「君の望みは何?」
《…五月人形ってあるでしょ?かっこいいやつ。あれを見たいんだ。
買いに連れて行ってくれる約束だったのに、外に出られなかったから…》
冷静に男の子を見てみると、病衣を着たまま外に出ている。
その時点で違和感に気づかないといけなかったのに、どうして今まで疑問に思わなかったんだろう。
「あ、あの。ごめんなさい。寒かったですよね…」
持っていた別のパーカーを着るように渡すと、男の子はとても喜んでくれた。
《わあ、あったかい…。ありがとう、お姉さん。それから、全然気づいてなくてごめんなさい》
「何の話ですか?」
よく分からなくて首を傾げると、氷雨君が説明してくれた。
「時々、死ぬとき叶えられなかった願いや強い想いを持っている死者を列車に導ききれずに取りこぼすことがある。
取りこぼされるのは力が強いからなんだ。…その子は無意識のうちに、君になんでも言うことを聞いてもらえるよう一種の呪いのようなものをかけていたんだ」
「そっか…だからぼうっとしちゃったのかな?」
男の子はすごく申し訳なさそうにしていて、反省しているのは見ただけですぐ分かる。
「あんまり気にしないでください。私がぼんやりしていたのも悪いですから」
《よかった、許してもらえて…。あの、ふたりとも。僕のお願い叶えてくれませんか?》
「人形がほしいっていう話ですか?」
《うん。一度でいいから飾ってほしかったんだ》
男の子の寂しそうな顔を見て、断ることなんてできそうにない。
だけど、端午の節句の人形を買うのも難しいだろう。
「…お願いを聞いたら、天国へ行ってくれる?」
《うん。約束します。いい子にするから…》
「私でよければ協力させてください」
《本当!?お姉さん、ありがとう!》
氷雨君がちらっとこっちを見たけど、すぐ視線を男の子に戻す。
「名前は?」
《草野勇次郎です。8歳です》
「端午の節句まで、一時的に現世に留まることを許可します。この切符をなくさないように」
《ありがとう。僕、いい子にするよ》
にっこり笑う男の子を見て微笑ましく思っていると、氷雨君に耳打ちされる。
「絶対パーカー脱がないで。…勇次郎君の力、生者には毒だろうから」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
別れの曲
石田ノドカ
ライト文芸
主人公・森下陽和は幼少の頃、ピアノを弾くことが好きだった。
しかし、ある日医師から『楽譜“だけ”が読めない学習障害を持っている』と診断されたことをきっかけに、陽和はピアノからは離れてしまう。
月日が経ち、高校一年の冬。
ピアニストである母親が海外出張に行っている間に、陽和は不思議な夢を視る。
そこで語り掛けて来る声に導かれるがまま、読めもしない楽譜に目を通すと、陽和は夢の中だけではピアノが弾けることに気が付く。
夢の中では何でも自由。心持ち次第だと声は言うが、次第に、陽和は現実世界でもピアノが弾けるようになっていく。
時を同じくして、ある日届いた名無しの手紙。
それが思いもよらぬ形で、差出人、そして夢の中で聞こえる声の正体――更には、陽和のよく知る人物が隠していた真実を紐解くカギとなって……
優しくも激しいショパンの旋律に導かれた陽和の、辿り着く答えとは……?

【完結】試される愛の果て
野村にれ
恋愛
一つの爵位の差も大きいとされるデュラート王国。
スノー・レリリス伯爵令嬢は、恵まれた家庭環境とは言えず、
8歳の頃から家族と離れて、祖父母と暮らしていた。
8年後、学園に入学しなくてはならず、生家に戻ることになった。
その後、思いがけない相手から婚約を申し込まれることになるが、
それは喜ぶべき縁談ではなかった。
断ることなったはずが、相手と関わることによって、
知りたくもない思惑が明らかになっていく。

相馬さんは今日も竹刀を振る
compo
ライト文芸
大学に進学したばかりの僕の所に、祖父から手紙が来た。
1人の少女の世話をして欲しい。
彼女を迎える為に、とある建物をあげる。
何がなんだかわからないまま、両親に連れられて行った先で、僕の静かな生活がどこかに行ってしまうのでした。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
café R ~料理とワインと、ちょっぴり恋愛~
yolu
ライト文芸
café R のオーナー・莉子と、後輩の誘いから通い始めた盲目サラリーマン・連藤が、料理とワインで距離を縮めます。
連藤の同僚や後輩たちの恋愛模様を絡めながら、ふたりの恋愛はどう進むのか?
※小説家になろうでも連載をしている作品ですが、アルファポリスさんにて、書き直し投稿を行なっております。第1章の内容をより描写を濃く、エピソードを増やして、現在更新しております。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる