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第21章『解けた糸』
第117話
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あの後御守を渡しに行ったけど、おばさんは寝ているからと直接渡すことができなかった。
新学期が始まる前に病院へ行くと、結構酷い捻挫だったらしい。
走ろうとするとまだ痛むけど、だいぶマシにはなった。
「……」
「氷雨君?」
痛む足を引きずって辿り着いた屋上で声をかけたつもりだったけど、なんだかぼんやりしていえ全く気づいていないみたいだった。
「氷雨君」
「…ああ、君か」
なんだか心ここにあらずに見えるのは気のせいだろうか。
少し違和感を覚えながらもお弁当を渡す。
「これ、よかったらどうぞ」
「…いつも手間じゃない?」
「慣れてるから」
「……そう」
まだおばさんと暮らしていた頃、毎日おばさんのお昼ご飯を作っていたことがある。
おばさんには気を遣わなくていいと言われたけど、何かしないと気がすまなかった。
「ここもだいぶ冷えてきたね」
「…入る?」
氷雨君は大きめのシートの上にもふもふのひざ掛けを敷きつめていた。
「座っていいの?」
「そこに座ったら寒いだろうから」
「ありがとう」
ふたりでお弁当を食べた後、私は授業を抜け出して黄泉行列車の正装に着替える。
「あれ、氷空ちゃん?」
「長田さん、こ、こんにちは」
「こんにちは。今日は早いね。まだお昼なのに…」
「なんとなく、早く来ておきたかったんです」
「でしたら発車前の掃除を手伝っていただけませんか?」
ふりかえると、いつの間にか氷雨君が立っていた。
「私、2階席の掃除してきます」
「矢田もいるはずなので是非お願いします」
「はい!」
長田さんが走っていった後、手招きされて別の車両に案内される。
「君はこっち。俺もここをやるから」
「分かった。いつもどおりのやり方でいいの?」
「うん」
実は発車前の掃除も何回かしたことがある。
ただ、丁寧にやっていると他の人たちと比べて遅くなってしまう。
慣れていないのもあるし、恐る恐る触らないと壊してしまいそうで不安になるからだ。
「そこはもう大丈夫。他の席を磨いて」
「あ、うん…」
おばさんは大丈夫だろうか。
少し不安になっていると、とんとんと遠慮がちに肩をたたかれる。
《あの、すみません。えっと…この切符ってこの列車ので合ってますか?》
「はい。そうですが…」
まさかこんなに早くお客様が現れるとは思わなかった。
どうしようか迷っていると、氷雨君が笑顔で答える。
「お客様、申し訳ありませんが只今清掃中でして…。お席へのご案内ができない状態となっております。しばらくお待ちいただけませんか?」
《ごめんなさい。外のベンチで待ってます》
相手が出たのを見て、氷雨君は小さく呟いた。
「…自分の本心が分からなくなるくらいのいい子タイプか」
新学期が始まる前に病院へ行くと、結構酷い捻挫だったらしい。
走ろうとするとまだ痛むけど、だいぶマシにはなった。
「……」
「氷雨君?」
痛む足を引きずって辿り着いた屋上で声をかけたつもりだったけど、なんだかぼんやりしていえ全く気づいていないみたいだった。
「氷雨君」
「…ああ、君か」
なんだか心ここにあらずに見えるのは気のせいだろうか。
少し違和感を覚えながらもお弁当を渡す。
「これ、よかったらどうぞ」
「…いつも手間じゃない?」
「慣れてるから」
「……そう」
まだおばさんと暮らしていた頃、毎日おばさんのお昼ご飯を作っていたことがある。
おばさんには気を遣わなくていいと言われたけど、何かしないと気がすまなかった。
「ここもだいぶ冷えてきたね」
「…入る?」
氷雨君は大きめのシートの上にもふもふのひざ掛けを敷きつめていた。
「座っていいの?」
「そこに座ったら寒いだろうから」
「ありがとう」
ふたりでお弁当を食べた後、私は授業を抜け出して黄泉行列車の正装に着替える。
「あれ、氷空ちゃん?」
「長田さん、こ、こんにちは」
「こんにちは。今日は早いね。まだお昼なのに…」
「なんとなく、早く来ておきたかったんです」
「でしたら発車前の掃除を手伝っていただけませんか?」
ふりかえると、いつの間にか氷雨君が立っていた。
「私、2階席の掃除してきます」
「矢田もいるはずなので是非お願いします」
「はい!」
長田さんが走っていった後、手招きされて別の車両に案内される。
「君はこっち。俺もここをやるから」
「分かった。いつもどおりのやり方でいいの?」
「うん」
実は発車前の掃除も何回かしたことがある。
ただ、丁寧にやっていると他の人たちと比べて遅くなってしまう。
慣れていないのもあるし、恐る恐る触らないと壊してしまいそうで不安になるからだ。
「そこはもう大丈夫。他の席を磨いて」
「あ、うん…」
おばさんは大丈夫だろうか。
少し不安になっていると、とんとんと遠慮がちに肩をたたかれる。
《あの、すみません。えっと…この切符ってこの列車ので合ってますか?》
「はい。そうですが…」
まさかこんなに早くお客様が現れるとは思わなかった。
どうしようか迷っていると、氷雨君が笑顔で答える。
「お客様、申し訳ありませんが只今清掃中でして…。お席へのご案内ができない状態となっております。しばらくお待ちいただけませんか?」
《ごめんなさい。外のベンチで待ってます》
相手が出たのを見て、氷雨君は小さく呟いた。
「…自分の本心が分からなくなるくらいのいい子タイプか」
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