皓皓、天翔ける

黒蝶

文字の大きさ
上 下
165 / 236
第23章『凍えそうな季節から』

閑話『想いを伝える日』

しおりを挟む
「こんにちは。和泉愛菜さんですか?」
「そうですけど…」
星影氷空から聞いていたとおりだ。
明るい声で笑顔を作っている。
それと、大切そうにぬいぐるみやネックレスを握りしめていた。
「柳慎吾さんから手紙が届いています」
「冗談でも言っていいことと悪いことが、」
「本気です。読んでくだされば分かっていただけるのではないでしょうか?」
「……分かりました。読みます」
文通をしていたとのことなので、本人が書いたものだと信じてもらえるだろう。
どんな結果になるにしろ、俺にできるのは見守ることだけだ。


【愛菜

少し早いバレンタインのプレゼントは届きましたか?
たれ耳兎のぬいぐるみがいいって言ってたから作ってみました。
俺は相変わらずです。でも、赤点は回避してるから心配しないで。
負担にならない程度でまた話せたら嬉しい。俺が分かる範囲なら教えられるし、俺ももっと教えてほしい。
ずっとそうやって楽しく過ごしたかった。愛菜のおかげで俺は生きていられた。
ありがとう。愛菜がいてくれて幸せだった】


「なんで…」
大切な相手が理不尽な目に遭い、突然いなくなる。
そのことを真正面から受け止められる人間はそうそういない。
「…バレンタインだからって、告白の手紙と一緒にぬいぐるみが届いたんです。
私も好きだって返したかった。ちゃんと伝えたかったのに…」
ふたりの関係はよく分からないが、大切に想いあっていたことは分かる。
「…あなたが強く想えば、きっと届きます」
「そっか。そうならいいな…」
空を見上げ、和泉愛菜は静かに涙する。
持っていたぬいぐるみを大切そうに抱きしめ、一礼してどこかへ向かって歩きだした。
「お疲れ様です」
「リーダー…」
本部に戻ると、矢田がげっそりした顔でこちらを見ている。
「何か問題でもありましたか?」
「いや、大丈夫です」
矢田の机には、大量の手紙が仕分けられている。
…そういうことか。
「あとは私がやっておきますから、置いておいてください。長田をひとりにしてはいけません」
「でも、それじゃあリーダーが…」
「平気です。この程度の量ならひとりでさばけます」
「…それじゃあ、半分お願いします。リーダーだって、氷空ちゃんをひとりにしちゃ駄目ですよ」
言い返す前に矢田は本部を出てしまった。
仕方がないので頼まれた半分だけを鞄に入れ、届けてまわる。
「……別に、予定なんてないのに」
携帯電話を手にとり、いつかもらった紙に欠かれた連絡先にメールを送る。
【もし時間があるなら駅前に来て】
送った後でやめておけばよかったと少し後悔したが、すぐに返信がきた。
【行きます】
真っ直ぐな返事が彼女らしい。
今日くらいは素直に気持ちを言葉にしてもいいだろう。
…そういう、素直になれない想いを伝える日なのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

物置小屋

黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。 けれど、もうやりたかった仕事を目指せない…。 そもそも、もう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。 どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。 ──ここは、そんな作者が希望や絶望をこめた台詞や台本の物置小屋。 1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。 時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。 使いたいものがあれば声をかけてください。 リクエスト、常時受け付けます。 お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

道化師より

黒蝶
ライト文芸
カメラマンの中島結は、とあるビルの屋上で学生の高倉蓮と出会う。 蓮の儚さに惹かれた結は写真を撮らせてほしいと頼み、撮影の練習につきあってもらうことに。 これから先もふたりの幸せが続いていく……はずだった。 これは、ふたりぼっちの30日の記録。 ※人によっては不快に感じる表現が入ります。

夜紅の憲兵姫

黒蝶
ライト文芸
烏合学園監査部…それは、生徒会役員とはまた別の権威を持った独立部署である。 その長たる高校部2年生の折原詩乃(おりはら しの)は忙しい毎日をおくっていた。 妹の穂乃(みの)を守るため、学生ながらバイトを複数掛け持ちしている。 …表向きはそういう学生だ。 「普通のものと変わらないと思うぞ。…使用用途以外は」 「あんな物騒なことになってるなんて、誰も思ってないでしょうからね…」 ちゃらい見た目の真面目な後輩の陽向。 暗い過去と後悔を抱えて生きる教師、室星。 普通の人間とは違う世界に干渉し、他の人々との出逢いや別れを繰り返しながら、詩乃は自分が信じた道を歩き続ける。 これは、ある少女を取り巻く世界の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ノーヴォイス・ライフ

黒蝶
恋愛
ある事件をきっかけに声が出せなくなった少女・八坂 桜雪(やさか さゆき)。 大好きだった歌も歌えなくなり、なんとか続けられた猫カフェや新しく始めた古書店のバイトを楽しむ日々。 そんなある日。見知らぬ男性に絡まれ困っていたところにやってきたのは、偶然通りかかった少年・夏霧 穂(なつきり みのる)だった。 声が出ないと知っても普通に接してくれる穂に、ただ一緒にいてほしいと伝え…。 今まで抱えてきた愛が恋に変わるとき、ふたりの世界は廻りはじめる。

約束のスピカ

黒蝶
キャラ文芸
『約束のスピカ』 烏合学園中等部2年の特進クラス担任を任された教師・室星。 成績上位30名ほどが集められた教室にいたのは、昨年度中等部1年のクラス担任だった頃から気にかけていた生徒・流山瞬だった。 「ねえ、先生。神様って人間を幸せにしてくれるのかな?」 「それは分からないな…。だが、今夜も星と月が綺麗だってことは分かる」 部員がほとんどいない天文部で、ふたりだけの夜がひとつ、またひとつと過ぎていく。 これは、ある教師と生徒の後悔と未来に繋がる話。 『追憶のシグナル』 生まれつき特殊な力を持っていた木嶋 桜良。 近所に住んでいる岡副 陽向とふたり、夜の町を探索していた。 「大丈夫。俺はちゃんと桜良のところに帰るから」 「…約束破ったら許さないから」 迫りくる怪異にふたりで立ち向かう。 これは、家庭内に居場所がないふたりが居場所を見つけていく話。 ※『夜紅の憲兵姫』に登場するキャラクターの過去篇のようなものです。 『夜紅の憲兵姫』を読んでいない方でも楽しめる内容になっています。

処理中です...