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第6章『護り方』
第29話
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雨降る午後、バスに乗って施設に向かうとおばさんが読んでいた本を閉じた。
「あら、今日は早いのね。もしかして、学校に行くのが嫌になった?」
「ううん。しばらく午後は休みなんだ」
「あら、そうなの。私のことはいいから、氷空がやりたいことをやって」
「私がおばさんに会いたかったの」
おばさんはいつも私を気遣ってくれるけど、ここにいることが1番心安らぐのだ。
「その気持ちは嬉しいけど、気を遣わせてない?」
「うん。おばさんといる時間が楽しいから」
「最近、何かいいことあった?」
「いいこと…」
一応あったにはあった。
…あったけど、まさか死者のお客様を黄泉の国まで案内する仕事をしているなんて言えない。
「氷空が人と関わるのが好きじゃないことは知ってるけど、案外悪くないものよ。
きっとあなたのことを大切にしてくれる人が、いつか必ず現れるわ」
おばさんがいてくれればそれでいい、なんて言ったら困らせてしまうだろうか。
曖昧に笑って、買ったばかりの本を一緒に読んでマンションへ戻る。
あの家の人間からは1度も連絡がきていない。
関わらない方が息苦しくならないので助かるけど、おばさんのことさえ心配していないのはどうなんだろう。
「……課題、ちゃんと終わったよ」
おばさんにそう連絡して、すぐ駅に向かう。
毎日色々な人と関わるからか、仕事にも少しずつ慣れてきたような気がする。
「今日は殺人事件に巻きこまれたお客様たちが乗っている車両に行く。
恨みが強い人たちもいるから、もし気分が悪くなったらすぐ言って」
「わ、分かった…」
氷雨君の後をついていくと、苦しそうに俯いている人が沢山いた。
いつもより淀んだ空気に少し気分が悪くなったけど、今回のお客様の様子を見るまでは耐えきりたい。
「…お客様、何かお探しですか?」
《あ、ああ。すみません。指輪が見つからなくて…》
今回のお客様は、包丁で滅多刺しにされた女性だ。
着ているカッターシャツは血まみれで、小指がばらばらと灰になりかけている。
「もしご迷惑でなければ、一緒に探しましょうか?」
《ありがとうございます。よくあるシルバーリングで、中にイニシャルが彫ってて…。
普段からネックレスにして持ち歩いていたんですけど、チェーンが切れてしまったみたいなんです》
悲しそうに呟く女子高生を見ていると、胸が締めつけられる。
近くを探しても見当たらないので、女子高生が乗った場所を教えてもらって探した。
初めて知ったけど、発券機が置かれていてその奥に光るものが見える。
なんとか手を伸ばして取ってみると、聞いていた特徴と同じものだった。
体を起こした瞬間、誰かとぶつかる。
「すみません」
一礼して顔をあげると、顔に包帯を巻いた人がにやりと笑った。
《申シ訳ナイト思ウナラ、俺ノ相手ヲシテモラオウカ》
ぶわっと鼻につんとくるにおいが広がり、ふらふらになりながら立ちあがる。
まだ治りきっていない腕を掴まれて困っていると、誰かがすっと間に割って入った。
「…お客様、御用でしたらあちらでお伺いします」
《俺ハ、そいツニ、》
「向こうでお伺いします」
氷雨君はがっしり腕を掴み、隔離された部屋へ連れて行く。
外からしっかり鍵をかけた後、すぐお客様のところに戻るよう言われた。
「あの、さっきの人は…」
「恨みが強すぎて誰彼構わず殺したがってる。おもてなしができる状態じゃないからこうしておくしかない。…もっとやり方があればよかったけど」
氷雨君の呟きが夜空に吸いこまれていく。
指輪が無事なのを確認して、すぐ元いた車両へ向かった。
「あら、今日は早いのね。もしかして、学校に行くのが嫌になった?」
「ううん。しばらく午後は休みなんだ」
「あら、そうなの。私のことはいいから、氷空がやりたいことをやって」
「私がおばさんに会いたかったの」
おばさんはいつも私を気遣ってくれるけど、ここにいることが1番心安らぐのだ。
「その気持ちは嬉しいけど、気を遣わせてない?」
「うん。おばさんといる時間が楽しいから」
「最近、何かいいことあった?」
「いいこと…」
一応あったにはあった。
…あったけど、まさか死者のお客様を黄泉の国まで案内する仕事をしているなんて言えない。
「氷空が人と関わるのが好きじゃないことは知ってるけど、案外悪くないものよ。
きっとあなたのことを大切にしてくれる人が、いつか必ず現れるわ」
おばさんがいてくれればそれでいい、なんて言ったら困らせてしまうだろうか。
曖昧に笑って、買ったばかりの本を一緒に読んでマンションへ戻る。
あの家の人間からは1度も連絡がきていない。
関わらない方が息苦しくならないので助かるけど、おばさんのことさえ心配していないのはどうなんだろう。
「……課題、ちゃんと終わったよ」
おばさんにそう連絡して、すぐ駅に向かう。
毎日色々な人と関わるからか、仕事にも少しずつ慣れてきたような気がする。
「今日は殺人事件に巻きこまれたお客様たちが乗っている車両に行く。
恨みが強い人たちもいるから、もし気分が悪くなったらすぐ言って」
「わ、分かった…」
氷雨君の後をついていくと、苦しそうに俯いている人が沢山いた。
いつもより淀んだ空気に少し気分が悪くなったけど、今回のお客様の様子を見るまでは耐えきりたい。
「…お客様、何かお探しですか?」
《あ、ああ。すみません。指輪が見つからなくて…》
今回のお客様は、包丁で滅多刺しにされた女性だ。
着ているカッターシャツは血まみれで、小指がばらばらと灰になりかけている。
「もしご迷惑でなければ、一緒に探しましょうか?」
《ありがとうございます。よくあるシルバーリングで、中にイニシャルが彫ってて…。
普段からネックレスにして持ち歩いていたんですけど、チェーンが切れてしまったみたいなんです》
悲しそうに呟く女子高生を見ていると、胸が締めつけられる。
近くを探しても見当たらないので、女子高生が乗った場所を教えてもらって探した。
初めて知ったけど、発券機が置かれていてその奥に光るものが見える。
なんとか手を伸ばして取ってみると、聞いていた特徴と同じものだった。
体を起こした瞬間、誰かとぶつかる。
「すみません」
一礼して顔をあげると、顔に包帯を巻いた人がにやりと笑った。
《申シ訳ナイト思ウナラ、俺ノ相手ヲシテモラオウカ》
ぶわっと鼻につんとくるにおいが広がり、ふらふらになりながら立ちあがる。
まだ治りきっていない腕を掴まれて困っていると、誰かがすっと間に割って入った。
「…お客様、御用でしたらあちらでお伺いします」
《俺ハ、そいツニ、》
「向こうでお伺いします」
氷雨君はがっしり腕を掴み、隔離された部屋へ連れて行く。
外からしっかり鍵をかけた後、すぐお客様のところに戻るよう言われた。
「あの、さっきの人は…」
「恨みが強すぎて誰彼構わず殺したがってる。おもてなしができる状態じゃないからこうしておくしかない。…もっとやり方があればよかったけど」
氷雨君の呟きが夜空に吸いこまれていく。
指輪が無事なのを確認して、すぐ元いた車両へ向かった。
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