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第14章『協力者』
第72話
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なんだかいつもよりお客さんの数が少なくて驚いた。
「氷空ちゃん、こんばんは」
「えっと…こんばんは」
矢田さんはいつもどおり声をかけてくれたけど、なんだか元気がないような気がする。
「あ、あの、これ…」
「ん?」
「嫌じゃなければ、食べてください」
飴ならあまり好き嫌いはないだろうからと持ち歩いている。
声がかすれるのを防止する為に自分の分は薄荷飴にしてあるけど、人にあげるのは普通の市販の飴だ。
もしかして、苦手だったのだろうか。
「ありがとう。ここで食べていこうかな」
その言葉にほっとした。
どうやら今夜は矢田さんも見回りらしい。
積極することはないだろうけど、迷子を見つけたら放っておけないと話してくれた。
「生きているだけで心細い思いをしている人だっているんだから、ここでだけは笑顔になってほしいって思うんだ」
「…そうですね。お客様には笑ってほしいです」
矢田さんも何か苦しみを抱えてきたのだろうか。
それと、まるで自分が生きていないような言い方が引っかかった。
「氷空ちゃんはすごいよね。リーダーから色々聞いてるけど、僕には真似できないよ」
「え…どういうことですか?」
「リーダーは氷空ちゃんのことをよく褒めてるんだ。彼女の人の心に寄り添う接客は真似できるものではありませんって言ってたし」
知らなかった。
私なんてまだまだで、他の人たちみたいにスマートな動きはできない。
いつも目の前のお客様だけでせいいっぱいだし、ミスをすることもある。
「私なんか、まだまだです」
「…勝手な言い分だけど、もっと自信持ってほしいな。僕ももっと自信を持っていいと思うし、リーダーも──」
「……矢田」
いつもより低い声で名前を呼ばれた矢田さんは、恐る恐るといった様子で振り向く。
そこには、顔だけは笑顔を貼りつけた氷雨君が立っていた。
「え、り、リーダー?あの…」
「向こうの車両のお客様の接客をお願いします。どうやら記憶が混濁しているようで、ヘルプを頼みたいと話していました」
「わ、分かりました…」
矢田さんが別の車両に移動したのを確認して、思いきって訊いてみた。
「あの、氷雨君。さっき矢田さんから、」
「何も聞かなかったことにして」
怒っているのかと思ったけど、氷雨君の頬が赤くなっている。
「…うん、分かった」
「……」
「どうかした?」
「笑ってるところ、あんまり見たことなかったから驚いただけ」
氷雨君はふっと笑って、お菓子を渡してくれた。
「もらっていいの?」
「余り物でよければ」
「それじゃあ、私も…これ、よかったら食べて」
「飴?助かる」
氷雨君は嫌な顔ひとつせず受け取ってくれた。
そういえば、リーダーと呼ばれる彼は一体どんな仕事をしているんだろう。
他の人とは別のこともやっているはずなのに、疲れているところを見たことがない。
少し不思議に思いながら、いつもどおり見回りの仕事を終えた。
「氷空ちゃん、こんばんは」
「えっと…こんばんは」
矢田さんはいつもどおり声をかけてくれたけど、なんだか元気がないような気がする。
「あ、あの、これ…」
「ん?」
「嫌じゃなければ、食べてください」
飴ならあまり好き嫌いはないだろうからと持ち歩いている。
声がかすれるのを防止する為に自分の分は薄荷飴にしてあるけど、人にあげるのは普通の市販の飴だ。
もしかして、苦手だったのだろうか。
「ありがとう。ここで食べていこうかな」
その言葉にほっとした。
どうやら今夜は矢田さんも見回りらしい。
積極することはないだろうけど、迷子を見つけたら放っておけないと話してくれた。
「生きているだけで心細い思いをしている人だっているんだから、ここでだけは笑顔になってほしいって思うんだ」
「…そうですね。お客様には笑ってほしいです」
矢田さんも何か苦しみを抱えてきたのだろうか。
それと、まるで自分が生きていないような言い方が引っかかった。
「氷空ちゃんはすごいよね。リーダーから色々聞いてるけど、僕には真似できないよ」
「え…どういうことですか?」
「リーダーは氷空ちゃんのことをよく褒めてるんだ。彼女の人の心に寄り添う接客は真似できるものではありませんって言ってたし」
知らなかった。
私なんてまだまだで、他の人たちみたいにスマートな動きはできない。
いつも目の前のお客様だけでせいいっぱいだし、ミスをすることもある。
「私なんか、まだまだです」
「…勝手な言い分だけど、もっと自信持ってほしいな。僕ももっと自信を持っていいと思うし、リーダーも──」
「……矢田」
いつもより低い声で名前を呼ばれた矢田さんは、恐る恐るといった様子で振り向く。
そこには、顔だけは笑顔を貼りつけた氷雨君が立っていた。
「え、り、リーダー?あの…」
「向こうの車両のお客様の接客をお願いします。どうやら記憶が混濁しているようで、ヘルプを頼みたいと話していました」
「わ、分かりました…」
矢田さんが別の車両に移動したのを確認して、思いきって訊いてみた。
「あの、氷雨君。さっき矢田さんから、」
「何も聞かなかったことにして」
怒っているのかと思ったけど、氷雨君の頬が赤くなっている。
「…うん、分かった」
「……」
「どうかした?」
「笑ってるところ、あんまり見たことなかったから驚いただけ」
氷雨君はふっと笑って、お菓子を渡してくれた。
「もらっていいの?」
「余り物でよければ」
「それじゃあ、私も…これ、よかったら食べて」
「飴?助かる」
氷雨君は嫌な顔ひとつせず受け取ってくれた。
そういえば、リーダーと呼ばれる彼は一体どんな仕事をしているんだろう。
他の人とは別のこともやっているはずなのに、疲れているところを見たことがない。
少し不思議に思いながら、いつもどおり見回りの仕事を終えた。
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