皓皓、天翔ける

黒蝶

文字の大きさ
上 下
61 / 236
第10章『願い』

第51話

しおりを挟む
「君、勇気あるね」
「あれでよかったの?」
「うん。侵入者に対してはあれが正解だ」
うずくまる何かはぎろりとこちらを睨みつけていて、なんだか近寄りがたい雰囲気を感じる。
《ドウシテ、捨テタノ……?ドウシテ裏切ッタノ?》
鞭のような太さになった髪の毛の束が振り下ろされて、治りきっていない傷に当たる。
「こいつは抑えるから早く逃げて」
「ドアが開かないの」
《キシシ!》
勢いよく飛びかかってこようとした小さな体は一瞬で吹き飛ばされる。
いつもより低い声がその場に響いた。
「…今出ていけば見逃してやる。選べ」
氷雨君の冷たい視線は相手に突き刺さった。
《ユルサナイ!》
「待て!」
氷雨君が制止するのも気に留めず、小さい何かはどんどん前の車両へ移動していく。
「すぐ開けるから。…立てる?」
「へ、平気…」
あんなに開かなかったドアが、相手のところまで導くように自動で開く。
「……総員、侵入者に備えてください。先程までは小柄な人形の姿でしたが、髪の毛を伸ばして攻撃してくると思われます。
現時点では侵入者と位置づけますが、危害をくわえる様子が見られなければ保護してください」
インカム越しに伝えられる指示と、どたばた動き出す沢山の足音。
それらを隣で聞きながら、氷雨君は解説してくれた。
「侵入者というのは、お客様である死霊以外で攻撃の意志がみられるもののこと。
時々ただの迷子だったりするけど、侵入者の目的は死霊を食べ尽くすこと」
「つまり、お客様の魂をまるまる食べてしまうってこと?」
「うん。だから早く捕まえないとまずいんだ。侵入者からすれば、この列車は食料庫と変わらないからね」
目の前に無料食べ放題のお店があったら、人間だって喜んで走っていく。
それと同じことが人間の魂におきてもおかしくないんだと思うと、頭がくらっとした。
「君はここにいて。最上級の獲物になり得る」
「だけど、それは氷雨君も同じなんじゃ…」
「いいから」
一緒に行っても足手まといになるだけかもしれない。
そう思うと、ついていかせてほしいとは言えなかった。
けど、独りになるのも同じくらい危険だったわけで。
《ユルセナイ!》
「う……!」
髪の毛のようなものが首に巻きつく。
相手の体に触れようと手を伸ばすと、なんとか姿を確認することができた。
どうやら人形のようで、綺麗な着物を着ている。
「あな、たは…何が、赦せなかったの?」
《ユルセナイ、赦せナイノ……》
聞こえているのかいないのか、はっきりとは分からない。
それでも、悲しそうにしている姿に嘘はないはずだ。
それが分かっているなら、私にできることはひとつだけ。
「あなたの、話…聞か、せて、くれる?」
《……》
小さい体を抱きとめるのと同時に、私の意識は真っ暗闇へと引きずりこまれていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ツキヒメエホン ~Four deaths, four stories~ 第一部

海獺屋ぼの
ライト文芸
京極月姫(キョウゴクルナ)は高校を卒業してから、地元の町役場に就職して忙しい毎日を送っていた。 彼女の父親は蒸発していたが、ある日無残な姿となって発見される。そしてこれが彼女の人生の分岐点になった……。 泉聖子は女性刑事として千葉県警に勤めていた。ある日、外房で発生した水死体発見事件の捜査を行うことになった。その事件を捜査していくと、聖子が過去に出会った未解決事件との類似点が見つかった……。 長編小説『月の女神と夜の女王』の正式続編。 ※一部のため、こちらでは完結しません。

大人の不条理劇場

NANA
ライト文芸
大人向けの短めの小説です。

リスト・カウント

黒百合
ライト文芸
 明るい性格で誰からも好かれる性格の高校二年生の少女“白瀬ひなみ”。そんな彼女の悩みは母親が重い病気で入院していることだった。  ある日、高校の帰りに道端に落ちていた謎の指輪を拾った彼女はそれが引き金となり『魔法』を使える存在になる。不意に使えた時間を止める力を指輪に由来する『魔法』ではないかと考えた彼女はその指輪の持ち主が現れるまで所持してみることにする。  『魔法』を使えることを覚えた彼女は、日常の中でも『魔法』を使って彼女の生活を便利に変えていった。そんな彼女の手首には『数字のカウント』がいつのまにか示されており?

喪女奇譚

桐江流花
ライト文芸
趣味で同人誌を描いている主人公、田部美代子はアラサーのオタク腐女子である。化粧も碌にした事がなければファッションにも興味がなく、興味があるのは二次元の世界だけ。テンプレ通りの喪女であったが同人イベントで自分の本を喜んで手に取ってくれる人達と、二次元を語れる友達がいればどうでもいい……年齢と同じ分だけ恋愛経験がなくても……。 だが、大切だった自分の生きるべき世界に突然暗雲が立ちこめる。過去にトラブルになった冬月とばったりと遭遇してしまったのだ。冬月は過去、匿名掲示板で美代子の外見などの悪口を書き連ねた疑惑のある人物だった。過去のトラウマを呼び起こす冬月の態度。美代子は友人の力を借りて喪女を改革する決意をする。喪女を脱する為に、気の遠くなるような戦いが始まった。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

妹は欲しがりさん!

よもぎ
ライト文芸
なんでも欲しがる妹は誰からでもなんでも欲しがって、しまいにはとうとう姉の婚約者さえも欲しがって横取りしてしまいましたとさ。から始まる姉目線でのお話。

【完結】二度目のお別れまであと・・・

衿乃 光希(絵本大賞参加中)
ライト文芸
一年前の夏、大好きな姉が死んだ。溺れた私を助けて。後悔から、姉の代わりになろうと同じ看護科に入学した。 でも授業にはついていけない。そもそも看護には興味がない。 納骨をすると告げられ反対したその日、最愛の姉が幽霊になってあたしの前に現れた――。 仲良し姉妹の絆とお別れの物語 第7回ライト文芸大賞への投票ありがとうございました。71位で最終日を迎えられました。

処理中です...