皓皓、天翔ける

黒蝶

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第19章『秘密』

第109話

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「あ、あの、申し訳、」
《ごめん》
どうして女性が頭を下げているのか、私には分からなかった。
《あたし、大事なこと忘れてた》
「大事なこと、ですか?」
《うん。あたしはじいちゃんばあちゃんが大好きで、いつも助けてもらってたこと。
やっぱりあの男たちのことは許せないけど、人に優しくなれないと駄目だってこと》
女性は想い出に浸るようにそっと目を閉じる。
ミルクセーキを味わいながら、どんなことを思い返しているんだろう。
少し時間が経って、女性は持っていた紙切れを私に差し出す。
《お願い。あの人たちを止めて。暗号の答え、ここに書いてあるから》
「私でいいんですか…?」
《あなたたちに賭けたい。駄目かな?》
受け取っていいのか迷っていると、氷雨君が女性に便箋を渡す。
「この列車で書いた手紙は、届けたい相手の手元に送られるといわれています」
《なら、あなたたちがあの家に入れるような内容を書こうかな。…ねえ、他の人にも出せるの?》
「お客様がお望みなら」
《なら、もう2通書こうかな》
一旦グラスをどけて、女性は手紙を書きはじめた。
「…今のうちに少し休憩してきて」
氷雨君に小さく耳打ちされて、一旦その場を離れる。
特にすることがあるわけじゃないので、階段の掃除をしておいた。
持っていた水を飲んでいると、長田さんが転びそうになっているところに遭遇する。
「ごめんなさい!大丈夫だった?」
「は、はい」
「私、やっぱり死んでも運がないな…」
長田さんは苦笑いして、そのままお客様のところへ戻っていった。
「…死んでも、運がない?」
長田さんの言葉が突き刺さる。
それじゃあまるで、長田さんが死んでしまっているみたいじゃないか。
気になったけど、お客様がいるのに個人的なことで動くわけにはいかない。
《できた!》
「お疲れ様でした」
氷雨君と女性が楽しそうに話しているのを見て、間には入るのを躊躇する。
しばらく呆然としていたけど、女性が私に気づいて手をふってくれた。
《ありがとう。あなたのおかげで1番大事なことを思い出せた気がする。
それに、ばあちゃんの味も久しぶりで…なんだか感動しちゃった》
「わ、私はただ、自分にできることをしただけなので…」
《それって、誰にでもできることじゃないと思う。あたしは蔵の謎を解くことしかできなかったしね》
「…お客様が解いてくれて、お祖父様は喜ばれているのではないでしょうか?」
《そうだといいな…。あとは向こうで会えたら話してくるよ》
女性は笑顔で列車を降りる。
とても晴れ晴れした表情をしている、自分の気持ちに正直であり続けたお客様を姿が見えなくなるまで見送った。
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