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第4章『暴走』
第18話
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ぼうそうしゃという、聞き慣れない単語。
どんな状態なのかも分からないままついていくと、錆びついたカッターのようなものを振り回している人がいた。
《くそ、イライラすル!》
「お客様、こちらでお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
他のお客様が悲鳴をあげるなか、氷雨君はいたって冷静だった。
事務作業でもするように、表情を崩さずにっこり笑って話しかける。
《う、うう、ウルサイ!》
「申し訳ありません。ですが、これも仕事なのです」
《どケ!あいツニ、制裁ヲ、》
「──話は向こうでしましょう」
手刀がおろされ、相手はそのまま倒れる。
他の車掌さんたちにお客様の相手をするよう指示を出しながら、私に一緒に来るように目線で合図した。
「氷雨君、その人…」
「どう視える?」
ガスマスクを外してみると、いつものお客様と違って黒い煙のようなものが渦巻いている。
氷雨君が気絶させたお客様の体から出ているようだけど、詳しいことは分からない。
「いつものお客様と雰囲気が違う。あと、腕に真っ黒な蜘蛛の形の痣ができてる」
「…そこまで視えるなんて、君は本当にレアケースだ」
首を傾げていると、男性の腕とベッドの柵を手錠でつないで近くの黒板に書きはじめた。
「そこに座って。暴走者について説明するから」
「よ、よろしくお願いします」
「…暴走者というのは、さっきみたいに突然暴れだした人間のことをいうんだ。現世に長く存在していると呪いのようなものに蝕まれ、最後は自我を失う。
…個人差はあるけど、痣までしっかり視える人は滅多にいない」
氷雨君によると、大抵の人は雰囲気の違いや黒い煤のようなものに気づく程度なのだという。
「氷雨君には視えているの?」
「痣がくっきり。痣の形も色々あるけど、蜘蛛の形ってことは多分人に騙されたんだ。誰かの掌で転がされていたことに気づいて怒っているのかもしれない。
…もしお客様が起きたらこの鎮静剤を打っておいて。資料を持ってくる」
「あの、どこに打てば…」
「心臓と痣が出ている場所以外なら問題ない」
小走りで行ってしまった氷雨君の背中を見送り、男性から少し離れた場所で本を読む。
勉強道具は持っていないし、今はとてもそんな気分になれなかった。
《う、うう…》
近くから聞こえる呻き声に驚いて、すぐにその場で立った。
声をかけた方がいいのか、暴走したところを注射でどうにかした方がいいのか分からない。
《あ、あいつが、あいつが殺しタノか…あいつ、あいツ、アイツ……》
どんどん様子がおかしくなっていく男性は、何故か氷雨君が取り上げたはずのカッターナイフを手にしていた。
「戻ったよ。そちらのお客様の資料は──」
《ウワアア!》
とてつもない力で手錠を破壊し、そのまま氷雨君に向かって走り出す。
「逃げて」
氷雨君を突き飛ばした直後、腕に鈍い痛みがはしる。
カッターが刺さったのだと理解するのに少し時間がかかった。
《アイツ、アイツ、ダケハ…!》
「その人を傷つけたら、あなたの手が汚れてしまいます。それに、傷つけたらその人と同じになってしまうし…。お願いです。もうやめてください」
カッターはまだ私の腕に刺さったままだ。
氷雨君がどんな顔をしているのかよく見えない。
錆びついているカッターだったからか、今更痛みが強くなってくる。
《ウワアア!》
相手は頭を押さえてその場にうずくまる。
痣がない方の腕に注射針をさすのと、意識を手放したのはほぼ同時だった。
どんな状態なのかも分からないままついていくと、錆びついたカッターのようなものを振り回している人がいた。
《くそ、イライラすル!》
「お客様、こちらでお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
他のお客様が悲鳴をあげるなか、氷雨君はいたって冷静だった。
事務作業でもするように、表情を崩さずにっこり笑って話しかける。
《う、うう、ウルサイ!》
「申し訳ありません。ですが、これも仕事なのです」
《どケ!あいツニ、制裁ヲ、》
「──話は向こうでしましょう」
手刀がおろされ、相手はそのまま倒れる。
他の車掌さんたちにお客様の相手をするよう指示を出しながら、私に一緒に来るように目線で合図した。
「氷雨君、その人…」
「どう視える?」
ガスマスクを外してみると、いつものお客様と違って黒い煙のようなものが渦巻いている。
氷雨君が気絶させたお客様の体から出ているようだけど、詳しいことは分からない。
「いつものお客様と雰囲気が違う。あと、腕に真っ黒な蜘蛛の形の痣ができてる」
「…そこまで視えるなんて、君は本当にレアケースだ」
首を傾げていると、男性の腕とベッドの柵を手錠でつないで近くの黒板に書きはじめた。
「そこに座って。暴走者について説明するから」
「よ、よろしくお願いします」
「…暴走者というのは、さっきみたいに突然暴れだした人間のことをいうんだ。現世に長く存在していると呪いのようなものに蝕まれ、最後は自我を失う。
…個人差はあるけど、痣までしっかり視える人は滅多にいない」
氷雨君によると、大抵の人は雰囲気の違いや黒い煤のようなものに気づく程度なのだという。
「氷雨君には視えているの?」
「痣がくっきり。痣の形も色々あるけど、蜘蛛の形ってことは多分人に騙されたんだ。誰かの掌で転がされていたことに気づいて怒っているのかもしれない。
…もしお客様が起きたらこの鎮静剤を打っておいて。資料を持ってくる」
「あの、どこに打てば…」
「心臓と痣が出ている場所以外なら問題ない」
小走りで行ってしまった氷雨君の背中を見送り、男性から少し離れた場所で本を読む。
勉強道具は持っていないし、今はとてもそんな気分になれなかった。
《う、うう…》
近くから聞こえる呻き声に驚いて、すぐにその場で立った。
声をかけた方がいいのか、暴走したところを注射でどうにかした方がいいのか分からない。
《あ、あいつが、あいつが殺しタノか…あいつ、あいツ、アイツ……》
どんどん様子がおかしくなっていく男性は、何故か氷雨君が取り上げたはずのカッターナイフを手にしていた。
「戻ったよ。そちらのお客様の資料は──」
《ウワアア!》
とてつもない力で手錠を破壊し、そのまま氷雨君に向かって走り出す。
「逃げて」
氷雨君を突き飛ばした直後、腕に鈍い痛みがはしる。
カッターが刺さったのだと理解するのに少し時間がかかった。
《アイツ、アイツ、ダケハ…!》
「その人を傷つけたら、あなたの手が汚れてしまいます。それに、傷つけたらその人と同じになってしまうし…。お願いです。もうやめてください」
カッターはまだ私の腕に刺さったままだ。
氷雨君がどんな顔をしているのかよく見えない。
錆びついているカッターだったからか、今更痛みが強くなってくる。
《ウワアア!》
相手は頭を押さえてその場にうずくまる。
痣がない方の腕に注射針をさすのと、意識を手放したのはほぼ同時だった。
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