60 / 236
第10章『願い』
第50話
しおりを挟む
次の出勤日、重い足を引きずりながら駅に向かう。
そこにはもうすでに氷雨君がいて、少し気まずかった。
「あ、あの…」
「別に怒ってないから、そんなに萎縮しないで」
いつもより柔らかい口調で言われて、それが余計に怖い。
やっぱり怒っているんじゃないか、お客様を傷つける結果になってしまったんじゃないか…色々な不安でごちゃまぜになる。
「本当に怒ってないし、呆れてもいない。…ただ、言い方が悪かったことは謝る」
「どうして氷雨君が謝るの?」
「俺はただ君を早く帰らせたかっただけで、怒ったわけじゃない」
やっぱり何か失敗して迷惑をかけたんだ。
自分が情けなくて視界が滲む。
「え……」
「ごめんなさい。なんでもなくて…」
「今の君、怪我だらけでしょ?早く休ませたかっただけだから」
そういう意味だったんだ。
「…本当?」
「嘘は吐かない」
「分かった。信じる」
氷雨君はやっぱり優しい人で、一緒にいると落ち着く。
不器用な言葉の中に温かみがあって、リーダーということもあってか周りの人たちをよく見ている。
「今夜は亡くなられたばかりのお客様の他に、お盆の間戻ってきて還り方が分からなくなった方々もいらっしゃるから気をつけて。
生きている人間が乗ってるとなると、大変なことになるから」
「わ、分かった」
いつもより帽子を深くかぶり、気合を入れる。
「心配しなくても、そんな危険車両を君に任せたりしない。
あの車両には流石に慣れてる人を配置しないと危険だから」
「それなら、私はいつもどおりに仕事していれば大丈夫ってこと?」
「俺についてきてくれればいい」
「分かりました。…が、頑張る」
「それほど緊張する必要はない。いつもどおりにやっていればいいから。
ただ、少し違うのは担当するお客様が事前に決まっていないこと」
いつもなら、決まったお客様の情報を頭に入れていた。
それがないとなると、どんなふうに接すればいいか分からない。
不安な気持ちをかかえたまま、氷雨君の後ろをついていく。
列車が発車して少ししたところで、死因不明瞭の車両に矢田さんが駆けこんできた。
「リーダー、大変です!」
「取り敢えず落ちついてください。それで、何がありましたか?」
「人の形だった何かが紛れこんでいたようで…最後尾の車両が襲われました」
「分かりました。すぐ行きます。あなたはお客様の相手をお願いします」
「分かりました」
矢田さんが走っていくのと同時に、氷雨君は最後尾の車両へ走り出す。
「…侵入者か」
「侵入者?」
「君は来ない方がいい」
そう言われたものの、さっき通れたはずのドアが何故か開かなくなってしまっている。
どうしようか迷っていると、毛束のようなものが襲いかかってきた。
《ユルサナイ!》
「わっ……」
咄嗟に近くにあったモップで薙ぎ払うと、相手はうめき声をあげた。
そこにはもうすでに氷雨君がいて、少し気まずかった。
「あ、あの…」
「別に怒ってないから、そんなに萎縮しないで」
いつもより柔らかい口調で言われて、それが余計に怖い。
やっぱり怒っているんじゃないか、お客様を傷つける結果になってしまったんじゃないか…色々な不安でごちゃまぜになる。
「本当に怒ってないし、呆れてもいない。…ただ、言い方が悪かったことは謝る」
「どうして氷雨君が謝るの?」
「俺はただ君を早く帰らせたかっただけで、怒ったわけじゃない」
やっぱり何か失敗して迷惑をかけたんだ。
自分が情けなくて視界が滲む。
「え……」
「ごめんなさい。なんでもなくて…」
「今の君、怪我だらけでしょ?早く休ませたかっただけだから」
そういう意味だったんだ。
「…本当?」
「嘘は吐かない」
「分かった。信じる」
氷雨君はやっぱり優しい人で、一緒にいると落ち着く。
不器用な言葉の中に温かみがあって、リーダーということもあってか周りの人たちをよく見ている。
「今夜は亡くなられたばかりのお客様の他に、お盆の間戻ってきて還り方が分からなくなった方々もいらっしゃるから気をつけて。
生きている人間が乗ってるとなると、大変なことになるから」
「わ、分かった」
いつもより帽子を深くかぶり、気合を入れる。
「心配しなくても、そんな危険車両を君に任せたりしない。
あの車両には流石に慣れてる人を配置しないと危険だから」
「それなら、私はいつもどおりに仕事していれば大丈夫ってこと?」
「俺についてきてくれればいい」
「分かりました。…が、頑張る」
「それほど緊張する必要はない。いつもどおりにやっていればいいから。
ただ、少し違うのは担当するお客様が事前に決まっていないこと」
いつもなら、決まったお客様の情報を頭に入れていた。
それがないとなると、どんなふうに接すればいいか分からない。
