皓皓、天翔ける

黒蝶

文字の大きさ
上 下
105 / 236
第16章『怖い帰り』

第88話

しおりを挟む
「あの、長田さんって、私と同じなの?」
車内を歩きながら氷雨君に尋ねると、資料を渡しながら首を横にふった。
「彼女は矢田の知り合いで、一緒にいたいと頼まれたんだ。…もう死んでるけど」
「そうなの?」
「たしか事故死だったはずだけど、詳しいことは知らない。…それより、なんで今日の昼あんなに早く出たの?」
「おばさんのところに行く予定があったし、室星先生と話すことがあるのかもしれないと思って…。余計なことだった?」
「…気を遣わせてごめん」
「私がやりたくてやったことだから」
そういえば、おばさんのところに着替えを届けたとき、不思議なものを見かけた。
「あの、氷雨君」
「どうかした?」
「おばさんの施設に不思議なものがいたのを見たんだけど、ちょっとだけ話してもいい?」
氷雨君は真剣な顔で頷いた。

「氷空ちゃん、今日もありがとう」
「私にできること、これくらいしかないから」
本当はもっとおばさんに恩返ししたいけど、欲しい物や着替えを持っていくことしかできていない。
「そういえば、黒いコートの人に会わなかった?」
「会ってないけど…もしかして、知り合い?」
「いいえ。あくまで噂なんだけどね、肩をたたかれた人があの世に連れて行かれるとか、不幸になるとか…」
「そういう噂があるの?」
「前はそんな怖いのなかったんだけどね…」
おばさんは苦笑いしながら話してくれた。
それがどうしても頭から離れない。

「それで、肩はたたかれなかったけど、帰りに見かけて…」
《それ、あたシノコト?》
けたけた笑う声がして振り向くと、顔がない黒コートを着た人が笑い声をあげていた。
「…合図したら隣の車両まで走って。誰も乗ってないはずだから」
真っ黒なコートが星を拐うようにはためく。
その一瞬のすきを逃さなかった。
「……」
氷雨君に促され、そのままダッシュで隣の車両にうつる。
誰か呼んだ方がいいのか、何か必要なものはないのか…迷っている間に氷雨君が飛びこんできた。
《あケテ、ねエ、あけテヨ…》
人間よりずっと強い力でたたかれている。
このままでは扉が開けられてしまうかもしれない。
「怪我してない?」
「俺のことより自分の心配しなよ。…ところで、箒持ってる?」
「あ、うん」
できるだけ持ち歩くように言われていたので、折りたたんでいた柄の部分を組み立てる。
「それで思いきり攻撃していい。あれの狙いはお客様だから」
「どういうこと?」
「細かいことを説明している時間はない。扉を凍らせて」
がんがんと叩く音が強くなっていて、少し怖いと感じながら扉に向かって思いきり箒をふる。
扉は凍って開けづらくなっているけど、時間稼ぎにしかならない。
「大丈夫。あとは俺に任せてくれればいいから」
氷雨君はどこかに連絡して、そう小さく呟く。
その言葉がとても温かかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~

山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝 大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する! 「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」 今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。 苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。 守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。 そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。 ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。 「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」 「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」 3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

幸せの椅子【完結】

竹比古
ライト文芸
 泣き叫び、哀願し、媚び諂い……思いつくことは、何でもした。  それでも、男は、笑って、いた……。  一九八五年、華南経済圏繁栄の噂が広がり始めた中国、母親の死をきっかけに、四川省の農家から、二人の幼子が金持ちになることを夢見て、繁栄する華南経済圏の一省、福建省を目指す。二人の最終目的地は、自由の国、美国(アメリカ)であった。  一人は国龍(グオロン)、もう一人は水龍(シュイロン)、二人は、やっと八つになる幼子だ。  美国がどこにあるのか、福建省まで何千キロの道程があるのかも知らない二人は、途中に出会った男に無事、福建省まで連れて行ってもらうが、その馬車代と、体の弱い水龍の薬代に、莫大な借金を背負うことになり、福州の置屋に売られる。  だが、計算はおろか、数の数え方も知らない二人の借金が減るはずもなく、二人は客を取らされる日を前に、逃亡を決意する。  しかし、それは適うことなく潰え、二人の長い別れの日となった……。  ※表紙はフリー画像を加工したものです。

月と太陽

もちっぱち
ライト文芸
雪村 紗栄は 月のような存在でいつまでも太陽がないと生きていけないと思っていた。 雪村 花鈴は 生まれたときから太陽のようにギラギラと輝いて、誰からも好かれる存在だった。 そんな姉妹の幼少期のストーリーから 高校生になった主人公紗栄は、 成長しても月のままなのか それとも、自ら光を放つ 太陽になることができるのか 妹の花鈴と同じで太陽のように目立つ 同級生の男子との出会いで 変化が訪れる 続きがどんどん気になる 姉妹 恋愛 友達 家族 いろんなことがいりまじった 青春リアルストーリー。 こちらは すべてフィクションとなります。 さく もちっぱち 表紙絵 yuki様

夢の国警備員~殺気が駄々洩れだけどやっぱりメルヘンがお似合い~

鏡野ゆう
ライト文芸
日本のどこかにあるテーマパークの警備スタッフを中心とした日常。 イメージ的には、あそことあそことあそことあそこを足して、4で割らない感じの何でもありなテーマパークです(笑) ※第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます♪※ カクヨムでも公開中です。

ある公爵令嬢の生涯

ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。 妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。 婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。 そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが… 気づくとエステルに転生していた。 再び前世繰り返すことになると思いきや。 エステルは家族を見限り自立を決意するのだが… *** タイトルを変更しました!

最後の思い出に、魅了魔法をかけました

ツルカ
恋愛
幼い時からの婚約者が、聖女と婚約を結びなおすことが内定してしまった。 愛も恋もなく政略的な結びつきしかない婚約だったけれど、婚約解消の手続きの前、ほんの短い時間に、クレアは拙い恋心を叶えたいと願ってしまう。 氷の王子と呼ばれる彼から、一度でいいから、燃えるような眼差しで見つめられてみたいと。 「魅了魔法をかけました」 「……は?」 「十分ほどで解けます」 「短すぎるだろう」

千早さんと滝川さん

秋月真鳥
ライト文芸
私、千早(ちはや)と滝川(たきがわ)さんは、ネットを通じて知り合った親友。 毎晩、通話して、ノンアルコール飲料で飲み会をする、アラサー女子だ。 ある日、私は書店でタロットカードを買う。 それから、他人の守護獣が見えるようになったり、タロットカードを介して守護獣と話ができるようになったりしてしまう。 「スピリチュアルなんて信じてないのに!」 そう言いつつも、私と滝川さんのちょっと不思議な日々が始まる。 参考文献:『78枚のカードで占う、いちばんていねいなタロット』著者:LUA(日本文芸社) タロットカードを介して守護獣と会話する、ちょっと不思議なアラサー女子物語。

処理中です...