不安な気持ちをかかえたまま、氷雨君の後ろをついていく。
列車が発車して少ししたところで、死因不明瞭の車両に矢田さんが駆けこんできた。
「リーダー、大変です!」
「取り敢えず落ちついてください。それで、何がありましたか?」
「人の形だった何かが紛れこんでいたようで…最後尾の車両が襲われました」
「分かりました。すぐ行きます。あなたはお客様の相手をお願いします」
「分かりました」
矢田さんが走っていくのと同時に、氷雨君は最後尾の車両へ走り出す。
「…侵入者か」
「侵入者?」
「君は来ない方がいい」
そう言われたものの、さっき通れたはずのドアが何故か開かなくなってしまっている。
どうしようか迷っていると、毛束のようなものが襲いかかってきた。
《ユルサナイ!》
「わっ……」
咄嗟に近くにあったモップで薙ぎ払うと、相手はうめき声をあげた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
道化師より
黒蝶
ライト文芸
カメラマンの中島結は、とあるビルの屋上で学生の高倉蓮と出会う。
蓮の儚さに惹かれた結は写真を撮らせてほしいと頼み、撮影の練習につきあってもらうことに。
これから先もふたりの幸せが続いていく……はずだった。
これは、ふたりぼっちの30日の記録。
※人によっては不快に感じる表現が入ります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
物置小屋
黒蝶
大衆娯楽
言葉にはきっと色んな力があるのだと証明したい。
けれど、もうやりたかった仕事を目指せない…。
そもそも、もう自分じゃただ読みあげることすら叶わない。
どうせ眠ってしまうなら、誰かに使ってもらおう。
──ここは、そんな作者が希望や絶望をこめた台詞や台本の物置小屋。
1人向けから演劇向けまで、色々な種類のものを書いていきます。
時々、書くかどうか迷っている物語もあげるかもしれません。
使いたいものがあれば声をかけてください。
リクエスト、常時受け付けます。
お断りさせていただく場合もありますが、できるだけやってみますので読みたい話を教えていただけると嬉しいです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
夜紅の憲兵姫
黒蝶
ライト文芸
烏合学園監査部…それは、生徒会役員とはまた別の権威を持った独立部署である。
その長たる高校部2年生の折原詩乃(おりはら しの)は忙しい毎日をおくっていた。
妹の穂乃(みの)を守るため、学生ながらバイトを複数掛け持ちしている。
…表向きはそういう学生だ。
「普通のものと変わらないと思うぞ。…使用用途以外は」
「あんな物騒なことになってるなんて、誰も思ってないでしょうからね…」
ちゃらい見た目の真面目な後輩の陽向。
暗い過去と後悔を抱えて生きる教師、室星。
普通の人間とは違う世界に干渉し、他の人々との出逢いや別れを繰り返しながら、詩乃は自分が信じた道を歩き続ける。
これは、ある少女を取り巻く世界の物語。
ノーヴォイス・ライフ
黒蝶
恋愛
ある事件をきっかけに声が出せなくなった少女・八坂 桜雪(やさか さゆき)。
大好きだった歌も歌えなくなり、なんとか続けられた猫カフェや新しく始めた古書店のバイトを楽しむ日々。
そんなある日。見知らぬ男性に絡まれ困っていたところにやってきたのは、偶然通りかかった少年・夏霧 穂(なつきり みのる)だった。
声が出ないと知っても普通に接してくれる穂に、ただ一緒にいてほしいと伝え…。
今まで抱えてきた愛が恋に変わるとき、ふたりの世界は廻りはじめる。
夜紅譚
黒蝶
ライト文芸
折原詩乃(おりはらしの)は、烏合学園大学部へと進学した。
殆どの仲間が知らない、ある秘密を抱えて。
時を同じくして、妹の穂乃(みの)が中等部へ入学してくる。
詩乃の後を継ぎ、監査部部長となった岡副陽向(おかぞえひなた)。
少し環境は変わったものの、影で陽向を支える木嶋桜良(きじまさくら)。
教師として見守ると同時に、仲間として詩乃の秘密を知る室星。
室星の近くで日々勉強を続ける流山瞬(ながやましゅん)。
妖たちから夜紅と呼ばれ、時には恐れられ時には慕われてきた詩乃が、共に戦ってきた仲間たちと新たな脅威に立ち向かう。
※本作品は『夜紅の憲兵姫』の続篇です。
こちらからでも楽しめるよう書いていきますが、『夜紅の憲兵姫』を読んでからの方がより一層楽しんでいただけると思います。
※詩乃視点の話が9割を越えると思いますが、時々別の登場人物の視点の話があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる